卑しさとねちこさと心地悪さ
街にちらほらと気の早いクリスマス飾りが出始めた頃、
俺とエリザは都内のホテルで慈善晩餐会に出席していた。
国内の文化財保護や医療支援を目的とする催しで招待状が届いたのだ。
新たな大口寄付者を開拓したいという主催者の意図は理解できる。
俺も日本で活動する以上、こういう場所から逃げ続けるわけにはいかない。
「小野様、本日はお越しいただきありがとうございます」
主催者は受付まで俺を迎えに来て、当然エリザの席も用意してくれていた。
エリザも今日はフォーマルドレスだ。周囲の男どもがチラチラ見ているのが分かる。
口さえ開かなきゃ美人で通るからな。エリザ。
しかし、会場の空気は俺にとって必ずしも好意的なものではなかった。
「まあ、お若いのね。今日はどなたの名代で?」
真珠を首から三周させた婦人が旦那と一緒に聞いてくる。
二人とも胸に慈善団体の小さな徽章をいくつも付けているが、
勲章のように並べるものなのか、それ?
「代理ではなく、私自身が招待されていまして……。
小野士郎と申します。よろしくお見知りおき下さい」
「ヴァレリーの?
ウィーンに逗留した時期、先代様とは交流があったのよ。私」
「そうでしたか。そうとは存じ上げず失礼しました。
残念ながら先代は亡くなりまして、私が継ぎましたが
未だ皆様へのご挨拶も出来ず……」
「お悔やみを申し上げます」
この夫婦に限らず、ファーストコンタクトは大体こんな会話だ。
「てっきり、財団からは日本オフィスの方がいらっしゃるものと」
「こういった場に出るのも大事だと、皆に諭されましてね。
紹介させて下さい。こちらエリザ・高畑・オッペンハイム嬢。
当財団で私の補佐をしてもらっています」
エリザが会釈する。
女性は彼女にだけ名刺を渡し、俺には何も差し出さなかった。
そういうもの……なんだろうか?
†††
俺の席は、代々会社を経営しているという人達ばかりだった。
主催者はどういう意図でそうしたのか。謎だ。
「そのお袖のボタン素敵ね。どちらの?」
着席早々、向かいの女性が俺の袖を見た。
シルバーの土台に黒い石が乗ったカフスボタン。
俺にでもひと目でわかる良い物だ。
「執事が用意したもので、場に合ったものではあると思いますが」
「あら、ご自分で選んでいないの?」
「私が選ぶと周りの者が渋い顔をするんですよ」
正直に答えると、女性は口元へナプキンを当てた。
「そういう物を見る目は小さい頃から養わないと、
なかなか難しいものがございますからね……
うちは迷わなくて済むよう、それなりのものしか置いてませんのよ。
それを何代も使いまわしで、お恥ずかしいわ」
家に歴史があるってことか?だから何だよ。
眼の前のコンソメスープ飲めよ。すごいよこれ。
なんでこの金色を前にそんなどうでもいい会話できるんだよ。
「私の装いが場違いなものでなければ良いのですが……」
もう、ありきたりなことしか言わないでおく。
余計な一言を言わない。言わせない。
女性はワインを飲み始めた。俺との話は続かないと諦めたようだ。
できれば放っておいてほしい。
いや、真っ当な会話ならいいんだよ?真っ当なら。
女性の質問を皮切りに、テーブルを囲む人達からの総チェックが始まった。
今度は靴、時計、学歴、服、立て続け。
スイスの金融機関での誰何を思い出す。
一通り答えられることは答えてみた。で、分かったこと。
結局こいつらその答えがマウントできる内容かどうかでしか判断してない。
自分の息子は欧州の大学院で国際関係を学んだとか、
英国の名人級の職人に靴を作らせたとか、
ネクタイの生地は人間国宝に個人的に頼んで作ってもらった物だとか。
勝てるポイントを見つけて、そこでだけ戦おうとしているのか?
