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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
65/343

浜辺の巫女神



 ※ 浜辺の巫女神



「ここじゃあまだ、裸で寝るにはちょいと寒いかなあ」


 遠くを見渡す。

 蒼い海に青い空。風はそこそこ暖かいが、日差しが足りない。解放感が有るか、と言われると、沖にそびえる幾重にも重ねられた城壁群のお陰で、閉塞感ばかりがあった。


 キシミアの浜辺の楽しみは海ではなく、この城壁群である。


 陸は言わずもがな、海側にも壁が有る。明らかにニンゲンの力を超えた建造物である為、製作は神の手によるものだろう。建造年は定かでは無いが、キシミアがキシミアと名乗る前からあるものだと聞き及んでいる。


 城塞が入り組んでいて、貿易港とするには不便極まりないものであった為、今は一部が解体され、船の通行が可能な場所がある。


 南方大陸東部にある田舎の浜辺を依代として生まれたグリジアヌにとって、海というのはとても身近だ。雄大に広がり、どこまで続いているのか分からない海、そんな羨望と期待に心をときめかせたのはいつの日か。


 地元で祀られるのも飽きた頃、グリジアヌは旅に出た。海の先へ、自分の知らない世界を知る為、なるべくなら、楽しく暮らす為にだ。


 地元が嫌いな訳ではない。一応は元村落神だ。地元民には好かれていたし、旅に出る際、自分も涙した。しかし、折角肉を持って生まれたのに、一生を浜辺で過ごすなんて勿体ないと――グリジアヌはそう思った。


 実際外に出て、待ち受けていたものは、大半が悲しみであったが。

 それでも、グリジアヌは後悔していない。


「オヤジさん、それ何?」

「お、おお? 神か? あー、ここの名物だよ。タコ食えるか、タコ」

「扶桑で何度も食べたっけなあ。んじゃ三つちょうだい」

「あいどうも」


 小さいタコに溶いた小麦粉を纏わせて、押しつぶして焼いたものらしい。扶桑で食べたものに少し似ているが、こちらは薄く香ばしい。なるほど観光客はこれを片手に城壁を見て回るのだろう、食べ歩きしやすいよう紙の包みに入っている。


「さてなー、どうすっかなー」


 知らない土地であるし、取り敢えず観光でもしてみるか、と外に出て来たのだが、こちらは思いの他やる事が無い。神の地位は定まっており、不幸に死んだ神が居ない為、グリジアヌがわざわざ神を降ろす必要が無い。それは良い事だ。


「けどなあ」


 治癒神友の会の客人であるから、ヨージも仕事を強要しないし、ましてリーアやエオがグリジアヌに対して労働を強いたりはしない。分かってはいたが、やはり一歩引かれている。


 彼も彼女等も優しいのだ。人手が足りないからと、他の神を酷使したりはしない。


(駄目だなー。リーアもエオも、もう少しなんかこう、ガッと来ないもんかな)


 残念ながら来ない。ヨージに幾らちょっかいをかけてもあの一人と一柱は『まあグリジアヌだからそんな事もあるだろう』という扱いの気がしてならない。


 自分が何故ここに居るのか。

 それは治癒神友の会なるものが、今後どのような足跡を辿るのかという興味。

 そして何より、ヨージが目的だ。


「お、神様だ。観光っすかあ? 案内しますけど」

「おー。そうだよ。ってかこの辺り、城壁以外見どころとかないの?」

「あんま無いっすねー」


「無いのかよ。何案内するんだよ。まあ分かり易いけど。んじゃアンタ――は、いいか、いまいち。昼間っから女引っ掛けてないで働けよー」


「あ、ちょ、ちょーい……」


 有象無象の集まるこの港の町だ。神とて珍しくはないであろうから、住人も慣れたものである。イナンナの女神でない限り、男は声を掛けやすかろう。ビグ村の軽さには驚いたものだが、こちらはこちらで軽薄である。


 勿論、何もしていないのに崇めろ、などとは言わないが。


「比較的軽いアタシが言ってもあれだけど……軽い男もなあ」


 各所旅をして来たグリジアヌが、その旅先を一番楽しむ為に必要なモノは、当然ながら交流だと考えている。男でも女でも神でも、地元で知り合った者と酒を飲んで笑うのが一番だ。


 それこそ気に入ったニンゲンならば、夜を一緒に過ごすのも、吝かではないのだが。


「はあ……」


 ヨージという男に出会ってから、なんだかその軽さが堪えて来た。


 ヨージは、ハッキリ言って重い。重すぎる。一体何を背負っているのか未だ分からない。話では扶桑雅悦の子の寵愛を受けているらしいが……どういう人生を歩めばそうなるのか。


