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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
68/343

流通者2




 樹石結晶灯器ランタンの灯りの下で、寄こされた資料を広げる。カルミエが直接持って来た、件の採掘に関わるものだ。


 キシミア城壁外、インザイ火山近郊。キシミアの北だ。昔は良く噴火していたらしく、溶岩で地形が入り組んでいる。大量の火山灰の上に苔が生え、木々が育ち、今は森林地帯となっていた。


 こんな掘り難そうな場所の採掘であるから、危険も多いだろう。


(依頼主は、キシミア商人か。採掘業者にアヤシイ所は無さそうだな)


 採掘目的は宝石となっている。だが――


『労働者は、自分が何を掘っているのか、知らなかったようです』


 自治府軍警察、そしてキシミア教会の取り調べで、大半の鉱夫が何の目的で採掘をしているのか知らなかったという。そんな話があるか。宝石にしても鉱石にしても、ある程度目安を付けて掘るものだ。まして掘るニンゲンが知らなくても、選別するニンゲンまで無知であるなど、ハッキリいって有り得ない。


 即日軍警察の立ち入り検査が実施される筈であったが、権利者が否定。今は権利者(商人)の私兵団と軍警察が完全に睨み合い、硬直状態となっている。


「臭い、何もかも臭すぎる」


 何を採掘していたか知らない鉱夫達。発狂した無傷の男。私兵持ちの商人。


 どう考えても違法なものだが……採掘で手に入る違法なものなど、とんと思いつかない。ヨージの経験則で行けば、そういった場合目的が別に有る。


 例えばその場で大規模な魔法の実験をしていた、という可能性もあろう。だが、あえて鉱山でする必要性が無い。他でも出来る。金がかかり過ぎている。


 結局採掘場まで足を運ばねばならないだろう。ただし、あの発狂した男が、何故発狂しているのか、その原因が分からない場合、自分もあの男と同じ目に合うかもしれない。


「ぐぬぬ……」


 エーヴから任されている容疑者の特定も進んでいない。この事件が糸口になれば良いが、この事件こそ謎そのものだ。どこかに共通点が見いだせれば、少しは光明も見えるのだが。


 ここ連日と、容疑者とされる神二柱について調べていたが、一切尻尾を出さない。神エイナールは気前の良い好漢であり、裏があるとは思えない。


 神マナイは基本的に引きこもっており、何か行動を起こす仕草も、誰かに連絡を取っている素振りも無い。勿論、遠隔会話しているのならば察知し難いが……。


「――よーちゃん」

「これは失礼。明るかったですね。そろそろ寝ます」


 仮拠点の二階。二人と二柱分、全てパーテーションとカーテンで仕切り、一応のプライベートスペースは保っているのだが、灯りが漏れてしまっただろうか。カーテンの下からリーアが這い出して来る。


「ううん」


 そういって、リーアが椅子を持ってきて、ヨージの前に腰掛ける。彼女の視線はずっとヨージを向いたままだ。


「どうかされましたか」

「お祈りして」

「成程」


 その言葉に従い、ヨージは椅子から下りて地面に正座し、胸の前に両手を差し出し、零れる水を受けるような動作をする。治癒神友の会式のリーアに対する礼拝法だ。


『治癒の神から齎される恩恵を授かる所作』である。あまり崇められる事を良しとしないリーアであるから、する機会は少ないが、信徒が増えた時用に作ったものである。


「いと尊き我等が神シュプリーアよ。脆く弱き我等定命の子に、神の奇跡を授けたまえ」

「んー」


 そういって頭を垂れると、リーアが手をかさず。傷は無いが、身体がジワリと熱くなった。


「う、あつい」

「実は、野望があるの」

「ほう。是非お聞かせください」

「こうして、ちょっとずつよーちゃんに力を使う」

「ええ」

「よーちゃんに私の部分が入る」

「? ええ」

「よーちゃんが……段々、私に近づく……?」

「え、こわい。我が神なんか、ちょっと病んでます? 大丈夫です? ヨージの耳揉みます?」


 我が神、ちょっと疲れているらしい。

 リーアはコクコクと頷き、正座するヨージに覆いかぶさると、耳をぐにぐにと揉み始める。


「いだだだだ……」

「癒されるー」


「……働きましたものね。あ、その成果もあって、キシミア教会から協力費として五万セレドナ程頂きました。下の健康所設営費を差し引いても余りあるので、何か美味しいものでも食べましょう」


「うん。あのね、あの時の、おかしくなったヒト」

「いましたね」

「治癒、試みたの」

「――駄目だったのですか」

「通じなかった」


 それが不安で起きて来たのか。リーアはヨージにしっかりと組みついたまま動かない。柔らかいし良い匂いがするので、色々大変だが、その言葉は容易に流せるものではなかった。


