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500億ユーロの詐欺メール 〜返信したら本物の相続案件だった件〜  作者: にゃんきち
第二部 金の境界線

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会長、社長になる

八月の工事現場から二か月余り。大学祭が始まっていた。


キャンパスにはソースと菓子の匂いが漂い、

通路を歩けば看板を持った誰かとすれ違う。

投資研の展示室では岩崎がプレゼン、その隣で小林は忙しく来客対応をしていた。


「小野先輩。これ、もしかして……」


休憩時間に小林はスマートフォンの画面をおずおずと俺に見せた。

画面には坂本一族による公共事業独占疑惑から、反社との繋がりまで、

久良瀬のニュースが並んでいる。


「今、話題のやつだね」


あの後、手配した警備会社が反社の工事妨害の現場を押さえることに成功。

坂本系企業幹部と反社との会合の写真を添えてオリビアがメディアに流したのだ。


これが盛大に燃え上がった。


坂本側は「狭い土地なので昔からの付き合いがあるだけだ」と説明したが、

このコンプライアンス意識の高い時代にそんな言い訳が通るはずがない。

むしろ通らぬ言い訳を押し通そうという態度が火に油を注ぎ、

世間はこの新しいオモチャを盛大に叩きまくった。


地元住民から、過去の反社を使った嫌がらせの証言も続出。

坂本の商売敵となる地元事業者があの手この手で嫌がらせをされ、

撤退を余儀なくされた例が幾つも出てきた。


似たような不満は全国津々浦々にあったらしい。

久良瀬を皮切りに全国の「地方王国」が疑惑の目を向けられ、

その存在基盤が危うくなっていた。


まさに焼け野原。オリビアの面目躍如だ。


「坂本さんのところがワイドショーで槍玉に上がってて、

 実家への嫌がらせがかなり減ったって両親が喜んでました。」


「そうか。よかったな」


「先輩が何かやったんですね?」


はいやりましたって答えるのは簡単だけど、

そう答えた時、小林がどういう行動をとるのか予想がつかない。


「俺もそのニュースは見たけど、

 地元の市民団体が頑張ったとか言ってなかったか?」


逃げの一手。パンサラッサ。


「怪しいなあ……」


「疑わしきは罰せずが我が国の基本方針だぞ。知らんけど」


休憩室ではエリザが坂本一族の会見録画をタブレットで眺めていた。

坂本は記者の質問に同じ説明を繰り返している。


「そろそろ泣き出しそうですね」


楽しそうに言うな。


「焦って反社を使って、自滅した感じだな」


諸行無常を実感していたところ、展示室の入口がやおら騒がしくなった。


「最近はずっとこちらだと聞いたので。小野さんいるかね」


坂本だ。前に河川敷で見た時より少し痩せている。

大学祭へ来た父兄には見えない背広姿にお供連れ。

慣れない場所にやや挙動不審なご様子。


俺を探して東京まで来たのか。


「はいはい、いますよー。お久しぶりですね。

 話ならオリビアにも聞かせたいのでちょっとお待ちくださいね」


「あの外国人の女性か」


「実務はだいたい彼女に任せてるんですよ。あはは」


坂本が黙った。

こんな頭の悪そうな大学生に負けた、とでも思っているのだろう。


「こちらに来るのに一時間ほどかかるそうです。

 申し訳ないけどお待ちいただけますか」


展示室のパイプ椅子に座ってもらっていたが、

ワイドショーで顔の売れている坂本は流石に居心地が悪そうだ。

投資研の展示の邪魔になってもいけないので、

俺達は場所を大学近くの喫茶店に変えた。


小林が当然のような顔をしてついてくる。

坂本も、小林が口添えしてくれるとでも思ったのか、反対しない。


久良瀬の王は東京の喫茶店で小さくなっていた。


†††


一時間後、エリザに手を引かれてオリビアが到着。

片手に焼きとうもろこしを持っていたところを見ると、

大学に行ってしまっていたようだ。

美女二人がよく分からん言語でわめき合っているのは見ていてほっこりする。


「待たせたわね」


待たせた自覚はあるらしい。


「今回の件では、うちの者がご迷惑をおかけした」


「何の件?」


オリビアは焼きとうもろこしを一粒ずつ食べている。

喫茶店の店主は迷惑そうにそれを見ているが誰も止めない。