 見た目が好みである事は間違いないであろうし、元武人としての勇ましさも持ち合わせている。多少口は賢しいが、どこか一突きすると、何もかも壊れてしまうのではないかという繊細さがあり、放っておけない。


 彼は重く、強く、賢いが、生きるのが得意なニンゲンではなさそうだ。


「ヨージなあ。もう少し、心を開いてくれりゃあなあ」


 年上だが、男の子だ。男の子の扱いは、ハッキリ言って得意分野である。何かに向けて頑張ろうとする彼等を見ると、胸がじわりと熱くなる。自分の持ちえる力を貸して、支えてあげたくなる。


 一番簡単なのはベッド上で楽しくなる事なのだが、彼はそれを自身に許可していない。


(誘惑も多いだろうに、大した精神力だな)


 あの容姿だ、女難が散々と降り注いだ結果かもしれない。


「おういナル子。あんまアチコチ動き回るなよー」

「ノブヒデ。海、海デス」

「子供か。てか内陸育ちなのか」


 ぼうっとしながら浜辺を歩いていると、イチャイチャするカップルが目に入る。一人は随分とスタイルの良い女性だが、もう一人は髭面で煙草をふかした、なんともな男だ。


「……あれ?」


 いや。見た事がある。一度会話もした筈だ。

 あれは――サウザンドポストビグ村支社の新聞記者、ノブヒデだ。


 村の新聞記者如きが、観光地でバカンスとは随分なご身分である。本社の記者でもあるまいに。


「塩分検知。これ、塩水デス」

「そら、海だからなあ」

「おう、楽しそうだな、新聞記者」

「あんま楽しくねーっす。どうしてもコイツが海みたいってんで……うわッ」

「うわ? なんだ。見つかると不味い事でもあったか、おい」

「いや! あ! マジか! か、神グリジアヌ。いやー、お、おっひさしぶりっすねえ」


 煙草をもみ消し、頭をボリボリかきながら言う。相当慌てている様子だ。


「村はどうしたんだ?」


「あいや、本社移動になりまして。んで、本社からこっちに出向ってもう、本社務めじゃないっすよねえ。出世コースだってんですけど、国境は跨ぎたくなかったってか」


「そいつぁ……難儀だな? で、そっちの女は。とても新聞記者には見えないぞ」

「マージナル、デス。海、楽しイ」

「じ、実はサウザにいた彼女でして……一緒に行くってまー、きかないんで」

「ほーん。そら邪魔したね。んじゃ」

「あ、あいっす。またー」


 見るからに冷や汗。


 思い出すと、彼については何点か不審な部分が有る。

 彼は新聞記者だという。村に起こった大事件で、あの男は何をしていただろうか。


 英雄ともてはやされたヨージにインタビューはしていたものの、村人に聞き回っている素振りは無かったし、結局事件そのものに突っ込むような記事も無かった。


 あの村の新聞が穏健なのは知っている。また、ノブヒデが怠惰で、記事をまともに書かなかった可能性も有る。では、そんなニンゲンが本社に移動するか。


 そしてここでの遭遇。アヤシイ。

 しかも何だろうか、あの女は。


 ニンゲン……だろう。恐らく。

 だが、どうも、神の気配が有る。半神デミゴッドという訳でも無さそうだが――臭過ぎる。


 一応、警戒した方が良いであろうし、ヨージの耳にも入れた方が良いだろう。





「わ、ひろーい! すごーい!」

「エオはもう少し落ち着け。でも凄いな、こんなの幾らでもあるのか」


 エオが前を隠さず飛び出して行く。時間が少し遅い為、有料になってしまったものの、ヒトの居ない露天風呂というのは心が躍るものだ。


 基本的に、個人の風呂所有が認められていないこの街において、身体を流す場所というと共同風呂となる。火の制限が厳しい世界であるから、似たような法律は何処にでもある為、それ自体は珍しくないのだが、こちらは一風変わっていた。


 街中各所に温泉が引かれているのだ。近くの火山の影響だろう。勿論観光でも一役買っており、海辺の高級宿ではエウロマナ式の屋外温泉が目玉となっている。


 変わってここは庶民向けであり、時間外になると有料にはなるが、誰もが利用出来る場所だという。


「我が神ー! さ、お背中流しますね!」

「んー」


 全裸のエオが全裸のリーアを捕まえて椅子に座らせ、早速購入した石鹸を惜しげもなく使って泡だらけにしている。ヒトも神も身体の造りは千差万別、何年生きようと小さいものは小さいし、大きいものは大きい。


