妙高島戦2
大空を仰ぐ。龍托は遣わされ、統春の心に去来した。例えこの地のルールが変わったところで、基本原理は変わらないのだ。また龍は強大であるから、ルールの変更にも対応して見せる――……という事にしている。そうでなければ未だ自分が龍からお言葉をいただける理由が解らないからだ。
統春の崇拝する龍は、所謂ユグドラーシルや扶桑雅悦に類する者とは違う。この世界において超常を現す言葉としてのリュウであり――
――即ち菩提龍樹の「龍仏」を指す。
(御仏に意図はあんま無いんだよね。こっちが欲しいと言ったからくれるだけで、御仏がどうにかしたいなんて、そこまで思っちゃないんだわ。基本、悟っちゃってるだろーから、何かあっても「それはそれ、そういうもん」ってカンジだろうし)
世界を運営するリュウ達とは違い、龍仏は現世に顕現しておらず、この世界をどうにかしたい、などとは殆ど考えていないだろう。こうして龍托が降りて来るのも、ただの施しでしかない。
だが、寄こすからには一切の干渉を否定している訳でもない、というのが統春の見解だ。
事実、魂の牢獄となり果てた地球を多少なりとも憂いている。
リュウ等に因子を支配され、魂を束縛され、産まれる前から産まれた後も、本当の自由意思など人類には存在していない。これが有る限り、完全なる解脱は得られない。涅槃には至らない。浄土には辿り着かないのだ。
仏の本質としては恐らく――「ちょっと悲しいね」ぐらいだろうが。「最終的には全ての苦は無くなるよ」といった具合なのだ。今は辛いかもしれないけれど、まあその内済むさ、である。
「それじゃ困るんだよね」
所詮も自分はいち人類、いち個人、一人の女でしかない。諦観するには悟りが足りなさ過ぎる。笑って誤魔化すには至らな過ぎる。色即是空であると腰を据えて見守るだけならば、廃人でも狂人でも可能なのだ。
そんなに受け入れるだけで済むなら、生まれて直ぐ死に、無限に六道を回り続けて十全が全てを手放すのを待つのが正解になってしまう。
違う。御仏はそんな無意味を望んではいない。生は肯定されねばならない。
生の苦はあって然るべきだ。だが最終到達点である筈の場所が十全に握られている。これでは仏の教えそのものに欠陥が産まれてしまう。
本国――大失敗国家マントラー僧長国のようになってはいけないのだ。
ヒトがヒトとして産まれたからには、ヒトとして生きて死ぬ、その過程に意思と意図がなければならない。過程を全てをすっ飛ばしてしまいたいというのならば、そもそも「何の意味もない」と気が付いた瞬間死ぬべきだ。そんなものはやりたい奴だけにやらせておけばいい。
最終的にどうあろうと、今を生きて出来る限りを尽くしてこそ生だ。
囚われて生きて、頑張った先にあるものが永久輪廻の地獄めぐりでは辛すぎる。
だから。断ち切らねばならない。故に、龍仏は言葉を降ろしている筈だ。
「ああ」
覚えている。
産まれたその時、濡れた手拭いを顔に押し当てられたことを。
覚えている。
凶兆の獣であると疎まれた事実を。
覚えている。
自分に、姉妹に、生きて良いのだと諭してくれた僧侶の事を。
生に感謝を。未来に夢を。苦難に幸を。死に希望を。
全て虚しく、全て悲しかったとしても、生きているからには戦わねばならない。そして、己には救済の道を切り開く力が、役割があると信じている。
「十全はなんでこんな世界作っちゃったんだろ。あてしに見えないもん見てんだろーなー」
「……?」
「ルルムゥ、だっけ。何人持って来たの?」
「十体」
「一番強い個体は」
「コレ」
「ゼロツーを名乗る分身にぶつけてくれる?」
「カルミエスタからは貴女の命令を聞くように言われている。だから了解」
「ごめんね」
「?」
「出来る限り、供養はするからさ」
「不要。ただ、世界を取り戻すその一助になる働きだけはして欲しい」
「あいよ」
手段は幾つも用意した。青葉惟鷹等の分断に成功したは良いが、分断の配分がこちらの思惑とはズレている。故に善後策的にこちらの手札を幾つか切る事になったのだ。
青葉惟鷹が衣笠真百合へ向かわなかったのは失敗であるし、衣笠真百合が一発で沈められたのはあまりに想定外だ。だが、選定勇者を相手にするからには、理不尽と向き合わねばならない。
(しっかし、イカれた能力だよね、コイツら)
少女神ルルムゥ個体群。バルバロス急進派が大魔女カルミエスタ・エベルナインから借りて来た神の模造品達だ。元はアスト・ダールと出身を同じくする者らしいが、細かい部分は運用する本人達すら理解していない。
この新ルール内にあっても能力を一部失うだけで済んでいる。そもそも「対十全皇型アズダハ」を組み込まれている為、一時的にでも扶桑の現ルールをすっ飛ばす事が可能である。また根幹魔力帯に対する攻撃力も備えているというのだから、バルバロスがどれだけ本気で扶桑を打倒しようとしているのかが伺えた。
「遠隔会話傍受成功。介入開始、していい?」
「出来るってからやらしたけど、それどうやってんの」
「根幹魔力帯に手を入れて、固有の波形を探り当ててルルムゥの対十全アズダハで偽装、介入する。超遠隔会話しているヒトは少ないから見つけるのは簡単」
「きもいね。下手な返事とかはいらない。淡々と、それっぽく返したりして」
「命令を出して攪乱するのは?」
「相手の事情を全部把握してない、それは直ぐ疑われるから駄目」
「堅実。了解」
遠隔会話を傍受、偽装。偽の命令などを出せれば良かったが、賢い奴等にそれは悪手となり得る為、引き延ばしや連絡の行き違いを装うカタチに留める。
「十全一行は北東蕃軍への遅延行為と住民退避に忙しいみたい」
「実京三つ前の領地、瓦武蕃に入蕃したら武力介入開始」
「了解。懐かしい」
「……うん?」
「十全……麻生麗の格好が、ヴァルハラの時と同じだから」
「そっか」
こいつらに……懐かしい、などという感情がある事に驚きだが、そうだ、竜達と同じ時代を生きた者達……その、何かしらの形態を借りて顕現しているのが、この少女である。
「十全ってさ、元はニンゲン?」
