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OCIRの快進撃

(士郎とは違う第三者視点のお話です)


「おや、これは……?」


学園祭実行委員会に投資研究会から出展申込書が出されていた。


本年度の出展団体を確認していた実行委員の手が止まる。

来年度には部室がなくなると聞いていた団体だ。


「投資研究会って学園祭に出るようなサークルだったっけ」


「さあ。今まで出展実績はないはず」


「焼きソバでも売って、売上で馬券でも買おうってのか?」


展示内容の欄には投資の実績発表と最新トレンドの紹介とある。

金融系ツールの実演にAI投資の勘所と称したミニ講演会まで予定されていた。

学園祭の一室でやる展示にしては豪華で盛りだくさんな内容だ。

申込書の末尾に追記されたURLを開く。


ロゴが浮かびテロップが走った。

投資実績のグラフが画面を横切り最後に講演案内とプレゼンターのリスト。

裕福そうな金髪女性が上手な日本語で期待を盛り上げていく。

まるで金融番組の予告映像だ。


再生が終わった後も委員たちは画面を見ていた。


「どうせハッタリだろ。AIで上手く作っただけじゃないの?」


「いや、AIだったとしても……お前、こんなに上手く作れるか?」


「ああ……正直、学祭のCMも作って欲しいくらいだ」


再生画面を閉じる。皆の口からは(あなど)りの言葉。

しかしそれは彼ら自身のプライドを守るためのものだったのだろう。


「ちょっと、見に行ってみようか」


動画を見た実行委員会の中にも、そんなことを言う学生が一人、二人と増えていった。


†††


(士郎視点です)


前期試験が終わり大学が夏休みに入った。


それでも投資研究会の連中は毎日のように日本橋室町へやって来る。

リモート勤務でいいと何度も言ってるが、

クーラーの電気代を気にせず過ごせるこちらのほうが良いらしい。


まあ、都内は暑いしな。

小田原も相当なもんだけど都内ほどじゃない。


「麗奈、今週の勤務時間はもう上限だろ」


「こんな時間かあ。あ、デートのお誘いなら行くよ」


「俺がお前とデートする理由はないだろ」


「もう、こんなに露出頑張ってるんだからちょっとは認めてよ」


どうせなら仕事を頑張ってる方を誇れ。そっちは認めているんだから。

露出は頑張られてもその……眼福というか目のやり場に困るというか。

認めたくないものだな。自分自身の若さゆえのガン見というやつは。

注意すると鈴木や岩崎から地味に恨まれそうだし。


小林真帆は黙って業務用端末と向き合っていた。

チラチラ値段を確認してはAIマルグリットに注意されている。


「士郎パパ!」


例外として時々ひなたちゃんもやって来る。

勤務先が近いため、母親の舞さんと一緒にOCIRへ顔を出すようになったのだ。

ひなたちゃんが来ると職場全体の手が緩む。


「今日もお仕事?」


「うん。ひなたちゃんは夏休みの宿題進んでるかい?」


「進んでるよ。今日はラッシュに会いに来たの」


ひなたちゃんもだが、それ以上に最近職場のアイドルになっているのが

ボーダーコリーのラッシュ。

財団オフィスのペットセラピーで試験導入されているのだ。

欧州オフィスで評判が良いので日本でも導入したらしい。


いやかわいい。マジで。

ひなたちゃんも両腕を首に回して大喜びしている。


「ボーダーコリーは二千語くらい理解するらしいけど、

 ラッシュはもっと賢そうだな」


岩崎がどこから仕入れたのか分からない話を始めた。


「それなら高校くらい受かるんじゃないか?」


「ボーダーコリーのIQは98あるんだって」


「じゃあ、それより賢そうなラッシュはうちの大学の過半数より上だな」


「クォン」


俺達の会話が分かっているのかどうか、ラッシュは得意げだ。

うちの大学は偏差値50くらいだからなあ。

犬に負けるやつもいるかも知れない。


「ラッシュ、どこ行くの?」


ひなたちゃんの声を背中にラッシュは麗奈の業務用端末を見ている。

正確には端末の横で揺れているおやつの袋。

麗奈は100均で買ってきたようなクイズの◯☓ボタンをカバンから取り出し、

近くに来たラッシュの鼻先に置いた。


「これならラッシュでも操作できるんじゃない?」


「お前、犬に何をさせる気だ」


◯☓ボタンの先にはマイコン基板のようなものが繋がっていて、

それがノートPCとUSBケーブルで繋がっている。

PCの画面には外国為替相場のチャートが表示されていた。


「二択の回答。上がると思うなら丸。下がると思うならバツ」


「最初からバイナリー取引させる気満々じゃねえか」


「まずは入力テストからね。ラッシュ。おやつが欲しい?