「工事現場のことだ。私が指示したわけではないが、止めることは出来た」


小林が何のことか分からない様子で俺の方を見た。

が、ここで彼女一人のために解説はしない。


「私の翻訳デバイスには『私は悪くないがとりあえず謝っておく』と出ています。

 ニュアンスはこれで間違いないですか?」


そんな翻訳されてないだろうに、喧嘩の売り方が上手い。


「なぜあんた達がこれほど本気で我々を潰しに来てるのか、

 さっぱり分からんのが正直なところだ。

 だが、これ以上争えば関係のない従業員まで路頭に迷う。

 どうすれば鉾を収めていただける」


坂本はまだ残っている王国の基盤を守りに来たのだ。

謝罪というより降伏条件を聞きに来たらしい。

うちの攻撃が本気になったのはそちらの城壁が硬かったから。

それ以上の理由はないんだよね。

――ムカついた、ってのはあるけど。


「ご存知かとは思いますが、我々も既に大きな投資をしています。

 我々はこのままでも一向に構いませんが、そうおっしゃるのなら」


オリビアが書類を机へ置いた。


「十五年ほど、久良瀬市の公共事業の入札を自粛するというのはどう?」


「じゅ……十五年?」


「今回のことで、どうせしばらく公共事業は受注できないでしょう?

 あなた達だけで議席やお金、仕事を回す時代は終わり。

 縁故と下請けだけで地元の人の心を縛るのも、もうやめませんか」


「その条件では会社が持たん」


「今なくなるか、十五年かけて普通の会社になるかよ。

 あなた達の影が薄くなることで、久良瀬は発展フェーズに入れるわ。

 都会に出て行った才能ある人達が戻って働ける場所を作ったら?

 その方が結果的には儲かるかもね」


坂本の顔色が変わる。

これまで徹底的に高学歴層を排除し、

自分たちだけが学歴を纏うことで議会を支配してきた。

その手口までバレているとは思っていなかったらしい。


「どうかしら?」


オリビアはとうもろこしの芯をソーサーの上に無造作に置いた。


坂本が書類をめくる。

議会を操作しないこと、工事や取引先への妨害をしないこと。

市外から参入する会社を排除しないこと。


どれも本来なら条件にされなくても守る話だ。


「それが飲めるなら多少手は緩めてあげても良いわ。

 飲めないならこのまま戦争を続けましょう。

 まだまだ火種はたくさんありそうだし」


「分かった……。公共事業は諦めよう。

 ところで、あなた方が今進めている事業はどうする。

 争いを終えるのならこちらで引き取ってもいい」


俺はオリビアを見た。


国道沿いの店舗を坂本へ渡せば、新しくできる商圏までヤツのものになる。

隣の市へ伸びる橋頭堡をこちらで整備してやったようなものだ。


「貸店舗のことなら完成すればテナントも入るし、黒字化は見えてる。

 売る理由はないわね」


「……もうどこかと契約をする話がついているのか……。

 さすがというか……」


オリビアは坂本の前で足を組み替え、

腕を組んで椅子の背もたれにどっかりと上半身を預けた。


「税抜き四百五十億円。買いたいなら即金で。

 用意できますか?」


坂本の手が止まった。


「どんぶり勘定ではなく、路線価と工事費をちゃんと考慮した額です。

 事業価格でなく物件価格だけですからお得ですよ」


都内で建設予定の十棟のオフィスビルと、国道沿いに計画した大型店舗十か所。

土地も建築もまとめれば、実際そのくらいになるのだ。


だが、反社との関係が報じられている坂本は、

四百五十億円という大金を借りられる状況ではない。

さりとて、手持ちの金だけだとこの金額は出せないはずだ。


「……では売却のお話はナシということで。

 今後は公正な競争関係を築きましょう」


公正な競争をしたら勝てないから八十年も町を塞いできたのだ。

それでも坂本に選べる返事は一つしかなかった。


「承知した」


合意書に署名を終え、会釈して店を出ていく坂本。

その顔には、安らかな微笑みが浮かんでいた。


†††


「さて、ここからはエリザの番ね」


オリビアがエリザに席を勧める。


「では……。

 小林さん、この事業を買う気はありませんか?」


「ふぇ?」


小林は素っ頓狂な声を出し、慌てて口を片手で塞いだ。

俺も、事前に話していなければ似たような反応をしただろう。


「ええと、四百五十億円ですよね、四百五十万じゃなく?

