全員、役得目当て
マルグリットが大学の芝生で電池切れになった翌日、
投資研究会の部室前には新入生の列ができていた。
例の偽ファンド事件以降、部室の前は入部希望者や様子見の学生で
人が途切れることがない状況が続いている。
この日もご多分に漏れずと言ったところだ。
最後尾は階段の踊り場まで届いている。
「九時から並んでるんですけど、説明会はいつ始まるんですか?」
「入会するだけでインターンに行けるって本当ですか?」
「今日はあのロボット来ないんですか?」
説明会を開くとは誰も言っていない。
ましてや就職説明会などでは断じてない。
「これ、全員うちの入会希望者ですか……?」
新会長の小林真帆が廊下を見渡した。
三井麗奈が部室の窓から首を出す。
「真帆っち人気者じゃん」
「私を見てる人なんか一人もいないんですけど」
列の先頭にいた男子学生は俺を見つけると
大きな手ぶれ防止用の自撮り棒を振り回した。
スマートフォンの画面には俺と行列が写っている。
「おおっ!ついに小野総帥が現れました!」
「撮るな。配信を止めろ」
「えっ、これ新歓の宣伝になりますよ」
「後ろを見ろ。宣伝しなくても十分人は集まっているだろう」
もう、配信したくて並んでいるとしか思えない。
そうこうしているうちに列の後ろの方から不満の声が上がり始めた。
既に結構な時間並んでいたらしく、我慢の限界が来たらしい。
「早く受付して、列を進めて下さいよ!」
「こっちは一限を抜けて来てるんですけど?」
勝手に並んでおいて、いったい何の受付をしろと言ってるんだこいつらは。
「誰も並べとは言ってない!」
俺が怒鳴っても列は一歩も動かなかった。
むしろパワハラ扱いだ。
投資研究会へ入れば財団やOCIRへ近づける。
その期待だけは全員で共有しているらしい。
財団はともかく、OCIRってなんでそんなに入りたいやつ多いんだ?
10人ほど入れる部屋を借りてるだけの会社だぞ?
「俺、第一志望の国立を落ちてからずっと負けたと思ってたんです。
でもここに入ってOCIRで実績を作れたら、逆転できますよね?」
別の男子学生が真顔で聞いてきた。
「入った後も大変だよ。仕事で利益出さないといけないし」
「でも犬が五十万円以上儲けたんですよね?」
「犬でも出来る仕事で月五十万稼げるなら実績なんて楽勝、
って考えてるなら帰ったほうが良いよ」
そんな会話をしているところを、また他の学生がカメラで配信している。
なんでこいつらそんなに配信が好きなんだ?
編集もしない素人動画を視てくれる人ってそんなにいるのか?
「廊下を塞いでいるのはお前らか!」
人をかき分けて文系サークル評議会の盛田がやって来た。
片手には不審人物制圧用のさすまたを持っている。
「隣の団体が部室に入れない。階段も塞ぐな。
あと構内で勝手に配信している奴がいるって学生課へ連絡が入ったぞ」
配信していた男子学生がスマートフォンを下げた。
「止めました」
「最初から無許可で流すな」
「表現の自由が……」
「入学した時にもらった『学生生活の心得』をまず読め!」
盛田は俺を見た。
「事情は理解していますが、この状況を放置していると投資研が
責任を問われます。なんとかして下さい」
「すまん」
もっともな話だった。
他人様に迷惑をかけているのに放置しておいて良いはずがない。
「皆さん、ここで受付は行いません。
本日午後以降に来ていただいた方には入部希望書類をお渡しします。
当サークルは希望者全員を受け入れるキャパシティがないので選考を行います。
同意いただける方だけ書類を取りに来て下さい」
小林が声を張り上げると、朝早くから並んでいた連中や、そもそも選考される
ことに抵抗を感じている内部進学生から凄まじいブーイングを受けたが、
それでも列は解消していった。
「受付書類を作ります。
学部、学科、学籍番号、名前、連絡先、志望動機だけ書かせます」
小林がPCを使い、手早く書類を作る。
麗奈が「それ、ネット受付で良くない?」と突っ込んでいたが
ネット受付にすると気軽にダメ元で応募する連中が増えるので
書類の方が良いらしい。
†††
「はぁ……」
提出された山のような入部希望書類を前に小林がため息をついていた。
察するところ、残念な志望動機にがっかりしているのか。
「小野先輩、見て下さいこれ」
渡された書類を見て、小林に同情した。
”サークルの様子を配信して配信収入を運転資金にします。
儲かったら、結果をまた配信します”
”ラッシュに勝つ自信があります。ラッシュと同じ金額を運用させてください”
うちはバラエティ番組の制作会社じゃない。
”三井先輩の胸に惚れました”
”OCIRでのインターンを希望しています”
”最先端ロボティクスとAIの融合領域の研究がしたくて”
もはや何研なんだか分からん。
麗奈の胸に惚れた奴が一番マシな気がしてきた。
大半を占めたのが生成AIに書かせたであろう、妙に整った文面だ。
マルグリットに読み取らせ、AIチェッカーにかけるとどれも70%以上の確率で
生成AIによる文書だと出ている。
『新会員のサポートも私がするんでしょう?
