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500億ユーロの詐欺メール 〜返信したら本物の相続案件だった件〜  作者: にゃんきち
第二部 金の境界線

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麗奈の師匠

学祭の打ち上げも終わった頃、OCIRのオフィスにオリビアがやって来た。


小林以外のメンバーとは今日が初対面。

財団オフィスにいた彼女を目の端でチラチラ見てはいたのだろう。

皆、興味津々の様子だ。小林以外は。


「こちら、財団の会計責任者をしているオリビア・デ・フリースさんです」


オリビアが小林の隣へ立つ。

胸元が大きく開いた白いセクシーなスーツに銀髪。

そういう服はどこで売ってるんだろう?


眼鏡の奥から皆を眺める目は相変わらず遠慮がない。

投資研究会の男二人は分かりやすく姿勢を正した。

岩崎は腹を引っ込め、鈴木は机に伏せていた顔を上げる。


麗奈だけは別の意味で固まっていた。


「何あれ……すごい……」


何が、とは聞かないでおこう。


「財団の連結会計と国外資産の照合を担当しています。

 あなた達の仕事も帳簿では見てるわ。顔と名前は今から一致させます」


「岩崎です。ここでは事業企画と分析フレームの構築を――」


「名前だけでいいわ。次」


新入生相手に4分かかった岩崎の自己紹介が10秒で終わった。


「鈴木慎平です。よろしくオナシャス」


「よろしく。お金の匂いがしないわね、あなた」


鈴木の自己紹介は人格否定で終わった。


「で、あなたがミツイね」


オリビアは麗奈の机まで歩き、画面に開かれていた会計システムを覗き込んだ。


「はい。システム周りは私が担当してます」


「SaaSベンダーの選択もセキュリティ設定もグッド。良いセンスしてるわ」


「分かります?」


麗奈が嬉しそうに椅子をオリビアへ寄せた。

さっきまで外見に圧倒されていたのに、もうベンダーの悪口に華を咲かせている。


会話へ入ろうとした岩崎は、麗奈に手で追い払われていた。


†††


「麗奈、今夜空いてない? ちょっと助けてほしいの!」


夕方になり、渋沢先輩がスマートフォンを握ったまま部屋へ飛び込んできた。

いつもなら人が狼狽える様子を酒の肴にする側なのに、今日は本人が焦っている。


「どうしたんですか先輩?」


「ちょっとね、困ったことになったの」


渋沢先輩が働く銀座の店で接客に入る女性(キャスト)が、

インフルエンザで数人休んだらしい。

店を休業するほどではないが、営業するには人が足りないとのこと。


「お願い。今日だけうちの店に来てくれない?

 ニコニコして座ってるだけでいいの。お酒も飲まなくていいから」


滅多に人に頼み事をしない渋沢先輩が、両手を合わせて頭まで下げた。

麗奈は困った顔でオリビアを見る。


「面白そう。私、行こうかしら」


悪戯っぽい笑みを浮かべてのその言葉に渋沢先輩も驚愕の表情。


「あ、えと、オリビアさんですよね?

 小野くんからお名前だけは聞いてます。

 はじめまして。渋沢です」


いつも超然としている渋沢先輩も、オリビアのオーラには腰が引けている。


「オリビア・デ・フリースよ。はじめまして。

 あなたのことは聞いてるわ。ヒューミントの達人なんですって?」


「達人かどうかは……はは。

 あの、初対面で申し訳ないんですが助けていただけると聞こえた気が」


「間違いないわよ。麗奈も行くわよね?」


二人の間には既に何らかの強固な関係が出来上がっていたらしい。

オリビアにそう言われては麗奈も断れないようだ。


「あの……服なんかは貸してもらえるんですよね?」


「もちろん、ちゃんとバイト代も出すわよ」


渋々同意した麗奈だったが、バイト代が出ると聞いて持ち直した。


「俺も行く」


「男手は足りてるから、小野くんは客として来て」


「心配だからついて行くよ。何かあったら責任問題だしな!」


こんな面白そうなことを見逃せるか。


一連の状況を見ていたエリザはタブレットに向かって小声で囁いた。


「……なぜ私は呼ばれなかったのでしょう?」


『ニコニコ座っているだけ、という条件を満たせないからでは?』


行きたかったのかよ。


†††


店に着いて最初に驚いたのは、

渋沢先輩が学生バイトではなく共同オーナーだったことだ。


「知ってた?」


「出資時の身元確認で把握しています」


エリザだけは平然としている。

そういえば以前、人に雇われるのが嫌だって言ってたもんな。


渋沢先輩は店へ入った途端に別人になった。

予約表を確認し、席を組み替え、厨房とボーイへ指示を出す。

客が到着すると入口まで迎えに出て、

部下を連れている客と一人で来る客の席をさりげなく離した。


OCIRで椅子に座ったまま相場を眺めている姿からは想像できない。


「先輩って労働できたんだな」


「失礼ね。自分の店では働くわよ」


麗奈は店から借りたドレスの胸元を何度も引っ張っていた。


「なんか胸がスースーする」


「布が少ないんだから当然でしょう」


「オリビアさんは着替えないんですか?」


「これで十分じゃない?」


ジャケットを脱いだだけだが、十分すぎる。

オリビアが普段着で客席へ出ると、既に座っていた男達の会話が目に見えて減った。


この店の客層は企業の部長や副本部長、VPと呼ばれる人達が中心らしい。

そんな人達でも、オリビアが隣に座ったら鼻の下を伸ばして上機嫌だ。

大企業の部長だろうが所詮は男か。


「オリビアさんはさぁ、昼間は何してるの?」


「財団で会計責任者やってるわ」


「責任者ってなぁ凄いね!

