掘り出し物にもほどがある
日本橋の百貨店から大きな紙袋を抱えた人達が次々と出てくる。
クリスマスが終わって、売り場の案内はもう正月一色だ。
俺は店先のおせちの写真を眺めながら、忘年会や新年会をどうするか考えていた。
サークルとしてやるなら小林真帆が取り仕切るのが筋なんだが。
「鍋かなぁ……」
「何の話?」
隣を歩いていた麗奈が足を止める。
昼飯を食べた帰りに鍋などと口走った俺は当然、奇異の目で見られていた。
「忘年会だよ。OCIRの」
「てことは会社持ち?」
「まあ……そうなるな」
「じゃあ蟹」
具材の選定に遠慮がない上に迷いもない。
「あ、新橋は駄目よ。この時期の新橋は一人5000円出したって唐揚げ1個と刺身2切れしか食べれないとこばかりだから」
「飲み放題だとそうなるらしいな」
疑問があるとすれば、成人して五年に満たない麗奈がどうして新橋の忘年会事情に詳しいのか、だ。
そういえば新橋も港区だったか。
さすが港区女子……と言って良いのか?
「せっかくだから日本橋か八重洲あたりの豪華な店にしよう。
今年はみんな結構稼いでくれたからな」
「確かに、結構稼いだわよね」
躊躇なく一番高い蟹を注文できるくらい、今年はどのメンバーも頑張った。
岩崎は試験的に保養所を3つ稼働させたし、鈴木はFXと仮想通貨、伊藤は国内株で結構な利益を出している。
「あら、おかえりなさい」
財団のオフィスへ戻ると、オリビアがコートを腕に掛けて立っていた。
銀髪の上には大きなサングラスを載せている。
「もう出発?」
「ええ。日本は寒いから」
「寒いのなら着る服を少し変えてみては?」
胸元も背中も大きく開いた服の上へふっさふさの毛皮のコートを羽織るのは正直、日本の気候に合っていないと思う。
コートはコートで、動物愛護団体が見たら刺されそうなコートだしな。
「それは私のやり方じゃないわ。服に合わせて生きる場所を変えるのよ」
俺の提案は受け付けてもらえなかった。
麗奈は目を輝かせて何度も頷いているので一部には共感できる主張なのだろう。
全体からどう切り取った一部なのかは理解したくもないが。
「クリスマス休暇だっけ?」
「そう。しばらくカリブで過ごすわ」
「師匠、向こうでもその格好で?」
「もっと涼しい格好よ。暖かいもの」
これより布が減るのか。
四十二歳という実年齢を知ってから、彼女を見るたび混乱する。
目で見ているものと情報が一致しないのだ。
それでいてエロい服にはきちんと反応するのだから俺って可哀想。
「いってらっしゃい。良い休暇を」
「あなたたちもね」
オリビアを送り出し、自室の椅子に腰を下ろす。
目のやり場を考えずに済むオフィス。平穏だが最高だ。
「士郎さん。本部から連絡が来ています」
入れ替わるようにエリザが資料を持ってきた。
「年末の挨拶?」
「カランバのジャムシュ鉱山の調査結果が年明けにまとまりそうだと」
平穏は短かった。
†††
「どこの何?」
聞き慣れない単語が二つも出てきた。何だって?
エリザが地図を表示するとアフリカの一角が拡大された。
「カランバは国名です。ジャムシュは士郎さんが相続した会社の持つ鉱山です」
「俺、鉱山なんか持ってたのか」
「マルグリット様から会社の全株式を相続されています。
資産目録にも載っていますよ。
財団は調査と管理をお引き受けしています」
「あれを全部覚えるのは無理だよ」
受け継いだものを把握するだけで脳がパンクしそうなんだよ。
年々新しいものが増えるし。
とりあえず、鉱山を持ってる会社ってのは休眠会社だったらしい。
株の評価額もごく僅かだったので、相続騒動の時にも現金化されなかったようだ。
「で、なぜそんなところの鉱山を?」
「カランバの民族解放運動へ支援をした時の交換条件です」
エリザの指が地図から古い書類へ移る。
読めない言語で書かれているが、五千万ドルという金額だけは分かった。
「これが支援した金額?」
「はい。財団を窓口にマルグリット様が個人で出された金額です。
先方にとっては存続に関わる額でした」
俺は五千万という数字をもう一度見た。
円ではない。ドルだ。
婆さん個人の財布から出ていたのか。
「それで、その人達は革命に成功したの?」
「二年ほど前に軍事独裁政権を倒しました。結構なニュースでしたよ。
その後は選挙を行い、民主主義と人権尊重を掲げた新政権へ移っています」
「へえ……」
あの婆さんがそんなことまでしていたとは。
普段画面から皆をからかうところしか見ていないからちょっと意外。
「で、新政府が鉱山を渡してきた、と」
「そういう約束でしたので」
画面には山肌に口を開けた坑道の写真が出てきた。
その前に残された設備は錆び、草が周囲を覆っている。
大儲けの予感よりも撤去費用の心配をしたくなる見た目だ。
「ここ、まだ何か掘れるの?」
「長く操業していません。
先方も大きな価値が残っているとは考えていなかったようです。
ただ、彼らが渡せるものの中では精一杯の誠意だったのでしょう」