「竜人の黄昏所属、『光王蝕』麻生麗。通常撃退が限界のレジドゥムを殺害可能だった女。滅びた東国の姫君で、黄昏の英雄達に随分可愛がられてた」
「……何の何の、何が何?」
意味不明な単語が多すぎる。しかし、やはり元はヒトであり、あの女が世界の全てを作ったなどという事はないのだろう。
「準備を進める為外に出る。十番ルルムゥを一体置いておくから、連絡はそれに。遠隔会話に対する防御機能があるから安心。遠隔会話よりも速く同期する」
「ねえ」
「うん」
「アンタは何の為に戦うの? あてしと同じ目的?」
「パパの為」
「パパ?」
「バルバロス総統」
「肉親じゃないよね?」
「世の中、なんでも理屈が必要なワケじゃない。ルルムゥは親孝行したいだけ」
「あっそ。いってらっしゃい」
「うん」
頬を掻く。誰も彼もが、先を視ながら生きている訳ではない。未来などどうでも良く、目先が大事なニンゲンが大半である。浅はかに聞こえる話だが、大衆とはそういうものだ。皆が皆、将来を思って生きてなどいない。
むしろそれこそが当たり前なのだ。先を見据えるだけならば誰でもするが、そこから行動を起こす奴は少なく、ましてより強大な存在に挑もうという方が、余程おかしいのである。
彼女はこの世に呼ばれた事を喜ばしく思い、呼んでくれたバルバロスを親と慕い、その期待に応える為に生きている。単純ながら、むしろニンゲンとしては一番正しいのかもしれない。
「ママはあてし達を産んで狂って死んだ。パパはママが居なくなって狂って身を投げた。じゃあ次はあてしが狂う番じゃん。やってやるぞーってんだ」
大魔女カルミエスタも、また御仏も言う。真正面から捉えなければならない。策を弄し続け、裏でコソコソしていては、選定勇者――救世機構青葉惟鷹を打倒し得ないのだと。
狂わねば勝てる相手ではない。狂ったとて勝てるかもわからない。
だが狂わねば、彼の目の前に進む事すら許されない。
「統春様。お食事の時間です」
「うん。ノウマクサンマンダボダナンキリカソワカ……我が守護天よ、生来の悪性を授けたまえ」
統春は捧げられた血の滴るニンゲンの心臓を、ひとつずつ丁寧に丸のみにする。鉄臭さと生臭さ、多少の塩気を帯びたゼリー状の血液が舌を蹂躙し、肉の柔らかさが喉を伝う。
「ありがと。お腹いっぱい」
泣きながら、笑いながら、統春は九つの命を平らげた。
関狼蕃を抜けた北東蕃上洛軍は、勢いのまま南下。イオド七昼蕃、彼岸白頭蕃、無量蕃を次々と落として行き、とうとう首都実京三つ手前の瓦武蕃にまで差し掛かっていた。
実質、一日一つの蕃を始末して進んでいるのだ。ただ歩いただけで四日は掛かるだろう距離を、ヒトを殺しながら進んでこの進行速度は、常軌を逸している。七日目には首都に入る事になるだろう。
つまり、今の北東蕃軍にとって、人類は敵ではないのだ。障害物ですらない。痺れを切らした国軍は北東蕃と同盟蕃出身者を排除した北東蕃懲罰師団を特別編成、首都防衛の為境界線に布陣し始めていた。
ここまで来ると止めろと言ってもきかないだろう。彼等にも矜持がある。しかし、どうあろうとレベルの足りない兵隊を集めたところで烏合の衆である、切り刻まれて終わりだ。
ゼロツーとシュプリーアはその侵攻速度から無駄な抵抗は死者を産むだけと判断、先回りして避難誘導に勤め続けた。
「シュプリーアさん、街道沿いの避難は」
「一般人は済んだ。けど、お侍さん達は逃げたくないって」
「……」
ゼロツーが出て行って顔を晒せば、侍達は当然退くだろう。だがその場合、北東蕃軍の上洛を肯定してしまう事実に繋がる為、おいそれと身分と顔を明かせないのだ。当然、雁道はこれも視野に入れていただろう。
一般人に対しては政府の上役という顔で接していれば、素直な彼等はいう事を聞くが、侍達はそうもいかない。領主に訴えかけたところで跳ね返されるだけだ。
雁道は侍が立ち向かって来る事を理解している。一般人よりはレベルの有る侍達を殺して、経験値稼ぎも兼ねているのだ。
醜悪、悪辣。なんだってこんな化物を十全皇は放置したのかと、ゼロツーは歯がみする。
「雁道達の到達予定時刻は?」
「あと三法刻もあれば辿り着きますわね」
「MP回復ポーション、控えある?」
「手持ちは幾つか。拠点で菊理に拵えさせておりますわ」
「じゃあ、前と同じで」
「……」
侍達は退かないし、そして死ぬ。もはや事後に蘇生させるぐらいしか手の施しようがない。何とももどかしい話だった。
「もっと」
「はい?」
「もっと人命なんて考えてないものだと思ってた。国民、大事にしてるんだね」
「それは、ええ。一番上のヒトの扱いが雑なら、下も当然雑になりますもの。国家を運営して行くからには、建前であっても人命保護を大事と捉えておきませんと」
「少し見直した。嫌いだけど」
「シュプリーアさん、褒めるなら褒めるだけになさいまし」
「ごめん。貴女を観てると、口が悪くなる」
「ま、生まれたてですものね。子供を無茶に叱っても意味は無し」
「むー……」
「そう。ソリはまず合わない。とはいえテンポよく一緒にお仕事は出来てしまう。貴女の母もそうでした。アレは、まあもっと違う意味で非人間的でありましたけど」
「何度聞いても、お母さんあたまおかしかったって話しかないけど、そんなにひどいの?」
「ギルドの方針には忠実でした。彼――鈴谷新の話も、良く聞いていましたわ。他人として接するならば、なんだか陰鬱な雰囲気で、詳しい事には急に早口になるだけで、比較的おとなしいものでしたけれど」
「親しいヒトには?」
「ちょっと遠慮願いたいカンジでしたし、方針に差しさわりが無いのならば、普段のうっ憤を晴らすかのように滅茶苦茶をしますし、あまり人命を勘定に入れておりませんでしたわね」
「苦手なヒトかもー」
「シュプリーアさんに彼女との人格的な類似点は、ございませんわねぇ……」
ただ、そのイカレた能力と才能は間違いなくあの女のものである。
性格……性格で言えば、そうだ、誰か――どこか……あの子に……。
「ゼロツー?」
「いえ、何も」
確証はない。だが、シュプリーアが何から作られているのか、その大枠は理解し始めた。故に、自分の知っている人物の面影がどこかしら存在している事実に、疑問はない。