「資産を持つだけなら誰にでもできます。大切なのは、次の世代へ何を残すかです」
斜向かいに座った初老の男性がそんなことを言い出した。
俺が資産を持てたのは詐欺メールに返信したからだ。
誰にでも出来ると言われると否定しづらい。
ただ、次の世代へ何を残すか、これは明確に喧嘩を売られている。
マルグリットの婆さんが俺という後継者を選んだことを揶揄しているのだ。
顔と名前覚えたぞ、ジジイ。
「私どもは曽祖父の代から医薬品一筋でしてね」
ジジイが話し出す。
「今も会社の舵を取られているのですか?」
「いや、もう若い者へ任せています。私は名ばかりの会長でして」
エリザが料理から顔を上げた。
「何年か前に海外企業と合併されたと聞いておりますが……」
「ええ、グローバルな市場を見据えた結果で」
急に目が泳ぎだしたぞジジイ。
(実際は海外側が存続会社となった吸収合併です。
日本側が圧倒的に不利な条件だったと欧州では話題でした)
エリザの耳打ちは地味にありがたい。
何も知らないとただ感心し、すごいですねと言わされるだけだった。
歴史と伝統がある名家のいくつかは自分たちで財団も運営しているようだが、
規模も国際性も、うちの財団ほどのものではないところが多いようだ。
だからこそ目の敵にされてるってことなのかな。
食事が進むと話題は政治へと移った。
普通こういうところでは政治と宗教とプロ野球の話はしないものだと
聞いていたが、◯◯センセとお知り合い、くらいの話はするらしい。
始めてみれば人脈自慢合戦。
どいつもこいつも議員や官僚の名前と役職を挙げ、何度食事をした、
誰の縁戚だ、誰の結婚式で隣だったとかそんな話ばかりだ。
「そのあたりも長年の関係構築が肝心ですな。
何もしないと丸裸にされてしまいますからなあ」
政治家や官僚と知り合いなら抜け道が教えてもらえるかのような言い草。
「金で買えないものは三つある。生命と愛とチャンピオンベルトだ」
とは誰の言葉だったか。
このテーブルに集まった人たちに言わせれば「家柄と歴史と人脈だ」なのだろう。
†††
「至伯会の方、写真を撮りますので集合して下さい」
晩餐会が終わると、大仰なカメラや照明を抱えた写真屋が手を上げた。
その声に合わせて先程の老人たちがぞろぞろと張られた幕の前に集まり、
まるで決められた場所があるかのように整列していく。
「あれは?」
その光景を俺の隣で見ていた紳士に聞いてみた。
「あれは至伯会と言って、旧伯爵家以上の家柄を持つ人達の集まり、
この晩餐会の主催団体の母体ですよ。
ああやって周囲に自分たちを見せつけながら、一方で
寄付金をピンハネして喜んでる哀れな人たちです」
「……そうなんですね。ありがとうございます」
辛辣な批評だ。有用でもある。
「あ、いや、すいません。つい本音が。
雇われ社長なんぞの身分でこういうところに来るといろいろ
思うところがありまして」
「いえ、僕も今日は考えさせられました」
写真を撮り終わった一団が、寄付受付窓口の前を素通りして会場を出ていく。
教えてくれた紳士に一礼してその場を離れるとエリザの声がした。
「士郎さん、ちょっとこちらへ」
エリザがいたのは二階の踊り場。
何事かと近寄ると、彼女は階段の下のホールを手のひらで指した。
さっきまで俺をチクチクといたぶっていた連中だ。
輪を作って立ち話をしている。
「いや、ヴァレリーの新総帥、ちょっとねえ……。
聞きしに勝るというか、あれはないんじゃないの」
「マルグリットさん、後継者選び失敗しましたな」
「そもそも、あんなやり方で選ぶなんてね」
「確かに、冴えない方でしたね」
「今後のお付き合いは考えないとですな」
聞かれていないと思って言いたい放題。
ああいう上っ面だけ上品な連中がこれだけ言ってるのだ。
本心を庶民向けに言語化すると聞くに耐えないものになるだろう。
それくらいは俺だって分かる。
話を聞いていると、どうやら日本の伝統ある社交界の中では、
俺という存在はこき下ろすのに丁度良いオモチャであるらしかった。
ネットリンチの対象みたいなものだ。
悪口はその後数分も続いたので、俺は肩を落として会場を去った。
†††
「うー。できれば聞きたくなかった」
帰りの車で俺は散々愚痴をこぼした。
確かにうちの家には家柄も格式もチャンピオンベルトもないが、
もう少しこう何というか、手心と言うか……あっても良かったんじゃないかと思う。
エリザもそれなりに腹を立ててくれてはいたようで、
どうしてくれようかという話になった。
「向こうが今後の付き合いを考えると言うならこちらも考えないとだな」
「確かに」
『切っちゃっていいわよ』
スマホの中でマルグリットが眉を吊り上げていた。
『あの人達、バブル崩壊の時には保養所を引き取ってくれだの、
絵画を買ってくれだのって平身低頭してたくせに、
ちょっと風向きが変わるとここまで卑しいなんてね』
なるほど。
彼らのあの態度には以前頭を下げさせられたことへの意趣返しもあったのかも。
『従業員にバレたら困るから豪華な内装は公開しないでくれって
言われてたけど、岩崎くんに言って、やっちゃいなさい』
30年以上も前のことだが、求心力を下げるにはいいかもな。
なんなら「バブル期の役員専用保養所」って銘打った写真集を作ってコンビニに並べてやるか。
『私の知り合いだとかウィーン時代にどうとか言ってた人もいたけど、
その人達の半分くらいとは会ったこともないわ』
草。死人に口なしと思って誰かの尻馬に乗ってたのね。
「オリビアから電話です。繋ぎますね」
『例の連中の会社、どれも創業家の持株なんて一割以下よ。
ウチなら役員構成に異議くらい出せるけど、少し嫌がらせしとく?』
俺は迷わずOKを出した。
貴族は没落してこそだと、何かで読んだことがある。
是非、チクチクと嫌がらせをして没落に協力したいものだ。




