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カネは出すが口も出す

翌日から財団の東京支部は急に慌ただしくなった。


銀行員や弁護士がひっきりなしに出入りし、会議室は朝から晩まで使用中。

OCIRの会議室でさえ、学生が来ていない時はほとんど使われてしまっていた。


「小野、隣、最近慌ただしいな?」


鈴木が自分のモニターから顔を上げる。


「忙しいことは良いことだよ。仕事があるって幸せなんだぞ」


「ブラック企業の経営者みたいなセリフを吐くなよ」


前から薄々感じていたが俺にはブラック企業の経営者のセンスでもあるのだろうか。


そういえば、リモート勤務でもちゃんと給料出すって言ってるのにどうしてみんな毎日、日本橋まで来てるんだろう。


「なんかみんな焦ってるよね。トラブル?横領?それとも醜聞(スキャンダル)?」


麗奈が椅子ごとこちらへ寄ってくる。


「単純に、財団のメイン業務が日本で本格的に稼働し始めたってだけだよ。

 これまではモナコやオーストリアでの業務が多かったらしいから」


『もっともらしい事を言うのね。小賢しいわあ。

 素直に、ひなたちゃんのためだって言えばいいのに』


麗奈の業務用端末からAIマルグリットの声が響く。


「だぁっ!」


「ひなたちゃんて誰?小野っちのコレ?」


麗奈が下品な手つきをしてみせた。

違うぞ。小指を伸ばすんだ。親指を曲げた人差し指と中指で挟むんじゃない。


小林真帆が手を止めてこっちを見た。


「先輩、彼女いるんですかぁ?」


『違うのよ。9歳の小さな女の子。パパって呼ばれて張り切っちゃってまあ』


ざわつくOCIRオフィス。

一度アルブレヒトにはプライバシーフィルタのあり方について説教をしなくては。

カールといっしょに、正座させて2時間くらいみっちりと。


「よ……幼女……」


鈴木が指を折って計算を始める。やっと算数ができる奴が現れた。

だが、頼むからこれくらいは暗算でやってほしい。

あと、幼女とか言うのヤメレ。


「小野、お前早熟だったんだな。にしても9歳に手を出すなよ」


「チョイ待て。お前の中で俺はいつ誰と子供を作ったことになってるんだ?」


指を使っても計算は失敗したらしい。

岩崎は俺と隣の会議室を交互に見た。


「社長の下半身事情が高じて財団がざわついてるのか?

 こんな一流ビジネス街でも駆動力の源泉はアッチ系なんてな。

 早いうちに知れて良かったぜ」


うるさい。ハツシバの課長は下半身で会長にまで成り上がったんだ。

お前にだっていつかそんな日がくるさ。


「勝手な想像で納得するな。それよりも手が止まってるぞ。さあ仕事仕事」


俺が指差すと全員が不満そうに自分の仕事へと戻って行った。

給料を払っている会社で社長がやり玉に上がっている。

従業員は、社長が集中力を乱していると思っているだろう。


経営って難しい。

はふ、ちょっとため息。


「すいません士郎さん。隣へお願いします」


エリザがドアを開けて俺を呼ぶ。


「やーいパパ活だ」


「違う!断じて違う!」


どっかの宇宙戦艦の艦長代理にでもなった気分だ。

麗奈の声を背中に受けながら会議室へ逃げ込むと、会議は既に始まっていた。


例の元旦那の会社はホワイトカラー向けの転職支援で成長してきたらしい。

だが昨今は転職支援のビジネスは先細り。

従来のやり方では先がないときた。


その転職支援業者自身が人員整理を進めているというのだから笑えない。


「ジリ貧です。今の経営体制のままでは再建が可能だとは思えません。

 それでも支援するのであれば、それなりの介入が必須になります」


エリザが資料を送る。


「やるなら、過半数の議決権をとりましょう」


「金だけ出して終わりにしない、と」


「上層部の首も結構切ることになるでしょうね」


『例の元旦那は外しましょう。今すぐ』


「あなたにこの会議での発言権はありません」


『通常の財務調査では不十分です。

 帳簿、証憑、経費精算および関連当事者との取引について、

 過年度に遡った詳細な検証が必要と判断します。

 ご命令があれば作業を開始します。Deep Researchを開始しますか?』


会議室にどよめきが起きた。

マルグリットさんの生前の威厳に満ちた声で、

AIマルグリットが理知的かつ反対しづらい提案をしたのだ。


これが彼女の本気か。


真面目な提案だし今度ばかりは反対する気もない。


「イエス。

 合法的に、過年度まで全部洗え。

 ネットも信用機関も銀行資料も使っていい。ブラウザ連携もOK。

 結果はRDBに入れて、グラフ付きサマリーをスプレッドシートで全員に出せ。

 日本語で、品位は守れ。ダブルチェック厳命」


今度は俺の隙のなさげなプロンプト指示に会議室がどよめいた。

驚きと不信に満ちた表情でエリザが顔を上げてこちらを見る。


「先日のエージェント化やGPGPUの話からちょっと気になってたんですが、

 士郎さん、素人ではないのでは……?」


「ん、ああ、ちょっと研究室での予備調査なんかでさ。

 実はLLM関連はまるっきり素人ってわけでもないんだ」


教授に小突かれながら世界中の詐欺メールの分類やってたからな。

嫌でも多少は詳しくなるわ。


「わかりました。こちらから付け加えることはありません。

 AI任せにせず、動けるところは動いて下さい」


財団(うち)の金が再建に必要だってんなら、せめて

 気持ちよく金を出せる相手じゃないとな」


「報復や制裁の意図はありませんね?」


「大丈夫だよ。今のところその会社からは何の不利益も被ってない。

 報復も制裁もあるもんか」


カールが頷く。


「再建後の責任を負う以上、確認は手厳しく。

 必要ならオリビアを呼びますが……」


「オリビアさんか……名前と役職は知ってるけど、

 あの人を呼ぶと湿地でも焼け野原になるって言うしな。今回はやめとこう」


法律のエリザ、会計のオリビア―― 財団専門職の双璧。

ただ、トラブルを収めるエリザに対して炎上させるオリビア、氷と炎の関係らしい。

ラムサール条約は大事だよ。うん。湿地まで燃やさないで。


「今回の件では彼女が居たほうがいいような気もしますが」


エリザがぽつりと言った。

やはり俺が感情で動くかもしれないと思われてるらしい。


皆様に読んでいただき、ようやく20話まで来ました。

フォローやコメント、いつも励みになっています。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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