 俺はメーカーでさ、事業部長ってやつだ」


「オーナーではないのね」


「まあ、雇われだな」


「じゃあ会社の大きさを自分のことみたいに話すの、よした方がいいわ」


麗奈が横で酒を噴きそうになった。

言われた客は怒るかと思ったが、グラスを置いて笑い出す。


「いやあ、言われちまった。

 こんなに面と向かって言われると気持ちいいな」


「普段は部下が気を使ってくれてるんでしょ?

 ここでまで気を使われたら、自分が馬鹿になってることに気づけないわよ」


「とほー、耳が痛い」


オリビアの毒舌はなぜか客に受けた。

銀座に癒しを求めてきた男たちにとって、

彼女の言葉は金を払ってでも聞きたいものなのか。


一方、麗奈はニコニコして座っているだけでは飽き足らず、

客の腕時計や靴を確認しては相手のステータスを推測していた。


「こちら、素敵なお召し物ね。お仕事は何を?どちらにお住まい?」


「麗奈。そういうのは自分から聞いちゃ駄目」


オリビアがすぐ止める。


「じゃあ何から聞くんですか」


「何も聞かない。向こうから言いたくなるまで待つの」


その直後、別の客がオリビアへ週末の食事を申し込んだ。


「お客様すいません。こちらは今日だけのヘルプでして……

 店外のお誘いはご遠慮いただきたいのですが」


渋沢先輩が客を制止しようとするが、客も引かない。

車を出す、会員制の店を用意する、手当も出すからと条件を積み上げる。


オリビアはそれを愉快そうに見ていた。

彼女はキャストとして、客の彼らにありがとうとすら言っていない。

それでも客の方が、彼女の関心を自分に向けようと必死になっている。


「すごい……」


麗奈の顔つきが真剣になった。


†††


閉店後、渋沢先輩は閉店処理に大忙し。

二人にもそれなりの額を渡したが、

オリビアは金の入った封筒をそのまま麗奈に渡した。

十分楽しんだから、だそうだ。


帰りのタクシー待ちの間、麗奈は着替えもせずオリビアの隣へ座った。


「私、Gold Diggerやってたんです」


聞き耳を立てるつもりはなかったが聞こえてしまったのはしょうがない。


麗奈は麻布や白金台で高級スポーツカーの周りをうろつき、

持ち主らしい男へ声をかけては失敗した過去を話した。


「それ、Gold Diggerじゃなくてスーパーカーマニアじゃない?

 小学生がよくやるやつ」


「若い資産家を引っ掛けて、あわよくば結婚できればいいかなって」


「それって楽しいの? 成功確率は相当低いと思うけど。

 男は男で、高い車に寄ってくる女ととっかえひっかえ遊んで

 ポイ捨てしてるんじゃないの?」


辛辣、辛辣ゥゥッ!

麗奈は身に覚えがあるのかないのか、肩を震わせている。


「オリビアさん、毎日すごくセクシーな格好してますよね。

 私と同じかと思ってました。違うんですか?」


「モナコでは毎日こんな感じよ。食事も車も向こうが用意する。

 私は食事代を一ユーロも払わないし、相手からもお金は受け取らない」


「何も?」


「そう。でも毎日いい男といい車に乗ってるわ」


麗奈が椅子から立った。


「師匠!」


「弟子を取った覚えはないわ」


「師匠の生き方を、女の磨き方を教えて下さい!」


「めんどくさいわね。似たようなものなら今日見たでしょう?」


確かに見た。

ただし、東京での成果には不満があるらしい。


「東京って、金持ってるいい男がほんっといないのね。

 肩書ばかりで、使ってるのは会社の交際費。

 領収書で膨らんだ財布のみっともないこと。

 アムステルダムじゃ家出娘にも避けて通られるわ。あんなの」


今日の客が聞いたら二度と来なくなるぞ。


「でも、こういうことできるのって若くてピチピチの

 今のうちだけじゃないですか。

 年取ったらと思うと不安になりませんか?」


麗奈が遠慮なく地雷原へ踏み込む。


だが、オリビアは余裕をたたえた表情を崩さなかった。

グラスに残っていた水を飲み、麗奈の顔を眼鏡越しに眺める。


「今の生命科学の進歩を考えたら、さほど心配しなくてもいいと思うの」


「いきなり、何の話ですか?」


「私、これでも四十二歳なのよ。意味分かる?」


「え゛え゛え゛!?」


いかん。変な声が出た。

麗奈も同じような声を出したらしい。


どう見ても三十代前半、下手をすれば二十代にも見える。

麗奈は冗談かどうか判断できず、オリビアの顔を至近距離で凝視し始めた。


「ねえ、エリザ?」


「はい、間違いありません。あ、私はまだ二十代ですよ」


一緒にするな、ということか。

俺がその言葉の意味を聞く前に、エリザは会計伝票を持って渋沢先輩のところへ行ってしまった。


誰か、何がどうなってるのか教えてくれ。


(語句解説) ヒューミント / HUMINT

Human Intelligenceの略称。スパイや協力者、外交官など人間を介して機密情報を収集する諜報活動を指す。会話や尋問、現地での直接観察などが主な手段。ハニートラップもヒューミントの一種。

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― 新着の感想 ―
エリザもスマイル0円なら…! 小野くんもお化粧の力でキャストなると思いきや違ったw オリビアさんはなんていうかモナコって言う世界最高峰の違うステージ立ってたから価値観強すぎた
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