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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
46/328

この世に竜在りき4



女皇龍脈エンプレスコード――ッッ!!」


 刀を地面に突き立てる。


「は……あ――……!! ドラゴマギ……」「遅い!! 接続コネクト――ぉッッ!!」


 背後で爆音が響く。水魔法が放たれたのだろう。

 しかし、それをも凌ぐ衝撃が、今目の前に起こっていた。

 ヨージが何事かを唱えた瞬間、対象とされた竜精フィアレスから魔力の一切が抜ける。地面を通じて『吸い取られた』が正しい。

 フィアレスの驚愕は続く。口は半開き、目は見開いたまま、動く事が出来ないのだ。

 それは、絶対にあってはいけない事だ。

 フィアレスの眼前に存在する、ヨージという男が唱えた文言は、ニンゲンが口にしてはいけない、いや、口にしたところで何の意味も無いものだ。

 だが、全てが伴っている。

 本当に短い詠唱の中に込められた意味の巨大さ、膨大さは、竜精にして、受け止めきれるものではない。


「嘘、嘘、嘘嘘、嘘嘘嘘嘘嘘ですわ、嘘!!」

「嘘なものですか。僕という何もかもを賭したのですから」

「――そ、そういう問題……ではない……でしょう? 女皇龍脈? 大樹『扶桑雅悦』の子、十全皇の占有根幹魔力オールドパルスを、何故、なんで、貴方がッッ!!」

「旧知の間柄でして」

「冗談はよしてくださいまし! あんなバケモノの……お友達には、そんなものの使用権を授けますの!?」

「そりゃ、普通ならあり得ませんね」

「当たり前ですわよッッ」


 フィアレスの激昂が辺りに響き渡る。本来、竜精がそんな怒りを放とうものなら、周囲が音波の衝撃で吹き飛びそうなものであるが、今の彼女は一般女性と相違ない。

 女皇龍脈エンプレスコードは接続時、魔力を引き上げると同時に、近場の魔力も吸い上げる。本来無指向であるが――


「がっ……だから、首を落として……ッ」


 大量の魔力が漏れている場所から優先的に吸い上げるよう『指向』させた。何せ強欲な『かの龍』が保有する根幹魔力帯パルスラインであるから、脈自体も強欲だ。


「なんで、こんなところに……? あり得ない。もし、そんなニンゲンが居たとして……どうして、手放すでしょう? ああそうか、だから、ハハ。貴方、ああそう、ハハ! 貴方、十全皇に追われていますのね?」

「しつこい元カノでして」

「あはは! 冗談、冗談みたい! あはは! あの女! あの歳で! ニンゲンに恋したの!? あははははッッ!! バカみたい!! バカじゃないの!? あああッッ!!」


 天禊国禊八百柱大御神。大樹『扶桑雅悦』の子。大扶桑女皇国女皇陛下。原初の龍。

 ヨージ・衣笠を縛り付け、その身を、胤を捧げさせようとした、女の形をした化け物だ。


 女皇龍脈とはつまり、この星を駆け巡る無数の脈の中で、最も古く、最も力を蓄えたまま保持されている、かの龍が占有を宣言し、以降数十万年誰にも触れさせなかった、極大の力の渦だ。


 当然ニンゲン如きが触れるものではない。触れようと思えば呪い殺され、例え触れたとしても、発狂して死ぬだけだ。特に人間族、獣人族は不可能だろう。

 精神性が特殊なエルフ、かつ、接続を許可されたもののみに許されるものだ。


 そしてそんなものは、この世に存在しない、筈である。

 だからこその激昂、だからこその狂乱、故の絶望だ。


「……内在魔力オドだけ使っていたのも、そういう事でしたのね」

外在魔力マナは、大気中の魔力とはいえ、根源からあふれたものですから……そこから通じて、いつ女皇龍脈エンプレスコードを刺激するとも限らない。彼女は、当然龍ですが、案外神経質ですからね。どこにアンテナを張り巡らせているやら……解りますか、この気持ち」

「――……」

「そして当然ですが、こんなものを観られて、タダで帰す訳にもいかず、なおかつ、貴女は我が神に敵意を向けた。絶対に殺します。絶対に、殺します」

「あ、あ、嘘、本当に、死ぬの? 竜精が、竜精よ? 竜精に……死なんて、あるの?」

「さあ。殺してみれば分かるでしょう。例え地主神と同じで不死だろうと、何度だって刻むしかないでしょう。今魔力が無い貴女では、この事実をどこにも伝えられないでしょうし、やるなら今でしょう」


 刀を構える。占有根幹魔力帯オールドパルスラインから引き出した膨大な魔力は、これを叩きつけるだけで、神だろうが、竜精だろうが、ヘタをすれば竜すら傷つけられるだろう。力無いフィアレスがこれを防ぐ手段は無く、また受けた瞬間蒸発するのが目に見える。