 奇跡が通じない。これは初めての事だ。過去、力が上手く振るえず失敗した事はあったが、あの状況下でリーアがしくじる事はなかった筈である。


 治癒の力が通じないニンゲンが居るのか。

 考え得る限りでは、そのニンゲンが別の神を強く信奉しており、その神の力によって弾かれた可能性だ。これは十分にある。


 ビグ村でもミュアニスの呪いを受けた水を飲み体調を崩した人々が居た。当時のミュアニスは力が弱かった事、呪いに対して本気でなかった事などもあり、リーアの力で退ける事に成功したが――しかし、では治癒を直接受けたアインウェイクなどはどうか。


 アインウェイクは全ての神は大樹の子である、という強い信仰を持っている。その精神的な障壁の薄さ故に治癒を受け入れられたのか。


 基準が謎だ。


「理由、分かりますか?」

「ううん。でも、なんか、凄く、悲しい力があった」

「悲しい力。他の神の力でしょうか」

「もっと別。もっと強い。凄い、恨み、悲しみ――恐怖。誰のものか、分からない」

「神エーヴも嫌そうな顔をしていましたね」

「分からなくて、不安で。お祈りして欲しかった」

「ええ、そういう事ならば幾らでも」

「もっとお祈りして」

「この態勢では難しいですね」

「よーちゃんには、特別な祈祷方法が、許されています」


 リーアが目を細め、小さく笑う。いつの間にやら、恐ろしい事に、ヒトを誘惑する笑みを覚えたのか、これにはヨージも堪らない。人差し指を小さく唇に当ててキスを強請る姿は、凄まじい威力でヨージの理性を攻撃する。


「それは将来旦那さんになるヒトに残しておいてください」

「えー」

「えーじゃないです」

「じゃあ、よーちゃんがしてくれないなら、道でばったりあった、名も知らないヒトとする」

「死ぬ程辛いので、本気でやめてください。ヨージはショック死しますがそれで構いませんか?」

「こまるー……」

「僕を脅迫しようとは良い度胸です、我が神。まあでも」


 あまり拗らせすぎても、それはそれで困る。

 故に親愛を示す程度だ。

 リーアの額に小さく口づけする。


「おやすみなさい、我が神」

「はっ、ほ。あっつくて、眠れない」

「寝なさい」

「ふふっ……うん。好きだよ、よーちゃん」

「グヌッ――」


 そんな、汚れ爛れたヨージの心を直接的に抉る、純情純度百%そのものを向けられ、ヨージはショック死するようにして、ベッドに倒れた。


(きょ、強烈になってきたなあ……)


 知識を得、表現を得る。本能的な欲求を、理性によって支配し操作する。


 知的生命体が編み出した理想実現の究極方法を、リーアは学びつつあった。元より上位存在である神がそれこそ本気を出し始めたら、ヨージのような俗物は一溜りも無い。 


 例えば。


「随分お熱いじゃないか、なあ?」


 グリジアヌはクツクツと笑ってヨージを窘める。どうやら飲み歩きから帰って来たらしい。

 グリジアヌなどは加減してくれているのだ。彼女程の知性と力を持つ神が一ニンゲンを篭絡しようと思えば、実に容易い話なのである。


「グリジアヌ様。夜遊びはもう飽きましたか」


「様をつけるなよ、様を。治癒神友の会に入ったとはいえ、アンタとの関係性なんてこれっぽっちも変わらないよ。むしろもっと距離を詰めたっていいじゃないか?」


「体裁というものがあります。お休みですか?」

「うんや。調べて回ってたんだ。その報告」


 グリジアヌはそう言って、椅子にどっかりと腰を掛けると、紙にさらさらと何かを書き始める。驚いた事に扶桑語だ。なかなかに達筆である。


「アンタ、熱病について調べてただろ。発病した奴が最近どこに行ってたか、誰に逢ったかっての、探れる範囲で探ったんだよ」


「なんと。それは有難うございます……しかし何故」

「何故? ンなの、アンタに気に入られたいからだよ」

「あ、や……その。はい」


「ふふっ、なんだその反応。可愛いな。ま、こんなもんでお礼して貰おうなんて思っちゃいない。本当は? 甘い言葉をかけて貰って? 優しくキスして貰いたい所だが? ウチの主神様に申し訳が立たないだろ」


「き、キスはその。ご勘弁ください。特定供物があれば献上します」

「じゃ、お酒。今度二人で呑み行くか。で、それだけど。何か思う所はあるか?」


 グリジアヌのメモに目を通す。


 娼婦ナレーヌ――第二商店街に数度。一週間の間の客は三人。

 娼婦サンドラ――第一商店街の酒屋に数度。一週間の客は五人。

 娼婦カトレア――色街から動かず。一週間の客は二人。

 自警団員ダイナル――第三商店街の酒屋に数度。ボーグマンからの評価、中。

 自警団員ジョアス――第三商店街に一度。ボーグマンからの評価、上。


 他には、グリジアヌが分かる限りでの、接触者の名前が挙がっている。ナレーヌとジョアスはヨージも調べた中に居た者だが、他は知らない。病気を持っていると噂されれば当然仕事が減るであろうから、黙っているのだろう。潜在的な患者数はもっと多い筈だ。


