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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
47/344

明日を目指す旅路1



 遠く遠くから、聲がきこえる。

 麗しく、美しく、華を滴る雨粒が如き聲がきこえる。

 カミよ。

 アソラよ。

 ――我が龍よ。


「何故、頼ってくださらないの? わたくしはいつもいつも、貴方様をお慕い申し上げておりますのに。龍が怖い? 化け物は嫌? まあまあ、一度委ねてみてくださいな。きっとより良き明日が見える事でしょう。一万年に一度の恋ですもの、是非、受け入れてくださいな、惟鷹様」


『ソレ』が言う。

『今日』の見た目は十歳の童女だ。

 アレに常識など通じない。ニンゲン世界の法則など一つも当てはまらない。

 明日は少女の姿だ。

 明後日は妙齢の姿だ。

 次の日は、全く別の姿だろう。

 これは何人目の彼女だ?

 普段、七二人程に分身わけみを用意して、扶桑各所で治世を行っている。そも、数など数えるだけ無駄か。彼女が望めば如何様にでも姿が変わり、数が増える。

 右に左に、上に下に。

 家に、職場に、戦場に、彼女は現れる。

 風呂場に、厠に、布団の中に、押し入れの中に、彼女は居る。

 気が付けば当たり前の如く、ヒトを蕩かす笑みを湛え、彼女は誘う。

 一人では足りないだろうと、貴方様には無上の快楽をと、二人、三人と、増える。

 右に左に、上に下に。

 ヒトを離れた絶世の美女が、埋め尽くされている。

 恐ろしい。

 怖ろしい。

 おそろしい。

 自分が望めば、彼女は何でも叶えてくれる。金を無心するなどバカに思える。何かを努力するなど阿呆の所業のようにすら感じる。

 ヒトの身である事の無意味さ、ヒトの価値の無さ、世の事象、森羅万象、万物万理、何もかも、彼女の前では意味が無い。

 そんな、そんな無意味さに押しつぶされてしまう。

 幾らエルフとて、そんな精神、持ちえない。


「助けてくれ……時鷹ときたか……たすけてくれ……」


 死んだいとこの名前を呼ぶ。

 一族の期待、本来家を継ぐべきだった、親類の星。

 自分を兄と慕ってくれた、輝ける『古鷹一族』の未来。

 古鷹本家は彼の死を悲しんだ。

 人間族と交わり、衰退した『青葉家』ではなく、純粋エルフたる『衣笠家』の長男、時鷹こそが、みんなの希望だったのだ。

 皆は責めた。

 輝く星を護れなかった、青葉惟鷹を責めた。


「殺したくて、殺す訳がないだろう……僕は! 僕は戦ったのだ。アイツと、時鷹と! ともに、手を繋いで! 若いアイツは、死ぬべきじゃあない! そんな事、分かってる、当たり前だろう!」


 憧れていた。

 若く、強く、美しいあの男は、青葉惟鷹とはモノが違う。

 お家を護り、お国を護る、未来だったのだから。そんな彼が、自分を兄と慕ってくれた。落ち目の分家の長男如きを、彼は尊敬してくれていたのだ。


「そんな事でお悩みに? 言って下されば良いのに」


 やめろ。


「彼を構成した物質一握り、何でも構いません」


 やめてくれ。


「まあ、髪の毛。ええ、問題ありませんの。わたくしに出来ない事なんて、つゆ程にもな無いのだから。さあ、惟鷹様。お喜びになって。貴方の愛しい弟君は、すわ眼前に」

「やめてくれ……やめてくれぇ……やめてくれよぉ……お願いだ、アソラ、我が龍、これ以上、これ以上、僕の価値を壊さないでくれ……殺さないでくれ……」


 頭がおかしくなる。

 あの女にとって、ヒトなんてものは粘土細工でしかない。

 そこに、肉体も、魂も。ニンゲンという難しい構成の存在を、何もかも、本当に、元あったように、完璧に、再現してしまう。

 ……頭がおかしくなる。


 アイツは死んだ、死んだ。

 死んだのだ!


