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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
310/339

盈昃・空理1



 幼年の頃以来、青年となった彼と顔を合わせたのは、新年祝賀会の席であった。それ以前から話は聞かされていたが、いざ顔を合わせてみると、聞いていた以上に自分に良く似ており、古鷹佐京が半笑いであった事を未だに覚えている。


「惟坊」

「なんです」


衣笠秋鐘きぬがさあきかねの倅だ。今年から軍校に通う。面倒を見てやれ」

「……ニヤついて、気持ち悪いですね……何が面白いのですか」


「面白いぞ、入って来い」

「失礼します」


 部屋に通されて来た男を一目見て、これはイカン、と感じる。何がイカンと言えば、自分に似ている上に、暗さが全くなく、光り輝いて見えたからだ。何より純エルフであるから、耳が自分よりもピンと張っていてカッコイイ。国の一つや二つ傾けるかもしれない。


「……――」

「プッ、ぐ、ふふっ。惟坊、顔が面白いぞ。面白いであろう」

「クソ爺が……」


「お初にお目にかかります。衣笠時鷹です。お噂はかねがね……うわ、本当に俺に似て……いや、俺が似てますね。新聞で見るよりずっと男前です、ワハハッ」


「お話しますから、親父殿は酒でも注がれに行ってください」

「おうおう。当主を邪険にするのは貴様ぐらいだぞ。まあいいが」


 この時の自分と言えば、兼仲ミオーネを失い、ニンゲン関係に不信感を抱き、かなり荒んでいる時期であった。宣ルーイエ国との戦争も大詰めとなった頃でもあり、己の抱くうっ憤を晴らすかのような目覚ましい戦果を挙げている頃でもある。


 既に英雄と連日報じられるくらいには、青葉惟鷹は扶桑を代表する軍人であり、古鷹佐京が満足するような立場にあったとも言える。故に、当主に悪態をついたぐらいで古鷹での地位が揺らぐような状態でもない。


「うおお……本物だ。本物の青葉惟鷹だ……」

「僕は君が期待するような人物でもないよ……青葉惟鷹権少尉だ。宜しく、時鷹」


 権少尉。エルフの階級は人間階級で言えばその三つ上程度となる為、実質少佐前後である。海軍ならば巡洋艦艦長、陸軍ならば大隊を任せられていても不思議ではない。明確にこの差異を定めている法はないが、慣習的な認知だ。


 ちなみに、種族エルフ認定されているニンゲンは軍大学校を卒業した時点で権准尉となるが、そこから権少尉に上がる為には、大抵の場合二十年かかるのがザラだ。


「酒はやりますか」

「はい、いただきます。あ、あ、惟鷹殿にお酌されるだなんて、申し訳ない」


「軍人であればそうでしょうが、君はまだ高等生でしょう……そうだ、希望の専科はありますか」


 扶桑軍大学は陸海複合の士官学校であり、家柄七割才能二割希望一割で入学後の適性試験を経て各種専科に振り分けられる。軍大学校卒業後の軍での配属先も決まるようなものであった。


「いえ、特には。しかし参謀部やら諜報部は合いそうにないですね」


「それは正しく僕もですね……古鷹の猛禽なんてものは、殴り合って幾らの存在です」

「まさしく、まさしく、ハハハッ」


 この陰鬱な家にあって、彼は随分と明る気で楽し気な男であった。


 彼は鷹の名を背負っている。分家筋でこの名を背負う事は即ち前線で敵を殺す事で身を立てる事を運命づけられているものだ。他に居るのは、蒼鷹ぐらいだろう。


「剣技も魔法もそこそこ以上と聞いていますが、本土の大会になどは出ていないのですね」

「その場合惟鷹殿とかち合いますね。殺し合いになってしまいますよ」


「殺す前に気絶させますからご心配なく」

「……実際、どうなのでしょう」


「どう、とは」


「古鷹家始まって以来の大天才、青葉惟鷹。巨人族討伐に始まり宣ルーイエとの戦争でも、数々の功績を挙げていると聞いていますが、実際に目にしたワケではありませんから」


「ほほう」


 時鷹がニヤリと笑う。さわやかな雰囲気に似つかわしくない剣呑な雰囲気を醸し出し始め、惟鷹が頬が吊り上がった。蒼鷹程ではないが、命知らずの馬鹿は何人も相手にして来た。こういった手合いは笑って受け流すのが一番であるが、自分も時鷹の実力が気になっていた部分がある。


「道場へ」

「……――、え、良いのですか?」


「自分で誘っておいてやっぱりやりません、は通りませんよ」

「うわあ、言ってみるものだなぁッ」


 何とも軽い男だ。古鷹家の期待株、というものは大体期待外れを起こして、以降視界に収まらない者ばかりである。彼もその類だろう、そのように考えながら木刀を手に道場へ立つ。


 新年一発目の催しとしては上出来だっただろう、親族がわらわらと集まり観戦を始めた。


『何法秒持つかな』

『秒持ったら天才だぞ』

『何されたかすらわからんままやられるんだよなぁ』


「時鷹。古鷹流に合図はありません。殺したい時にかかって……」

「ジャァァァアッッ」


 惟鷹は頷く。彼が本当に正しかったからだ。戦う前にゴタゴタと述べているような相手は、刀で黙らせるのが一番速い。問題は、幾ら速かろうと、惟鷹相手では必ず後手になる事だろう。


「ブゴッ」

「浅い」


 横薙ぎの一閃、だが剣先が到達するその瞬間に前へと出て、腰に差していた木刀の柄を顔面に叩き込む。


 魔法防御ごと時鷹が吹っ飛び道場の壁を突き破る。破損防止の為頑丈に造られている筈の壁だったが、大穴を空けてしまっていた。


『流石にキツいかぁ』

『アレと比べるのは可哀想だぜ』


 というのが周囲の評だ。時鷹の実力に気が付いたのは、相手をした惟鷹、爆笑している佐京、道場の端で舌打ちしている蒼鷹ぐらいなものだっただろう。


「あの間合いで差し込み? 柄か……いででで……いや、お見事……」


「ふうむ……親父殿」

「うむ。おい、時鷹」


「はひ。なんでありましょう、佐京様」

「軍大学校は特科に入れ。こちらから口利きしておく」


「特科……? 自分は近専(近接戦闘部隊指揮官育成科)希望でしたが」

「御託を述べるな」

「あ、はい……」


「ほれ、お開きじゃ貴様等。明日は剣開きぞ、各々体調を整えよ、解散解散」


 皆がすごすご下がり始め、道場には惟鷹と時鷹のみとなる。ちなみに蒼鷹は二度舌打ちして出て行った。相変わらずだ。


「恐れ入りました。ヒトの動きが見えないなど、生まれて初めての経験で」

「僕はそれを古鷹佐京で体験しましたね。しかしよく耐えました」


「耐えましたか? 派手にぶっ飛びましたけど」

「いえ、殺すつもりぐらいで殴ったので」


「えぇ……――」


「才能があります。特科はつまるところ、各武家の後継者が勤める学科です。佐京がそういうのですから間違いないでしょう」


「自分が、古鷹の?」

「僕がちょっと泣きそうになるぐらい厳しい場所ですから、死なないように訓練してください」


 時鷹は一瞬だけ嬉しそうな顔をした後……『死にたくはないなぁッ』と叫んで道場を出て行った。


 ふと、微笑んでいる自分が居た事に気が付く。ミオーネが死んでからというもの、全てに疑いをかけて生きていた。どれもこれも阿呆の馬鹿垂れで、己と同等か己以下かの無価値さしか見いだせないものばかりだと、心のどこかで考えていた。


