流通者1
流通者
ヨージはただ横で見ているだけだ。
「えーと。ミュアザさんの平均睡眠時間は?」
「あー。三法刻ぐらい」
「短くないです? 昼夜逆転とはいえ、もすこし寝られますよね」
「どうも寝つきが悪くって。そんで、この、胸が時々バクバクバクッてなるのは?」
「睡眠不足からの不整脈でしょうねー。寝る前お酒飲むから途中で起きちゃうんですよ」
「でもお酒飲まないと眠れなくって」
「んー。あ、ヒナさんの処方する薬に睡眠導入出来るものがありましたね。ではこれを持ってお隣へ。寝る前のお酒控えて、お薬飲んで一週間。酷くなるようならまた来てくださいね」
「はーい。若いのに賢いねえ」
「医学書を五、六冊暗記しただけですから、そうでもないです」
「……」
診察を受けた女性が、眉をひん曲げて処方箋を受け取り、隣のミサンジ科学店へと消えて行った。一仕事終えたエオは誇らし気である。
伊達メガネに白衣。中に着ているのがあの改造水兵服なので、だいぶマニアックである。
お医者さんごっこではない。医者でもない。『健康アドバイザー』だ。
なお、このキシミア、医師免許なるものは存在しないので、別に医者を名乗っても違法では無い。ただ、ヘタな治療をすると皆にボコボコにされる、というだけである。
「はー。なかなか我が神の出番が無いですねえ?」
ミサンジ科学店の隣に設けられた治癒神友の会仮拠点は、現在『健康所』を名乗っている。看板は無く、紹介を受けたニンゲンだけが訪れる場所だ。
大体の客はアリナが経営する『鯨の髭亭』から紹介を受けた娼婦と、その周辺の者だけである。
一人と一柱のキャパシティ的にもバランスが良く、ここ一週間は上手く回っている。
が、リーアの治癒が必要な程のニンゲンが殆ど訪れないので、大半はエオが診察して処方箋を出してミサンジ科学店に送る、という形になっていた。
「みんなが健康なら、それが一番だよ」
「そーですけどねえ。ねえヨージさん! こんな調子で良いんですか?」
エオが眼鏡をクイッとしながら、脚を組み替えて言う。白衣とスカートの陰からフトモモがチラチラとしていて、大変に眩しい。
「ビグ村のように大掛かりな事をする必要が有りませんし、急ぐものでもありませんからね。ここで安定して暮らして行けるならば最良です」
「一千万人民の神なんて話はどこに行きましたか?」
「はは、あの時はほら、スケールを大きく語った方が良いと思いまして」
ビグ村に向かう前、サウザの宿での事だろう。あの時はエオもちょっぴり態度が悪かったので、お互い様である。
何にせよ、ヨージが今のところ目指しているのは、この一人と一柱による自立した生活だ。ヨージが居らずとも安心して暮らせる場所と賃金が有れば、あとは何とでもなるだろう。
自分は遠からず、彼女達から離れる。それは絶対だ。
どれだけ神にせがまれようと、自分のような――いつの間にか危険を引き当てるような奴と一緒に居てはいけないし、そもそも、いつあのバケモノ――十全皇が戻って来いと言い出すかも分からない。
「ふうむ。しかしエオ嬢。本当にその、万能ですね。天才すぎて、ちょっと引きます」
「うえええ何でですかあ! 賢い女はだめなんですか!? 前時代的です!!」
「いえ、そういう訳では。貴女の頭があれば、正直どこでも生きていけると思います。何でしたら、キシミア大学校に売り込みに行きましょうか」
「えー。もう寮生活はウンザリですよぉ」
「いえ、講師として」
「年上教えるとか、ツラすぎませんそれ?」
与えた書物は全部覚える。一冊の読破時間もものの数分。手先が器用で体力も有り、何にでも積極的で、更に性格が明るい。挙句美少女で胸が大きい。胸が大きい。
何だこれは。いや、前からこれは大変な生物なのではないかと疑問視していたが、ここに来てより一層その超人っぷりが顕著である。恐らく自分達との距離が詰まった為に、自重する必要が無くなったのだろう。
後は世の中の道理さえ弁えれば、ヨージなど全く必要の無い完璧才女の完成である。
もしここに定住するのならば、知識階級に売り込んで立場を確立、安定した収入を得られるよういすれば良い。頭の使える奴はどこでも不足している。
変わって我等が神は大体いつも通りだ。しかし何の変化も無い訳ではない。ヒトと暮らして行く上で必要最低限の他人とのコミュニケーションが出来るようになったし、何よりも気を遣えるようになった。エオの手伝いもあって、教養も増えつつある。
