確変!淡水物語
八月に入った。
去年と同じくOCIRメンバーは学祭に向けて研究発表の総まとめ中。
財団の若手も喜んで協力してくれているし、なんの心配もなさそうだ。
小林も、実家が何とか持ち直しそうだと言っていた。
今は一年生の指導を忙しそうにやっているが、心なしか表情が明るい。
俺達がパーティーで参加者たちに渡した資料が役に立ったのなら僥倖だ。
鈴木と岩崎はもうOCIRの正社員になるつもりで就活をやめてしまっているが
投資成績もレポートも、その辺の学部生とは一線を画したものになっている。
今後次第だけど、鈴木と岩崎をOCIRの正社員にするのも悪くないかも。
「学祭の指揮は渋沢先輩に任せとけばいいかな。俺は今はこっちに集中したい」
俺は財団の会議室で、久良瀬周辺の地図を眺めていた。
寂れている方の国道沿いの土地に赤や黄色の印が増えている。
計画は順調に進んでいるように見えるのだが……。
「なあ、これ、いつになったら坂本の財布に響く?」
「貸店舗が完成して、市外のチェーンが入って、客が流れ始めてから。
都内のビルも土地を押さえて設計してだから、三年は見て頂戴」
オリビアはモニターを見もせず、招待客の名簿へ印をつけていた。
保養所で開く次のパーティの準備らしい。
「三年かぁ……」
「八十年かけて築いた王国を三年でひっくり返そうとしてるのよ?
お得だと思ってもらわないと」
少し、時間ってものを甘く考えてたかもしれない。
「じゃあ、今のところ坂本へのダメージはCATVだけ?」
「最初の一歩って言ったでしょう?
それに、お金より先に壊せるものがあるわ」
「聞かせてくれ」
オリビアは坂本一族の戦力分析資料をモニターに出した。
「坂本の力の源はまとめると三つ。
保有事業からの直接収益、
市政とズブズブの公共事業受注、
そして地元住民に、雇用やしがらみで植え付けた求心力」
「シンプルにまとめたな。よく分かる」
「オーノは直接収益への攻撃ばかり考えてるようだけど、
パーティをやるのは求心力への攻撃。理解してるでしょ?」
「ああ。セレブをチョイチョイ久良瀬に呼んで、
地域限定の上級国民の座を揺るがすんだろ」
「そう。正しい理解よ。あとはこれね」
オリビアが別の資料をモニターへ表示する。
久良瀬市の市民団体が公開した、市の支出に関する調査結果だった。
「まさか、ここにも金を出したのか?」
「調査費用を寄付して、会計監査のやり方を教えただけよ。
『AIに、これこれこういうプロンプト入れるとすぐよ』ってね」
寄付を受けた団体はそれで市の会計記録を何年分も調べたらしい。
そこから坂本一族に近い企業へ公共事業が集中していると騒ぎ始めたのだ。
これまではお気持ち表明団体に過ぎなかった団体が、ようやく戦い方を
教えてもらってまともに戦い始めたということか。
てか、エリザが三時間で調べたことを、今まで誰も調べなかったのかよ……
「ちょっと前に二度目の寄付をしたわ。
頑張った甲斐があったって大喜びしてたわよ」
団体は自分たちの活動結果が多額の寄付を呼び込むと勝手に思い込み、
さらに深く議員と企業の関係まで掘り始めたという。
「餌付けじゃないか」
「いいじゃない。税金対策にもなるし」
市議会で取り上げられ、地元紙だけでなく大手の報道機関も動いた。
市長は問題のない発注だと説明したが、次に予定されていた事業は見直しとなり、
坂本側の会派からも距離を置く議員が出始めている。
SNSでは坂本一族の横暴な振る舞いが幾つも書き込まれ炎上を開始。
何十年も王様だった一族が、急に疑惑の一族と呼ばれ始めた。
「長年好き勝手してたみたいでスキャンダルのネタには事欠かないわね。
まさに一石二鳥。求心力を腐らすし、公共事業も発注し難くなる」
「自業自得とはいえ、哀れだな」
カメラを向けられた市民団体の人たちの嬉しそうなこと。
彼らに今後も寄付はあるのだろうか。
†††
その三日後、国道沿いの工事現場から連絡が入った。
基礎工事のために掘った場所へ、夜中に産業廃棄物が捨てられていたという。