 だがどうだ。いざアレを目にして、楽しみにしている自分がいる。


 自分と似た顔をした彼が、しかし自分とは異なる感性で、異なる強さを身につけられるのではないかという、他には絶対にかけられない期待である。





『流れとしては、いつも通りだな。俺達の戦いというものは、そういうものらしい。一撃で片付くものではない。ぼけっとするな。こっちを見ろ、俺を殺しに来い』






『宣ル軍無条件降伏 大扶桑国圏傘下へ』


『御龍 宣ル国ノ自治権認可』


『青葉惟鷹権少尉 特武功落日勲章授与 古鷹家万歳三唱』


『青葉家 守護役ヨリ独立蕃主格上ノ検討』


 武功が大きすぎたあまり、既存の勲章では足りなくなり、特別創設された勲章を授与と相成った。古鷹の分家筋、西真夜守護役から独立し、蕃主として格上げも考えられているという。扶桑と古鷹の未来は見事に明るく、大英雄の誕生に扶桑国全体が湧いていた。


 飛び交うチラシと花吹雪。極彩色の垂れ幕が踊る。戦勝気分は経済に反映し連日セールが行われている実京の街中を、外套の襟を立てて軍帽を深く被る惟鷹と時鷹が行く。


「兄貴、お陰様で俺が兄貴に間違われる始末ですよ」

「仕方ないでしょう顔が似ているのですから……ああ、ここです。ここなら静かだ」


 逃げるようにして喫茶店に入り、いつもの甘味を注文する。


「青葉様、大変ですねぇ。あれ、そちらの方は?」

「従弟の時鷹です」

「ど、どうも」


「うわ、顔が良すぎる。てか似すぎ。え、やば。独身? アタシどう? 可愛いしえっち上手だよ?」

「あ、いえ、あ、いえ……」


「ほら、給仕してください」

「はぁい」


 田舎には居ないタイプの婦女子に絡まれて時鷹はたじたじであった。時鷹ぐらいの頃には、もう複数人と関係のあった惟鷹には、実に初々しく感じられる。


「な、何笑ってるんですか」

「僕もそんな反応が出来たらねぇ……」


「はあ」

「特科はどうですか」


「まだ一か月経ってませんよ。が、流石に才能の坩堝なだけあって、皆クセが強くて」

「懐かしいですね。まあ、僕は僕でしたから、大した問題もありませんでしたが」


「ニンゲン関係はどう掻い潜ったんですか」

「何も。ただ真っ直ぐ卒業を向いていただけですよ」


「天才はこれだから」

「君もその部類に入るのですよ。他から見たら、古鷹の化物である事に変わり有りませんから」


「兄貴にはなれませんよ」


「君は君らしくやればいい。古鷹の空気と合わない、などと考える必要もない。どうせ僕が当主になったら、この空気も変えてやりますから」


「そりゃ有難いですよ。古鷹本家、佐京様におんぶに抱っこだ」


「限界なのですよ。才能頼みの一族づくりが。なので、僕や君のようなニンゲンが居る間に、古鷹家は改善して行かねばならない。なので早く卒業して早く偉くなってください」


 これからこの家は自分が背負って行かねばならない。そういう気持ちはそれなりにあった。特に古鷹佐京は怪物だ、これを上手く扱って古鷹家の改造を図るのは、一人では容易でない事など明らかだった。


 だがこうして、話の分かりそうな男が一人増えたのは、本当に僥倖だ。


 戦う上で、死なない為の才能は必要だ。それを糧に生き延びて来た一族である。だがやはり限界はある。特にエルフの多い一族は、古参に頼りっぱなしになってしまうからだ。これから時代が進むにつれて国家の統合が進み人種が増えるかもしれない。結果新しい価値観も産まれて来るだろう。


 そうなった時に、才能一本槍でどこまで家を存続出来るものだろうか。


 多少劣る力でも、訓練と学問でやっていけるだけの一族の気風を育てて行かねばならない。


「ふぅむ」

「……?」


 時鷹とは新年の一件以降、週に一度は顔を合わせていた。惟鷹程とはとても言えないが、それでも力のある彼をそのまま野放図にしておいて、おかしな道に進まれても困る。その為にも……これからやって来るであろう、様々な困難に対応出来るよう、先達として助力しなければならない。


 特に女関係は。


「ちなみに、話は通してありますから」

「え、なんです?」


「さっきの子です。可愛いでしょう」

「はあ……そうですね。凄く都会らしくて」


「今晩お相手してあげてください」

「……えぇッ」


「あれはとても出来たヒトです。女の何たるかを教えてくれますよ。ああ一応断っておきますが、僕が権力にあかせて強要したなんて話はありません。彼女がちょっと男好きすぎるだけですから」


「えあ、あ、え、マジですか……俺、え、俺今日で……」


「というか……その顔で今までよく童貞でしたね……僕が言うのもなんですが」

「そ、そういう事するのは!! お、奥さんになるヒトだけだって、お、思って」


 開いた口が塞がらない。惟鷹はこの数十年で一番の阿呆面を晒していた。


 そんな考えがあるとは……いや、お堅い扶桑男児とは言うが、据え膳を食わない奴がそれを名乗れるのか、果たしてそうなのか、どうなのか……惟鷹は頭を振る。


「お花ちゃん、今晩無しで」

「えええッ!! 楽しみだったのに、なんでッ」


「時鷹坊やは、まだ致したくないと」

「そんな……」


「も、申し訳ないです。その、自分はその」

「逆に燃えるわ。青葉様、別に付き合うのは否定しないよね?」

「どうぞどうぞ」


「時鷹君、絶対貰うから」

「ひえっ……」


 ……情けない自分を客観的に見せられているようで、なんだか愉快だった。笑いが込み上げ、思わず口を覆う。


 しかしそうか成程、とも思うのだ。似たような家柄にあり、才を期待されながらも、これほどまでに違うのである。似ているのはやはり顔ばかりだ。どこがそれが、安心するものでもある。


