表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/30

因縁の情報コンセント

九月も終わりに近づき、大学祭まであと数日となった。


投資研究会の展示準備はほとんど終わっている。

ポスターと動画に投資記録。

ツールの実演環境も整い、ラッシュ用の丸とバツのボタンまで予備を用意した。


そのラッシュには、最近軽い問題がある。

体重がかなり増えているのだ。


「五十一万……」


鈴木がラッシュの端末に表示された数字を見ていた。

つい先日、利益が百万円を超えて大威張りしていた男の顔色が妙に悪い。


「先月は確か十七万円だったよな?」


「伸び率で考えると鈴木より上じゃん」


『ラッシュには欲がないもの。

 利益が増えても欲しがるのは小さなおやつ一つだけよ』


「こんなに太るほど食ってりゃ同じだろう……」


AIマルグリットに追い打ちをかけられた鈴木はラッシュの顔を見た。

ラッシュは机の上のおやつを見ている。


「お前、俺を抜く気か?」


「ウォン!」


「答えやがった」


"POWERED BY DOG"

大学祭の展示タイトルはこれでもいいんじゃないだろうか。


「私も、利益出ました」


小林が片手を上げる。

端末に表示された金額は四十四万円。

麗奈が椅子ごと寄って来た。


「嘘、何買ったの?」


「ひなたちゃんに学校で何が流行ってるか聞いて、それに賭けたんです」


目をつけたのは、とあるキャラクターのアクセサリ。

小林は同じものをランドセルに付けた子どもが増えていることも確認。

製造している玩具メーカーや権利を持つ出版社、流通チャネルを調べ上げ、

それらの企業の株を買った後は値段を何度も見ないよう我慢したという。


『やっと勝ちパターンを一つものにしたわね』


「はい!ご指導ありがとうございます!」


晴れ晴れした顔でAIマルグリットと話をした後、

小林は鈴木の肩越しにラッシュの端末の画面を見た。


「あ……とはいえ、まだラッシュに七万円負けてるんですね。私……」


一気にテンションが落ちた小林の背中を、ラッシュがぽんと右前足で叩く。


「勝ち誇った顔してる……」


小林の嘆きの呟き。

ラッシュがどういうつもりだったかは分からない。

人間二人と一頭の競争は大学祭が始まっても続きそうだ。


†††


大学祭前日。


投資研究会に割り当てられた一般教室から机と椅子が運び出され、

財団から借りた展示台が並んでいた。

いつもの教室が金融番組の小さなスタジオに見える。


「本気で目玉展示になりそうですね」


準備の確認に来た学園祭実行委員の盛田が壁のポスターを見上げた。

彼は文系サークル評議会も兼務しているらしい。

実行委員は学生のボランティアで回しているため、他の学生団体の役職と兼ねる者も珍しくないのだそうだ。


「ところで、この前の話なんですが」


「この前?」


「評議会の部屋でキレ散らかした奴がいたって話ですよ。

 投資研究会が部室を維持できそうだと聞いて、話が違うって」


あの部屋が空かないと困る。他の部屋では駄目だ。

まだ割当は決まっていないと説明しても聞かなかったという。


「生成AI研究会の人でした」


生成AI研究会――。

昨今高性能化の一途を辿る生成AIを使った画像生成やプログラミングを研究し、

AI時代を生き残るエンジニア集団を自称するサークルだ。


「盛田君だっけ。

 連中は何であの部屋じゃないと駄目なんだ? 何か言ってた?」


「その……情報コンセントが欲しいらしいですよ」


「ああ……そんなのあったっけ」


サークル棟には旧棟と新棟がある。

新棟の一部の部屋には大学の有線ネットワークへ接続できる情報コンセントが設置されていて、投資研究会の部室もその一つだった。

今も「新しい時代に対応した……」なんて感じで大学のパンフにも載っている目玉的な設備なのだが、それを使おうとする者は今の投資研究会にはいない。

