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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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都市神エーヴ4




 取り敢えず聞き及んだ話を、ヒナに口頭で説明する。何かしらの鉱石を薬品で溶かしながら、ヒナは頷いた。


「まあ、あーしもある程度は聞いてたしな。ボーグマンとアリナはどうよ」


「凸凹ながらバランスが取れていると思います。というか、貴女、知り合いですよね? 一言伝えておいてくれれば、争う事も無かったのに」


「なはは。そりゃ、多少殴り合った方がお前が何なのか分かり易いだろ? ああいうのは、分かり易さを好む。明日にゃ色街の奴等もお前にペコペコするだろうよ」


「殺伐としたコミュニティですねえ」


 法の及ばない領域での活動は初めてではないし、荒事が大嫌いという訳でも無いのだが、非合理にすぎるのは頂けない。


 貰ったコーヒーに口をつけて、ヨージは眉を顰める。


「衰えてないのか」

「ハーフとはいえエルフ。絶頂期はあと二百年後です。未だ成長期ですので」

「長生きで面倒臭そう」


「エルフの死因は、病気と、戦と、怪我です。長生きと言っても老衰で死ぬエルフは居ないのですよ。明日も生きている保証は何処にも無い。人間族や獣人族と、大して変わりません」


「ま、あーしとしちゃあ? いつまでもお前が若くて良い顔してるに? 越したこたあないぜ?」

「それはどうも。あー、それで、熱病に関してですが」

「なんか話はあったか、あーしが聞いてる事以外で」


「アリナ氏が世話をしている娼婦に三人。ボーグマン氏の自警団に二人、ですね。娼婦は店が全部違う。自警団の二人も家が遠い、娼館通いもしていない。接点がありませんから、接触感染ではないのかもしれません」


「お前が汲んで来た水。で、淹れたのがそのコーヒーだ」

「ふむ。美味しいですね」


「熱病になるような菌が、少なくともあーしの手持ちの器具じゃあ見当たらねえし、この辺りで混入しそうな化学物質も検出されない。水じゃねえなら環境だが、あーしが診た娼婦の唾液や体液から、なんら不審なモノは出てない。性病じゃねえ」


 性病ではない。環境とは思い難い。水ではない。

 ではただの風邪か……と思ったが、今の話はおかしい。ヨージは首を捻る。


「……体調不良になりそうな菌も?」

「そうだ。熱が有るってんで調べたのに、原因になりそうな菌が少ねえ。だから単なる過労、と診断した。が、一週間も続きやがる。そんな過労は、少なくともあーしは知らない」


 ヒナが腕を組んでどっかりと椅子に座る。ヒナは医術が専門ではないと言っても、ニンゲンに影響を及ぼす様々な魔化鉱石を研究していた科学者であり、ニンゲンの身体が患う病にも詳しい。彼女が分からないものを、ヨージが分かる道理が無い。


(魔法そのものも、魔導機械も扱うというのだから、本当に頭は良いのですよねえ……)


「引き続き調査、という事にしましょう。お二人には気がかりになる事が有れば知らせてくれ、と伝えてあります」


「あい、ご苦労さん」

「では報告終了。僕はやる事があるので、そろそろ出かけます」

「あ、折角二人なのにか? あいつら疲れて寝てるから丁度良いのに……」


「二人でお話する機会なんてこれから何度でも出来ますよ。それに、詳細は語れませんが、僕はこの案件を解決しないと、殺される可能性が高いので」


「――はあ!? んだそれ!?」

「では失礼」

「あ、こらちょっと待ちやが……ったくもう」


 絡まれる前にミサンジ科学店を後にする。場合によっては協力を仰ぐ事もあるだろうが、今彼女が知る必要は無い。


 余計な発言をしたのは『これから何かあるかもね』という後々を見据えての事だ。いきなり『死ぬ、助けて』と頼るよりも、事前に雰囲気だけ掴んで貰っていた方が良い。


 ヨージは隣の治癒神友の会仮拠点に戻ると、自分の荷物を検める。

 いつものエルフ向け山服は脱ぎ、黒で統一した上下に着替える。上に黒いマントを羽織り、懐に新調した小太刀を潜ませた。


 どうみても、暗殺者のそれだ。だが密偵となるとこのぐらいしなければエルフは目立って仕方が無い。


 神エーヴからの要請。自分を害する可能性がある者の調査。一応の目星はついていても、その理由や手段が全く想像出来ない。


(エーヴが嘘を吐いている可能性も視野に入れないとなあ)


 エーヴの柔らかい身体と甘い吐息、そして唇を思い出す。あれは魔性の類である。イナンナの神という立場だからこそ許されているようなもので、彼女のような神がアチコチと存在したら、人類はたまったものではない。


(インビジブルぐらい覚えておけば良かった)


 闇夜を駆ける事自体は不得手ではないのだが、ヨージの元本職は重撃手である。敵陣地に対して、超距離から極大の衝撃魔法を叩き込む事を生業にしていた為、身を隠す魔法を真剣に学ばなかった。幻影系の身体補助魔法は、頑張れば出来るだろうが、利益に見合わない。


(無属性魔法が便利すぎるというのもありますかねえ。攻撃特化ですけど)


 現在世界に広まる魔法体系は、その宗教分布に依存する。大樹竜聖魔法、地母神式魔法、ロムルス式魔法、皇龍樹式魔法の四つがメジャーだ。


 使用する土地の宗教浸透度によって威力が異なる為、他の宗教が拝まれている土地では、特に神の力を借りる系統の魔法の威力が減衰する。故に戦争では各種宗教所属の神を象徴するシンボルやアイドルの配布、配置の陣取り合戦が行われるのが一般的だ。