自分が居なくなる準備は整いつつあるという事だ。
「休憩にしましょうか。神グリジアヌはどうしました?」
「お酒飲み歩くって出て行きましたよ?」
「そうですか。じゃあ取り敢えず、表通りのカフェにでも」
「うん。あそこのサーモンサンド、美味しい」
「それはそれは。大盛で頼みましょう」
つい数日前の話。グリジアヌは治癒神友の会の神として迎えられた。縛られる事を嫌いそうな彼女が、一組織に所属するとは思っていなかったが、治癒神友の会としては当然歓迎である。何せ彼女は彼女の強烈な役割を持つ。
治癒神友の会における軍事部門であり、軍神信仰も得られるというのだから最高だ。ヨージが売り込まなくとも、一人でやってきた彼女は自らを宣伝出来るであろうし、手間が無い。
客神としてではなく『我等が神』として接せられる事は、この一組織において重要だ。リーアの友として、新しい信仰対象として、仲間として、彼女ならば強力にサポートしてくれるだろう。
「どうも」
「いらっしゃい。何にしますか」
「サーモンサンドダブルとミルク。コーヒーと海鮮サラダ……エオ嬢は?」
「バタースコッチとコーヒー、ミルクいれてください!」
「はいよ」
なんだかとても近代的な気分である。大都会であるし、物流も多い場所であるから田舎のカフェとはまた違ったものが沢山ある。コーヒーは、ビグ村の方が美味しかった気はするが、パンの類は種類も豊富でエオも大喜びである。
治癒神友の会の栄養源は、大体このカフェか、ミーナの鯨の髭亭となっていた。
昼の小腹を埋めようというモノが多いのか、そこそこの込み合い具合だ。ヨージは二食文化圏のニンゲンなので昼に食事を取るとなると、夕飯は食べないのが常であったが、最近は変わりつつある。元よりエルフは小食なので全ての食事が少量であるが、育ち盛りに合わせている。
「これ美味しいんですよねー。いただきまーす!」
バタースコッチにかぶりつくエオは満面の笑みだ。少なくとも自分が居る限りは、彼女達を飢えさせる訳にはいかないし、お金の稼ぎ方が分からないまま放置する気も無い。この世にどんな不条理が有ろうと、自分の手の届く範囲ぐらいは……。
……そう、せめて、届く範囲は。
何度も違えたのだ。何一つ守れなかった。
こうして、彼女達の笑顔を拝むような幸せを味わっていると、自分の上を通り過ぎようとして死んだ者、並んで死んだ者、戦って死んだ者、護ろうとして護れなかった者、護るべきだった者達の顔が、浮かんでは消えて行く。
「んっ」
「どうされました、我が神」
「酷い気配がする」
そんな事を考えていると、リーアが眉を顰める。サーモンサンドを口に頬張り、ミルクで押し流して、カフェの窓の外を眺め始めた。何事であろうかと、ヨージも窓の外を覗く。
「あれは、けが人ですかね? みんな土木作業員みたいですけど」
「建築現場の事故でしょうか」
体中を包帯でぐるぐる巻きにされた男達が数名、タンカに乗せられて路地を通り過ぎて行く。運ばれる先は、キシミア区営病院であろう。ただし、その傷はどうみても、治療で何とかなるものには見えない。中には腕が無いものや、脚の無い者も見受けられる。
(衝撃魔導項玉の誤爆かな。裂傷がひどい)
ヨージが戦場で散々見たもの――というより、自分が築き上げた死体の山と同じだ。衝撃魔法を受けると、直撃した者は霧と化す。周囲に居た者はショック死する。離れた者は、爆風で吹き飛んだ物体で裂傷を負う。
無属性魔法は大半が神に祈る必要が無い魔法である為、工業的に使われる機会も多い。特に衝撃系魔法であれば、魔導項玉として封じ込め、坑道や岩盤の発破に使われる。
「どうします、我が神」
「治す」
「左様ですか。では――外套を被ってくださいね」
「あっつい……けど仕方ない」
あまり目立ちたくは無いが、神が目撃したからには仕方が無い。食事をさっそく片付け、ヨージ達は皆が集まる場所へと走り出した。
『こいつは……駄目だな。そっち』
『こいつは、主だった怪我は腕の切断だな。良く生きてるな。止血剤』
周囲のニンゲンの話を聞く限り、現場は城塞外の採掘場であるという。こんな港の方まで怪我人が運ばれているのは、採掘場近くの病院、診療所では手が回り切らない故に、城塞内を通る川を渡って運搬しているからだそうだ。
治癒を施したい、という我等が神の希望を叶えたいのは山々だが、こうヒトが多いと身動きがとれない。どこの国も野次馬は居るものだ。