 自分とは違う道筋を辿って欲しい。古鷹から逃れられる訳ではないが……彼が新しい道を作る事も出来るだろう。


「はい、ぜんざい。時鷹くんのも」

「どうも」

「アザッス……」


「あ、そうだ、青葉様」

「なんです?」


「新聞見たよ。いやあ、遠いヒトになっちゃうんだねぇ」

「ああ、勲章ですか? 別に大したものじゃ」


「違うよ。こっち」

「ん?」


 ウエイトレスのお花が新聞をテーブルに広げる。どうやら号外のようだ。

 特武功勲章の話かと思って覗き込み、思わず顔が引きつる。


『祝 十全皇陛下 御婚約を御発表』

『青葉惟鷹権少尉 執政侍王しっせいじおうへ』


 眩暈がする。ぜんざいを一気にかき込み、コーヒーを一息に飲み干す。


「お花ちゃん水」

「は、はひ」


「ぶふ……うう。あ、あのヒトマジですか……」

「え、あ、兄貴……? いや、執政侍王陛下……?」


「王配ではありますが政治の一部門の役職ですから形式的に閣下ですかね……いや、僕何も聞いてませんけど」


 ジッと紙面を見る。そこには満面の笑みをお湛えになる女皇陛下がお可愛らしくも玉座にお掛けになり、青葉惟鷹の生前木(死が身近な者が用意する墓となる苗木)をお抱えあそばしていた。


 著しくは家族が盆栽のように保管するものだが、想い人に送る事もある、扶桑人にとって一番重たい贈り物だ。


 当然送っていない。が、あれは恐らく扶桑雅悦の分木だ。高位神が散去さんきょした場合などに用意される。……鉢植えには『青葉惟鷹』という名札が刺さっていた。


 婚約、など一言も発していないだろうが、事実上そうなってしまう。


 戦争も無事終結、落ち着いたところで婚約発表か。

 正直、複雑この上ない。惟鷹はミオーネの死に十全皇が関わっていると疑っている。

 だが疑いばかりで証拠もない。あったとしてもあの女が晒す筈もなかった。


 あれは人外。あれは怪物。あれは超越者。あれは、女というものの全て。


 自分に否定権など元から存在していない。


「う、噂にゃ聞いてましたけど。ほ、本当に女皇陛下とお付き合いを……?」

「時鷹。僕が近くに居る時、女皇陛下に対して迂闊な事は言わない方が良い。全部聞かれている」


「……」


「男女の関係だといえば、そうです。軍大学校への入学が決まった日に現れました。既に何件か、見合い話もありましたが、彼女が現れてから風のように消えましたよ、凄いですね」


「……で、兄貴としては、どうなんですか」


「それを聞くかな君は……――当然と言えばそうですが、お相手にする女性としての不満はないに等しいですよ。他の女が介在しない限り、彼女ほど理想的な女性はいませんから」


「うお……」


「ただし、僕と彼女の関係性と言いますか……兼仲ミオーネは知っていますか」

「兼仲の御令嬢ですね。理人様が、何度かウチに話を聞きに来ましたよ……あっ」


「それ以上は口にしないように」

「……――疑ってるんですか?」


「時鷹」

「だって。嫁さんになるかもしれなかったヒトが、不審死したんでしょ」


「時鷹」


「聞けばいいじゃないですか。婿に欲しいってんなら、婿に疑われたままなんて、陛下だって嫌に決まって――むぐっ」


「……君は真っ直ぐな奴だ。黙りなさい」

「ぷへ……はい」


 若さ故の考え無し、という程彼は馬鹿ではない。純粋に、青葉惟鷹を心配しているのだろう。扶桑男が、そんなもんで涙ぐむんじゃあないと殴りつけるところだが――自分の為にここまで心配してくれる者など、果たして他にいただろうか。


 ……密名居姫はしたかもしれないが。すぐ下半身の話題になるので情緒がない。楽しいも嬉しいも悲しいも虚しいも、感情表現がすべて交接に結びつく女だ。


「時鷹」

「……うっす」


「有難う。これは大人の話であるから、君が気にする事じゃない。いいね」

「うっす……」


「どれ。もう出ますか。今日は休みでしょう。帝都での厳しい学校生活の息抜き方法ぐらいは伝授してやらないと、先輩としての名折れです」


「それは良いんですけど、兄貴」

「うん?」


「窓の外」


 言われて振り返る。窓の外にはメモとペンを携え、ハンチング帽を被ったあからさまな聞屋が群れをなして張り付いていた。入口では店主がその群れを抑えているが、決壊も間近と見える。


「どうするんです」

「まあ見ていてください」


 そう言って入口へと進みドアを開け、店主を下がらせる。聞屋からの質問攻めが来そうではあるが、その余裕を持った振る舞いを見ていた聞屋連中が数歩下がって惟鷹の発言を待っていた。時鷹も後ろからこそこそ出て来る。


「あ、青葉権少尉、でいらっしゃいますか」

「いかにも」


「こ、この度は……ご婚約おめでとうございます」

「その件につきましては、全て龍宮省を通してください」


「へ、陛下とはいつからお付き合いを?」

「な、なれそめなどは……」

「陛下にどのようにして見初められたのでしょうか」


「あーあー、コホン。時鷹」

「え、はい?」


「逃げ方を教えます。ついて来て下さいね」

「えぇッ」


 構え、無属性魔法放出跳躍。群がっていた聞屋連中が勢いで転げまわる。

 屋根に上って皆を見下ろす形になった。


『逃げたぁッ』

『追え、追えッ』

『いやしかし執政侍王追い回すのって不敬じゃないか……?』

『婚約だけならまだ一般軍人だろッ!! いいから追えッ』

『あれ、君は? というか青葉権少尉に似ていないかい?』

『うわほんとうだ、二人といる容姿なんだな……いやすごい似ているなッ』

『それは軍学校の制服だねッ!! 君も古鷹の者なんだねッ!?』


「あわわわ……あ、兄貴!! 俺、そんな飛べないっすよッ!!」


「このぐらい出来ないと戦場で死ぬだけですよ、時鷹。遠隔会話で集合場所を知らせますから、そこまで逃げて来てください。これも訓練、訓練」


「そんなッ」


 ……ぼんやりと、朧気に、脳の中身が流れて消えて行く。

 これは、ああ、そうかと、思いはしたが、どうする事も出来なかった。





『足りない。この程度ではない筈だ。この環境でお前を殺しても殺しきれぬ事ぐらいわかる。ではもっと実力を見せろ。倒れている暇などあるか。立て、俺に立ち向かえ。俺を強くしろ青葉惟鷹』