「むあ、エオちゃ、くすぐったい」

「あーん、やあらかいですねえ神様! なんでこうぷにぷになんでしょう!」


 エオは余程温泉が嬉しいのか、半日前からテンションが高い。今も更に高い。リーアの両手に収まりきらない胸を揉みしだきながらご満悦だ。


(すげー……なんだあれ……ばよんぼよんしてる……)


 揉まれて跳ねる。お湯をぶっ掛けられて跳ねる。銀色の長い髪が纏わりついたソレは、とても男子には見せられない扇情的なものである。混浴だったならば男は皆前かがみだろう。


「グリちゃん。こっち」

「な、なんだ?」

「洗うから」

「う、うん。あ、じゃあ、ほら、エオ。アンタはアタシの前な」

「洗いっこですか! 元ぼっちのエオにはあまりにも眩しすぎるコミュニケーションです!」


 さりげない重さを挿入してくるエオを無視して彼女の背中に石鹸をかける。ミサンジ科学店で唯一収入源になりそうな商品だ、ほんのりとバラの香りがする。


 リーアも凄いが、しかしエオのこれはなんだろか。背中から乳が見える。どんな大きさだ。お前は本当に一四歳なのかと、頭にチョップをくれてやりたくなる。


(ん?)


 泡立てた石鹸を塗りたくっていると、その背中に、何やら紋章のような痣があるのを見つけた。

 所謂奴隷刻印ではない。無いが、魔術要素を感じる。

 もし、この刻印で苦労しているなら、とっくにヨージかリーアに相談している筈だ。

 それが無い、というのならば、自分が気に留める事でもないのだろう。

 

「もひゃ! ちょ、神グリジアヌ! 手つきがえっちです!」

「あ、こりゃこりゃ。申し訳ございあせんねえ」

「はぐっ、あ、あひっ」


 それにしても、肌がプリプリだ。洗った先から水を弾く。いや、それはグリジアヌも同じであるが、具体的に言うと何か、もっと情緒的新鮮度が違う。


「ふはは。なんかこりゃ、楽しいな。ほら、前向け、前」

「前は良いですよぉ!」

「グリちゃんもすべすべ」

「あひょっ、ちょ、リーア! そこ、ダメ!」

「……? ちゃんと洗わないと」

「自分でやるから、そこは!」


 思うに。リーアは最近良く本を読んでいる。ヨージが購入して来たものや、エオが頭の中にある本の内容を書き写したもの(それで商売すればいいのに)、ミサンジ所有のものも含めると、かなりの数だ。


 神の成長は神によりけりではあるが、リーアは学習能力が高い方だろう。


 つまり、何が言いたいかと言えば、最近、天然と見せかけて、わざとやっていないか、という事である。


「――ふふっ」

「あ、おい。リーア、アンタ」

「なんか、憂鬱そうな、顔してたから」

「は、はは」


 思わず片手で自分のこめかみを押さえ、項垂れる。まさか、リーアに気を遣われるとは、考えもしなかった。ビグ村に居た、つい三、四週間前までは、ぼけぼけとしていて、本人が本人として定まっていないような印象すら受けたというのに、彼女はもう自分を持っている。


 これからまだまだ、ヒトと触れ合い、知識と経験を得て成長して行くのだろう。

 しかしその場合……胸も成長するのだろうか。


「ゴメンな。実はヨージの事考えてて」

「よーちゃん?」

「お風呂ーお風呂ー!」

「ま、それは中ででも」

「んっ」


 湯に浸かり、伸びあがる。

 温度も丁度良い、無色透明の温泉だ。体調不良など感じる機会の無い神であるが、それでも疲れは溜まる。入っていると、全てが溶けて行くようであった。


「ヨージ。あれ、今何してるんだ」

「キシミア守護神のお願いを聞いてるんだって」

「あー。あいつ、どうしてああいうのに巻き込まれるんだろ」

「昔から、位の高い女性に人気だって」

「それは――何となく分かる。で、お願いってなんだ」

「んー。詳しくは話せないって。殺されるから」

「アイツが死なないだろ。竜精ぶちのめす男が、神如きに殺されるかよ」

「イナンナの孫なんだって。キシミア守護神の、エーヴ」

「……――」


 地母樹『イナンナ』の孫。即ち竜精同等である。難儀な男であるとは思っていたが、ここまで不幸を呼び込む体質であったか、とグリジアヌはまた頭を抱えた。


「あうっ、あうっ」


 思わずリーアの湯に浮いた乳を突いてしまうぐらいには、頭が痛い。彼と彼女達は一心同体だ。ヨージの不在がリーアとエオの運命の行き止まりである。この一人と一柱では、まだ自活など出来ないであろうし、あまり明るい未来は見えない。


