顧問になりませんか
「小野君。もう進路は決めたかな?」
担当教授の研究室へ入るなり聞かれた。
「はあ、以前から院進を考えていましたが……」
「例の相続の後から君はゼミもすっぽかしがちだ。
だいたいの報告は聞いているし、有意義な活動をしているとは思うけど
学生の本分は勉強だよ。勉強しないなら就職したらどうかね」
あの過酷な就職戦線を戦わなくても俺には財団総帥という地位が待っている。
それは教授も知っているはず。
要するに、大学院に進学して自分の手下になるのかどうかを聞いてきているのだ。
「大学院へ行くにしても、将来的に交渉の場などで有利になるような
経歴になる進学先が望ましいかな、と」
「財団総帥という地位だけでは駄目な交渉があるのかい。
それと、うちの大学院は出ても箔が付かないと言ってるように聞こえたが」
教授は国内外の大学院の募集要項を俺の前へ押し出した。
「まあ、ブランド的にうちが国立や私立上位に対して劣っているのは認めよう。
私とてここの出身ではないからな。
他所に行くなら行くで、先方の先生に口を利いてあげることも出来る。
だから決めるなら早いところ決めなさい」
わかりやすい箔がつく進学先……
ハーバード、スタンフォード、MITにバークレイ。日本なら東大か。
そういうところに行ければ良いのだろうが、そんな学力があれば苦労しない。
うちの大学だと願書を受け取ってもらえるかどうかも怪しいのだ。
財団総帥は自分で勝ち取った肩書ではないし、
OCIRも部室を守るために作った素人企業だ。
うちの大学を出た後、実務経験でMBAに潜り込むのも難しいんじゃなかろうか。
もっと競争の結果が明確で、自分の力を証明できるものはないだろうか。
今までならカネがなくて出来なかった、様々な可能性を模索してみたい。
心が自由になった気がした。気のせいかも知れないが。
†††
小田原の俺の部屋に大量の段ボール箱が山積みになっている。
高性能なゲーミングPCに、画面を三枚置ける専用デスク。
馬鹿みたいな性能の大画面モニタに光るキーボード。
椅子にマウス、ヘッドセット、そしてゲームコントローラ。
金で揃えられる環境としては十分だろう。
「士郎様、何を始められるので?」
「今日からe-Sportsをやってみようかと」
カールは配送票を一枚ずつ確認した。
「5090……随分、本格的に始められるのですね」
「見極めたいんだ。俺の才能ってやつを」
『免許取るのに5億使うのに比べたら安上がりよ。カール』
ロボット・マルグリットが怪しい踊りで俺を煽る。
遊んでるならそこの段ボール片付けろババア。
「誰だって最初は初心者だ。環境を整えて集中すれば何とかなるかもしれない。
OCIRだってうまく行ってるだろ」
『OCIRは成功したことになっているの?』
耳の痛い諫言と蔑みの視線は全て無視だ。
PCを設置し終えてアカウントを取得。
対戦格闘ゲームの初心者リーグへ参加してみる。
……
……
……
……
最初の相手には秒殺された。
「……?」
このゲーム、俺は初心者ではない。
家庭用ゲーム機でそこそこやりこんだし駅前のゲーセンでサボり中の
営業マンと血で血を洗う対戦だって経験済みだ。
だが、そんな経験が初心者リーグですら通用しない。
三戦目は少し粘った。粘ったが、相手の執拗な低リスク大リターンの
攻撃パターンの前に敗北する。
「このジョイスティック、反応が悪いんじゃないか?」
『機器への他責は無意味よ』
「畜生、ハメだハメ。卑怯者!」
『ハメたとかハメられたとか、お下品千万ね』
設定を変えても成績は変わらない。
対戦相手が初心者なのか経験者なのかも見分けられないまま、
負けた回数だけが増えていく。
一勝するまで続けるつもりだったが、日付が変わるより前に己の限界に気づいた。
わずか半日で右腕に鈍痛がへばりつく。腱鞘炎だろうか。
「もうお辞めですか?せっかく購入されましたのに」
「ああ、今回は才能の限界を見極める前に肉体の限界が来たみたいだ。
いいPCだし、今後は動画配信にでも使おう」
『失敗はレポートしないとね。プークスクス』
「俺がゲームで負け続けたレポートなんて、誰が読むんだ」
唯一、あるかもしれないと思った才能は無事ポンコツ認定。
片付ける前にメールを確認すると、見慣れない会社からの依頼が届いていた。
「……ふむ。詐欺ではないみたいだけど」
詐欺メールを見抜く眼力に自信がない今日この頃。
依頼元は研究開発支援を掲げるコンサルティング会社だった。
教授が主催している産学研究会では幹事を務めているらしい。
メールを読んでいる間に教授から電話までかかってきた。
「先方から連絡があっただろう。君の活動に関心があるそうだ」
「俺個人へ顧問を頼みたいと書いてあります」
「研究会では世話になっている会社でな。
受けるかどうかは君が決めればいいが、話くらいは聞いてやってくれ」
教授からそう言われては無視しづらい。
後日、財団オフィスで担当者と会うことになった。
「顧問かぁ……」
政治家や大企業の経営者、学会の重鎮もそうだが、やたら顧問だの委員だのという
肩書がズラズラとついている人を見かける。
俺も、どこかの顧問をいくつかやると一廉の成功者に見えるのだろうか?