『イナ軍 バル軍 宣戦布告』

『第二次南方戦争へ 宣ル国防衛軍備増強』

『精強大扶桑軍 仇敵撃滅へ意気揚々』


 与えられたのは一個中隊。通称は『山鷹さんよう』だ。敵軍というよりも自軍に対する偽装の為に所属が一般的な軍人として改ざんされているが、実質は十全皇の私兵部隊である。


 総勢二〇〇名。近接戦闘と遠距離攻撃のスペシャリスト集団であり、軍学校出から叩き上げの軍人まで様々と所属している。すべて、十全皇が直接のお声がけによって集められた者達であり、皆がそれを誇りにしている。


 その中心に立つのが自分であり……軍学校を出たばかりの、衣笠時鷹である。


 数的不利、戦局の打開、秘密工作、破壊工作、要人暗殺、会戦時後方援護、都市制圧戦――局地的に必要になる場合に全力投入される『何枚でも切れる切り札』というのが、この中隊だ。


 以前は惟鷹が所属していた近衛の一部がそのような任務についていたが、政治的配慮(どうしても近衛は家格が立派な子息が居る為)によって別に設けられた。


 規模は各段に大きくなり、そして何よりも火竜党の存在が明らかになり、限定的な超火力戦力が必要となったからだ。


 通常、ニンゲンの戦争にリュウが戦力として加担する事はない。ただし、相手が戦時国際法を破って大規模な焼き払いや神、違法人造兵器を投入してくる現状、大っぴらではないが十全皇が秘密裡に協力する状態となっている。


 特に火竜党はポータルでの戦力投入を平然と行って来る為、惟鷹時鷹両名に関しては十全皇によるポータル移動を常態化させていた。


「貴方の入隊は否定したのですけどね」

「そう言わないでくれよ、陛下のお言葉を否定出来る人類がいるか?」


「だからその陛下に文句申し上げたのですよ。そしたら『仲がお宜しいようですから』とかなんとか言って……まったく」


「陛下は兄貴が死ぬとは思ってないんだよ。そんな兄貴の傍に居れば俺も安全だ。そういうご配慮さ」


「どーですかねぇ」

「ま、宜しくお願いします、青葉惟鷹権中尉殿」

「はい、はい」


 中隊自体は南方の秘密島に配備され、必要に応じて出動する形になっている。その中でも工作や暗殺に優れた数名は独自運用され、局所での作戦を展開する事になっている。


「兄貴、なんか臭いな」

「うん」


 南方に浮かぶ小島、その村落で人体が発火するという事件が起こっていた。火竜党案件ではないかと疑われた為、惟鷹時鷹の両名がポータルによって派遣されていた。


 小さい村でよそ者が闊歩出来る筈もない。そしてヒトを燃やす理由も解らない。村人達は神の祟りか精霊の気まぐれかといった噂をしていたが、三日間に渡る潜入で一人の男に目をつけていた。


「ニンゲンの焼ける匂いです」

「これが? 確かに脂臭いな」


「これから嫌でも嗅ぎますから慣れてください」

「ここ、火葬地域だったかな」


「海葬地域です。葬儀以外でニンゲンを焼く理由は何でしょう」


「ええ……儀式ぐらいしか、思いつかないけど。そういった野蛮な儀式は、随分昔に規制されただろう」


「しかしバルバロスはやる。鉄と火を信奉する奴等はします。奴等は無宗教を名乗っていますが、火竜党なんぞが居る事も考えれば、既に亡くなって久しい筈のニーズヘグを拝んでいる事になる」


「無い宗教に無い竜で、魔法が使えるものなのか?」

「原理は不明ですが、奴等は所属不明の魔法体系を行使する」


 匂いの元を探っていると、やがて海岸にある海蝕洞から煙が見えた。気配を消して中を覗き込むと、祭壇の前に魔法陣が敷かれ、五体を引き裂かれた遺体が八方に配置されている。


「死せる――……我が――……いと麗しき……――御身の法の下――……」


 目をつけていた男だった。呪詛を唱えながらニンゲンの内臓をナイフで千切り、火に放り込んでいる。拝火行為は、大帝国程ではないが扶桑でも禁止だ。この時点で儀式法違反、殺人でしょっ引けるが、目的を知らねばならない。


「おろろろろろ……」

「時鷹ぁ……」


「だ、誰だッ!!」


 時鷹が盛大に吐き散らしまくり、儀式の一部始終を確認する前に中断してしまった。

 致し方なく即座に拘束する。


「何の儀式でしたか」

「俺ァ……答えねぇよぉ……」


 尋問するつもりでいたが、身体検査が甘かった。男は奥歯を噛みしめると泡を吹いて倒れる。


「クソ、口を開けろ、おいッ」

「――…………」


 絶命を確認。思わず顔を顰める。考えられた事ではあるが、そこまで覚悟があるとまでは見抜けなかったのが敗因だ。時鷹がふらふらしながらやって来て、またえずく。


「僕もヒトの事を笑えませんね」

「いや、仕方ないよ流石に……というか、この散らばってるの、ニンゲンかあ……」


「三、四人分ですかね」

「……なあ兄貴。俺達はヒト殺しだろう?」


「軍人である限り僕達は装置です。作戦での殺人の責任は軍と国家に帰属します。そんなもの、一番最初に習うでしょう」


「ルールの話じゃあないんだ。人類の構造の話」

「……」


「どんな理由があろうと、殺しは殺し。一殺したら一減る」

「そうですね。そういう意味で言うならば、僕は恐らく世界で一番人類を殺した人類になる」


「兄貴を蔑むなんて真似をしたい訳でもない。俺は兄貴を尊敬してる」

「どうしました、何かありましたか、時鷹」


「良かろうと、悪かろうと、その人物には人生があった。死ななきゃこれからもあったかもしれない」


「死ぬような真似をしなきゃ良いのですがね」


「……虚しいなって思ったんだよ。コイツの思想がどうかわかんないけど、他人を殺して、自分まで殺す程の何かに殉じた訳だろう。それほどまでに肉を削いで、血を流して、魂までかけて目指さなきゃならないもんって、なんだろうな……死んだら、自分の目指したモノだって自分の目で確認出来ないのに」


「話に統一性がない。論じるに値しません」

「ごめん」


「……――ただ、そういう感覚は、表には出さずとも、抱えて悩んでみるのも良いでしょう。僕のように割り切った考えが出来ないというのであれば、それはきっと貴方の個性だ」


 煌煌と灯る"聖火"を背に、時鷹の話を聞く。煙と、血肉と、糞便と、吐しゃ物の臭気が充満したココは、とても語るような場所ではなかったが、それでも、時鷹は何かしらを思ったのだ。


