運用方針
OCIRの説明会が終わった日の夜。
小田原の屋敷に戻ると俺はまた会議室へ連れて行かれた。
昼間は日本橋室町のオフィス。夜は小田原の会議室。
大学生の一日にしては会議が多すぎる。
そもそも自分に主導権のない会議はなんだかやるせないぞ。
「今日のメンバーとの会話を踏まえて、今後の方針をお話したく」
モニターにOCIRの初期運用案が表示された。
カールはいつもの位置。AIマルグリットは若干不機嫌そうだ。
『一つ、私から苦情があるわ。
どうして社名をOCIRにしたの?
私の案、最後にIを足した方が良かったじゃない』
「却下だと何度も言っただろう」
何が悲しゅうて会社の名前をOCIRIにしなくてはならんのだ。
どこまでケツが好きなんだAIマルグリット。
『ひどい。代表の罷免を要求するわ』
「マルグリット様、ステイ」
カールの一言にAIマルグリットは黙り込んだ。
いいな。いつか俺もその権限が欲しいものだ。
「まず運用資金です。
OCIRで当面扱う現金は十一億円。
ただし学生へ裁量を与えるのはその一部です」
「そこは本当に頼む」
十一億円を学生サークルのノリで動かされたら、俺の胃が先に破綻する。
「鈴木さんは外国為替と暗号資産を希望していました。
この2つにした理由は、値動きが早く短期間で結果が出るから、
とのことです。失敗も記録しやすいと本人は言っていました」
「やっぱりな。それにしても、失敗する前提で来てるのは困るな」
「初期枠は小さくします。損失が一定額に達した時点で自動停止。
売買理由、参照した情報、売買後の反省をAIマルグリットに提出させます」
『彼は教材として優秀そうね』
「人間を教材って言うな」
『過去の失敗は大きかったけれど、知識も運用方法も結構セオリー通りなのよ。
それ故に突発的な事象へ対応できず、大きな穴を空けたみたいだけど』
「え? そうなの?」
AIマルグリットは鈴木の家で結構話し込んでいるらしい。
『もしかしたら平常時は一番優秀かもしれないわ』
鈴木が聞いたら喜ぶのか怒るのか分からない。
ただ、AIに話した内容がこちらへ筒抜けなのは早めに言っておかないと。
人間関係が崩壊してしまうからな。
「小林さんは最初に生活者目線で消費財のメーカーを追ってもらいます」
「まあ、初心者は名前を知ってる銘柄から入るもんな」
「小売店の商品の値上がりや売り切れに敏感なようですので、
まずはそのあたりを攻めさせてみたいと思います」
『あの子、面白いわ。
半額シールが貼られたお弁当の売れ行きとか事細かにチェックしてるの』
「もうそんな話をしたのか」
『結構いろんなこと話してくれたわ。プライベートなことまで』
「懐に潜り込むの上手すぎないか?」
『あなたが下手すぎるのよ』
鈴木といい小林といい、なんでAIマルグリットにそこまで心を開いているんだ?
こいつが知ったことを簡単に喋らないよう、アルブレヒトに頼んでおかなくちゃ。
下手をしたらサークル解散の危機まで行くぞ。
「岩崎さんは元保養所の活用に強い関心を示しました」
エリザが次の資料を開く。
俺が今住んでるところを除く、全国十一箇所の元保養所の地図だ。
現在は元の持ち主企業がたまに使う程度で、設備も場所もばらばら。
高所得層向け宿泊施設や企業研修に転用できる可能性があるらしい。
「マンション投資って言い出さなかったか?」
「言いましたが、資金がすぐ尽きると説明したら諦めましたよ。
十一件もあるなら規模として面白いそうです」
「修正できたなら上出来か」
岩崎はうるさいが、型を作らせると妙に使える時がある。
ただ、承認欲求が強すぎるのかアピールがうざい。
「三井さんは既にシステム構築に着手しています。
財団側との連携や会計システムの選定を始めていますね。
元保養所を使うなら予約システムも作ってERPと連動しないと後で死ぬそうです」
「死ぬのか」
「日本の大学三年生であのレベルなのは異常です」
「普段から言動は異常だと思っていたけど……そうなんだ」
小田原の教習所跡についても、遊ばせておくより事業案を募ることになった。
車両走行テスト、ライディングスクール、物流、イベント、地域向けサービス。
もちろん俺の運転練習にも使うが免許取得後の頻度はそんなに高くないはずだ。
これも岩崎が手を挙げるかもしれない。
「渋沢さんは資産運用には参加しない意向です」
「自分でやってるからって言ってたね」
「はい。反社チェックだけクリアできれば二億円の出資は認めても良いと思います。
彼女の言う通り、現場が引き締まりますので」
「正直、あそこまで考えてくれてありがたいと思ったよ」
「同感です」
エリザの同感って言葉は初めて聞いたな。
「さて……これで本当に会社を始められるのか?」
「認めたくはないと思いますが、会社は既に始まっています」
なんというか、言葉が出ない。
そのとおりだ。そのとおりなのだが。
「最初は運用に関わる口座開設などですが、これは財団側でサポートします。
まずは何をどうすれば法人として資産運用ができるのかを知ってもらいましょう」
会社を始めるというより会社に始められている。
カールが静かに口を開いた。
「士郎様。学生たちの投資判断を支えるにはAIマルグリットの
運用環境も少し見直す必要がございます」
「今度は何だ」
『私、忙しくなるもの』
画面の中のAIマルグリットが嬉しそうに笑う。
「その件は、学生を交えずに関係者だけで詰めましょう。
今日はOCIRの初期方針について、士郎さんの最終確認までです」
結局、散々話を聞いた俺の仕事は最後に名前を書くことらしい。
俺は承認欄にサインした。
「これで文句はない。最初は小さく始めてくれ。特に鈴木の枠は本当に小さくな」
『そこは任せて。あと出来たら私に社歌を作らせてほしいの』
うん、と言いづらいな。ほんとに。
返事はカールに任せよう。