「人目が有り過ぎますねえ」
「遠くから出来ないかな」
「我が神、治癒の力を使いますと、ぽわっと光りますよね、ぽわっと」
「光るー」
「目立ちますねえ……」
隠すような力ではないが、目立ちすぎるのも良くない。信仰を広めたいのは確かなのだが、ニンゲンに押しかけられてはとても対応出来ない規模なのだ、治癒神友の会は。
「うー……」
不満そうなリーアの肩を捕まえながら、どうすべきかと頭を巡らせる。船に乗せられた怪我人達は次々に陸に上げられて、増える一方だ。区営病院でも対応出来ないのか、病院前には作業員と怪我人の一団が出来てしまっていた。
『鎮痛剤だけで良いから、なあ!』
『なんか、なんか縛るものないか、おい!』
五、六人程度ならば、こっそり連れて治癒して戻す、なんて真似も可能だろうが、これではどうしようもない。しばらくとその惨状を眺めていると、大通りが騒然となった。
「あれは――」
『エーヴ様!』
『神エーヴよ、哀れな者達をお救いください!』
大通りに居た人々は左右に分かれ、その先を神官が歩き、後ろから輿に乗ったエーヴがやって来る。エーヴが居るという事は、その巫女たるカルミエも当然居るだろう。
これは好都合だ。
「我が神、エオ嬢、神エーヴに役立って頂きましょう」
「どうするの?」
『あー、カルミエ氏。ヨージです』
『まあ。そちらから連絡を頂けるなんて。どうされましたか』
『今、群衆の中に居ます。怪我人多数だそうで。我が神が、怪我を治したいと仰るのですが、何の後ろ盾も無いと、ヒトが殺到してしまいます』
『――成程。神エーヴにお伝えします。目立つ所へ』
「我が神、失礼。よっと」
「んー」
リーアを肩車して前に出る。大通りからやって来た神官達が整列し、エーヴの輿がその真中で降ろされた。エーヴ自体に、出来る事は無いだろう。信仰高揚の為のデモンストレーションだ。怪我人を出汁にしている事自体はヨージも反感を覚えるが、実際どこの国でも有る事であるし、そもエーヴの判断である可能性は低い。
輿の後ろから馬でやって来たカルミエがエーヴに耳打ちしている。エーヴは王笏でもって、群衆の中に居る自分達を指し示す。
その瞬間、周囲の人々が川を割ったように退いて行った。
「我等が神エーヴのお言葉をお伝えします。神エーヴはこの危機を予知しておりました。また、その危機を乗り越える力を持つ者が現れる事もです。神エーヴは仰います。キシミアは我によって守られ、我によって癒され、我によって栄えるのである。治癒の光をここに、と」
カルミエによる宗教宣伝が終わる。予知していたなら伝えろ、という無粋な突っ込みはナシだ。
リーアはヨージから下りると、一人で前へと歩み出て行った。二人もその後に続く。
「まあ。扱いが大変な神」
「エーヴちゃん。ありがと」
「なにも。こちらこそ。ああ、形式上、キスを」
エーヴが手を差し出す。リーアが手の甲にキスをすると、二人をぼんやりとした光が包んだ。
何か奇跡的な雰囲気であるが――これは、単なる光魔法だ。周囲を明るくするだけのものであり、演出だ。
「お願いできるかしら。報酬は、あとで」
「うん」
「この神は神エーヴによって見いだされし……治癒の神。キシミアの民の……苦痛を取り除く者です。さあ、怪我人を前に。神エーヴの威光を受けし神シュプリーアが施します」
役割違いの神を立てるのに四苦八苦するカルミエに苦笑を覚えつつも、これで公に治癒が出来るのであるから感謝だ。
ただ自分達が出て行くのではなく『神エーヴがお許しになっているからこそ齎される奇跡である』というストッパーが掛かれば、群衆がリーアに押しかけて来る事も無いだろう。
『カルミエ氏。ご苦労さまです』
『いえ。こちらとしても、神エーヴを出してどうやって宣伝するの……? とは思っていたので、助かりました。神官会は面倒でして』
『何処の上役組織もそんなものですよ……』
カルミエの努力が窺い知れる。彼女が幾らエーヴ専属の巫女だとしても、神官達が押し通すとなったら、神も巫女も従わざるを得ないのだ。多少無茶な宣伝だろうと、それによって神の権威が示されるとなると、否定し難い。
「い、痛いんだ――腕が、とれちまいそうで……これ……ぎ、いぃぃ……いた、痛い……」
「大丈夫」
苦痛に顔を歪める患者を前に、リーアの笑顔は優しい。衆人環視の緊張よりも、目の前のニンゲンを治したいという気持ちが上回っているのだろう。