 ヒトを殺す事に躊躇いを失くしたのはいつだっただろうか。

 もしかしたら、最初からそんなものはなかったのかもしれない。


 薄い闇に時鷹の涙が光る。これは軍人に向いていない。早く偉くなって本土で近衛職にでもついた方が良いだろう。


 だが、惟鷹はそんな時鷹が羨ましかった。似た容姿に映し出された、まったく自分とは感性の異なる男の魂が、嫌に綺麗に視えたからだ。


 嫌悪感の一つでも抱きそうなものだが、普通を知らない惟鷹にとって、時鷹は普通を知る自分そのものだ。


「とき……」

「――……兄貴、なんか、揺れてないか?」


名居じしんですかね」


 外套を翻して外に出る。崖を跳び上がり周囲を見渡すと、そこには考えたくないものが存在した。


「でっっっっけぇなあ……ッ」

「違法人造兵器ですね……バルバロスの古代兵器でしょう」


 島の中心にある火山の噴煙、その中から山一つ分はあろうかという岩石製の巨躯が、その身を露わにしていた。村の方面からは悲鳴が上がり始めている。


「ええ、なんで?」

「だから、この男の儀式が実ったのでしょう。目標達成を見れずとも、実現には至ったワケです」


「サイアクだなあッ!!」

「時鷹」


「え、なに?」


「確かに僕達は人殺しです。戦時のルールなんてものも、所詮理由付けでしかない」

「う、うん」


「しかし、僕達が殺せば救われる命がある。これは、もはや願いでしかありませんがね」

「それが、兄貴の誇りかい?」


「さあ。実数なんてわかりませんしね。けれど、僕達の剣はその為にある――……行きますよ」

「――!! ああッ!!」




 何が正しい。誰が正しい、そんなものはうんざりだ。


 難しい話なんか一つもないからだ。


 障害排除の為、恨み憎しみの為、復讐の為、快楽の為、国家の為――、愛の為に。殺して取り除く、その単純な構図を、頭でっかち共がこねくり回して理屈をつけているだけなのだから。


『そうだ。俺は障害排除の為に。お前は国家と復讐の為に、お互い殺し合う。人間に価値があるというのならば、この事実が分かりやすい数字にしてくれる。一般市民が死ぬのと、俺達どちらかが死ぬのでは、その影響力が大きく違うからだ。俺達の剣には――数十億の魂が掛かっている』


 知ったような口を利く殺戮者だ。





 イナンナ軍というものは、常識の範疇において扶桑軍の相手ではない。戦術レベルで稚拙であり、とても近代軍とは思えない戦闘を行うからだ。


「十一法時、一時法時方向より、重武装拘束男性兵二個中隊突撃を確認、砲撃せよ」


 防具と魔法と拘束具でガチガチに固めた奴隷階級男性による突撃が戦闘合図になる。この突撃によって戦場を荒らしまわったところを、味方諸共攻撃魔法で吹き飛ばすというものだ。


 今どき生身の突撃などまともな戦術ではないが、数が多い。周辺国家を襲って捕らえた男性を捨て駒にしている上に、中隊レベルの数の突撃があと三回は続く。


 女尊男卑国家の究極体のような戦法である。


「奴等、人権という言葉を知らんのか……?」

「こんな平原で会戦など、千年前の戦争じゃあないんだぞ……」


 平原で会戦なんてものを仕掛けてくる相手であるからには、扶桑軍も他に有効な戦術がある筈だが、それになかなか踏み切れないものがある。


 例えば化け鳶による航空支援。

 例えば超遠距離からの魔法砲撃、狙撃。


「……あいつら、平然と神を使いやがる」


 それが出来ないのが、神の介入だ。神は基本的に戦争には関与してはならないという戦時国際法が存在する。後方で支援している分には何も言われないが、奴等は戦場に連れて来るのだ。


 本隊および主力が、神の結界魔法によって固められている為、ニンゲンの火力ではこれを突破出来ないのである。


「十一法時方向から突撃来ます」

「近接隊用意ッ!! 魔法狙撃隊、射撃隊打ち方はじめぇッ!!」


 数百の弾丸、数百の魔法が敵突撃隊を蹂躙する。漏れて来たモノを近接隊が処理する。

 実に作業めいている。命の軽さに、扶桑軍が辟易とするものだ。


「十一法時方向、準備は」

「済んでいます」


 そして突撃が通った部分を『薄い』と判断し、そちらから主力が攻めて来るのがいつもの流れだった。部隊の考え無しというより、参謀の考え無しが考えたマニュアルに従っているのだろう。なので誘導はひたすらに簡単である。


 あと二日はこのぐだぐだを繰り返して返り討ち……の筈だったのだが。


「敵主力、勢いが衰えません。状況確認」

「――……なんだ?」


 いつもの流れ……に滞り、淀みが生じる。突撃してくる敵主力騎兵隊を鴨撃ちにする筈が、侵攻が衰える気配が見えない。扶桑軍の大隊長は苦虫を嚙み潰したような顔で吠える。


「――主力に神がいるッ!! とうとう踏み越えやがったなッ!! 対神飽和攻撃部隊前ぇぇッ!!」


 条約違反神、進撃。


 第三防衛線が吹っ飛んだ。大隊長は第一次南方戦線での惨劇を想起する。条約に加盟していなかった宣ルーイエ国では、数こそ少ないものの神が戦闘参加して来たからだ。一応加盟国であるイナンナー部族連合ではあるが、神の戦闘参加が少なからず観測されていた事から、神を一時停止させる為の部隊を用意していた。


『アーーーーハッハッハッハッハッ!! 極東の猿どもッ!! いま殺してやるからなぁッ!!』


「ぎっ……ッ」

「ガッ……ッ!! 遠隔、会話切断ッ!! くそ、脳が揺れるッ!!」


 広範囲遠隔会話の強制接続による脳震盪が兵士たちを襲う。ましてそれはヒトではなく神のものだ、異常な魔力流入によって世界が混濁する。


 一般的な通信手段も、状況によっては兵器となり得る。交換手(遠隔会話通信係)は卒倒して衛生兵に運ばれて行く。


「対神飽和攻撃部隊沈黙ッ!!」

「敵主力騎兵隊、第二防衛線突破ぁッ!!」


「特二等以上の戦女神でやがる――ッ!!」


 大隊長は決断に迫られていた。前線が崩壊、防衛線は二つ突破され、神を抑える為の飽和攻撃部隊は消し飛んだ。近代軍であれば撤退の選択が完全に目の前に迫っている。


 ニンゲン相手ならば四の五の言わず撤退だ。だが相手は神である。荒ぶる戦神は一切躊躇い無く、補給も必要なく、ただ一柱身軽で、気軽に人類を蹂躙してしまう。即座に船に乗って逃げるのでもない限り、陸の端まで追い詰められて皆殺しにされる可能性がある。


