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偽物の総帥


「俺は生成AI研究会と何の関係もない。一度も話したことないし、

 どんなメンバーがいるかも知らないんだ。

 総帥ファンドなんて名前も今日初めて聞いた」


その日の展示が終わった後、麗奈が撮った写真をみんなで確認した。

画面には「投資研究会」「小野」「財団」「OCIR」「総帥ファンド」。

何度見直しても、知らないものは知らない。


「本当なのね? 財団の誰かが依頼した可能性は?」


「それは確認する。でも、少なくとも俺は知らない」


『財団から発注した記録はないわね』


AIマルグリットに経理システムを検索してもらったが、

それらしいものは見つかなかったようだ。


「じゃあ何で向こうのパソコンに小野や財団の名前があるんだ?」


「それが分からないから気持ち悪いんだよ」


麗奈がスマートフォンを机へ置く。


「まあ、こんな写真だけじゃ何もわかんないよね」


「PCの持ち主が戻って来そうだったのでとりあえずその場を離れました」


今あるのは怪しく名前が並んだ画面の写真だけ。

生成AI研究会が何かをしたと決めつけるには足りない。


「この写真はOCIRの共有フォルダに入れておいてくれ。

 他へはまだ回さない。今は大学祭を終わらせよう」


全員が散った。今はそうするしかない。

総帥ファンドという名前だけが、魚の小骨みたいに喉へ残った。


†††


投資研究会の展示は大学祭最終日まで人が途切れなかった。


ラッシュの前には相変わらず人だかり。

二回ほど攫われかけたらしい。大丈夫か。

鈴木の百万円を超える利益にはFX経験者らしい来場者が痛烈な質問を浴びせ、

岩崎の講演は二度も追加された。好評らしい。


今年の秋の大学祭特集を作るというメディアの取材班まで現れた。


「女子大生が四十四万円の利益ですか。かなり大きいですね」


記者が小林の展示を見て声を弾ませる。


「あ、でも、原資が大きいからそうなってるだけですよ。

 五千万円の運用で四十四万円だと1%にも届きません」


「え……」


小林が自分で説明すると記者の勢いが少し落ちた。


「でも利益は利益です。今後どんどん増やしていきますよ!」


言い切った小林の後ろでラッシュが一声吠えた。

「俺がついてるぞ」とでも言っているかのようだ。

優しいなラッシュ。その優しさが人を傷つけるかも知れないぞ。


取材班はラッシュの売買ボタンと展示室を念入りに撮影して帰っていった。

「犬でも稼げるFXセット」と称して転売ヤーが量産しそう。


片付けが始まった頃、しばらく姿を見せなかった渋沢先輩が教室へ入って来た。


「大盛況じゃない」


「先輩は全然来なかったじゃないですか」


「私は研究に参加してないもの。みんなの晴れ舞台にやってきて

 当事者面するほど厚かましくないわ」


麗奈は何か言いたそうだったが、

渋沢先輩は取材班が置いていった名刺を指で弾いた。


「その代わりメディアの取材を呼んでおいたの。来たでしょ」


「あれ、先輩が?」


「出版社の人がお店に来たからちょっとね。

 これでOCIRの評判も上がるでしょう?」


相変わらず謎が多い。が、大きな後方支援だ。


「それと、私の二億円。受けてもらえることになったわ」


渋沢先輩は満足そうに笑う。

姿を見せなかった間も、渋沢先輩は投資研究会のメンバーであり続けていたらしい。


一つしか違わないのにこの余裕の差はいったい何だ?

先輩の爪にはシンプルだがきれいなネイルアート。

爪の垢は飲めそうにない。


†††


大学祭が終わって間もなく、エリザが欧州へ発つことになった。


財団へ来る前から受任していた裁判案件で法廷に立つという。

内容は守秘義務があるため俺には話せないらしい。

必要な引継ぎはカールと財団の担当者へ済ませているとのこと。


「いつ戻るんだ?」


「帰る日を教えたらそれまで羽を伸ばすでしょう?

 緊張感を持って過ごして下さい」


反論できない程度には心当たりもある。


「メールでも電話でも可能な限り対応しますが、時差だけは考えて下さい」


『私は士郎が愚かな行動を連発して、あなたが困るところを見たいのに。

 あなたが居ると士郎は愚かなことをしないし、

 士郎が愚かなことをしてもあなたがいないんじゃねえ……』


「諦めてさっさと成仏なさい」


『死んでから改宗は出来ないわよ?』


「やっぱり俺って、馬鹿なことをするのを望まれていたのか……」


薄々勘づいてはいたが、堂々と口に出されるとショックが大きい。

はいすいません、ナイーブなZ世代の特徴です。ってやかましいわ。


『最近は財団総帥として成長しちゃって、面白くないったら。

 ケツの守りも固くなったし』


「俺の何を評価してるんだよ」


エリザはAIマルグリットの話を無視して書類を閉じた。


「私が日本にいなくても大丈夫ですね?一人で何でもしようとしないで、

 困ったことがあったらカールやご両親にも相談して下さい。

 もちろん、私もお手伝いします」


「できるだけ、皆に心配はかけないようにはするよ」


分かっているつもりだった。


しかしエリザの車を見送った直後、底が抜けたような不安感に襲われる。

自分の判断に自信が持てない。俺ってこんなんだったっけ?


