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18/30

幕間2 広告と記事


「年間一億円で結構です」


向かいに座る白髪の男はそう言ってコーヒーカップを持ち上げた。


国内でも名の通った経済誌の編集委員。

財界人へのインタビューで度々テレビにも出ている男だ。

うちの会社の会議室にいるのに自分の書斎みたいな顔をしている。


「一億円……ですか?」


「ああ、こういったことにはまだ疎いんでしたな。弊誌の年間広告です。

 小野さんの立場を考えれば大した金額ではないでしょう」


さっきまではまともな取材だった。


取材は詐欺メールへ返信した理由から始まった。

マルグリットさんからの遺贈と今の生活。

財団総帥という立場についても聞かれた。


OCIRの設立を商業信用調査会社の企業情報で知った経済誌が

取材を申し込んできたのだが、どうにも上から目線が鼻につく。

大学生が投資会社を作った経緯を知りたいと電話で言っていたのは嘘だなこりゃ。


「すみませんね、本当に疎くて。

 御社の雑誌に広告を出せば何か良い事がありますか?」


男はようやくカップを置いた。


「今日の取材を記事にするにしても、読者に誤解を与えないよう

 細心の注意を払って表現を選ばせてもらいます。

 広告を出していただけるとなると、我々にとってもお客様ですからね」


「広告を出さないと?」


「そこは記者の見聞きしたものを書くということになります」


何の答えにもなっていない。

男は薄い笑みを浮かべた。


「若いご友人を集めた投資会社。海外財団の資産を私物化するための器。

 巨額遺贈に伴う税負担を減らすための小細工。

 記事の書き方次第ではそう読んでしまう読者もいるかもしれませんね」


「全部あなたが今作った話ですよね」


「疑問を呈するのがメディアの仕事です」


いけしゃあしゃあと、まあ。


「広告を出せばその誤解が消えると?」


「お客様に失礼はいたしませんよ」


エリザは口を挟まない。

テーブルの上でタブレットの画面が点灯したままになっている。


取材の録音には事前に合意していた。

それを忘れているのか録音されても困らないと思っているのか。


「そういえば、財団は医療関係でも面白い施設をお持ちでしたよね」


「は?」


「カリブ海のD国にあるライフサイエンス研究所ですよ」


初めて聞いた。

エリザの表情は変わらない。


「いや、総帥になったばかりで細かいところまではまだ……」


「ご存じなかったのですか。

 まあこれだけの巨大財団ともなるとしょうがないかもしれませんな」


そんな巨大組織じゃないけどね。

あ、笑ってやがる。


「確か若返りを研究していると聞いています。

 残念なことにヴァレリー夫人ご本人には間に合わなかった。

 実に皮肉な話ですね。誰よりも先見の明はあったのに」


故人の名誉と広告費をバーターにかけやがった、こいつ。


マルグリットさんが聞いたら高らかに笑い、執念深く復讐するだろう。

その手伝いをする義理はないがここで笑って流す気にもなれない。


「広告は出します」


エリザがこちらを見た。

男は満足そうに頬を緩める。


「賢明なご判断です」


「年間一億円。御社の広告部門と正式に契約しましょう」


「ありがとうございます。記事の内容についてはご安心ください」


「そこに興味はありません。お好きにどうぞ」


「は?」


「広告と記事は別だと申し上げています。

 記事はあなたの手で好きにお書き下さい」


男の笑みが消えた。


「あんたが何を言ったか。それを読者に読ませるためになら払います」


「脅迫ですか」


「御自分が今の今までやっていたのは脅迫ではない、と?」


自分で金を要求しておいて脅迫されたと言い出した。

経済誌の看板記者として長く生き残ってきた理由はよく分かる。

心に広い棚を持ってるんだな。


「士郎さん。そろそろ私がお話しても?」


「お願いします」


エリザはタブレットを男の方へ向けた。

取材開始からの時間と録音中の表示が大きく映っている。


「本日の取材は双方合意の下で全て録音されています。

 広告契約は御社の営業部門を通して編集との分離を契約書に明記します」


「それは当然です」


「結構。その上で確認いたします。

 年間広告契約により記事の論調を調整するという先ほどのご提案は

 編集部の正式な方針ですか」


男は答えなかった。


†††


翌日には経済誌の営業部門から広告の提案書が届いた。


メール本文には編集委員との打ち合わせを踏まえ記事の論調に

十分配慮すると書かれている。

エリザの脅しが効いたのだろうか。ただのテンプレメールかもしれないが。


「なんか、自白調書みたいなのが来たけど」


「彼らにとっては通常の営業文書なのでしょう。

 恥知らずという言葉を書き換えるとこんな文面になるのですね」


「確認するけど、出稿してもいいんだよね?」


「問題ありません。

 日本を拠点にする以上、広告には意味も効果もあります」


まあ確かに。有名な経済誌にうちの財団やOCIRの名前が載ったら、

研究会のメンバーが親御さんへ説明する時もやりやすいだろう。


「さて、この録音とメールを米国の経済誌に渡しちゃおうか」


エリザの指が止まった。


「以前の私の真似ですか?」


「あはは。そんな高度な政治的駆け引きじゃないよ。

 国内では有名経済誌の看板で押し切れても米国の雑誌にとっちゃ

 美味しいスキャンダルなんじゃないかと思ってさ」


そう。俺は怒っていたのだ。とても。

有名な経済誌に喧嘩を吹っ掛けることに微塵の躊躇もないくらいに。


「偶然ですね。

 私もうっかりあの音声ファイルを間違ったアドレスに

 送ってしまうところでした」


「怖いね。うっかり送ってしまったら

 取り返しがつかないことになるかも知れないし」


「そういえば最近職場がブラックすぎて目が霞むんですよ」


「いけないね。またラーメン食べに行かないと」


†††


一週間後。


米国の有力経済誌の電子版に日本の経済誌が取り上げられた。

取り上げられ方はそう大きくはない。

海外の変わった事情のご紹介、ってくらいだ。


『日本の著名経済誌、会社の印象を年一億円で販売??』


録音を書き起こしたものの一部と広告提案のメールが掲載されている。

記事には経済誌の編集部と発行元に対して送った質問と回答まで付いていた。


先方の回答とこちらの証拠が同じ記事に並んでいる。

否定しようにも自分たちのメールだ。


国内の経済誌は編集委員を取材から外して社内調査を始めたと発表した。

翌日の電子版では謝罪文も公開されている。


「広告契約を解除したいと申し入れが来ています」


エリザが真っ白なページばかりの見本をテーブルに置いた。

財団とOCIRの広告が入る予定のページには出来たばかりの広告図案が載っている。


「これで契約を解除したら米国側の取材が正しかったってことになるのに

 そんな判断もできないのか。

 それとも、そこを差し引いても俺達と手を切りたいのかな?」


「この広告を見たら、関係を断ちたくなるのも分からないではないです」


俺は見本を手に取った。


広告スペースいっぱいに、あの編集委員がふんぞり返って偉そうにしており、

それを俺とエリザが蛇蝎を見るような目で見ている写真。

キャッチコピーは「こんにちはニッポン」。


「いいんじゃないかな」


こんなことにかまっている暇はない。OCIRを早く軌道に乗せなければ。

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― 新着の感想 ―
感想書けるようになったんですね 相変わらず物語の展開がお上手です ただ、各キャラクターの個性がぼんやりして掴めません まだ18話なのでこれからに期待してます
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