俺とエリザ、オリビアが現場へ着いた時には作業員たちが穴を囲んで立っていた。
袋や壊れた建材らしきものが土を覆い、重機は止まったまま。
何が混じっているか分からないので、片付けるにも調査が必要らしい。
「露骨な妨害ですね。工期への影響は?」
エリザの問いに、工事を請け負った会社の社長は下を向いた。
「まだ分かりません。人も揃わなくなってまして」
「人?」
「日雇いの人達が別の現場に取られてしまってるんですよ」
ここ数日で、一気にいろんなことが回らなくなってきたらしい。
聞けば、作業員たちが昼に使っていた食堂へ柄の悪い男たちが居座り、
飯を食べに行けなくなったとかいう話まで。
「嫌がらせが細かいな」
「これだけじゃありません」
強面の男に自宅まで押しかけられ、
現場を変われないかとスカウトされた職人が何人もいた。
その場で断ると、子供や妻に頼んでみようかと言われたという。
このくらいの話では警察へ相談するにも困る。
工務店の入口には、数日前にウシガエルの死体が置かれていた。
次はミシシッピアカミミガメ。その次はブラックバス。
今朝はカミツキガメの死体だったそうだ。
「妙にインテリ臭いわね。淡水の特定外来生物に偏ってる」
「カミツキガメ、この辺にはいないだろ」
わざわざ印旛沼まで行って捕まえてきたのか。
その努力を他に回せれば何者かになれたかも知れないのに。
「従業員と、その家族が怖がっています。
社長の私だけならともかく、他の者このまま仕事を続けろとは言いにくい」
社長はこの案件から手を引きたいのだろう。
明日何の死体が来るのかと思えば俺だって怖い。
……中国産オオサンショウウオだろうか?
「違約金は取りません。社員とご家族の安全を優先してください」
俺が言うと、悔しそうに現場を見ていたオリビアが社長に詰め寄った。
「辞めるのは止めないわ。でも少しだけ待って。
こういうことがあると知った以上警備の増強等、それなりの対策をします」
「相手はどう考えても反社の連中です。関わり合いたくない」
「反社が独自に動いてるとは考えにくいです。
元を断ちますので少しだけ我慢して頂けませんか」
社長は家族や従業員と相談すると言って、作業員たちの方へ戻っていった。
産業廃棄物は片付けられる。
作業員も別の地域から呼べるし、工務店が降りれば別の会社を探せばいい。
だが、この調子で毎日どこかを止められれば三年どころでは済まない。
俺が始めた戦争に巻き込まれるのが坂本一族だけではないのも誤算だった。
「俺達以外がターゲットになるなら、警察にも相談しないと」
「当然。監視も警備も増やすわ。一つも現場を諦める気なんてないから」
オリビアは穴の中の産業廃棄物をスマートフォンで撮影していた。
「いざとなったらこの基礎工事のコンクリに連中を塗り込めてやるわ」
新築なのに心理的瑕疵物件にするのはやめろ。やめてくれ。
†††
その夜、エリザからの報告があった。
坂本一族の会社幹部が、反社会的組織の仲介者と接触したことを確認したという。
産業廃棄物や動物の死体の件はまだ関与が分からないらしい。
それでも、何のために会ったかは想像がつく。
「反社との対決が確定かぁ……」
俺が腹を立てたり不安になったりしている横で、オリビアは喜びの表情だ。
「確変ターイム♥ やっと反社が出てきたわね」
え、オリビアさん、現場で悔しそうにしてましたよね?
あれポーズですか?
「証拠は全部記録して。会合も、亀の死体も産廃も。写真でいいから。
これで追い詰めるのが楽になったわ」
確かに、反社との接触まで報じられれば特大のスキャンダルだ。
求心力も公共事業も一気に崩せる。
「十日目にどんな生き物が来るのかはちょっと気になってたわ。
それが分からなくなるのだけは残念」
ヌートリアかアリゲーターガーじゃないかな。
俺はその辺、ちょっとだけ詳しいんだ。
とりあえず、うちの警備を任せてる警備会社は臨時収入で喜びそう。
テロと互角に闘う人たちだし、反社なんて屁でもないだろう。