「なんで落ち着いて風呂なんて入ってる?」

「大丈夫だって言ってたから」


「アンタさ、アイツだぞ? 竜精前にして大丈夫とか言う男だぞ? そら大半大丈夫だろうが、もしアイツが居なくなったら、アンタ達どうするんだ」


「困るー」

「アイツは何でも自分でするし、アンタ達に負担を掛けないようにいつも努力してる。そうだな?」

「うん」


「アイツは信徒で、アンタは神。確かに? 奉仕するという意味では? アイツに間違いは無い。が、私生活の面倒まで見られてるんだ、アンタは何か対価を支払ったか?」


「……――」


 珍しく、難しい顔をして考え込んでいる。神とヒトという立場ならばヨージは正しい。だがヨージの行っている事は、リーアの身の回りの全てだ。その場合、ヨージに見返りがあっても良いだろう。神への奉仕の対価はその『治癒』で良いにしても、神の生活維持の対価はまた違う。


「あ、いや。別に説教してる訳じゃないけどさ」

「ううん。グリちゃんの言う通りだと思う。でも、払う物が無い」

「金なんて言わないし、物ってんでもない。感謝したか?」

「してる。けど、受け取って貰えない。直ぐ、『勿体ないです』って」

「あー……」


 そうであった。これはリーアだけの問題では無い。あの男は直ぐそうだ。


 ビグ村で祭りを開いた、あの時もである。彼は労働の対価は受け取っても、感謝を素直に受け取らない。だからグリジアヌも考えて、無理やり部屋に押し込んだのだが……治癒神友の会は、まだまだ各所に見えない壁が有る。特にヨージは深刻だ。


「あ、神グリジアヌ! 我が神虐めましたか?」

「虐めてないよ。なあリーア」

「いじめられてない。仲良し」

「それは良かった! お風呂あったかいですねー。寝そう」


 更に、このエオという元修道女。ヨージもリーアも、その詳細を知らないでいる。頑なに自分の出自を語ろうとはしない。


「おいエオ。アンタさ、どこの出身だっけ」


「あー……エオはですね、ノードワルト大帝国帝都の、大空中庭園……ぶッッッ!! 違います!」


「……――あ、そうかあ。お前、凄いな。帝都出身なのか。気立てが良いと思ったぜ」

「あ、そ、そうなんですよお。元は都会っ娘でしてえ」

「エオちゃんすごーい……の?」


「まあ、都会のニンゲンったってピンキリさ。立派な修道院に詰められてたそうだから、貧乏じゃないだろうけど」


「ほーん……」

「あ、エオ、のぼせてきちゃった。神様達! お酒用意してあるので、あとでお酌します!」


 そういって、エオは慌てるようにして風呂を出て行った。


大空中庭園ロストガーデン』出身?


 大樹根幹地の『真上』に位置する、文字通りの空中庭園の産まれ?


 大樹『ユグドラーシル』は、太古の大戦で『伐採』された。今は切り株を残すのみであり、その切り株の上には、最古竜の三柱が坐している。


『伐採』後も空中に残り続けた大樹の葉、その上に『大空中庭園』は存在する。


 そんな場所に居を構える者達と言えば、大公家か――皇帝家だけである。


「グリちゃん、どうしたの?」

「あ、ううん。そろそろ上がろう。お酒飲みたいしな」

「んっ。おつまみは?」

「はっは。魚の内臓の塩辛、買ってあるんだよ」

「謎ー。謎食べ物ー。楽しみー」

「よしよし、上がるかあ」


 グリジアヌは改めて、自分がとんでもない者達の集まった場所にやって来てしまったと自覚する。運命の神とやらの名は、聞いた事は無いが……居るとすれば、間違いなく性悪だ。


(よ、ヨージで抱えきれるのか、これ)


 確かに、確かに、これは不味い。

 不味いが、今まで旅して来た、所属して来た組織の中で、一番驚きが有りそうだ。


(ま、裏方に徹してやるのも悪くないか。後でたっぷり恩を売ってやる)


 グリジアヌが旅をして、結局何を見つけたかったのか。


 あの平和な浜辺を出て、世界の苦痛をその身にやつし、歩きに歩いた神生には、どんな意味が見出せるだろうか。


 この治癒神友の会という者達の中には、もしかすれば、己の望んだものの一欠片があるのかもしれない。


 目を瞑ると潮騒が聞こえる。

 遠い遠い海の先。

 大樹『九頭樹グルジュ』の庭と海が、グリジアヌには未だありありと思い出す事が出来た。


「リーア」

「何?」

「アンタの傘下に入る。治癒神友の会、二柱目、アタシで構わないか?」




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