「さて」


 竜精が通信手段を持たない筈が無い。魔法か、魔法科学か、如何なる手段かで、この事実を大教会と共有するだろう。そうなれば、ますますリーア達の立場が危うい。直接リーアやエオに咎が無かろうと、彼等は関係者一族郎党皆殺しぐらいヤる。

 更に言えば、リーアの能力も、伝えたいものではない。竜すらやらない蘇生を行うリーアだが、ではそれがどのような罪になるのか明確ではないが、竜精が処罰すると決めればそれは罪だ。

 死んで貰う他無い。


「い、命乞いなんて、した事がありませんわ。どうすれば良いのかしら……?」

「乞われた所で助ける余裕など一切ありません」

「そんな! 後生ですわ! な、何か欲しいものは? す、少ないですけれど、エルフがいつでも豪遊出来る人生を七周するぐらいの資産なら、直ぐに出せますけれど……」

「出来るじゃありませんか。お金は欲しいですね。逃げるにしても」

「まあ! では少しばかりですけれど……」

「要りません。死んでください」

「ヒッ」


 尻もちをつき、後ずさる竜精に対して、刃を構えて近づく。肉体を構成するだけで精一杯であろう彼女の首筋と胸からは、桃色の魔力が煙のように漏れていた。

 これでは完全に悪役だ。

 だが、生かしておいて得るものが無さ過ぎる。失うものが多すぎる。

 こちらは、全部支払ったのだ。

 例え、今でこそ力無い女だったとしても、竜精である事に一つも変わりは無い。正義の味方を気取る気は一切無いが、彼女が奪い続けて来たであろう命の数は、万をつけた上で指で数えても足りないだろう。報復に来る。次こそいとも容易く殺される。

 今は例外の例外の例外だ。


「よーちゃん」

「はい。我が神、今殺しますから、待ってくださいね」

「駄目」

「――例え、深遠のご配慮であろうとも、これだけは生かせません」

「駄目」

「じ、慈悲深い神ね……? み、耳を傾けては如何かしら?」


 ヨージの前にリーアが立つ。これは、困った。


「フィアちゃん」

「あ、あら。はい。何かしら?」

「私は、何で殺されるの?」

「……――若き神。あのね、神は様々な力を持っていますけれど、神が行っても良いという、領分がありますの。ヒトの生死を采配して良いのは、竜だけ」

「それは、決まり事なの?」

「いいえ。いいえ。わたくしの判断ですわ。わたくしは竜の代弁者ですもの」

「じゃあ、見なかった事にとか、出来る?」

「も――勿論ですわ。では、黙ります。大教会にも、報告しません」

「村から、手も引いてくれる?」

「ええ、こんな村……いえ。ビグ村には、触れません。元より、独断ですもの?」

「えーと。よーちゃんの力。私は、良く分からないけれど、凄いの?」

「凄い……というか、あり得ない、が正しいような……」

「それも報告するの?」

「しませんわ。しません。竜精フィアレス・ドラグニール・マークファスの名に懸けて、一切の口を閉じますわ……惟鷹さ……いえ、ヨージさん。あの、この条件では……如何かしら……?」

「殺します」

「あー! 待って、待ってくださいまし! 嘘ぉ! やだぁ! 殺さないで!」

「子供ですか……腹ぐらい括ってください、何万年生きてるのですか、恥ずかしい」

「扶桑人が可笑しいんですのよ! どうしてあんな簡単に括るのか意味不明ですわ! ううう、ふえー……ッ」


 フィアレスは……力無くグッタリしたかと思うと、丸くなって泣きじゃくり始めてしまった。

 まさか竜精がニンゲンに追い詰められた事例など、存在しないだろうし、蟻か羽虫かと思っていたものに蹂躙されれば、確かに泣きたくもなるかもしれない。


「我が神。口約束なんてものは、直ぐ破られるのです。前科もありますしね。竜とヒトは対等ではない。彼等が決めたならば、僕等は殺されるだけです。どんな約束も、無意味だ」

