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500億ユーロの詐欺メール 〜返信したら本物の相続案件だった件〜  作者: にゃんきち
第二部 金の境界線

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好きには勝てぬ

【前回のあらすじ】

士郎はマルグリットが生前カランバの民族解放運動を支援した見返りに鉱山を得たことを知る。廃鉱山と思われていたその地下から、金属価格にして九兆円を超える金と銅が見つかった。

巨額の利権が招くトラブルを嫌った士郎は、「面倒だから無償でカランバに返そう」と言い出した。


「無償で、というのは少しお待ちください」


エリザは腕を組み、困ったような顔で俺を見た。


だが、俺の身にもなってくれ。

あの山をめぐってどんなトラブルが起こるか分かったもんじゃない。


アタイ知ってる。有名なスナイパー漫画でも鉱山関係の話は多いって。


うん。今まで知りもしなかった鉱山のせいで夜も眠れなくなるような日々を送るのは御免被りたい。


「えっとさ、これから国を作り直すならカネも産業も必要だろ?

 うちが抱えて揉めるより返しちゃった方が絶対良いって」


「返しても揉める、ということは考えられませんか。

 上は汚職、現場は機材や資材の窃盗。

 そんなことが日常茶飯事の国だったんですよ?」


彼の地の世情を聞くに、間違っているとも言えない。


「今回の調査結果と共に返還すれば、採掘の準備が整った段階で

 内外の勢力が内戦やクーデターを起こしかねません。

 善意の返還が結果的に多くの血を流すことも考えられるのです」


「そこまで?」


「アフリカ55カ国中、国家予算が一兆円を超える国は27カ国しかありません。

 隣国からの軍事侵攻だって十分にあり得ますよ」


……そんな国で、自分達の足元に国家予算十年分くらいの金があるなんて知ったらそりゃ正気じゃいられないか。

わかった。違うんだな、日本と、なにもかもが。

降参だ。取り下げるしかない。


「あの山は掘るにしても返すにしても、政情が安定してからだな。

 周辺諸国も含めて」


財団の国際関係分析担当者に聞いても同じ答えが返ってきた。

カランバのことを考えるなら、返すにしても十年以上先にすべきとのことだ。


「じゃ、調査結果は極秘。先方には伝えないように。

 今は何も掘らない。それで行こう」


ところが、何も掘らないでは納得しない人達もいた。


†††


「また問い合わせが来ています」


エリザが机に置いたメールには、前にも見た政府高官の名前があった。

調査は終わったか。結果を共有してほしい。開発の際には是非相談を。

昨日は国づくりへの協力を頼み、一昨日は旧知の事業家を紹介したいと言ってきた。


利権をエサにした賄賂の要求だろう、との財団職員の耳打ちに納得がいく。

腐敗した政権を倒した連中全員が清廉潔白というわけでもないらしい。


『会ってあげましょう。メールじゃ話しにくいこともあるんでしょうよ』


マルグリットは妙に楽しそうだ。

連中に渡す調査報告書は既に出来ている。

金も銅も大したものは掘れず、操業再開は見送るという内容だ。


もちろん嘘(ダミー)。


本物は破棄。

暗号化したファイルだけを小田原の邸内に隠しておいた。


†††


「日本からこんにちは。財団総帥のシロウです。はじめまして」


カランバ行政府とのリモートミーティングの始まりだ。

俺はカメラに向けて恭(うやうや)しく頭を下げた。

画面の向こうには鉱工業担当と財政担当。次官級の高官らしい。

二人とも、マルグリットを見ると背筋を伸ばした。


『お久しぶり。随分と立派なお部屋ね』


「女史のおかげでございます」


『私、あなたのお部屋を立派にするためにお金を出したのかしら』


高官が背後の壁を振り返る。

飾られた大きな肖像画は旧独裁者のものではなさそうだが、趣味は良くない。


俺は通訳を待ってから調査結果を説明した。

報告書のページが進むにつれ、高官は机へ肘をつき始める。


「それだけ調査して、何も出ないと?」


「費用をかけて掘るほどのものはないという結論です」


「別の調査会社へ依頼すれば違う結果が出るのでは」


『あなたが費用を出すの?』


「国として検討を」


『では予算がついたらお話ししましょう』


財団の調査は日本の鉱山会社に依頼して、結果が出るまでに二年もかかった。

費用も結構かかっている。その金額を伝えると財政担当者が首を横に振った。

その動きは通訳がなくてもよく分かる。


「せめて試掘していただけませんか。

 政府としても雇用を期待していたのです」


「地面を上から順番に掘る露天掘りではないのです。

 坑道を作り、大深度に至るまで道路を敷き、

 山の下に街を作るような作業をするのですよ?