 更に、各宗教依存魔法は属性がある。

 例えばヨージが用いる皇龍樹式ならば木火土金水の『五行』と地水火風『四元詞』の二大大属性があり、通常はどちらかを選択する。ヨージは軍大学校で推奨されている『四元詞』を習得した。特に『風』に関しては、先祖が風神である、とされている一族である為、大変強力な魔法を用いる事が出来る。


 大樹竜聖魔法の場合は地水火風に闇と光という属性が加わった『ヘキサマギクス』という統一属性がメジャーであるが、火に関しては相当の訓練を積んで認められるか、皇帝一族であるか、大神官クラスでなければ見る事も出来ないものになっているので、実質五属性だ。


 変わって衝撃魔法――これが所謂どこの宗教、大属性にも所属しない、無宗教無属性魔法である。竜精が用いる粛正魔法ドラゴマギクスも同種であるが、これは桁が五つ違うので同じには語らない。


 この魔法が便利なのは、宗教に一切依存せず、外在魔力マナがあればどこでも使えて、また応用が利くところにある。


 例えば――


「よっと」


 詠唱そのものを短縮し、念じるだけで足元に衝撃波を発生させ、高く跳び上がる事が叶う。なお、同無属性である防御魔法を疎かにしていると、足が吹っ飛ぶのでバランスが大切だ。


「城塞都市とはいえ、やはり大きいなあ」


 五階建ての立派な建物の屋根に上がる。遠くには最も栄えている歓楽街の灯りが見える。また他にもポツポツと纏まった灯りが見えるこの街では、樹石結晶灯器ランタン以外にも、獣脂や鯨油を用いた灯器が見受けられる為か、夜は少し獣臭い。


(文化の違いですねえ。大樹教の支配地であちこちと火を使ったら、そりゃあもう怒られるのですが)


 とはいえ、イナンナも大樹であるから、家の窯は一つしか許されないし、風呂も共同だ。火事など起きない方が良い。


「さて」


 手帳を取り出し、容疑者二柱の情報を再確認する。


 双方ともキシミアで最も重視されるこのキシミア大教会の副祭神であり、その神格はキシミアに点在する地域守護神を二つ程上回る。


 一柱は女神。名をマナイ。奇跡は『風の操作』であり、帆船が幅を利かせていた時代は航路の神として、今は天候の神として信仰は厚い。信徒は彼女から風の加護を受ける事で、旅路の安全を祈る。


 もう一柱は男神。名をエイナール。奇跡は『物質強化』であり、何にでも応用が利く力だ。特に船大工は彼を信仰している。また建築の神としても厚い信仰を得ている。


 どちらも単独で街や国の守護神を務められるだけの力がある。しかしそれでも、イナンナの孫であるエーヴには頭が上がらないようだ。まさに格が違うのである。


 講和を結んだとはいえ、ここは大帝国とイナンナーの境界線だ。ヘタな神は置けない。彼女自身が戦働きをする訳ではないものの、信仰とは力である。信心が強ければ強い程、土地の持つ力、そして魔法の力は高まって行く訳だ。


『直接失礼します』

「むっ」


 脳内にヒトの言葉が聞こえて来る。カルミエの遠隔会話だ。高位魔法習得者ならば、訓練次第で使えるものである。ただ無作為ではなく、通話する相手に許可を取っていなければいけない。強制的に脳の回線に割り込む力も存在するが、それを扱うのは大半が化け物だ。


 ヨージは一度に三人までならば会話が可能だ。というか、これが無ければ軍事行動に問題が出るので、士官クラスは必須の魔法である。


「如何なさいましたか」


『はい。神マナイは、自室で休んでいます。神エイナールは巫女を連れて外へと出て居ますので、調査されるならば、其方かと』


「成程。有難う御座います」

『いいえ、旦那様』

「……旦那様?」

『はい。神エーヴから、此度の貴方への報酬は私と聞きました』

「私は宗教家であって、ヒトの売り買いはしません」

『まあ。西国エルフはお嫌いで?』


「美人はみんな好きです。とはいえ強制された関係など、気持ちが悪いだけです。もし貴女をいただいても、返品させていただきます」


『無欲な方。失礼しました』


 会話が途切れる。あの美人は、なんだか神よりも掴みどころが無い。いや、そりゃあ、あのような美人を好きにして良い、と言われて嬉しくない男も居ないだろうが、彼女を連れて帰ってあの一人と二柱がどんな顔をするかと思うと、なかなかに愉快なので止めておきたい。


「現状、お金の方が欲しいですねえ」


 ビグ村で溜めたお金、アインウェイクから貰った小遣い、道中などで売り捌いたリーアの祝福水の売り上げなどを含めると、二人と二柱が暫く暮らしていけるだけの資金は有る。ただ、どこかに定住するだけのモノでは無いし、旅は続ければ続けるだけ出費が嵩む。


「解決した暁には、キシミアの教会予算から捻出していただくかなあ」


 早速、なんだか面倒な事に巻き込まれているような気がする、とヨージは項垂れる。闇夜の中、屋根伝いに右へ左へと飛び移り、カルミエが示したエイナールの居場所を目指す。


 静かに暮らせる場所を探しているだけなのだが……世の中、当たり前というものが、一番難しいのだなと、ヨージはまた心の中で項垂れた。



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