恐らく精一杯。一世一代、乾坤一擲、限界の限界までヘルが練り上げて作り上げたのが、このシュプリーアという怪物なのだ。
「あ、女の子がいる」
「逃げ遅れですかしら」
シュプリーアが街道を指さす。その先には、ボロを纏った少女が一人いた。風貌が扶桑的でない事にまず警戒が行く。髪の隙間から見えた瞳に興味が向く。
そして、風に吹かれて露わとなった顔を見て、ゼロツーは息を呑んだ。
「シュプリーアさん、全力防御ッッッ!!!!」
「!!」
二人を覆う防御魔法が発動、次の瞬間複数発の弾丸が防御魔法に突き刺さり、二発がゼロツーを掠めて行く。
幸い大きなダメージはないが、相手が相手だ、一気に警戒レベルが最大まで引きあがる。
「アソー、久しぶり」
「ルルムゥ……ッ」
「――よーちゃんをいたぶった神様?」
随分と懐かしい顔を見た。しかし、ハッキリと思い出せる、ヴァルハラ出身者だ。南方大陸に出現した頃は人形のような顔をしていたが、今は違うと見える。
「少し馴染んだから、色々思い出した。こうして戦うの、何年ぶり? ルルムゥとしては、たった数年ぶりぐらいになるけど」
「さぁて……いつ振りでしたかしらねぇ……」
ルルムゥ。半人半神の冒険者。ギルド『火竜翼賛』のナンバーツー。火竜剣アスト・ダールの右腕。『火竜翼賛』はヴァルハラの上位ギルドの一つであり、彼女は最終決戦参戦者だ。
今はアスト・ダール同様、何かしらの手段によって現世へ顕現させられた、対十全型アズダハ機蟲搭載の、暗殺者である。
最新型の対十全型である事を考えれば、扶桑のルールを飛び越えている可能性は十分にある。
しかし、それはまだ良い。むしろ、その程度であれば良い。
コイツの場合は――支配者層の竜と同じく『全て知っている』可能性がある。
「国の運営は楽しい? 今になって東国を復活出来て、幸せ?」
「解って言っていますのよね、貴女」
「あは」
「……」
「アハハハハハハハハッ!! ひっどいごっこ遊び!! なにこれ!! アハハハハッ!!」
「ああいうの、よーちゃんは近づいちゃ駄目って良く言ってたよ」
「仰る通りすぎますわねぇ……」
「全部全部ツクリモノ!! 全部全部おままごと!! すごい、すごい馬鹿みたい!!」
「なんとでもどうぞ。まったく、子供の邪悪さそのままに大人になったカンジですわね」
「ルルムゥは少女神って属性だもの。それがお仕事、それが役割」
「虚しいお話ですわね」
「虚しくないよ。凄く幸せ。肉を持った生命として生きていられるなんて、凄く幸せなの」
「あら、それは良かった」
「そう、だから、ちゃんと地球を維持してくれた、アソーには感謝ばかり。個人的に何の恨みもないし、戦う必要がないなら戦わない」
「……」
「けど、パパが邪魔だって言うから、じゃあ排除しなきゃならない。貴女を殺す」
「ご遠慮させていただきたいですわ」
『惟鷹様。少し面倒な者が現れましたの。対応に手間取るかと存じます。何事もなければそのままで。何かあればお呼びいたしますわ』
『了解です、オネガイシマス』
一応惟鷹へ連絡を入れておく。南方で惟鷹の腹を打ち抜いた相手であるから、忌避感はあるかもしれないが、想定以上に強い場合、それは『惟鷹の領分』になる。
今の扶桑は勇者が勇者然としている事を肯定するからだ。
「ゼロツー、相手のスペックは」
「『力量看破』……当然のようにレベル50を超えておりますわね。固有も有するでしょう」
「知り合いなの」
「昔の。同一存在であるかどうかは不明でしてよ」
「そういうの多いね、ここ」
「そういう世界ですので。過去の彼女から鑑みるに、固有は『亜空間操作』でしょう。先ほどもあらぬ場所から弾丸が飛んで参りましたもの。しかもアクティブではなくパッシブの固有」
「よーちゃんから聞いてる。人体に直接能力を発現するような真似は?」
「ルール上出来ません。が、相手が相手、飛び越えてくる事は覚悟した方が宜しいかと」
もはや例外が通例化した現状、バルバロス勢が直接顔を出したという事実、これだけ状況が揃ってしまっている限り、既にゼロツーの手には負えない問題である事に疑問はなかった。
それにしてもルルムゥは最悪だ。まさしく彼女は『穴』そのものだからである。
ヴァルハラ出身者がこのルールの上でどう振舞えるのか未知数であるが、レベルが高すぎる事を考えても、ある程度を『引き継いでいる』と思われる。まして彼女は亜空間操作能力者だ、あらゆる縛りを亜空間能力で貫通しかねない。
つまり、最低でも戦闘不能の退場を強いねばならない。
さもなくば全て穴だらけにされてしまう。
「私が前線を張ります。弾がおかしな方向から飛んで来ようと、回避率と運を突破せねば命中はしませんもの。シュプリーアさんは後ろで攻撃と補助を組み立ててくださいまし」
「純粋な魔撃士みたいだし、近接攻撃はしてこないんじゃないの? 前衛いる?」
「それを含めて引き付けるのも、前衛の役割ですの。では」
バフを盛りルルムゥと対峙する。彼女は目を閉じ、両手を開くと拳銃が二挺出現した。拳銃による近中距離からの射撃と近接での格闘が得意であったと記憶しているが、さて。
「ご挨拶したかった。それは済んだから、じゃあ、行くね」
亜空間出現。彼女の身体がスルリと目の前から消え失せる。挨拶だけしに来た……訳もなく、数法秒後、殺気を感じて身を屈める。
「ッ!!」
頭上を弾丸が霞めて行く。当たり前の話だ。あえて身を晒して射撃などする必要が無いのであるから、己の能力範囲に収まる距離で離れて狙撃すればリスクは軽減する。不意打ちでも良かった筈なのに、顔を晒したのは、本当に挨拶がしたかった事……それに、『お前達を脅かしに来た』という威圧行為も含むだろう。
「非合理だね。こんな芸当が出来るのに、なんで不意打ちにしなかったのかな」
「文化の違い、ですかしら」
「どういうこと」
「今の私達もそうですが……特に彼女達のようなヒト達は、今の扶桑のルールに類似した世界に生きておりましたわ。高レベル者とは、一騎当千の個にして軍のような輩です」
「ふむふむ」