「でも、女の子切り刻むのは、良くないと思う」

「女の形をしていようが、化け物は化け物です。身をもって知っているのです、僕は」

「……女皇陛下? よーちゃん、女の子と付き合った事あるの?」

「あの、僕、五三歳ですよ。そら、あるでしょう」

「えー……」

「そんな不満げな顔されても……ああ、とにかく殺します」

「駄目」


 これを生かした場合。地獄しか無かろう。それを、リーアがどれ程理解しているのだろうか。判断は早くせねばならない。

 今、ヨージはニンゲンの限界を超えた位置に居る。本来その器に収めてはならない力を、これ以上は保持出来ない。

 時間が経てば経つ程、竜精は回復する。

 だが、リーアはヨージの前を動こうとはしない。


「優しすぎます、我が神。僕達、殺されかけたのですよ」

「生きてるもの」

「そうですが、結果論です」

「……ねえ、あの、殺さないの……?」


 ひとしきり泣いたらしいフィアレスが顔を上げる。濡れた猫のようだ。いや、濡れた爬虫類だが、そんな例えをしたら竜罰を受けそうである。


「フィアちゃん。約束して。誰にも喋らない」

「絶対に、絶対に、守りますわ。どうか、その……」


 何一つ信用する要素が無い。竜精の思考回路はニンゲンには分からない。女皇龍脈を行使した自分は、もう終わってしまっているが、リーアとエオにはまだまだ生きて貰わねばならない。

 これを逃す手は無い。殺さなければならない。

 だが。

 リーアは何故か泣いていた。

 どうして泣くのだろうか。

 自分を殺そうとした者に対して、涙を流せるものなのだろうか。

 甘い。生が浅い。産まれて間もない。何も知らないから、そんな純粋でいられるのではないのか。

 しかし。

 しかし、自らの拝む神が懇願するのだ。

 自分を助けてくれた、生かしてくれた神が、どうしても殺さないでと言うのだ。自分は、今までどうして来ただろうか。

 大切なヒトを殺された時も。

 大切なヒトが、取り返しのつかない事になった時も。

 自分は、その時、その場で、どう判断しただろうか。


『――兄貴。惟鷹の兄貴。俺、死んじまうけど――……』

『兄様。惟鷹兄様。まゆりは――まゆりは――』


 殺すばかりで、何一つ、守れなかったではないか。

 死にたくない。生きていたい。殺されたくない。自由を、奪われたくない。


「……竜精は、あらゆる命を平らげて来ました。千でも万でも、足りない程でしょう」

「ええ、ええ。だって、そのようにしか、産まれていないもの。作られて、いないもの」

「僕は、身近なヒトだけでも、助けたかった。僕は、僕と僕の仲間と家族を、生かしたかった。僕も、沢山殺しました。軍人ですからね。皆、生きたいと願った。殺したヒト達だって、そうでしょう。だから、今更、偉そうな事は言えない。大きな事も、言えない。僕は、僕と我が神と、エオ、これだけを、今は助けられれば良い。貴女を殺して」

「……――」


 刀を、鞘に納める。


「行け、竜精。二度とそのツラを見せるな。もし今後、治癒神友の会に害成せば、僕は、もう何も、きっと許さないし、許したくない」

「よーちゃん。よーちゃん」


 リーアが近づき、ヨージを強く抱きしめる。

 優しく、そして愚かな神なれど、我が神だ。

 これから、さて、どうなるだろうか。こんなものを生かして、どうなるのか。

 辛く険しい道しか、残されないのではないか。

 ヨージが悲観主義だからか。本当は、もっと幸福な未来が、有るのではないか。


「感謝します、慈悲深いヒト。きっと、非道を歩まされたヒト」


 そういって、フィアレスが身体を無理やり奮い立たせ、ゆっくりと山の中へと消えて行く。

 今ならばまだ間に合う。この一刀で、終わらせられる。

 だが、その時、リーアが一体どのような顔をするだろうか。

 辛い顔はさせたくない。

 彼女が与えてくれた禊の機会を、逸したくはない。


「ぐっ……げほっ……あっ」


 喀血。肺腑が傷ついたか。

 当然だ。この魔力は、ニンゲンの身体に宿して良いものではない。


「よー、ちゃん?」

「うん。はい。まあ、当たり前でしょう。知ってますか、これ、普通のニンゲンに流すとですね、発狂して死ぬのですよ」

「あ、よ、よーちゃ」


 全身から力が抜け、魔力が解放されて行く。

 これには覚えがある。つい最近だ。

 視界がかすみ、呼吸し辛く、胸が苦しい。

 走馬燈が幾重にも重なって、己の人生を反芻させる。

 勝ったのか。

 負けたのか。

 分からないが、今は凌げた。


『くっ……ふふっ、あはは! いたぁ! そんな処に! そんな処に居りましたのね、惟鷹様! まあ、なんて田舎、なんて辺境! もお、探しましてよ、貴方様!』


 ああだが。

 あのヒトの声が、直接脳に響く。

 それはそうだ。あのヒトの力を直接借りたのだ、場所だってバレる。


「ヨージ!」

「衣笠さん!」


 声が聞こえる。

 生きていたのか。ならば良かった。死ぬ気で戦った、甲斐があるというものだ。



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