金がない時に助けてもらい、約束を忘れずに礼をした。
随分まともな話じゃないか。
こすからい連中ばかり見てきたせいか少し嬉しい。
「で、もらったからには調査してみている、と」
「はい。御覧の通り誰も見向きもしない廃鉱山ですが、
とりあえず把握はしておこうということで」
「何も取れそうになかったら?」
「その場合は維持するか手放すかを検討します」
廃鉱山の活用法か……。
Web小説ではそういう場所が話の舞台になることもあると聞くが、
岩崎でも取り回しは無理だろうなあ……。
「結果が出たら教えて。今は忘年会の店を決めたい」
「会場でしたらもうカールさんが蟹料理店の予約を入れたそうです」
仕事の連絡よりそっちを先に言ってほしかった。
あと、カールがどうやって今日の俺達の会話を知ったのかも。
†††
忘年会では蟹の大虐殺劇が繰り広げられた。
もし蟹の子供達が俺達の忘年会を見ていたら、彼らは一生俺達を許さないだろう。
もちろん、子蟹が仇討ちをしたいと言うなら俺は喜んで麗奈を差し出すつもりだ。
蟹を選択した責任は取ってもらわないと。
じゃあ牛やフグだったらどうなのか、といった質問に答えるつもりはない。
いいんだよ、細けえことは。
年が明け、二度目の大虐殺が行われた日の翌日、
俺は日本橋の会議室でジャムシュ鉱山の報告書を渡された。
ぱっと目につく画像は前に見たものと同じだ。
坑道も錆びた設備も変わっていない。
しかし机の上の報告書のページ数が気になる。
何もなかったという報告にしては厚すぎないか?
「ええと、出ちゃったの?」
「出ました」
エリザが開いた断面図には、古い坑道より下の方に大きな色付きの塊がある。
細い線が何本もその塊を貫いていた。
「これが今回調べた部分です。旧坑道のはるか下ですね。
最新の技術で調査したところ、そこそこ大きな鉱床が見つかりました」
「もしかして……金とか?」
「金と銅です」
二種類。お得だ。
本当にお得かどうかは量を聞いてからかな。
「どれくらいあるんだ?」
「推定で金が約二百トン。銅は約二百万トンです」
金が二百トンで銅が二百万トン。
頭の中で復唱してみても何も分からない。
「それってどれくらいなの?」
「ですから金が二百――」
「聞こえてる。金塊が何本とか言われても分からないぞ。
俺が知ってる単位にしてほしい」
エリザは報告書の別のページを探しかけたが、俺の顔を見て電卓を手に取った。
「では計算しやすいように、仮に金を一グラム二万円と置きます」
「うん」
「一キログラムで二千万円」
「高いな」
「一トンで二百億円です」
待て。
今の増え方はおかしくないか?
俺もスマホの電卓を出して千を掛けてみる。
二百億だった。電卓が同意しやがった。
「それが二百トン?」
「四兆円です。銅も仮に一トン二百万円で計算すると四兆円」
「合わせて八兆……?」
冗談じゃない。ヴァレリー財団の資産総額よりも多いぞ。
「地中にある金属をその仮単価で掛け算すれば、です。
もう少しちゃんと今の相場に合わせると九兆円強ですかね」
写真を見直す。
草の生えた穴の下に九兆円。
もう少し九兆円っぽい写真を撮れなかったのか。
「この山を掘ったら九兆円分、金と銅が出てくるってこと?」
「掘るにも金属を取り出すにも費用が掛かりますし、
税金もかかりますから、九兆円がそっくり手に入るわけではありません」
「そっか……そうだよな」
「深い場所を掘る設備も必要です。採算の検討資料はそちらに」
資料が分厚い理由が少し分かった。
山から金を出す前にこちらから金を出すのか。
なんにせよ、放置していい案件ではない。
『ちゃんと調べてみるものね。びっくりだわ』
会議用の画面にマルグリットが現れた。
その割に、顔に驚きの色がない。
「最初からこうなると知ってて支援したのか?」
『知らないわよ。あの頃の彼らが出せるものなんてその山くらいだったの。
彼らが失敗したら丸損なのも忘れないで。
今回はたまたま調査結果が良かっただけ。
最悪、しょぼい鉱山押し付けられただけだったかも知れなかったのよ?」
「それにしたって、向こうも向こうだ。
律儀にもほどがあるだろう……」
『人の誠意に唾を吐くような真似をしなさんな』
とは言うものの、この調査結果をカランバ政府が知ったらどうなる?
これから国を立て直すために金はいくらあっても足りないはずだ。
金が出ると知ったら態度を豹変させることだって十分にあり得る。
俺が国家元首だったら確実にそうするだろう。
「……これ、カランバに返せないかな」
エリザの手が採算資料の上で止まった。
「売却ということでしょうか」
「いや。面倒だから譲渡で。
政権奪取祝いとかなんとか理由をつけてさ」
『気前が良いのね』
非常識な金額の前には誰もが非常識な対応をする。
俺がこの一年半何度も思い知らされたことだ。
そして今回はとびきりヤバイ匂いがする。
「こんなの、トラブルの種にしかならんだろ」