何でもかんでもAIにやらせる子たちを、こんなに入れたら
私が使い潰されちゃう。不合格よ不合格』
確かに、マルグリットの指摘は無視できない。
小田原のサーバーの計算力は有限だ。
何人も生成AIに頼り切った活動をするとパンクしてしまう。
「人格や動機以前に、キャパの問題ですね。それは」
小林はマルグリットと手分けして不合格者にメールを出す。
えらく洗練された連携だ。先日の散歩が影響しているのか。
入会希望者はまだ途切れない。
株主優待を夢見る奴、財団の福利厚生を利用できると勘違いしている奴。
そして何度断ってもカメラを回す配信者達。
「投資を研究したいって人がいません。みんな何かしら金目当て。
エゴ丸出しで努力の結果以上の利益を期待していますね」
「投資研究会に金目当てじゃない人が来たらそっちのほうが怖くない?
あーしらだって去年までは似たようなもんだったでしょ」
三井が当然のように答える。反論できない。
「お前の胸が目当てって奴も二人ほどいたぞ」
「キショい。パスで」
OKされても困るし、パス。
「志望動機だけで落としたら私達もほとんど残らないのが問題ですね」
小林が未審査の書類の山を前に頭を抱える。
現状ではせいぜい三、四人しか受け入れられないが、
この中からマシな四人を選び出すというのはなかなかに難しい作業だ。
「三、四人しか受け入れられませんって最初に言ったほうが良かったのかなあ……」
「いや、それだと『何様だ』みたいに叩かれるよ。きっと」
企業の採用担当者の苦労がよく分かる。
「そいつらにカテキズムを書かせてみなよ」
岩崎がぼそっと言った。いたのかお前。
「研究計画書みたいなもんだ。投資研究会なんだからそういうものを
書かせて、まともなテーマを持ったやつを採ればいいじゃないか」
「……なるほど」
他に良い案もないので岩崎の言う通りにしたが、
3週間の猶予があっても期日までにカテキズムを提出できたのはほんの数名だった。
あの行列は一体何だったんだと皆が呆れる。
「小野先輩、これ、面白いですよ」
小林が一通のカテキズムを俺へ差し出した。
題目は『学内自販機で「二本目」の飲料が売れない理由』。
午後になると給水機へ空のペットボトルを持ってくる学生が増える。
飲料の需要が減ったのではなく、一本目の容器を水筒代わりにしているのではないか。
給水機のある校舎とない校舎で、自販機の購入者数と
給水機の利用者数を時間帯別に比較すると書かれていた。
水筒に使われがちなボトルの形状やメーカーにまで言及している。
「まだ結果は出てないんだな」
「自分の予想が間違っていた場合の確かめ方まで書いてあります。
少なくとも、ちゃんと研究するつもりはありそうです」
提出者は伊藤忠。
「面白いな。こんなやつなら仲間にしたい」
カテキズム:
研究開発(R&D)の文脈、特にオールドスタイルの研究機関で用いられる「カテキズム」は、「研究の着想や妥当性を検証・整理するための標準的な質問集」、または「その質問に対する回答をまとめた研究企画書」を意味します。
これを部下に書かせるのが大好きな上司に当たると人生がカテキズムの書式を守ることに費やされ、一歩も前に進めなくなりますのでご注意。