「兄貴」


 刃を突き立てる。還れ。還れ。

 ここは、もう、お前の居場所じゃあないのだから。

 どれだけ皆に乞われようと、どれだけ皆に望まれようと、死んだニンゲンが蘇っては、いけないのだから。青葉惟鷹の価値の為、お前の死の価値の為、ニンゲンの生命の価値の為、還ってくれ。


「妹……まゆり、頼むよ。兄貴。兄貴なら、安心だ」


 衣笠時鷹。我が一族の星。その妹。


「時鷹兄様に何かがあれば、惟鷹兄様を頼れと。親族の皆さんは、五月蠅く言いますけれど、時鷹兄様は、常々惟鷹兄様を慕っていました。誰よりも尊敬していました。だからまゆりは、惟鷹兄様を責めたりなど、しません。時鷹兄様は、貴方の腕の中で亡くなれて、幸せだったでしょう」


 済まない。

 済まない。

 済まない。

 許してくれ。まゆり。


「まゆりは、これから惟鷹兄様の妹です。どうか、どうか。時鷹兄様と同じように、親しくしてください」


 珠のように光る娘だ。あの兄があり、この妹が居るのだ。

 何が在ろうと護る。絶対に護る。

 自分の命など、この尊い妹に比べれば、カスのようなものだ。

 何もかも、全部全部投げ打って、護ろう。護らねばならない。

 護らねば……


「――あら、新しい子。ねえ、惟鷹様。可愛らしいですわね? 美しくありますわね? 古鷹の一族は、本当に恵まれていますのね」


 やめてくれ。


「そんなにそんなに、愛おしい? このわたくしよりも? あはははッ」


 やめてくれ……お願いだ。

 アソラよ。

 我が龍よ。

 十全皇よ。

 天禊国禊八百柱大御神よ。


「その子、その子だけは……その子だけは、やめてくれッッ!!」

「だぁめ」


 化け物に。まともな話が通じる筈が無いのだ。龍とニンゲンは、絶対に分かり合えないのだ。



「やめてくれぇぇェェェェ――――――ッッッ!!」




 明日を目指す旅路



「うああああぁぁぁあッッッッ!!」


 全身が突如痙攣したかのように飛び跳ねる。前後不覚、上下不明、高波に浚われ蹂躙されたようにして、ヨージはベッドから転げ落ちた。


「あ、ああっ! あ、あ……ああ……」


 悪夢。いいや、悪夢なものか。何もかも現実だ。

 使ってしまったのだから、アレを思い出すのも仕方が無い。

 つまり、再び繋がってしまったのだ。


「あらまあ。どうされましたの。悪い夢でも視ましたかしら?」

「アッ――ああッ」


 ベッドの横。その椅子に、あの女が座っている。

 夢、夢ではない。

 身体が痛い。

 もう来たのか。

 距離なんてものは、この化け物には適用されないのだろう。そもそも、本人であるかどうかなど、問題ではない。近場に『作れば』良いだけの話なのだ。これはそういう類の、神話のバケモノなのだから。


「本当にボロボロ……御労しい。最後の最後まで渋りましたのね? 出し惜しみ」


 黒髪、おかっぱ髪。扶桑の一般的な童女の装いで、この女は居る。

 面白そうだ。面白いものか、何が楽しいか。


「つ、使える訳がない、クソ……使ったんだった……」

「くふ、くふふふッ! ああ、おかしい。貴方様の震える顔ったらない。素敵。愛していますわ」

「帰れ、化け物め」

「あらやだ。女皇陛下に対して化け物呼ばわり! 本当ならば、一生死ねない檻の中に入って頂いて、毎日死ぬ程の拷問を加えて差し上げるところですけれど、貴方様は特別。御咎め無し。特別、特別。くふふッ」


 特権階級を嫌ったヨージに対して、この物言いだ。お前は私の掌の上からは逃げられないと、お前は絶対殺す事などせず、いつか必ず飼い慣らしてやるのだと、この女は言っている。


「帰れ」

「いけず。久しぶりにお顔が見れて、歓喜していましたのに。よくもまあ、こんなところまで」

「話す事なんか、一つも無い」

「まさかまさか。有り余る程有りますでしょう。現状、お苦しいのでは? アソラが、ええ、貴方様のこのわたくしが、全てマルッと解決して差し上げますのよ?」

「何も触るな」

「反抗期――可愛い――素敵――」


 ふるふると震えながら、子供がしてはいけない顔で悶絶する。

 何が龍か、何が十全か。こんなもの、色情狂が形を成したものと相違ない。


「冗談はさて置き。何せヒトサマの土地ですから、勝手は出来ませんの。まして、こんな帝国の内陸部に、龍が居ると知れたら、竜精どもが束になって襲ってきますわ。大変愉快ですけれども、村どころか国が一つ滅ぶ可能性も見えてしまう。これは、いけません。何せわたくし、これでも一国と複数の植民地を支配する統治者ですの。むやみに世界を乱すものではありませんわ?」