 欲しかったら◯、こっちね」


麗奈がボタンの押し方を教えると、ラッシュは◯と☓の意味を覚えたらしく、

すぐに多少の意思疎通はできるようになった。


『あらやだ。すごく優秀だわ』


「名前さえ書ければ、受かる高校、マジでありそうだな」


「じゃ、次は売買だね。やろっか」


「ウォン!」


当たり前だがこんなことをさせても発注名義や損失の責任はOCIRにある。

既存の損失制限の範囲内でテストする分には問題なかろう。


というか、麗奈は本格的に資産運用をするようになった訳では無い。

システム担当の彼女には学祭の発表ネタがないので、こんなのはどうかと提案されたのだ。


ラッシュは儲かるとおやつがもらえ、損するとおやつがもらえないだけ。

それでどこまで行けるか。

ボーダーコリーのFXは確かに面白そうだし、きっと学祭でもウケるだろう。


翌日からラッシュはOCIRに入り浸るようになった。

ペットセラピーの訪問先は財団のはずなのに、すぐにこちらへ来たがる。

今では財団職員もラッシュの売買に興味津々だ。


気がついた時にはラッシュの利益は十七万円に達していた。

麗奈が履歴を最初から確認する。

ラッシュはそんな数字には興味を示さず、おやつの袋だけを見上げていた。


「本当に?十七万?」


「うん。ロスカット一切無し。安心安全安定のラッシュ」


「投資判断の根拠は?」


「それはラッシュに聞いてもらわないとわかんないなあ」


「ラッシュ……エサ代自分で稼いじゃったね」


「まだだ……まだ俺の稼ぎの方が多い」


鈴木が何かブツブツ言ってる。

お前がここんとこ結構稼いでるのは聞いてるよ。

そんなに対抗意識燃やさなくても。


「人間としての誇りは捨てるなよ」


ひなたちゃんがラッシュの頭を撫でる。

犬は十七万円を稼いでも小さなおやつで満足していた。

肝の大きさでも人間のほうが負けている。


「さて、今日はここまでだ」


鈴木が低い声で言った。

業務用端末にはこれまでの売買理由と判断条件が並んでいる。


『事前に決めた額に達したの?』


「うん。まだ上がるかもしれないけど、今回はここまでにするよ」


『よく出来ました。あのワンコと張り合い始めたらどうしようと思ってたの』


「まだまだラッシュには負けませんよ」


……張り合ってるやん……鈴木さん、犬と張り合ってますやん……。


ともあれ、この日、鈴木は七十万円を超える利益を確定。

エリザもこの結果を知れば驚くだろう。


『この結果ならレバレッジ制限をもう少し緩めても』


「まあ、まだちょっと様子を見よう。不測の事態にどう対応するか見たい」


『そこよね、まだ私にも未知数なの。いい子なんだけどねえ……』


それを聞いて一番苦しそうに見えたのは小林だった。

ラッシュが十七万円。鈴木は七十万円超え。

小林の利益だけがほとんどない……。


「私、犬に……」


『ラッシュには理由を書けないわ。あなたは書けるでしょう?』


「理由書いても利益は増えません」


『あなたは値段を見すぎ、ビビりすぎよ。

 生活の中で気づいた変化と株価がどう繋がるかを見なさい』


「そうしたいとは思ってるんですが……」


『株価はブームより一足遅く来るの。

 だから、桃のブームが来てから缶詰工場の株を買っても間に合うわ。

 桃のブームの到来をいち早く気づいた人が缶詰工場の株を買って、

 それをしばらく寝かせる勇気があれば一番儲かるけどね』


「飛びつくのは早いけど、下がったらビビってすぐ売っちゃうからなあ、私」


小林はチャートから自分の記録へ画面を切り替えた。


「こんなのでレポートになるのかなあ……?」


『始めたからにはやり通さないとね』


「いっそ『犬にも負けた女子大生の株式投資』ってタイトルで……」


いかん。小林が卑屈になってる。

だが、AIマルグリットはかなり真面目に彼女を支えてくれているし、

高い給与のせいか顔色も良くなっている。しばらくは様子見かな。


「さて、今日は麻婆豆腐でも食いに行くか」