 その場合の選択肢は多くない。人権がなんだと口にした手前、心苦しい。

 だが扶桑軍人将校である限りは、戦場に誉を作り、与える事も仕事のうちなのだ。


四元詞纏しげんしてん行使者ぁッ!!」


「――……はい、自分であります、大隊長殿」

「貴殿程の才能を失うのは惜しい……ッ!! だが、頼む」


「家族には、立派に死んだと伝えてください」

「済まない。貴殿の家族に報いた後、俺も追って腹を切る。龍に誓おう」


 大隊長、龍の血判状に捺印。本陣総員起立、敬礼。

 四元詞纏行使者の損耗はそれだけ責任が重い。


「ハッ。お待ちしております、では」


 敵主力騎馬隊、下馬。無属性魔導項玉を満載した馬が最終防衛線を吹っ飛ばし始める。彼女達にとって、彼女達の命以外は本当に価値のないものなのだろう。


 爆音と土煙が吹きすさぶ中、一人の猛者が戦場に立つ。


 四元詞纏。四属性を身にまとい、神力の戦士となって戦場に突撃する最終手段である。これを行使した場合、最低でも四肢欠損か意識不明、大半の場合は死亡する特攻だ。


 ニンゲンともかく、神を何とかしなければどうにもならない。条約違反神は戦神としての属性を強く帯びているのか、遠距離魔法も遠距離砲撃も意に介さず突っ込んで来る。大樹からの影響を強く受けているのか、宣ルーイエの雑多な神とは格そのものが違う。


「……父ちゃん、母ちゃん。俺の死に場所はここだ。今まで有難う」


 拳を握りしめ、刀を構える。


「大扶桑万歳。十全皇陛下万歳。愚昧なるイナンナ軍に、鉄槌を――」


 常道の戦場においてあまりに非力なイナンナ軍は、いよいよもって条約違反を顧みなくなってきたのが、この第二次南方戦争である。


 文明度の低い周辺国家の蹂躙に飽きたらしい彼女達が、大戦艦と共に外へと出てみればこの通り、扶桑軍に蹂躙される日々が続いた。それが、腹に据えかねたのだろう。


 まして男にやられるのが、ほとほとプライドを傷つけるらしい。


「いくぞッッ!!」


 男が駆ける。敵条約違反神を発見、詠唱を開始――……


「ストップ」

「あだっ」


 したが、不意に現れた男の足払いでひっ転ぶ。


「いでで……な、何者」


「死ぬには若すぎる。その歳で四元詞纏を修得出来るのならば、一角の剣士として飯を食っていけるでしょう。だから今死ぬべきではありません」


「何を……き、貴殿は」


 青年が見上げた先には、とても戦場に居るとは思えない、見目麗しい男。


「――青葉惟鷹、参上しました」


 銃弾と魔法が飛び交う中、涼しい顔をした黒髪のエルフが立ちはだかっていた。


 大英雄、青葉惟鷹。


 冗談を冗談で塗り固めたような戦歴を持つ、生ける伝説そのもの。理不尽な不利を受けた戦場に現れる希望の具現であるという噂が複合、習合し、戦場の怪異として成立しつつある。故に青年は惟鷹が実体かどうかを、数瞬疑った。


「大隊長殿。全軍下がらせてください」

『き、貴公。青葉惟鷹殿ッ!! しかし、相手は神だ、しかも、後ろから主力部隊二百が……』


「なんとでもなります。全軍下がらせてください」

『しかし』


「腹は切らないでください。全員無事に帰ってくださいね」

『既に血判済みだ』


「我が龍にお取消し戴くようお願い申し上げておきますから」

『不甲斐なし。済まぬ、軍神殿』


 赤、赤、赤、三つの信号弾が上空に煌めく。全軍撤退合図だ。


「……」


「生きて帰ってください。適材適所です。貴方は他でも輝けるでしょう。死を輝きとするのは、オススメしません」


「じ、自分は、ここに居ます」

「何故」


「み……観たいじゃあないですか……青葉惟鷹が、戦ってるところ……」

「あー……」


「なので、ここにいます」

「まあ。死なないように、気をつけてくださいね。おーい、時鷹」


「あいよ」


「神と主力はヤります。後方の砲撃部隊処理してきてください。ポコポコ魔法撃たれて五月蠅いので。百ちょいでしょう。出来ますよね」


「了解ッ!! 兄貴も下手こかないでくれよ」

「はははっ……では」


 構える。


「うお……すげぇいい男が居たもんだなッ!! 戦利品ゲットだなおい」

「イナンナーの女に傅くような性癖は持っていません」


「癖じゃあねえんだ、それが良くなるようにするってぇの」

「汚いのは」


「あん?」

「その口ですかね」


 一閃。戦利品を見つけて嘶いていた女神の顔面に、刀がぶち当たる。

 通常、その程度の攻撃で神が退いたりはしないのだが……女神は、派手に後方へ吹っ飛んだ。


「なんだ――手前……え、マジかよ。つか……いって、痛い……? 痛み?」

「条約違反です。条約違反に対する適法内報復を実行します――実行者は、青葉惟鷹です」


「――……ッ!! 不条理槌トールハンマーッ!! 実在したのかッ!? 部隊じゃねえ、個人なのかよ……ッ!?」


「お覚悟を」


 反則には反則を。切り札には切り札を。丁度昼飯を食べ終えて一服しているところで、十全皇に強制的に転移させられた。不満の一つでも言ってやりたかったが、これでは仕方がないと腹を落ち着ける。


 蹂躙開始。昼に取ったカロリー分くらいで、全滅ぐらいは出来るだろう。






 樹石結晶の明かりに照らされる影絵の如く、景色が移り変わる。死に目には何度も遭ったが、今日は特別情緒的な気分なのだろう。


 相手がアレであるから、というのは大きいが――


『――様、――……兄様――……』


 どうしてか、こんな場所で彼女の声が聞こえるからだろう。彼女がこんな場所に居る訳もないので、これはきっと幻聴だが……それにしてもその声は、惟鷹の心の水位を激しく上下させる。


 アレはどうした。視界が明滅してうまく映らない。先ほどまで得意げに騒いでいたあの男はどこへ行った。居るにしても、居ないにしても、早く、目を覚まさねばならないのだが――……。


 炎が――脳裏にチラつく。




 

 