†††
さて、担当者と会う当日、先方は営業担当者だけでなく
系列システムインテグレーション企業の技術者を三人も連れて来た。
三人とも大きな機材鞄を持っている。
「本日は顧問就任のご相談に加え、設立間もないというOCIR様の情報システムを
無料で診断させていただきます」
「今日は顧問の話を聞くだけだと思ってましたが」
「手土産のようなものですよ。お代はいただきません」
お代が不要なのは良いが秘密保持契約の書類すらないのはどうか。
俺の疑問を他所に、彼らはOCIRへ行くのが既定路線のように話している。
「先生からも、しっかり話をするよう申しつかっておりますので」
俺はなんとも言い知れぬ不気味さを……というより、
彼らの厚かましさに対して小さな怒りを覚えていた。
†††
なし崩し的にOCIRの会議室へ案内させられる。
すると連中は現場への挨拶もそこそこに機材鞄を開き準備を始めた。
何事かと麗奈がやって来て俺を睨む。
俺は慌てて、この状況が自分の主導によるものではないと必死で言い訳をした。
「管理者権限のあるアカウントをご用意いただけますか。構成情報を取得します」
「ご自分が仰ってることがどういうことか分かって言ってますか?」
麗奈は最初から態度を硬化させた。
その目は明らかに、侵入者を見る目、敵対する目だ。
「無料診断です。データの内容までは拝見しません」
「NDAも締結していない相手に管理者権限なんか渡せるわけがないでしょ。
ここで渡したら『はい不合格です』という試験ならまだ分かるけど」
なるほど。そういう罠みたいな試験もあるって言うしな。
麗奈はシステム構築と同じくらいセキュリティには詳しく厳しい。
その彼女が会社の屋台骨の守護者として毅然と連中の前に立ちはだかっている。
どちらが正しいのかは明白だ。
「あの、俺からもお願いします。
そういう作業をしたければ事前にご連絡いただいて、NDAの締結、
担当者と話をしてからで……」
「無料の診断は我々の善意です。
セキュリティ診断は抜き打ちが基本ですよ?
何月何日に監査に入ると事前に知らせてまともな結果が出ると思いますか?