「蘇生がずっと容易い世界で不意打ちなどしてしまうと……その人間の武名が広がりません。高レベル冒険者とは名誉あってこそ、立派な仕事を引き受けられるものですので」
「つまり、不意打ちばっかりだと誰も名前を広めてくれないし、卑怯者がいるって警戒ばっかり拡がっちゃうってコト?」
「はい。なので名乗り合いは良くありましたし、口上も多く、戦闘中に会話をする余裕などもありました。結局、命の価値が安いからこその文化的相違ですわね。勿論、不意打ち暗殺もありますけれど、高レベル冒険者は殴り合ってこそ、という不文律めいた雰囲気がありましたわ」
口にして、ああ、そうなのだよなと、一人納得する。
ともかく、相手が見えないのでは対処しようがない。先ほどからベラベラ喋っているのに、最初の一発から次がない。
――これは長期戦を構えられたのだ。
「……撃ってこないね」
「私達を本土に釘付けにするのが目的でしょう。東部諸島で別の作戦が動いていると考えるのが妥当かと」
「ポータルで逃げちゃえば?」
「亜空間能力者の前でポータルは悪手ですの。不意を突ければ良いですけれど、途中でポータルに介入された場合、どこに飛ばされるか分かったものじゃあありませんわ」
「亜空間能力、便利すぎない?」
「ええ。だからこそ、彼女はアスト・ダールに次ぐ怪物として名を馳せた」
『惟鷹様、お助けくださいまし』
『どうかされましたか』
『手に負えない怪物に遭遇いたしましたの』
『分かりました。直ぐ向かうので、少しマッテクダサイ』
……やられている。惟鷹がそんな反応をする訳がない。日常会話ならあるかもしれないが、十全皇が助けて、と口にしてその反応はあり得ない。つまり遠隔会話にも介入されている。移動、情報を遮断されている。手足をもがれたに等しい。
だから嫌なのだ。ルルムゥという女は。
「遠隔会話も偽装されておりますわね。ポータルは迂闊に使えない、惟鷹様達に連絡もままならない。隠れ家に戻るリスクは大きすぎる。さて、シュプリーアさん、如何いたしましょう」
「ホントだ。よーちゃんの反応が鈍すぎる。うーん……あ痛だっ」
そんな話をしていると一発、シュプリーアの腕を銃弾が貫通していった。魔力無効化弾で間違いないだろう。シュプリーアは防御力、体力、回復力すべてズバ抜けているので、飽和攻撃でも受けない限り死ぬことはまずないだろうが、それでも鬱陶しい。
「痛みって慣れない」
「危機を肉体に知らせるものですから、慣れると困りますのよ」
「ふぅむ……東部諸島へ行く手段は?」
「船、大鳶、ポータルですけれど、どれも狙ってくれと言わんばかりの手段ですわね」
「じゃ、ここで叩くしかないね」
「ここに留まれば北東蕃軍が来ますわ。首都へ歩きましょう」
「……戦って死んだ侍達は?」
「後程、という事にはなりませんかしら」
「……肉体が一部でも残ってるなら、蘇生出来るから、いいよ」
不満げだが、自身の置かれた状況も理解しているだろう。街道を歩き始める。
互いに武具、アイテム、スイッチ・ホルスターのスキル内容を再確認。示し合わせた訳でもなく、無言で戦闘準備を整える。
「どこかに隠れてポータル使用」
「否ですわ。アチラが隠れたからには高位の魔力探知スキルがございます」
「二手に分かれて貴女が陽動。私がルルムゥを探す」
「否ですわね。魔撃士ならご存じでしょうけど、身を隠す手段は多数ございますわ」
「逆に言えば、それは私も可能」
「そうです」
「全部まとめてやった場合は?」
「可能性の一つくらいは見出せますでしょう」
「なら決まり『固有・治癒の雫』」
「自動道具使用」
シュプリーアの固有スキルが発動。ゼロツーが自動道具使用で回復アイテムを選択する。
「スタート」
そうして、全速力で街道から二手に分かれて走り始めた。
ルルムゥ級人造憑依体一番号。組織で名を呼ばれる場合は『ル一号』である。
複数の魔術、科学の結晶であり、人工的に『強力な兵隊』を造るという意味合いにおいて、恐らくは世界最高峰の技術によって成り立っている。
その基礎を支えているのが『母体憑依』だ。人界と冥界の狭間にある胎児に術式を施し、絶対ではないがある程度の範囲を絞って狙った過去の人物の魂を定着させるものである。
余程の因果が無い限りはランダムである筈の魂の選定を、一定確率に収束可能であるという点において、この技術は人類の生命と魂を冒涜し尽くしたものであった。
アスト・ダールという手本を元に選ばれたルルムゥは、確かに頭一つ抜けた力を持って産まれて来た。しかしこの技術は過去の生を記憶ごと引き抜いて来るものであるが、ルルムゥの場合記憶の欠損を持っていたのだ。
失敗作として廃棄も検討されていた中、手を差し伸ばしたのがバルバロスである。
ニンゲンの数倍の速度で成長し、自我は薄くとも一個の生命として成立していたルルムゥは、自身を救ってくれたバルバロスを父と慕った。
『肉体があるの。こんなに嬉しい事はないの。だから、パパ、何でも言って。この身体は、パパの為にあるのだから』
父に命じられた事であるのならば、ルルムゥは全てを喜んで引き受ける。勿論、死にたくはないが、父が命じるのならばきっと死ぬだろう。何せ、自分という技術は確立し、既に複数体の自分が存在しているからだ。
魔術的に脆弱であった部分をカルミエスタが補強、強化にまで漕ぎつけている。絶対的なイチを信奉する世界においては強力とまでは呼べないかもしれないが、それでもルルムゥという能力者が複数存在している事は、敵にとって厄介極まりない。
アスト以上の量産性を武器に、ルルムゥは戦地に立っている。
(ここに来て、視界と記憶がクリアになった)
扶桑の環境がヴァルハラに近い影響を受け、ルルムゥは当時の事を思い出し始めていた。肉体がある事に固執するのも、また記憶によるものであり、自身という肉のストックがある事実に忌避感は無く、ルルムゥはむしろ喜ばしく思っている。
(十全は間違いなく麻生麗だ。けど、何故それが世界を支配するに至ったのか、その過程が不明。武蔵野ヒルダとは何が違っていた? 鈴谷黄萌とは何が違っていた? 境遇は違えど、ルルムゥ・イルジアとは何が違っていた? 美公将はどうだった?)