「……」

「……――そう硬くならず。これでも、わたくしは反省致しましたのよ」

「反省? うん十万年前から、精神性の変わらない龍が、反省?」

「酷い、女を年増と罵るだなんて。ま、それは良しとしまして。交渉に参りました」

「御自ら? ハッ」

「治癒神友の会。これ、扶桑で公認致しましょう」


 明るい笑みで、化け物が言う。答えは決まっている。


「結構です」

「そう逸らないで。貴方様の身柄は当然、わたくしの悲願ですから、確保致しますわ。代わりに、扶桑での布教許可、女皇陛下お墨付きを発布、貴方様もそのまま、宗教の幹部に居座って頂いて構いません。貴方様はあの国で自由を得られる。あの国で、ですけれど、それ以上の束縛は致しません。現在の指名手配は全部白紙。何でしたら、官位は如何? 官職は如何にしましょうか。格好の良いもの、幾つか身繕わせます。ああ、所領は、そうですわね、実京じっきょうから近い場所。一〇万石程度ですかしら」

「……何も反省してない」

「……だって。わたくし、与えるぐらいしか出来ませんもの。彼が無欲で困ります」


 拗ねたように、口を尖らせて言う。

 これが怖い。コレに、基本人格なるものは存在していない。

 『あらゆるもの』である十全皇は、その時々、作り上げた肉体に性格が寄る。故に今は、知識こそあれど見た目相応の、十代の少女程度の性格だ。

 出会ったあの日と、同じ格好、同じ服装、同じ髪型をしているのは――彼女なりの、誠意なのかもしれない。

 いや……なんだか、アンバランスに、胸が大きすぎる気も……するが。


「……寝起きで錯乱しました。失礼。しかし、お断り申し上げる」

「そんなに、自由である事が素晴らしい?」

「貴女に縛られない自由ですかね?」

「あー。それは難しいお話です……ま、貴方様が寿命で亡くなるなどもっと先でしょうから、気長にお待ちしておりますわ」

「……なんと、お帰りで」

「帰れと仰いましたでしょう? だから、反省致しましたの。しつこくないよう」


 だから、今この状態がしつこいのだ、という言葉を飲み込む。

 しかし、この女がただで帰る訳が無い。何を企んでいるのか。


「シュプリーア」

「……!!」

「可愛らしい……良い神ですわ。いささかばかり、まともでは無さそうですけれども」

「――……ッ……ッ」

「嗚呼、うふふ、その睨んだ顔が見たくて、口にしましたの。触りません、触りませんわ、今は。今回は報酬として、なんと、少しだけ見逃して差し上げます!」

「……は? 報酬?」

「貴方様のお妾の為にわたくし占有根幹魔力オールドパルスを使用されましたのは、大変に、それはもう、大変に不愉快なお話なのですけれど……それ以上に、竜精めを退治してくだすった」

「まあ、逃がしてしまいましたがね。あと、妾ではない」

「ヒトの身で、あれを殺せるとお思いになる辺り、流石としか言いようがありませんわ、愛しい貴方様。竜精はちょっと突くとすぐ怒る。短気で情が無くて趣が無くて、好きません。だから、そんな畜生めを敗走せしめました貴方様に、報酬。ご褒美。女皇陛下からの、お許し」

「……――」

「右往左往、してくださいまし。わたくし楽しく眺めさせて頂きますわ。非道と罵られ、エルフの風上にも置けぬと恨まれ、逃げ回った貴方様……御可哀想。ふふっ、ああ。御可哀想な姿が、とてもとても、愛らしい。新興宗教経営、頑張ってくださいまし、青葉惟鷹様。愛しい、愛しい、わたくしの男。嗚呼、本当に、好き、好き、好き好き、大好き……ふふっ、ふふッ」


 十全皇の分身は、一しきり笑った後、そのまま床に溶けて消えた。比喩ではない。

 あれはどこにでも居る。どこにでも在る。

 居ようと思った場所、居たいと思う場所に居る。

 これも、魔力で作り上げた、しかし実際殆どヒトと変わらない、使い捨てなのだ。

 寝起きからとんでもないモノに出会ってしまい、精神の値が下がる。


「あうー! ヨージさん起きなかったらどうしましょー我が神ぃ!」

「起きるよ」

「そうですかー? 本当ですかー? ヨージさんそのまま植物になりません?」

「ならないよ」

「我が神が言うんだから間違いありませんね! 流石我が神! おはよーございまーす!」

「声がデカすぎる……いえ。声が大きすぎますよ、エオ嬢」

「あはは。うわー! 起きてる! ヨージさん!」

「ぐえぇ」


 エオの上段タックルを食らい、首が締まる。それにしてもおっぱいがすごい。


「よーちゃん、死ぬ、死ぬよ、エオちゃん」

「ぐえぇ」

「ああ!」



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― 新着の感想 ―
最高や………
[一言] >いや……なんだか、アンバランスに、胸が大きすぎる気も……するが。 ?! いろんな意味で『成長』しているというのかっ?!
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