 試しでやれるものではありません」


高官は口を閉じ、財政担当者が代わりに礼を述べた。

この人達が金に汚いかどうかは知らない。

今のところ言ってることは真っ当だし、俺達が鉱山を再開しないと聞いて残念そうなのは演技には見えなかった。


いつかは本当のことを話せるといいのだが。

今は別の稼ぎ口を考える方が先だろう。


「鉱山以外で我々がカランバを助けることができるかもしれません。

 何か売るものはないんですか? 特産品とか?」


俺が尋ねると、財政担当者は隣の高官を見た。


「独裁者とその一族が集めた各種コレクションや、

 旧政権が購入した過剰な軍の装備などの処分を進めています。

 維持管理だけでも大変ですので」


そんな意味で聞いたんじゃないんだが。


「コレクションって……どんなものでしょう?」


「宝石、美術品、車両等もあります。飛行機も戦車も売るほど」


サンタガータがあったら引き取りたいと言ったら数台あるとのこと。

それはキープだ。


「飛行機はどんなものが?」


「ハリアーという垂直離着陸機です。最新鋭ではないのですが、

 我が国の地理的条件に合うとかで結構な数を買ってしまいました」


「えーと……写真あります?」


†††


送られてきた写真には、格納庫の中へ並んだ機体が写っていた。

うっすらホコリを被っているがハリアー。

ゲームでしか見たことがないが、本物なのだろう。

大きな滑走路がなくても離着陸が出来る優れモノだったっけ。


『えらく熱心に見ているわね』


「まあ、めったに見れるものじゃないからな」


鉱山の断面図よりは分かりやすい。

機体の写真を拡大すると、脇に立っている整備員まで見えた。

画面の端には翼を外した別の機体もある。


「これ、全部飛ぶんですか?」


「機体によってまちまちです。必要でしたら整備記録と共に資料をお送りします」


さっきまで渋い顔をしていた高官が身を乗り出してきた。


「まとめてお引き受けいただけるなら条件は相談できます」


「待ってくれ。まだ買うとは言ってない。

 法律や許認可の面で、買って良いものかどうなのかも分からないし」


俺はあっと口を押さえた。

これでは法的にOKなら買うと言ったも同然ではないか。


会議を終えるとエリザが俺の前へ立った。


「鉱山はトラブルの種だから要らないとのことでしたが」


「戦闘機もそうだと言いたいんだろ」


「分かっていらっしゃるなら結構です」


俺は写真をもう一度見る。

そうだな。買ってどうするんだ。

置き場所も必要だし、俺には飛ばせない。


「武装は全部外すんだよな?」


「買う方向で考えていませんか?」


『売りたい人がいるんだから話くらい聞いてあげなさいよ』


婆さんが余計な助け舟を出した。

出してほしかったけど。


†††


以前お世話になった米国の民間軍事サービス企業(PMC)へ相談すると、

機体の状態次第では二機欲しいという返事が来た。

こちらが費用を出すと言った途端、整備記録の確認係が決まり、

必要な予備部品のリストから格納庫の場所まで全部連絡が来る。

OCIRとは違うスピード感だ。

いいのかよ、武装解除してるのに。

金さえ出せばクレムリン宮殿だろうが持ってきてくれる知り合いでもいるのか?