記憶が戻り始めると、何故今こうなっているのかという疑念は尽きなかった。
「集中、集中」
今は二人を相手にしている。双方とも、真正面からぶつかって勝てる相手ではないが、ルルムゥに刻まれた固有能力が彼女達を本土に縛り付けるのにうってつけであった。勝てずとも良い、なんなら負けても構わない。とにかく最低一日、最大二日押し留めるだけで良い。
ルルムゥ三番、四番が上手くやってくれるだろう。一番よりも格段に能力は劣るが、亜空間操作の一部は可能だ。扶桑のギミックに穴を空けるには十分である。
「二手に分かれて走り始めた」
身を隠しているルルムゥは、上空に設置した亜空穴から二人の行動を手に取るように把握していた。亜空穴を用いて視覚的に、姿を隠した場合は魔力的に感知して、ピンポイントで銃を放てる。一撃で仕留められる事はないにせよ、常に死ぬ可能性が付きまとう状況は、間違いなく彼女達をひり付かせるだろう。
ルルムゥが現れた時点でポータルにも制限が掛かるであろう事は、十全が一番理解している。この能力が所謂ポータル系の魔法の上位互換であるからだ。
人、物の数量、体積問わず、魔術的制約、もしくはキャパシティオーバーでない限り代償を支払えばそれこそ軍隊丸ごと遠隔地へ移動出来るだろう。また、小さい亜空間を開くだけならば消費も極小であり、複数開いたからと問題にはならない。
この狂った能力を前に、彼女達が取れる選択肢としては、どうにかコチラの視覚、魔力的感知を掻い潜り、ポータルで遠方に逃げるくらいしかない。
ルルムゥの撃退を視野には入れないだろう。完全に隠れた魔撃士など、狩人の次に厄介である事は承知であろうし、大半の行動が徒労に終わる。
(十全は、良くも悪くも普通。こちらの把握していない力は持っているかもしれないけど。不気味なのは神様の方)
麻生麗という女は、正直な話、普通の女だ。その出自を特殊とされただけで、機転と思い切りの良さはウリだったが、他の竜人の黄昏メンバーに比べれば劣った。勿論、支配者として君臨してからの彼女など知らないが、あのゼロツーという個体はかなり、当時の彼女の雰囲気がある。
問題は神様、シュプリーアだ。衣笠真百合戦のあらましは聞かされているし、同じ魔撃士の専門を持っている事を考えても、手の内はある程度知れる。だがイレギュラーにも複数の専門を保有している上に、それを複合して使用する柔軟性と、リスクマネジメントに優れているように思えるのだ。
何が出来て、何が出来ないか。当たり前の話のように見えて、これをしっかりと把握して計算している者は意外と少ないものである。
とはいえ、だ。
あちらがコチラの場所を特定するのは難しく、常に監視して移動している事実がある以上、コチラの感知範囲から逃れる事も出来ない。二手に分かれたところで十全を追い回す方に切り替えるだけなのであるから、作業的にはむしろ容易くなる。
監視の比重を、十全七、シュプリーア三。
脅威度の比重を十全三、シュプリーア七とする。
二人は暫く走ると、物陰に身を顰めた。隠れる事の無意味さを理解しつつも、隠れざるを得ない状況は、二人にとって理不尽この上ないだろう。
亜空穴展開、発砲。
シュプリーアが被弾。同時に自動反撃が飛んで来るも、その時には既に亜空穴は閉じている。近くに居るのではないかと思ったらしいシュプリーアが拡散発砲、銃撃は無意味に林の木々を粉々にするだけに留まった。
(やはり自動反撃は有。しかもかなり高位で広範囲で高威力、イカレてる。まともに殴り合ったら負けちゃうね)
ルルムゥの放った一撃も、既に修復されている。自動回復にしては早すぎる為、回復剤との同時併用か、他の手段か、それに元からHPもVITも異様に高いと見える。回避型魔撃士が基本の世界から来たルルムゥからすると、彼女のステータスは異質だった。
ポータル反応感知。即座にポータルへ干渉して別の行先へと繋げる。
ちなみに繋げた先は海上だ。
『んま、いやらしいこと』
十全の愚痴が聴こえて来る。ルルムゥの亜空間操作能力はポータル系の上位であり、かつ位相がズレた空間に接続が可能だ。その空間が何なのかは、ルルムゥ自身も理解していないが、今まで不利益を被った事例が無い為、安心に使用出来る。
また同時空内での強固な隔離結界形成も得意である。とにもかくにも、ルルムゥに狙われるという事は、命も、己の場所も、時空も保証されないという意味になる。
(シュプリーアが分身隠形を使用。十全がポータルを三つ発動)
己の分身を複数設置した上で自身の存在を隠匿するスキルだ。敵対勢力に対する威圧に欺瞞、囮に暗殺にと、最高に使い勝手が良い為、魔撃士がこれを使わない手はない。ただし、同専門には直ぐ見抜かれて対処されるのがオチである事は、自明の理である。
十全のポータルを別の場所に繋げながら、高位魔力探知を開始。魔力分布に異常のある部分に対して発砲。
『あぐっ』
命中。二人で行動を起こし、こちらの対処飽和を狙っているのだろうが、こういった戦術はコチラの十八番であり、二人程度の対応で遅れを取る事は無い。
だから、どうにもならないのだ。ルルムゥが出て来た時点で、大人しく死ぬか、二日間どうする事も出来ず途方に暮れるかの二択しかない。流石にそれは二人も悟ったのか、合流した。
『動きながら隠れているだろうに、全然気配がない』
『亜空間を渡り歩いていると考えるのが妥当かと』
『最悪、性格わるぅい』
『魔撃士といえば、性格が悪いと相場が決まっておりますのよ』
こちらが盗聴もしている事を、知ってか知らずか。知っていると考えた方が良いだろう、会話もブラフの可能性が高い為、真面目には聞かない。
『動いても無駄だね』
『ええ、左様ですわね』
『まあ、あまり被害も出無さそうな場所に来られたからいいけど』
『ええ、では『対遠距離物理攻撃防御、リンク・ポータル、リンク・ポータル、リンク・ポータル……』』
(ん、んん?)