「感染病、とも限りませんしねえ。やはり皆、同一の場所に通っている訳ではなさそうですね」

「全員住んでる場所も、客取ってる場所もバラバラだ。熱病を発症した奴等は?」


「皆自宅待機です。娼婦に関しては、鯨の髭亭のアリナさんが面倒を見ています。あ、消毒は徹底させていますよ」


「外で共通のニンゲンにゃ出逢ってない。繋がりってえとなあ……酒屋か?」


「お酒ぐらい誰でも飲みますが――この、サンドラさん。わざわざ色街から表に出て、お酒を買いに出て居ますね。酒屋なら色街にもいっぱいあるのに。あとこのダイナルさん。ここから随分距離がある、第三商店街の酒屋に行っています。しかも数度。限定品でも取りに行ったんでしょうか?」


「いんや、普通の酒だったな。蒸留酒だ」

「そこまで見て来たのですか。流石、新世代の神様。情報が細かい」


「なんか嬉しくない褒められ方だが、どうする。熱病の起点がそいつ等――ってのも考え難いが、アヤシイ行動ではある。ひっ捕らえるか?」


「僕にそういった権限は有りません。まずはミサンジに相談ですね」

「ミサンジかあ。ありゃ本当に、信用なる人物か?」


 などと、グリジアヌが不穏な事を言う。調査協力には感謝したいが、旧友に疑いの目を掛けるのは、少し頂けない。


「どういう意味でしょう」

「あ、そう怒るなよ。アンタ、女で酷い目にあって来ただろ」

「自業自得である面も多々ですが。彼女が何か?」


「扶桑の研究者が、キシミアに居るんだぞ。しかもココはイナンナーの重要拠点だ。扶桑陸軍が放ったスパイである可能性だって、無い訳じゃないだろ」


 扶桑陸軍のやる事であるから、絶対無いとは言わない。彼等は無茶を本気で押し通す類の奴等だ。だが、それならばエリートのスパイを送り付けるであろう。あえて本職科学者である三三寺ヒナを採用する理由が無い。


「……心にとめておきます」


「賢明だな。あ、アヤシイといやあ、サウザンドポストビグ村支社にいた、犬神。アイツ、女連れてキシミアにいたぞ」


「――はて。何故」

「色々言い繕ってたが、アタシを見て相当焦ってた。アンタをつけて回ってるのかもな」


「いや。お見逸れしました。本当に目も鼻も利く。僕では気が付けない事柄ばかりです。本格的にお礼をしませんとね。いや、この場合は、ご奉仕ですが」


「手の空いた時でいいよ。他にも案件抱えてんだろったく……ほんと、面倒な事好きだな」


「ああいう女性に好かれ易いらしくて……大体、手を出すと死にかけるか酷い目に逢う女性ばかりで、真っ当な恋愛も有りません」


 最初に色を知らされたのは――西真夜地区で里神をしていた神だ。それはもう、女性がどうしたら喜ぶのか、という方法のあらゆるところを、実践で教えられた。


 その後は、西真夜の移民区区長の娘だったか。扶桑の王族出身で、気位が高く、散々とコキ使われたが、ベッドの上では大人しかった。


 西真夜を出た後というと、もう数えるのも億劫である。貴族王族神――皇族も居た。


 特に、十全皇の分身わけみを祖とする一族の娘は、十全皇宜しく凄まじかった。束縛が強烈で、一日一回は必ず肌を合わせないとヒステリーを起こすのである。軍隊に入って遠征が続いた結果自然消滅したが(もしくは十全皇が何かしたか)、戻って来て顔を合わせた時には、別人のようになっていた。


 そして極めつけは、アレである。


「おい、どうした、なんか、顔色悪いぞ」

「恥ずかしい――過去の自分を殺してしまいたい……あいや、交接は気持ちが良かったですが」

「なんか心配したアタシがバカみたいだ。蹴りたい」

「今度でお願いします。兎も角、色々有難うございました。明日はそちらの調査も進めます」

「この件はアタシがやっておく。あんま背負うな」

「しかし」

「――もしかしたら、根本的には女を信用してないのかもしれないけど」

「……――」

「アタシは、裏切らない。アンタ達の行く末を見届ける。それが望みだからさ」

「僕等に面白味、有りましたか」

「リーアもそうだが、アンタも。それにエオはありゃ……あはは。まあ、そうだ」

「分かりました。では、協力していただきましょう。この件はやはり、僕も顔を出します」

「……そっか。じゃ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい、グリジアヌ。有難う」


 グリジアヌが自分のスペースに消えて行く。ヨージは自身の、心の奥底にある、他人への軽視を戒めた。

 

 信じている。言葉では幾らでも言える。しかし、やはり、バレているのだろう。他人から齎される、感謝や愛情といった親しみに、疑念を覚えている事を。


(幾つになってもガキのままか……歳ばかり食っても意味なんかないな……)


 樹石結晶灯器ランタンの灯りを消す。

 こんな自分は、いつか真の意味でヒトを信頼する事が出来るだろうか。

 そんな事を考えながら、ヨージはベッドに潜り込んだ。




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