他所のサークルもおそらく同じだ。


「投資研究会がまだまともだった頃の会長が、

 頑張ってあの部屋を確保したって聞いたことがある」


鈴木が展示用パネルを固定しながら会話へ入ってきた。

やめて欲しい。今がまともじゃないような言い方は。


「証券取引所までの距離と回線速度で投資の勝敗が決まるって熱弁してたそうだ」


「へえ、株ってそこまで回線速度に拘る必要あるの?」


盛田の質問。まあ、一時期映画とかにもなったからな。


「プロの取引では結構差が出るらしいけど、

 俺達みたいな学生の売買じゃその必要はないよ。

 きっと『本質は同じだっ』とか言い張ったんじゃないか?」


本質という言葉を出されると、本質が良く分かっていない人間ほど引いてくれる。

そんなOBの処世術が時代を超えて部室を守っていたのか。

回線使ってないけど。むしろいらん執着生んでるけど。


生成AI研究会はその情報コンセントに大きな可能性を見出したのだろう。

確かに、ほとんどの学生が帰った夕方以降、大学の回線はガラガラだ。

その空いた回線で数十ギガバイトもあるAIモデルをネットから好きなだけ持ってこれたら、そりゃ嬉しいだろうね。


「泣いてましたよ。自宅の回線じゃモデル一つ落とすだけで夜が明けるって」


「ふーん、研究熱心じゃん」


「研究、はん」


麗奈が鼻で笑った。


「古い画像生成AIのモデルには今ほどコンプラが効いてないやつもあるとか、

 そういう話に興味津々のお年頃だもんね」


「あ……そっちか」


「有名人とかアニメのキャラでエッチな動画を作るとか。

 制限が緩いほうが欲しい人はいるでしょ。

 需要があるところに供給すればお金になるし。

 うまく万バズできたらと思うと頑張っちゃうよね。

 その手のイベントじゃ、HDD単位で売り買いしてるのもザラって聞くよ。

 目論見通りなら、裏商売の手を一気に広げられるかもね」


「結局は金か……あのコンセントにそんな価値があったとは」


「いや、馬鹿の発想だと思うよ。

 なんでみんな情報コンセント使ってないか考えたら分かるじゃん」


「なんでだ?」


「回線あたりのスピード上限は決まってるからよ。

 一度でも使ったことあるなら分かりそうなものだけど。

 たぶん、今じゃ携帯電話使ったほうが早いと思うわ。

 でなきゃ毎年コンセント部屋の争奪戦が起きてないとおかしいじゃない」


「そういやそうか」


俺と盛田が同時に頷いた。さすが麗奈だ。


「前にさ、生成AI研の連中が怖いお兄さん達に囲まれてるの見たんだよね。

『こんな一発で見抜けるネタで何せえちゅんじゃボケぇ』って怒鳴られてた」


「何を納品したんだ。そいつら」


「知らない。でも、真面目に生成AIを研究してただけなら

 納品物の出来で怖いお兄さんに怒られないよね」


「不真面目に、使い物にならないと困るネタとやらを作っちゃった、か」


「ディープフェイクか、やらしいコンテンツか……。

 新手の闇バイトに絡め取られてるとか?」


「そんな変な連中に一方的に目をつけられるのは嫌だな。

 頭の悪さとモラルの低さは相関関係ありそうだし」


「小野っちは、自分が頭悪くないって思ってるんだ。へー」


「言いたいことがあるなら聞くよ?」


「社長のパワハラはんたーい」


部室に情報コンセントがあるのは投資研究会(うち)だけじゃないし、

キレ散らかす前にまずはどこかに頭下げて使わせてもらえば良かったな。


ま、うちは使わせてやらないけど。遊休資産も資産のうちだし。


さて、大学祭は明日からだ。

新生・投資研究会の晴れ舞台を御覧じろ。


†††


10月――

大学祭が始まった。


投資研究会の展示は初日から順調そのものだ。

ラッシュの投資記録には人だかりができ、鈴木の百万円を超える利益には本当に同じサークルかと疑う声まで出ている。