二人は草原に出ていた。全く身を隠す場所もなく、監視の必要性も感じない程、だだっ広いだけの場所に、二人が背中合わせで立っている。
この光景、どこかで見た記憶がある。あれは、ヴァルハラで……依頼が被り、竜人の黄昏と火竜翼賛が一時的に敵対した時。
「うわあ……」
十全がリンク・ポータルを自分達の周囲に数十個展開……なんだそれは。
更にカウントチャージを始めた。
『固有・治癒の雫』『自動復活』
「行きますわよ、シュプリーアさん」
「ん。『固有・死せる魔獣の咆哮』」
(そんな無茶苦茶な事するの、このヒト達)
十全が薙刀……光王蝕を構え、一切の遠慮なくシュプリーアの首を跳ね飛ばす。幾ら蘇生、回復が容易いとはいえ、それを即座に決断し、何の相談も無く、まるで連携技でも決めるかのようにこなす彼女達の感性は、狂っているという他無い。
(でも、ポータルの行き先を変更するだけだから、ルルムゥには届かないし)
これはキヌガサマユリを倒した時に用いた固有だろう。結界の制限がない場合、半径一キロに破滅的な弾丸がバラまれる事になる。確かに、自分はその範囲に収まる位置にはいるが……ルルムゥは亜空間内、弾が届く事はない。
……――その筈だ。しかし、彼女達が無意味な事をする筈もない。
何かある。見極めねば負ける。
大破壊拡散攻撃が来る。
『発動』
固有と言っても、汎用的な建前としての固有と、本当に殆ど個人しか所有しないような固有がある。これは後者であろう。自動反撃が固有技として機能する、というリスキーで使い辛い性能がまず可笑しいし、ヘタをしなくとも自分が死ぬ上に、事前準備が無ければ周りの味方を巻き込んでしまう。
シュプリーアの場合、別の固有……治癒の雫は所謂汎用固有であるから、そちらを併用、自動復活と合わせて保険を敷き、即座に自分自身で対処を打てるようにしている。
死せる魔獣の咆哮が発動、周囲に凄まじい数の弾丸がまき散らされる。付与された属性は火らしく、周囲の植物を焼き払い、地面を赤熱させ、天を焦がす勢いで燃え上がる。
(アストの固有と同等かな、これ)
リスクが大きい分威力も大きいのは道理だが、リスク分、アストに迫るものが在る。
ひとまず相手の切り札は見えた。
一番遠い距離で覗いていた亜空間を閉じて自身への被害を無くし――
(あ、ルルムゥの監視が無くなる)
監視の為の亜空間を閉じてしまえば、当然視界が無くなる。そして今のスキルによって魔力の流れが滅茶苦茶になっている為、魔力感知が大変に難しい。
(アハハ、残念、残念、おしいッ!!)
全神経を、十全のポータル感知に向ける。こちらの物理、魔力的監視が無くなる隙を突いて逃げる気でいたのだろうが、そうはいかない。これが自分よりも魔力感知、ポータルの扱いが不得手であったならば通った策だろうが、彼女達が相手にしているのは、火竜翼賛のナンバーツーだ。
『……ー……――、確定』
『お疲れ様ですわ。流石に痛いでしょうに、よくやりますわねぇ』
『ん、ルルムゥが複数居るんじゃないかって話だったけど、一人だね』
『その確認が取れただけで良しとしましょう』
シュプリーアが自動復活。即座に回復。やはり彼女を殺すには自分では火力不足だが……そんな事より、ルルムゥは眉を顰めた。
敵が他に居ない事を確認する為にこんなリスクを取ったのか。
(ヴァルハラの人間より狂ってる。ダメだ、ルルムゥの価値観を変えないと、どんな発想や機転で攻撃されるかわかったものじゃない)
冷や汗が流れる。自分とは価値観が違い過ぎる。手ごわい相手である事など百も承知で来たが、ここまですり合わせが出来ない相手であるとは思っていなかった。
ここには他のルルムゥを連れて来てはいない。半端なものの数を揃えても意味が薄いからだ。自分が彼女達を倒し得るとは考えていないものの、出て来て直ぐ殺される為だけに自分を用意する程、ルルムゥは狂っていないのである。
『さて。シュプリーアさん。貴女の魔力をまき散らし終えましたけれど』
『ん。五百大バーム先』
『場所さえ解ってしまえば、こちらのものかと』
「ッッ!!」
自分の位置を言い当てられる。攻撃と同時に、自身の魔力を拡散、この周囲一帯を自身の支配地域として疑似的に形成、異物を感知しているのだ。
とはいえ、とはいえだ。
位相のズレた場所に居る自分に攻撃が当る事はない。これだけは絶対だ。
相手が同じく亜空間操作でもしない限りは……だが。
「あっ」
全身を鳥肌が駆け巡る。
「この個体に預けていたの?」
麻生麗を麻生麗たらしめるもの。
竜人の黄昏において、彼女程力が無い者はいなかったが……――重要な局面において、彼女はその全ての盤面をひっくり返して来た。
奴は、そうだ。
理不尽を打ち破るように。世界を救うように。
そう『設定』された『女主人公』なのだから。
『光王蝕よ』
そして、奴が持っている武器は。次元断層によって致死ダメージを回避するユグドラーシル・レジドゥムを殺し得た武器、本来殺せない筈のものを殺した武器。
つまり『チート武器』の一本だ。
現在のリュウどもが『終末兵器』として携えているものの、恐らくは『原型』ないし『参考にした武器』だ。武器によって特性は様々とあるが、麻生麗が持ちえたあの光王蝕は特に理不尽の塊であった。
理不尽すぎて、それがどんな能力を秘めているのかすら、厳密には知らない。恐らく彼女達の仲間すら知らなかった筈だ。故にルルムゥに確証はない、証拠もない、配慮に入れるだけ馬鹿馬鹿しい、そんな悪夢である。
「代償は大きかった筈。今ルルムゥに切れる程度のカードとしての具現化かな」
あれがもっと力の強い貸与品であったならば、ルルムゥ程度に切る札ではない。
恐らくレプリカ……それが知れたのは収穫か。
『固有・妄現融合』
とはいえ、ミスティルテインと名乗るからには、不条理の具現である事には変わりない。