 私にそんなお金出せるわけないじゃないですか!」


「今すぐ四百五十億出せとは言いません。

 財団からお貸しする形です。

 返済は事業収入が出てからで結構です。

 三年は利息も取りませんよ」


「……どうして私なんですか?」


「端的に言えば、さっき坂本と合意した内容がちゃんと守られてるか、

 地元で見張る人が必要なんです。

 久良瀬の土地勘や人脈がある人にこの事業をやってもらえれば、

 いろいろと便利なんですよ」


エリザがノートパソコンを開く。


地図を開くと、二十個のマーカーが表示された。

久良瀬と隣の市を結ぶ国道沿いに、駐車場を備えた大型の貸店舗が十か所。

都内に新しい耐震基準と設備を備えたオフィスビルが十棟ある。


マーカーをクリックすると、広さや想定家賃などのデータが表示された。


「これら二十の貸しビルと貸店舗から得る家賃などで返済するわけです。

 あくまで現在の相場ですが、年間五十億円ほどの売上になる予定です」


「失敗したら?」


「一棟ずつ売れば良いかと。

 都内のビルは地域的にもバラけていますし、

 久良瀬の国道沿いも市境をまたいだ商圏で考えてあります」


小林が画面へ顔を近づけた。


「テナントが入るかどうか、不安ですね」


「すでに問い合わせも来ていますし、

 仮契約をすませたところもありますよ。

 店子の獲得にはこちらも今まで通り協力します」


こばやしはにげだした!しかしまわりこまれてしまった!


「さらに、やっていただきたいことがあります」


次の画面には、地域情報コンテンツの制作チームと書かれていた。


「これは?」


店や催し、交通、行政の情報を集めて整理し、インターネットで配信する。

CATVへ加入していないと町の情報が分からない状態を終わらせ、

代わりとなる地域情報コンテンツの制作会社を作る計画だった。


「これもやれと?」


「やってみてはいかがでしょう。さしあたりご両親に相談してみては?」


小林はそこで初めて黙った。

コンテンツ制作と広告営業は確かに小林の両親の本職なのだ。


「坂本一族の収益を半分吸収してしまうようなものですから、

 会社の名前は『半吸』にするとか」


「やめて下さい」


やるかどうかは別にして、そこは自分で決めたいらしい。

俺は自分で決められなかったけどな。OCIR。


「黒字になれば久良瀬でも指折りの貸店舗チェーンが爆誕するわ。

 坂本一族も安穏とはしていられない。

 かといってまた反社を使えば、今度こそ一族郎党、地の底よ。

 あの土地には坂本と正面から戦える競争相手が必要なの」


オリビアが口を添える。


小林は収支予想表を上から下まで読み直した。

費用の相場や収益方法など、あれこれオリビアに確認する。

なんだ、結構やる気あるんじゃないの?

いや、逃げられないと悟っただけか……?


驚いているだけだった彼女の顔が、だんだん社長の顔になっていく。

もしかしたら俺よりも真剣かも知れない。


「私だけで経営できるとは思えません」


「当然ね。学生一人に四百五十億円分の資産を渡して放置したら

 私の責任問題になるわ」


オリビアは契約書の別紙を開いた。


「あなたが卒業するまでは私やエリザの助言を受けられる。

 会計も不動産も法務も、判断に必要な人間をつけるわ。

 これでどう?私ならノータイムでOK出す条件だけど?」


エリザも頷く。

小林は契約書とオリビアを交互に見た。


「……やります。今週末に親と相談して、実印とか作ってきます」


「決まりね。お膳立てはこちらでやるから心配しないで」


「それと私、意地でも卒業しませんよ。

 財団(そちら)以上に充実したサポートをしてくれるところなんて

 絶対に見つかりませんから」


その場が苦笑と安堵の雰囲気で収まったところでこの日は解散。

この話を学祭の打ち上げの時に聞いた岩崎が嫉妬で半狂乱になったとかはまた別の話だ。


秋の風が吹く頃、小林が進学案内を抱えて俺のところへ戻ってきた。


「小野先輩。大学院進学ってどんなものですか?」


うん。学生でいる期間をできるだけ伸ばしたいのはマジなんだな。


ここまで物語を追っていただき、ありがとうございました。

士郎たちのこれからをもう少し見届けたいと思っていただけましたら、下の【★】で応援していただけると励みになります。

ブックマークをしておくと、次の騒動にも乗り遅れません。

それでは、続きをお楽しみに。

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半吸… 百貨店も作ろう! 寡占事業者がデカい顔してると健全な発展が阻害されてのまんまな坂本一族 健全な街になるといいねー
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