 彼は大きく成長した。大げさで、感情に左右される部分も多々あり、泣き虫癖は結局治らなかったが、それでも、彼と肩を並べていれば、それは大変に心強く、安心出来るまでになっていたからだ。


 後ろは彼に任せておけばいい。なんなら自分が監督しているだけでいい。自分にはまだまだ届かないかもしれないが――それでも、扶桑に幾人も居ないであろう、最高の武人として成立し始めている。


 戦場ではパートナーとして、平時では友人として、家では家族として、衣笠時鷹という男は青葉惟鷹にとって、掛け替えのない存在であった。


 様々と存在する苦悩、心労も、彼と共にいる間だけは和らいだ。ささくれ立った心を彼が剪定し、なだらかにしてくれる。一人で全てをやらねばという強迫観念はそして、彼が居るからこそずっと弱くなっていた。


 ……彼が居る間だけは、青葉惟鷹もヒトになれたのだ。


「実は、彼女が出来て」

「――……どこの馬の骨です」


「兄貴、目ぇ怖いぞ」

「貴方は今後扶桑を背負うニンゲンになるのです。変な女だったら……」


「そういうの一番嫌ってなかった?」

「……――うわあ。最悪ですね、ダメですねこれ。殴って下さい」


「殴らないが。まともな子だよ。軍事科学研究所の職員。三三寺ヒナって、知らない?」

「知っています。本物の天才だが性格に難ありと」


「少し不器用なだけさ。可愛いんだよ。結婚も考えてる」


「そうですか。確かドワーフでしたね。古鷹佐京がグダグダ言う前にさっさと婚姻を済ませた方が良い。ごちゃごちゃ言うなら僕が佐京と殴り合ってでも認めさせてやりますから」


「そりゃ心強いや。まあでも、戦争も終わりが見えて来ただろ。済ませてからだな」

「それもそうですね。まあ気にせず邁進してください。政治的な問題は僕が全部引き受けます」


 尉官以上の軍人向けバーの片隅で蒸留酒を傾ける。普段は結構な賑わいを見せている店だが、戦時中故皆出払っているのか、静かなヴァイオリンの音だけが寂しく響き渡っている。


 十全皇に特殊運用されているが故に、本土と南方の行き来がポータル一つで済んでいる為、本土に居る時間も長い。だが陛下は人員を遊ばせておく程優しくもないので、時鷹などは研究所の監督官として据え置かれていた。


 そこで出会ったのが三三寺ヒナである。


 幸せになって欲しい。それは大前提だ。ただこの通り、周りの目を気にしすぎないきらいがある為、血族間での争いは頻発するだろう。その間に割って入るのが自分だ。問題が無ければ数年の内に十全皇との婚姻が決定的となる。執政侍王と古鷹の当主を兼任するとなれば、一族が口を挟む余地など無くなる。


 あまり権力で押さえつけるような真似はしたくないが、改革期はどうしても力が必要だ。その上で次第に古鷹での権威を時鷹へとシフトさせて柔軟に着陸させるのがベターだろう。


 純血を重んじた時代は終わりを迎える。扶桑の領土が拡大して、なおかつ十全皇自身が他種族との融和路線を推進している。そうなればもっと様々な人種が扶桑を闊歩する事になるだろう。古鷹の嫁がエルフ以外となれば、他の家々にも影響は確実に出て来る。


 まして、自分がそもそもハーフだ。十全皇が御認めになった、以上の印籠はない。


「そういえば、妹はどうですか。元気にしていますか」

「まゆりかあ」


「何かありましたか。歳近いエルフの兄妹なんて本当に珍しいですし、周りも気に掛けるでしょう」


 純エルフの兄弟というのは、当然存在する。だが双子でない限り三十歳と離れていないものは殆どいないのだ。純エルフの性欲が他の種族に比べて薄い事、長命であるが故の人生設計の長期化、なにより受胎率の悪さなどがある。


 そんな中で十八前後しか離れていない妹というのは、とても珍しい。


「身体が弱くてね。二十歳まで生きれば、今後も生きる目はありそうだけど」

「……そうですか」


 エルフの虚弱児は種族の構造的問題だ。内に魔法の才を強く抱えている者が多く、その反動で身体に異常を来す者がいる。ただ生命力自体は高い為、大半は問題無く成人を迎えるのだが、中にはそれに耐えられない子供もいる。


 時鷹の才能を考えれば、真百合はその類だろう。


 ……――十全皇にお願いすれば、なんとかなる気もするが。

 ……あまり、生命を弄るような真似を頼むのも、気が引ける。


「結婚したら本土に呼ぼうかな。兄貴、面倒みてあげてくれよ」

「婦女子の面倒を僕にみさせるとどうなるか、考えた事あります?」


「従妹だし大丈夫だろう?」

「僕じゃなく従妹の方が」


「ちなみに、俺は兄貴がどれだけ偉大な人物かを、それはもう滔々と語り聞かせてる。もはや神格化してるんじゃないかな」


「余計嫌ですよ……というかそんな事してるのですか、貴方」


「大英雄の活躍を間近で見続けた男だよ俺は。許可が下りたら自伝含め兄貴の活躍を記した本を出版する。一大英雄記として扶桑に語り継がれるだろうさ。めっちゃ楽しみ」


 時鷹がケタケタ笑う。冗談なのか、なんなのか。ただ、彼は楽しそうで幸せそうだった。


 くだらない談笑を続けていると、隣に違和感を覚える。

 振り向くと、そこには十全皇の分身が静々と腰かけていた。


 男の語りに混ざる程無粋なヒトではなかった筈だ。気が付いた時鷹が襟を正し敬礼する。


「珍しいですねこんな時に。嫌な予感しかしません」

「大変無粋かとぞんじますけれど、致し方なく」


「ええ」

「火竜党の動きが活発ですの」


「……――最終局面ですか」

「是に。奴等の出現箇所の予測は幾つかございますが、絞り切れません」


「恐らくフェニクス島ですよ。軍部には中隊を駐留させるよう具申したのですが、否定されてしまいました」


「組織故致し方ないかと。形式上、山鷹中隊は所詮下部組織ですので。危急時には、全てを送り届けますわ」


 十全皇が一言すれば済む話ではあるが、ニンゲンの組織運営に直接口出しする事も是としていない為、こうなっているのだろう。隠匿の為の組織相関図下に居るとはいえ、中隊は中隊、惟鷹も中隊長でしかない。上が都合をつけられないとあらば飲むしかないのだ。