「二機をPMCに、一機を俺に。関連部品込みで。それで見積もりを」


「士郎さんの一機は何に使うのですか?」


エリザはペンを止めたままだ。


「個人的に所有する」


「用途を伺っています」


「そりゃ、格納庫に置いて眺めて時々磨くだけさ。

 偽の調査報告書を渡したの、結構後味悪くてね。

 余分な飛行機を買って、カランバの財政に少しでも協力したいな、なんて」


嘘は言ってない。金だって俺の個人資産から出すわけだし。

大富豪が、自分じゃ理解できない現代アートを何億円も出して買うのと何が違うんだ。


「日本に持ち込むのも許可を取るのも、結構大変なんですよ。

 どれだけ書類と検査が必要だと思ってるんですか」


「そこは任せる。置けるようになるまでは運んでこなくていい」


エリザに送られてきた見積もり書類は機体の購入分だけでは終わらなかった。

武装解除して、整備、輸送。小田原での保管施設の建築。

自動車を買う時とは随分勝手が違う。


「カランバ側には政府の正式な窓口で手続きをしてもらいます。

 こちらからの払込みも、できるだけ透明性の高いやり方を取りましょう」


「うん、汚職対策だね」


買うと決まると、高官は別の会社を間に入れるよう言ってきていた。

説明を聞いても何をする会社なのかよく分からない。

よくよく調べるとその会社の役員に高官の身内がいることが分かった。

まったく油断も隙もあったもんじゃない。


善意でいくらか現金を渡そうというのに、分かりやすい抜き取りにまで付き合う気はない。


「士郎様。ハリアーをお求めになると伺いました」


小田原へ帰るとカールが珍しく上機嫌で俺のところにやって来た。

誰からどうやって聞いたのやら。

忘年会の鍋の具も戦闘機の売買もカールにとっては同じなのか。


「耳が早いね。一機買うつもりでいるよ。

 格納庫を作ることになると思う。場所とか相談させて」


「承知しました。整備についても先方と打ち合わせを」


「詳しいの?」


「NATOにいた頃に英国海軍への交換派遣プログラムがありましてね。

 その時に機種転換訓練を受けました」


俺はコートを脱ぐ手を止めた。


「……すごい経歴だね」


「はい。とはいえ私が乗っていたのは海軍機でしたので、

 士郎様がお買いになる機体に乗るには追加訓練が必要になるのですが……」


何なんだこの人。

普段は俺の夕飯と明日の予定を気にしている男が、戦闘機まで飛ばすのか。

タンスにタマネギのカツラとか隠してるんじゃないか?


「何かの時に役に立つかもな。頼りにしてるよ」


「もったいないお言葉。ですが、そのような事態にならないよう努めてまいります」


だよね。

カールがハリアーに乗らないと解決しない問題なんか絶対に御免だ。


†††


その後の交渉で、必要な部品から武装解除、手続きまで概ね決定し

こちら側の受け入れ準備を経て、それぞれの引き渡しを迎えた。

合計十六億円。一機あたり五億円ちょい。

これで補修パーツから何からついてくるのだからお得だろう。


小田原の格納庫へ収まる機体には武装がない。

だが、それでも戦闘機が手に入るという事実は想像以上の高揚感を生む。

ついでに買った独裁者の愛車達も、これはこれで。ぐへへ。


『鉱山を返す話はどこへ行ったの?』


マルグリットの声がスマホから聞こえる。


「十年後に考えるよ」


『エリザが目を剥いてたわよ。

 あまり変な買い物をしてあの娘を使い潰さないでね』


ちゃんとエリザを労おうとは思ってるさ。


ネットでハリアーが買えるなら、エリザにこんな迷惑をかけなくても済んだのに。

世の中うまく行かないもんだ。


「士郎様!」


カランバから地震の知らせが来たのは、この件がようやく落ち着いた頃だった。

アフリカ大地溝帯で発生した大きな地震で、カランバにも深刻な被害が出ているという。


俺はエリザへ支援の手配を頼んだ。

現地から来る要望を本部で確認し、必要な物資と資金を送る手配を進める。


本当に彼の国は日本とは違う。

マグニチュード5くらいの地震なのにあちこちの建物が倒壊したようで、

悲痛な叫びをあげる現地の人達の映像がしばらくの間メディアに取り上げられていた。


ジャムシュの廃坑道も各所で崩落したらしい。

調査が終わって人が入っていなかったため犠牲者はゼロ。

不幸中の幸いとはまさにこの事だ。


「鉱山の方は封鎖の確認を。誰も入れないようにしておいて。

 よく育つ果物の苗でも植えておくと良いかもね」


「承知しました」


これであの山へ誰かが踏み込む心配は当分遠のいた。

地震のおかげ、などと喜んで口に出せることではないが、

肩の力が抜けたのは確かだ。


週末になると家の周りに「ハリアー反対」と書いたプラカードを掲げた団体が来るようになったが、知るかそんなもん。

飛ばさないジェット機よりお前らの孫の改造バイクの方がよほどうるさいわ。

読んでいただきありがとうございます。

体調を崩し、しばらくお休みをいただいておりました。

依然本調子には程遠く、更新間隔が空くと思います。

何卒ご容赦願います。

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