遠方で刃が輝き、一点の光となり、ルルムゥが居た座標周囲を、丸ごと吹き飛ばした。
『これは模造品。故に完成度は低く、代償も発生いたします。三日間は朦朧状態となりましょうから、その間の介助をお願いいたしますわね、シュプリーアさん』
『代償重たいね』
『これが自由に使えたならば、何の苦労もありませんのにね』
『つまり、十全皇本体は、苦労して貰いたいってコト?』
『厄介ですわよねぇ。しかし出来ないものは仕方ありませんわ。信用します、では』
ゼロツーに防御魔法を三倍掛けした状態で物陰に座らせ、シュプリーアは改めて敵に向き直った。ゼロツーは固有スキルを発動後、すっかりと呆けて動かなくなってしまったからだ。
あの武器が亜空間に干渉する能力を元から有していたのか、はたまた別の効果があるのかは不明だが、ルルムゥを引きずり出す事には成功した。
ルルムゥは……既に半身が欠けた状態にある。吹き飛んだ左胴体を右腕で抱えて抑え、内臓がこれ以上零れないようにしていた。
回復――はしないのか。しないのならば『出来ない』と考えるのが妥当だ。
亜空間に再び引き籠らないのか。籠らないのならば『出来ない』と考えるのが妥当だ。
やはり、あの薙刀『光王蝕』が尋常の武器でない事が窺い知れる。固有は武器ありきのスキルなのだろう。
今までゼロツーがあれを放たなかった理由も解る。忙しく回している状態で三日間も行動不能になるのは致命的であるし、少なくとも今までならばなんとか対処出来ていた。危うい場面は幾度かあったものの、光王蝕を使ってどうにかなる場面というのは限られたのだろう。
「闇精霊弾装填。エレメンタルショット、カウント60」
単発で準最大火力を出せる状態にし、ルルムゥへと歩み寄る。
「……――、無属性、大ダメージ、スキル封印、回復不可状態の付与」
「一応私は十全の仲間だけど、あんまりな武器だと思う、アレ」
「アソーは……?」
「後ろに下げた」
「代償は、大きい、でしょう……ぐ、え、ああ……」
「……」
「きっと、一定時間の、行動不能ぐらいは、ペナルティを受けている、はず」
「それで?」
「普通なら、あの子の、勝ち――『代償奥義』」
「!?」
流石にこれは、想定出来ないものであった。即座にシュプリーアは銃杖を向けて、カウント30段階で発射。威力は多少劣るかもしれないが、死に体のルルムゥにトドメを刺すぐらいは出来る筈だった。
スキルが封印された状態で、なお発動可能なスキルがあるのか。代償奥義という名称は知らないが、パッシブで固有を持つ者が放てるものだと推測出来る。
(命を対価にしてるんだ)
ルルムゥがニヤリと笑った。
闇属性弾丸はルルムゥの肉体に深く突き刺さり、半分残っていた胴体を弾き飛ばした。だが、発動は止まらない。
「くぅッ」
『竜の塒』
ルルムゥの命が消え失せるのと同時に、地面に、広大な亜空間が広がった。浮いていれば問題ないものかと思いきや、これには吸引力が存在している。ルルムゥを中心に広がった亜空間は周囲の物体を含みシュプリーアを飲み込み、その口を一瞬で閉じてしまう。
光が失われ、不確かな平面だけが漠然と広がっているような気配がある。
まるで目を閉じて広大な真夜中の草原を歩いているのと同じだった。
「こういう場合、焦っても意味がない」
逆に言えば、それだけである。死ぬ気はしなかった。危機ではあるが危険がない。精神を研ぎ澄まし、魔力を探知。近くにニンゲン大の物体を発見する。ぼんやりしているゼロツーであろう。
「ゼロツー、無事?」
「……」
相変わらず返事はない。ただぼけっとしているだけだ。ポータルで干渉しようにも、自分は取得していないので、自力脱出は不可能だろう。
遠隔会話はどうかと考えたが、恐らくまだ傍受されている。あのルルムゥが死んだからと、他のルルムゥが居るのならば、傍受は続けられている筈だ。
シュプリーアは横たわっていたゼロツーを抱えて座らせ、自分も座る。ポケットから樹石結晶を取り出し、魔力を通して光らせて傍らに置く。
「殺し合いには勝ったけど、勝負には負けたね。貴女に固有を使わせた時点であっちの勝ち。ポータルが打てないから、よーちゃん達の応援には向かえないし、ここから出る事も出来ない。でも、貴女が固有を使ったらポータルでの移動も出来ないなんて、解っていた筈。それでもアレを退治しなきゃならなかった、その理由がある」
「――……」
「あまり、ルルムゥに喋らせたくなかった。口を開かせたくなかった。そうじゃない? 竜達よりも口が軽そうだし、世界の真実を話してしまうかもしれなかったから」
「……――」
膝を抱える。
「はやくフォラズに帰りたい。世界の真実なんてどうでもいい。世界の命運なんて握りたくない。よーちゃんに変なもの背負わせたくない。彼はもう十分以上に苦しんだし、禊も終わってる。でも、世界の構造がそれを許してくれてはいない。そうでしょう?」
「……――」
「貴女に反旗を翻したヒト達は、執拗に、今の世界構造の破壊を目論んでる。それを破壊する為にも、世界の真実を求めて奔走してる。竜達と貴女が覆い隠す、本当の世界のカタチ。旧世界がどんなものであったかなんて、私は知らないけれど。でも、今の世界は、確かに、悪いものじゃあないと、それは思う。大帝国や、大扶桑の社会を見て、国を統治する事がどれほど困難を極めるか知って、貴女が、どれほどの苦難の中、立国に勤しんだのかは、何となく察せたから」
「……――」
「……私自身の問題もあるけど。単純な話でない事もわかるけど。今の世界を破壊しようとする人達がいるなら、少なくとも、よーちゃんに関わる事は、協力するよ。早く、全部終わらせよう。よーちゃんが悲しまない世界になるなら、それが一番。だけど、どうしてこうなってしまっているのか、その事実を知る権利はあると思う。関わるからには、関わるなりの意味と意義が必要になる」