経済学部と商学部の先生たちも興味津々。

岩崎のミニ講演は予定時間を過ぎても質問が止まらなかった。


「休憩はいりまーす」


大盛況がようやく収まった頃、麗奈と小林は時間を合わせて展示室を後にした。


――(ここから、第三者視点のお話です)――


「あーん、小野っちと回りたかったなあ」


廊下に並ぶ立看板を眺めながら麗奈が嘆く。

今日のためにいつもよりちょっと際どい服も着ていたのに、

小野はSPにガードされていて誘い出すことすら出来なかったのだ。


「私も……」


小林は答えると慌てて両手を振る。


「あ、いや、まあ、レンアイとかそういうことではなく。

 かなりしんどい暮らしをしていたので、その、

 救ってもらった恩義と言いますか」


「私も高級車に傷をつけてさ、借金抱えるところを助けてもらったんだよね」


「三井先輩の場合は自分の不注意で起こした事故ですよね?」


「助けてもらったことには変わりないじゃん」


「一緒にしないでほしいなあ……」


二人はソースの香る模擬店の並ぶ通路から一般教室を使った展示区画へ入った。

奥の教室に生成AI研究会の看板が出ている。


看板には「画像生成AIの実演」「オープンなモデルの紹介」「プログラミング相談」という文言が並ぶ。

表向きはAI時代に備えるエンジニア集団そのものだ。


しかし教室内の人はまばら。五、六人の男子学生が談笑しているだけ。

麗奈の際どい格好に興味を示す者もいたが、声をかける度胸はないらしい。


「さて、噂の生成AI研究会、どんなものか見てやるかねー」


麗奈は展示を見始めたが、一通り見終わるのに10分とかからなかった。

これでは人気は出ないだろう。学祭参加の実績欲しさにやっているだけに見える。


「おやぁ、こりゃまた、セキュリティ意識低くね?」


展示机に「休憩中」と書かれた紙が置かれ、ノートPCだけが画面を晒していた。

麗奈は通り過ぎかけた足を止める。


ノートPCの画面にはファイル管理画面が開かれていた。

上部に表示されたフォルダ名は「注文フォルダ」。


その下に「投資研究会」「小野」「財団」と書かれたフォルダが並んでいた。

「OCIR」と書かれたフォルダもある。そして最後の一つは「総帥ファンド」。


麗奈の目がカッと見開いた。続いて小林も、そのフォルダの異常性に気づく。

男子学生がチラチラこちらを見ているが、展示を見ているとでも思っているのか制止しに来る様子もない。


顔を見合わせた二人はこれ幸いと画面へ近づく。

小林は周囲の視線を防ぎ、麗奈はスマホのシャッターを切った。


右側のプレビュー欄には画像と動画を生成するためであろうメモファイル。

字は小さくて見えないが、このフォルダ名だけでも怪しさ満点だ。


廊下から話し声が近づいてきたのを察知して小林が麗奈の袖を引く。


「行きましょう、三井先輩」


「うん……なんか、変な感じだね。きな臭い」


二人は何も見なかった顔で生成AI研究会の教室を後にした。


†††


――(士郎視点)――


麗奈と小林が予定より早く戻って来た。

休憩に出たはずなのにどちらも手には何も持っていない。

焼きそばかたこ焼きくらい買ってきてもよさそうなものだ。

薄情者め……。


「小野っち!」


麗奈はSPに構わずまっすぐ俺の方にやってきて、スマートフォンを差し出した。

真剣そのものの表情にかなり気圧される。


「何だ?俺なにかしたか?」


「小野っち。総帥ファンドって何?」


「知らない。何だよそれ?」


「こっちが聞いてるの。あの連中と付き合いあるの?」


「あの連中ってどの連中だよ?」


画面には俺の名前と総帥ファンドという文字が写っている。

俺はそんなファンドを作った覚えがない。


教室ではファンにもみくちゃにされているラッシュが心配そうな顔で俺を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