日本橋は結構、気合の入った飯屋が多い。

俺もちょっと太ったかも。そう思って鏡を見ていると、

おやつを貰い過ぎてちょっぴり丸くなったラッシュがキョトンとしていた。


「うわ。ラッシュ、鏡を見て理解してる」


もしかしてラッシュ、ナントカ研究所から来てるんじゃないか?


†††


八月も終わろうとする頃には学園祭で使うポスターと資料が出来上がっていた。


鈴木と小林が投資記録を展示用に整える横で、

麗奈は金融系ツールの実演画面を作っている。

投資トレンドと企業分析の説明には岩崎が容赦なく口を出してきた。


ここはコンサル志望だった岩崎の面目躍如といったところだ。

実際資料は小気味良く、デザインも良いと思える出来。


OCIRオフィスでは財団の職員たちも妙に喜んで手伝っていた。

過去のイベントで使った展示台やパネル台が財団の好意で部室へと運び込まれ、

サークル棟の狭い部室は倉庫状態。足の踏み場もコタツの置き場もない。

だが、投資研究会のメンバーには第2の部室とも言えるOCIRのオフィスがある。

快適なオフィスで彼らは作業を着々と進めていた。


「照明はPAと一緒にこのコンソールで操作します」


「展示台の高さも合わせましょう」


おい、財団職員のほうが乗り気になってないか?


学祭は10月初めなのでまだ時間がある。

その分展示物の完成度は着々と上がっていっているように見えた。


週末はプレゼンテーションの自主練。

ロゴを入れた動画が大型モニターで流れ、

ラッシュが操作した丸バツ画面も展示に組み込まれている。

十七万円の利益を出した犬も当日は大学に来てもらおう。


「こりゃ……たまげた」


学園祭実行委員が展示内容を確認するために部室にやってきて

俺達の本気の詰まった準備を見ると、少し慌てていた。

正直、他のサークルとは準備にかけるカネも手間も段違いなのだ。


「この売買記録も展示用に作ったものですか」


「逆だ。仕事で残してる記録を、職場の許可を得て展示で見せるんだよ」


委員は当日配る冊子の表紙を確認した。

投資研究会と間違いなく書かれている。


「AIで作った動画だけじゃなかったんですね」


「ちゃんと投資も研究もしたよ」


麗奈は自慢げだ。

ツール実演とラッシュの投資企画にかなり自信を持っているらしい。


委員の一人が申込書の評価欄へ目を落とす。


「これなら学園祭の目玉の一つに出来ます。

 実行委員会としても期待していますよ」


委員は赤ペンで、申込書の評価欄に二重丸を書き込んだ。


良し、ひたすらに良し。

後は仕上げを御覧(ごろう)じろ、か。


†††

(士郎とは違う第三者視点のお話です)


「なんか投資研究会が凄いことになってるらしいな」


投資研究会の出展を実行委員会が高く評価したことは

文系サークル評議会にも伝わった。

彼らにとってこの情報は寝耳に水もいいところだ。

研究会を大学の恥と評して、サークル棟から追い出す算段が

ようやくついたばかりだったのだから。


来年度の部室割当を検討する資料は修正を迫られるかもしれない。

少なくとも「活動実績不足」と「学内貢献度の低さ」の記載には

再考の余地が出てくるだろう。


「サークル棟から出ていくのは、案外、別のサークルになるかもしれんな」


評議会の学生が資料を閉じると部屋の奥から別の声が飛んだ。


「聞いてない。あの部屋は来年から空くんじゃなかったのかよ」


「予定は未定にして確定にあらず、だ。

 割当はまだ決定したわけじゃないって何度も説明したろ!」


「空かないと困るんだよこっちは。

 うちはあの部屋じゃないと駄目なんだ!」


「理由がわからんね。あの部屋に拘る理由は何だ?

 投資研究会が評価を上げれば、当然他のサークルが出ていく候補に

 なるだけだ。そっちへ入れば良い。それじゃ駄目なのか?」


評議会の学生の問に、声の主は答えなかった。


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