「……」
「青葉惟鷹って、なんなの? 麻生麗って、誰なの? 貴女達は、元ニンゲンなの? 二人は、久遠の昔から、愛し合っていたの? 月には、何がいるの? 竜って、なんなの?」
「……――」
顔を手で覆う。
「私……――可愛げなくなっちゃったな。よーちゃんも、もっと幼げな私の方が、好きかな……。何も知らない、何もわからない顔をしていた方が、彼も優しいもの。けど、そのままではいられない。こうなったからには、戦える顔をしなくちゃならない。守られるのは嬉しいけど、それじゃあよーちゃんを守れない。誰も傷つけたくなくとも、傷つける事に必然性を見出したヒト達が沢山いる。貴女はどう? なんとなくで、その力を手に入れたの? 必要に駆られて、身につけたの?」
返事のないゼロツーに語り掛ける。聞いていようといまいと、そこは問題ではなかった。シュプリーアという女が考える、己を取り巻く状況に対する心情の吐露でしかない。
「わたし、は」
ゼロツーが、ぼんやりとしたまま口を開く。
「わたしは、アズダハ、脳。アズダハで、組み上げた……――人工、脳の、怪物」
「……のう、脳味噌?」
「皆を……仲間を……ただ、すくいたかった……だけ、なのに……」
目を瞑り、涙を流している。いつか、在りし日の己を思い出すかのようにして、ゼロツーは泣いていた。
アズダハとは、純魔力の塊に近いものだと聞いた。
人工というからには……彼女は、人工物なのだろう。
純魔力類によって組み上げられた――……人造の脳。その、慣れの果てが、これか。
つまり旧人類は……失敗してしまったのだ。
その手で自分達の手に負えない存在を作り上げてしまったのだ。
人造でありながら、人工であるにも関わらずそして――……
「それでも……――わたし、は、――人間、に、あのヒトの、あの子の、為に――……」
彼女は、ヒトに、恋した。
青葉惟鷹という男に。
「……………………」
押し黙る事しか出来ない。その声は、その嘆きは、あまりにも必死で、虚しく、悲痛に彩られたものだったからだ。彼女が何をして世界を創り替えたのか、それまでは解らなかったが、アズダハを支配するに至った彼女が望んだ理想を、世界を産み出すのに、想像を絶する程の苦労があった事は窺い知れる。
尋常ならざる出自から、ヒトに憧れたか。ヒトにならずとも、ヒトに寄り添うべくしてその精神を組み上げたのか。怪物はきっと、最初から怪物などでは、なかったのだ。
拭えず染み込み、漂白叶わなくなった心は、ひたすらに、無限に彼を求め続けたのだろう。
……――理解、しなければいけないのだろうか。
しかし、理解してしまったならば。
……それは、自分と、ヨージ・衣笠という男との関係の終わりを意味している。
手が震える。泣いてしまいそうだった。こんなにも、一人の男を求め続けて、己の全てを世界に費やした女に、果たして自分如きが及ぶのかと、そんな疑問が心身をざわつかせる。
ジワリ、と心が滲む。
緊張と焦燥と嫉妬がない交ぜになり、思わず力む。
そうだいっそ、いまここで、ぜんぶぶっこわしてしまったらどうなるだろうか。
たとえば、ここでぼんやりしている、ぜろつーをぶっころしてしまったならば。
どれほど、無茶苦茶になるだろうか?
「何考えてるの、私。やめて。私はそんな事考えない。よーちゃんが悲しむような真似を進んでしない。これは誰の思考なの――……そうだ、前からだ。私が力をつけ始めてから、自分の力を把握し始めてから、いろんな声が聞こえて来た。外からなのか、内からなのか、解らなかったけど……これは、私の中の、自我の外……」
「あなたは――……複合品……――あらゆる、神や、竜や、そのほかの――……廃材アート」
「……廃材……?」
聞き返そうと顔を向けた瞬間、奥の方に光が差し込んだ。
「ポータル……?」
亜空間、だだっ広い以外何もない筈の場所に、明かりが見える。だがどうも……それは、陽の光ではなく、月明かりに思える。
時間感覚が曖昧だ。
「……まずいかも」
時が経ちすぎている。即ちそれは、完全に敗北した、という意味でもある。
暗い暗い狭間の底。誰も訪れる事のないこの場所は、少しだけ寂しかった。
けれど、決して辛くはない。私にはやらなければならない事があるからだ。
ある日、大きな廃材が投げ込まれた。
「処理しておいてくれ」
大きな廃材だ。たぶん、兄はこれをゴミだと思っているかもしれないけれど、私には宝物だ。
「ジャンクから自作PCを組んでるみたいだわ」
人間だった頃が懐かしい。とはいえ楽しみなんて、常にいつの時代も似通っていて、カタチが少し変わるだけの話なのだろう。
「一生懸命、心を込めて。生前は子供も作れなかったし」
何かを作る行いは、とても楽しい。期待と夢が膨らむ。決して恵まれた素材はやって来ないけれど、その中から使えるものを見つけた時の喜びはひとしおだ。
「女の子がいいわ。胸は大きくしましょう。彼、好きだったし。顔は……」
ああ、と、思わずほくそ笑む。
ただすごいものを作るだけでも良いけれど、それだけではもったいない。
みんなが驚くものにしよう。
足りないものは、自ら手を伸ばして得るしかない。直接外に出る事は出来ないけれど、私の能力があれば、それはとても容易い事だ。何せ誰も、私の力を暴く事など出来ないのだから。
とはいえ、所詮地下にいるだけの女だ。私自身が何かすれば、皆が怒ってしまうだろう。
だから、バレないように。素材を作る為の治具を作るところから始めねば。
時間はかかってしまうかもしれないけれど、時間は、生憎幾らでもあるのだから。
みんなにお披露目するのが、楽しみだ。
みんなに楽しんで貰える未来が、楽しみだ。
出来上がった子の真実を知った麗が、果たしてどんな悲鳴を上げるのか。
本当に、本当に楽しみだ。