閲覧権限だけでもお願いしますよ」
「帰って。診断してもらわなくていいから」
麗奈の強硬な態度に営業担当者は困った顔で俺を見る。
「小野様からもお話しいただけませんか」
「彼女が責任者です。彼女が駄目と言うなら駄目です」
無料診断は一台のPCにも触れられないまま終わった。
「それではこちらを」
机に置かれたのは、あらかじめ用意されていたシステム刷新提案書。
OCIRの現状を確認していないはずなのに、全面移行が必要と結論づけられている。
移行先は系列会社のクラウドサービス。
導入支援、データ移行、利用者研修、運用保守。
顧問として俺が受け取る報酬より、毎月の保守運用費の方が高い。
「……これ全部必要ないよ。
もう同じ機能を他社パッケージで実装してるからね」
麗奈は提案書の各項目へ順番に目を通し、最後にため息をついた。
「あのさぁ、現状を見ないで何を診断したっての?」
「将来の財団全体への展開を見据え、余裕を持った構成にしております」
頼んでもいない財団全体への展開が、提案書の第二段階として図に入っていた。
もう俺でも分かる。顧問契約はOCIRの管理者権限を取るための名刺代わり。
無料診断でセキュリティの不備をでっち上げ、対策と称してシステムを売り込み、
その実績を盾に財団全体へ広げるつもりなのだろう。
「小野、この会社、俺、応募したことがあるぞ」
岩崎が提案書の会社名を見て口を挟んだ。
「有名なのか?」
「研究開発型企業の事業化支援では実績があるって聞くな。
大学の研究室からのスタートアップでよく使われてるらしい」
あ、繋がった。やっぱりそうか。
スタートアップ狙いなのは、相手が社会人経験が薄くて
こんな強引なやり方でもなんとか転がせるからだろう。
岩崎は営業担当者へ質問を始めた。
「こんな風に、産学連携のツテを辿っての営業がメインなんですか?」
「お答えできません」
「この料金表、事業が回り始めたところでガンっと利用料が上がりますよね。
スタートアップにはきついんじゃないですか?」
「事前に説明はしています」
「御社のシステムを導入したスタートアップが最近、次々と導入事例紹介の
ページから消えていってるのはなぜですか?」
「個別のお客様についてはお答えできません」
岩崎の質問がクリティカルヒットとなっていたらしい。
営業担当者は提案書を麗奈と俺の手からひったくり、カバンに押し込めようとした。
「あら。お店で言ってた新しいカモってここのことだったのね」
ソファで様子を眺めていた渋沢先輩が立ち上がり、営業担当の肩に手をかける。
「え?どちらかでお会いしましたか?」
「昨日、うちのお店にいらしたでしょう?
山崎の十二年、ボトルを入れてくださって嬉しかったわ」
渋沢先輩がニコリと笑った。凄まじい営業スマイル。
営業担当者の手が提案書から離れる。
「こ、この件はあんたらの大学の教授にも報告させてもらうからな!」
一行はこの他にもよく聞き取れない罵詈雑言を捨て台詞に、
這々の体でオフィスから立ち去った。
当然、俺の顧問就任はナシだ。
だが、これでいい。
顧問報酬と肩書のために、財団のシステムが食い荒らされるなどお断りだ。
†††
翌日、俺は教授にこの件の顛末を報告した。
「先生はあの会社のやり方をご存知でしたか?」
教授は驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「聞いていない。私は彼らに君の話をしただけだ」
「先生の研究会はもしかして、彼らの狩場になってるかも知れません」
俺は連中が残していった提案書を教授に渡した。
「こちらで確認する。君は静観していてくれ。
同じようなことを外でもやってるのだとしたら、厳正に対処する」
守りたいのは俺ではなく、自分の研究会と大学の信用だろう。
教授がこの件を引き取ってくれるなら俺も面倒が減って助かる。
「小野っち、おかしな連中を連れてきた罰よ。
通りの向こうの果物屋のメロンを買ってきて!」
OCIRオフィスでは麗奈が俺に迷惑料だと言って、
桐の箱に入った日本一高額なメロンを要求してきた。しょうがない。
マンゴーとシャインマスカットもつけてフルーツパーティでもするか。
麗奈の毅然とした態度、岩崎の知識で今回は助かった。
渋沢先輩は……お店的に大丈夫なんだろうか。
守った部室もOCIRも注目度が高い分、利用しようとするもの、
利を貪ろうとするものが次々と現れる。
今回は俺がその発端となってしまったが、
それ故に狼たちの存在をリアルに感じ取れた気がする。
他所の大学の大学院へ行けば、ここへ毎日顔を出すことはできない。
俺は教授から渡された募集要項を鞄へ入れ、もう一度研究室へ向かった。
「先生。大学院、ここにします」
「うちでは箔が付かないのではなかったかね」
「OCIRと部室を置いていく方が高くつきそうなので」
教授は募集要項を俺へ返した。
「それを志望理由へ書くなよ」