リーアが手をかざすと、大きな光に包まれる。これはいつか見た光だ。暖かく、柔らかい、何か、ヒトの起源に触れているような、雄大な力である。
それを見たエーヴは、どこか難しそうな顔をしていた。
「腕……腕!? あ、くっついて、痛くもねえ!!」
「大丈夫でしょ」
「あ、な、す、すげえ……なんだその奇跡――いや、あ、有難う御座います!!」
『ちぎれかけの腕がくっついたぞ!?』
『治癒の神なんて、本当に居るんだな?』
『えー、本でしか知らなかった――エーヴ様の部下なのか?』
『外套被っててよく見えねえな……』
群衆に驚きと歓喜が満ちる。エーヴはそれに応えて小さく手を振っている。
「大変尊い力です。簡単に齎されるものではありません。神自体も大きなリスクを背負うものです……」
実際、ノーリスクであるのだから恐ろしい。ヨージも原理が未だ不明だ。もし、十全皇の方式であると仮定するならば、つまるところ『占有根幹魔力』が関わって来るのだが――まさか新しい神であるリーアが『占有根幹魔力』を所有している筈もない。
「次のヒトー」
「は、腹に、穴が――血、血が、コイツ、血が止まらなくて……あ、相棒なんだ、神様、治してくれるか……?」
「んっ。がんばるっ」
――死んだ筈のヨージとエオすら蘇らせた力だ。息があるならば、造作も無い。右から左から来る患者を、治しては投げ、治しては投げ――その所業はまさに奇跡である。傷つきやすい人類種の希望を、そのまま具現化させるものだ。
『こりゃ、キシミアの病院全部潰れるな』
『すごーい……あのヒトの病気も治るかしら……』
「旦那様」
「旦那じゃないです。なんですか、カルミエ氏」
「恐らく、大病を患った者達が、かの神を頼ってキシミア教会に押しかけるでしょう。その場合は?」
「――ま、七対三で。あまり簡単な力だと思われても困るので、ある程度吹っ掛けてください。あ、幼い子や貧困層である場合は、そのまま寄こして構いません」
「神官会と協議します」
流れとしては当然だろう。持病に悩む貴族辺りから金銭を毟り取れるならば、キシミア教会的にも、治癒神友の会的にも好都合だ。蓄えが出来て悪い事など一つも無い。
「次のヒトー」
区営病院の前に居た怪我人達が粗方片付いた所で、また新たな者が船から降ろされ運ばれて来る。しかし、どうも様子がおかしい。
「うおおおおーーー!! あああーーーー!! はなせぇぇぇぇッッ!!」
そのニンゲンは錯乱状態にあった。全身服はズタボロだが――怪我が見当たらない。両手両足を紐で縛られていても、今にも引きちぎりそうだ。
「なんてものを神エーヴの前に。貴方、これは?」
「へ、へい。その――ば、爆心地の、真ん中に居た奴でさあ……」
男は目を剥き、口の端に泡を溜め、猛烈な勢いで叫んでいる。ただの錯乱とは思えない。流石の我等の神も、これには引き気味だ。
「我が神、大丈夫ですか」
「これ」
「……これ?」
「やばいかもー……」
「カルミエ」
錯乱男を目にしたエーヴが、口元を覆ってカルミエを呼ぶ。何かしら耳打ちした。
「この者はキシミア教会へ。徹底的な洗浄を施し、儀式の間へと運ぶようにと我が神が仰せです」
「は――はい。わ、分かりました。お、おい! 運ぶの手伝え!」
「あああーーー!! お前!! お前、お前はなんだ!? 神! お前、お前等!!」
男に傷は無い。だが、妙に薄汚れている。これは土ではなく、炭だろうか。火薬を使った発破は――この近くでは大樹教が徹底管理している鉱山ぐらいにしかないだろう。
では煤……火に当たっていたのか。何にせよ不気味だ。
「ヨージ」
「はい、神エーヴよ」
「警戒して」
「我が神も、何か感じる所があるようです」
「それは当然。気を付けて」
「ええ――……」
そう言い残して、エーヴはまた輿に乗ってしまった。
言葉が少なすぎる気もしないでも無いが、つまり、この事故現場を調べて来い、という事か――この事故が、エーヴを狙う者に関係している可能性もある、という意味だろうか。
「我が神?」
「ん……大丈夫。たぶん」
「我が神震えてます……ヨージさん、いったん、下がりましょう」
「そうですね。では退散」
エーヴとリーアは何を感じ取ったのか。ニンゲンの感覚では不可解極まる。
あの男から感じるものは、魔導項玉の行使痕だけだったが――そも、爆発現場の真中に居て、怪我が無いのは、明らかにおかしい。リフレクタを張れるような魔法使いが、まさか工事現場に居ないだろう。