 当然、惟鷹に対する当てつけもある。立場が中途半端であるのは、やはり良くないようだ。


「へ、陛下」

「時鷹。惟鷹様に良く尽くしていますかしら」


「はい。惟鷹権中尉に尽くせるのは望外の喜びであります。して、ですが」

「貴方から何かを口にするのは、珍しいですわねぇ。なにか?」


「実は終戦の暁には、褒賞をいただきたく存じますッ」


 惟鷹、鼻の穴が広がる。十全皇は高速でまばたきしていた。


「時鷹。貴様酔っぱらっているのか? 陛下、申し訳ございません。殴っておきますから」


「いえ、いえ。随分荒っぽく使いましたもの。褒美が欲しいというのは当然のお話ですわ。それで、時鷹。惟鷹様の唯一無二の殿方として、お話をお伺いいたしますわよ」


「ハッ。権中尉の前ではとてもお話出来ないので、後程お願い申し上げますっ」

「馬鹿ですか貴方……本当に申し訳ございません……」


「おほほ……惟鷹様もこのぐらい気楽にお願いしてくださったら良いのに。では後程」


 そういって音もなく消える。傍でグラスを磨いていたマスターは茫然自失とし、ヴァイオリンの音もいつの間にか止まっていた。二人に対して軽く手を振り、時鷹に向き直る。


「心臓に悪いのでやめてください」

「でもさ、俺達は随分頑張ったじゃないか。じゃあ他よりも褒賞にイロをつけて貰ってもいい筈だ」


「そうは言いますがね」

「兄貴が遠慮しすぎなんだよ。陛下は寂しそうにしてたぞ?」


「え……」


「もっと頼って貰いたいのに、兄貴は何でも自分でやろうとするし、大した見返りにも興味がないみたいだし。愛しく想ってくれる女がさ、男のチカラになれないって考えてしまうのは、とても悲しい事なんじゃないか? 兄貴はさ、十全皇陛下を目上としか考えてないんじゃないか? 女として見てやったのはいったいいつが最後だ?」


「け、権力に縋るみたいで嫌じゃないですか」


「そういう立場であるからこそ出来る事がある、と自覚してる女が、それを意図して使いたいってんなら、それに応えるなり、否定するなりちゃんとしてやるべきだろう。兄貴は反応が薄すぎるんだ。そうだよ。これは愚痴だぞ。たぶん俺にしか許されん。兄貴、女と付き合うの向いてないぞ」


「ぐぅぅぅ……」


 正論が死ぬ程に突き刺さり、惟鷹はカウンターに突っ伏す。ここまで真正面に自身の人格を揶揄されたのは生まれて初めてだった。確かに他の者では絶対に出来ない否定である。


「兄貴を叱ってくれる奴なんて、古鷹佐京ぐらいだったろう。ましてこうして長時間一緒にいた奴だって居なかった筈だ。並び立てるような奴も居ないから仕方ないというか、俺だって並んでるつもりはないけどさ。兄貴は周りに配慮しているように見えて、面倒ごとを事前に処理してるだけなんだよ。遠目からは感じられないだろうけど、近くから見てるとそう思える。誠意がない」


「文句は言いたいですが、否定する言葉も持ち合わせていません」


「兄貴。愛ってなんだと思う?」

「きっつい質問来ましたね……」


「一方的に与えるものもあるだろうさ。ひたすらに秘めるものもあるだろうさ。だが夫婦となったらそうはいかない。互いの尊重なくして愛が育めるか? 陛下と正面から愛を語った事があるか? もしかして、なんとなく、仕方なくで今の立場にいるのか? なら幻滅だよ」


「それは、違います。ただ、時鷹。彼女はヒトじゃあない」

「そんなの関係あるか? 嫌なら嫌って言えば良い」


「言えますか、貴方」

「俺なら言う。兄貴、死ぬ以外の覚悟、持った事ないのか?」


 酔っているのは、あるだろう。だが紛うことなく、彼の本音であった。


 年下からの説教というのは、実に堪えるものがあるが、否定出来ない自分の愚かさを実感するのに忙しく、自身に対する擁護の言葉が浮かばない。


「例えば、どんな覚悟ですか」

「……嫌われる覚悟だよ。俺は今それをもって、兄貴に文句申し上げてるところだよ」


 蒸留酒をあおる。価値観の相違にぶん殴られている。自身の人でなし部分が、露骨に浮彫となって周囲に表されている。


 皆に対する責任だの、一族としての立場だの、気を使っているフリを見せながら、実質保身しかしてないんだ手前は、と言われているのだ。ニンゲン関係の破綻が、死ぬよりも恐ろしい、軟弱者の馬鹿者なのだと、蹴飛ばされている。


 これが他人だったのならば、何だ手前は侮辱してんのか殺すぞ、で済む話だが、時鷹相手ではそうもいかない。彼は全ての事情をひっくるめて理解した上で言っている。


 ああそうだ。

 だから彼は違うのだ。


 自分と同じ顔をした、全く価値観の異なる他人。

 自分ひとりでは見つける事も、視界に入る事もなかった事実を見つめてくれる人物。


 自分の不都合を映し出してくれる、磨かれた鏡だ。

 ひたすらに、感慨深い。


「時鷹」

「な、なんだよ。俺は俺の発言に責任を持つぞ。謝りもしないからな」


「ありがとう」


 君が居てくれるならば。愚かな自分は身を振り返る事が出来る。決断に不安がある時も、一人で背負わずに済ませて貰える。


 どうかそのままでいて欲しい。

 唯一無二の愛する友として、これからも生き抜いていきたいのだ。


 そうだ、彼が居るならば。

 青葉惟鷹は、きっと大丈夫だ。


 大丈夫――





「ああ、嗚呼あ、あああ……」


「こんな馬鹿な話がありますか……頼れと言ったのは貴方じゃあないですか……信じたのですよ、僕は……倒せずとも時間は稼げると、倒せずとも逃げおおせるぐらいは出来ると……」


「こんなのあんまりでしょう……どうして僕を一人にするのですか」


「自分を理解出来ない自分を、貴方は理解に努めてくれた。貴方を見る事で、僕は僕を振り返る事が出来た。見つめ直す事が出来た。貴方は僕をニンゲンとして扱ってくれた。そうしてくれたからこそ、僕はニンゲンであれる気がしたのに」


「殺してやる」


「もういい。本物が観たいならばみせてやる。火竜党。アスト・ダール」


「全員、すべて、一切合財、全部――……」


 所詮依存。弱い心が作り出した儚げな幻影でしかない。

 化物に並び立つものなどない。


 化物は化物らしく、ただ独り虚しく生きればいい。


 最初からそうするべきだったのに。


 衣笠時鷹を殺したのは、他の誰でもない。

 青葉惟鷹本人だ。


 アスト・ダールなど、その遠因でしかない。


 己は結局、一度たりとも、己を赦す事を許さなかった。



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敵の高度な精神攻撃かわからないけどヨージ君そろそろトラウマ克服してもいい時期なんじゃないか?
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