一方で別の感情も湧いてきた。


自由だ!


金はある。当分、何をしてもエリザは来ない。

後ろから氷水をぶっかけられることはないのだ!


†††


その夜、俺は渋沢先輩が働く銀座の店にいた。


「一番高いワインを頼む」


我ながら完璧な成金の注文。だが渋沢先輩はメニューを閉じない。


「ロマネ・コンティの90年があるけど……すごく高いわよ?

 ワインの味が分かってて、それを飲みたいって言ってるの?」


「大丈夫ですよ。問題ない。

 一番高いのを是非飲んでみたいんですよ」


「ワインが好きだから飲みたいのか、

 高くて珍しいから飲みたいのかって聞いてるのよ」


脳内にエリザの言葉が蘇る。

あなたは高性能な車が欲しいのか、周囲の羨望が欲しいのか―― だっけ。


「……今日はそういう気分なんですよ」


注文したワインは確かに高かった。お店価格一本一千万円。

ラベルの文字は読めず、香りの説明を聞いても何一つ分からない。


口に含む。


「どう?」


「酸っぱい」


渋沢先輩は自分のグラスへ手を伸ばさない。

その顔は今まで見たこともない悲しい表情をしていた。

その表情がエリザとダブる。


「……帰ります。お勘定」


一杯だけ飲んで残りは店に預け、家路につく。


小田原へ戻るとAIマルグリットが車輪付き端末の画面から迎えた。


『お姉さんのいるお店、楽しかった? 今度私も連れてってよ』


「見栄張って高いワインを飲んだけど、味はよく解らなかったよ……

 たぶん、もう行かないと思う」


『馬鹿なことをしたわね』


俺もそう思う。馬鹿なことをした。

金を使ったことじゃない。わざわざ金を使って後悔したことだ。

エリザがいない俺なんてこんなものなのか、と思うと心底情けない。


とりあえず渋沢先輩との約束通り、ボトルは入れたことになるんだろうか?


……なんであの人の顔が渋沢先輩とダブって見えたんだろうな。

深く考えるのはやめておく。今考えたところで、碌なことにならない気がする。


†††


大学祭の映像が秋の特集で流れると、投資研究会の周辺には変化が現れた。

一つは、大学側がOCIRへ学生を押し込みたがるようになったことだ。

ゼミの教授も研究室の学生をインターンとして雇えと猛プッシュ。圧が凄い。

私立大学の就職率は次年度以降の受験者数に影響するから、先生たちも必死だ。


「ここは元資材部屋なんで十人が限界です。

 ラッシュが動ける場所を残すなら、追加は三人までですよ」


「犬のために学生の枠を減らすのかね」


「うちの犬、半月で十七万円稼ぎますよ?」


「教育と利益を同じに考えるべきではない」


「教育は大学の領分でしょう。ここは先生の領地ではありませんよ?

 どうしてもというなら、ラッシュ以上に稼げる人を推薦して下さい」


近くで聞いていた小林の手が止まった。


「そこの小林さんを来年、先生のゼミに入れれば、

 先生の教室からOCIR(うち)へインターンが来てることになりませんか?」


「いや……そういうことじゃないんだよなあ……」


不服らしい。


教授も犬を採用基準にする会社をどう説得すればよいのか分からないのだろう。


「ところで小野君。これは君が始めたものかね」


教授は鞄からスマートフォンを出して俺に見せた。

表示されていたのは一通のメール。


【ヴァレリー財団総帥監修 総帥ファンド先行案内】


ヴァレリー財団の新総帥、小野士郎氏の就任を祝い、

財団資産の運用成果を一般の投資家へ還元します。


ラッシュ君のFXで有名なOCIRの社長でもある小野士郎氏が監修。


これは選ばれた方だけへのお知らせです。

一般公募開始までは入金は不要。


[先行登録はこちら!]


書かれている財団の情報には、本物の公開情報が混ぜられている。


「なんだこりゃ?俺はこんなの始めてません」


「だが、動画で君が説明している」


教授が再生ボタンを押すと、俺の顔、俺の声で総帥ファンドの広告動画が流れた。

きらびやかな腕時計に高級そうなスーツ。

現実の俺より姿勢がよく、喋り方もなんだか総帥らしい。

後ろには見たことがあるようでないような芸能人が二人、

意味ありげに微笑んでいた。


『小野士郎です。財団からの感謝を、日本の限られた皆様へ――』


「俺じゃない」


それだけは断言できる。


画面の中の俺は笑顔で先行登録を勧めていた。

エリザはいない。どうする?


とりあえず、まず現状の把握からだ。

俺は教授へメールを消さないよう頼み、自分のアカウントに転送してもらう。


これは思いつきの悪戯じゃない。動画のクオリティ、財団情報の混ぜ方、送信のタイミング――全部が"素人の片手間"の域を超えている。誰かが本気で、俺の名前を金に変えようとしている。


偽物の俺は画面の中でまだ笑っていた。


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教授も必死よねー でも投資研究会専用会社なんだ… 高級時計にスーツに美女なんという詐欺師御用達動画w さな…総帥トークンとかいろいろ悪さされそうだなぁ 小野くん1人ならてんやわんやなんでしょうけど、財…
ディープフェイクか… この世界での法整備どうなってるか分からないけど、全力で喧嘩売りに行ってる AI研究会終わったな
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