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出資の意味

――それから一ヶ月ほどが経った。


小野コンテンポラリーインベストメントリサーチ合同会社。

略称OCIR、設立完了。


名前だけ聞くと中学生が考えた架空の企業みたいだ。

ぼくがかんがえたさいきょうのかいしゃ。


社長は素人。メインで稼ぐのは大学生のバイト。

あ、インターンってことにしたんだっけ。

こうすると大学へ報告しやすくなるから。


オフィスは日本橋室町のビルに構えた。

財団東京支部が契約しているビルの資材部屋を改装したのだ。

今日はここで投資研究会のメンバーに勤務条件を説明する。


「この辺キライ」


最初にやって来た三井麗奈が開口一番そう言った。


「いきなりご挨拶だな。なぜだ?」


「そこかしこのビルに私の苗字がついてる」


「親戚じゃないのか?」


「親戚だったら、私も街なかで胸揺らして金持ち漁りしてないわよ」


「早く苗字が変わると良いな」


麗奈が少しむくれる。

初っ端からネガティブな感想の殴打をくらってしまった。


小林はリュックを両手で抱えて不安そうな面持ち。

岩崎はスーツにネクタイで登場。明らかに財団就職を狙っている。

鈴木は安心のファストファッションだ。


「小野……俺、ついに投資で給料もらう身分になったんだなあ」


「職務と身分を混同するなよ」


最後に渋沢先輩が来た。黒いワンピースに薄い上着。

この人の周りだけ空気が違う。


「時間どおりですよ。では、始めましょう。

 これよりインターンの説明会を開始します。

 司会は私、エリザ・高畑・オッペンハイムが担当します。

 よろしくお願いします」


学生たちの背筋が少しだけ伸びた。

麗奈だけは以前会っているので会釈の角度が少し浅い。


ディスプレイの前にはエリザの他にカールもいる。

さらにもう一人、背が高く、痩せた白人。

マッドサイエンティストを彷彿とさせる男だ。


「こちらはカール・ヨハンセン。財団側の実務調整を担当します」


カールは静かに一礼。岩崎の目が露骨に輝く。

やめろ。財団の人間を恋愛ゲームの攻略対象みたいに見るな。


「そして、ドクトル・アルブレヒト・フォン・ヴァイツゼッカー。

 システム関連の統括。まずはOCIRで使うAIの構築を見てもらいます」


「専用AI……?」


「投資情報はクラウドに上げるとろくなことがありませんので」


そういうものか。


アルブレヒトも一礼。

彼はカールが呼び寄せたドイツ人の学者で、優秀な技術者だ。

AIマルグリットの実装担当者でもある。

この数日、カールと何かやっていたのは知っているがよくは知らない。


「まず、OCIRは資産運用会社として設立しました。

 皆さんには利益を目標に、投資判断と結果を記録してもらいます。

 利益・損失、どちらが出てもその原因を分析し、結果を提出してもらいます」


小林の肩がピクッと揺れた。

鈴木は嫌な顔をし、岩崎は黙ってメモを取っている。


「ただし最初は限定された業務と小さな実習から始めます。

 いきなり大きな資産を預けることはありません」


ここで少し安心。

分からないことを聞ける体制も作ってくれるのだろう。


「給料はお幾らですか?」


鈴木が真顔で言った。最重要関心事はそこか。


「時給三千五百円。交通費支給。週の上限は原則二十時間まで。

 リモート可。上限突破や深夜作業は事前承認制です」


小林、鈴木、岩崎が一斉にスマホの電卓アプリを起動した。

麗奈は興味なさげだ。ちょっと意外。


「月、二十八万……? うそ……これなら学費も生活費も……」


小林が呟いた。喜びより驚きが勝った表情だ。


「上限まで働けばそうなります」


「ここに来るだけで?」


鈴木の質問に皆が苦笑する。


「時給目当てなら次の月からは来なくて結構です。

 成果を出すつもりがないならこちらも評価しません。

 部室を追い出されてもいいと言ってるようなものですから」


あぁ、という言葉がどこからともなく漏れた。


そう、この場はインターンの説明会の形を取っているが、本質はそうではない。

部室を取り上げられないための戦いの第一歩なのだ。


そうだよな、鈴木?

お前がクビになったら、部室が存続してもお前の入るコタツはないぞ。


「なお、システム担当は三井麗奈さんにお願いします。

 当面は財団の総務・経理担当者と連携しながら業務環境を整えて下さい」


渋沢先輩が笑って麗奈の顔を見て頷く。

麗奈もこうなることは薄々分かっていたようだ。


「渋沢さんには成果の露出に関するお仕事をお願いしようとしていました」


渋沢先輩は微笑んだ。


「それはやりたくないわ」


会議室が一瞬静かになった。


「では、資産運用をみなさんと一緒に?」


「それは自分でやってる分があるから……」


「大学側との交渉はどうでしょう?」


「部室の件ならやるけれど、従業員としては嫌」


エリザの眼が少し敵意を帯びる。


「では、どうされますか」


渋沢先輩は鞄から薄い封筒を出し、テーブルに置いた。


「この会社に出資したいの」


「はい?」


俺の声が裏返った。


「そうね。二億円ほどならすぐに用意できるわ」


部屋がざわつく。

小林が固まり、岩崎がペンを落とし、

つまらなそうな顔をしていた麗奈さえも渋沢先輩の方を見た。


「先輩、そんなに金持ってたんですか……」


「まあ、小野くんよりは上手に隠せてたってことかしら」


いや、結構稼いでいるとは風の噂に聞いてたけど。


エリザは表情を崩さなかった。


「出資となると、諸々確認が必要になりますが」


「もちろん。身辺調査も受け入れるわ。好きにやって頂戴」


「OCIRは合同会社です。

 出資が認められたら従業員ではなく社員という扱いになります」


「肩書きは何でもいいわ。雇われるのが嫌なの」


「俺に会社を作らせておいて、

 後から美味しいポジションを取りに来たってわけですか?」


渋沢先輩は少し悲しそうに笑った。


「そんな嫌な女じゃないわよ。もっと現実的な話。

 このメンバーが運用失敗したとしても給料が減るわけでなし。

 いくら損をしようが小野くんの資産総額を考えたら

 大した痛手じゃないと考えることもあるでしょ。

 そこに私のお金が入ったら、流石にそういうぶったるんだ意識も

 薄くなると思うの」


エリザは俺を見、渋沢先輩は鈴木を見ていた。


「士郎さん、これは持ち帰りで」


「そうだね。渋沢先輩もそれでいいですよね?」


「ええ」


その時、会議室のモニターが勝手に点灯した。


『皆さん、ごきげんよう』


AIマルグリットだ。いつにも増して画面効果がきらびやかになっている。


「出た」「誰?」「すげえ」


『マルグリット・ヴァレリーと申します。

 人工知能よ。これから皆さんのお手伝いをさせていただくわ。

 よろしくね』


様々な感想が漏れる中、しばらく沈黙を保っていたアルブレヒトが一歩前に出た。


「この後全員に業務用のタブレット端末を支給します。

 そこにはこの、AIマルグリットのクライアントをインストールしてあります」


アルブレヒトの説明を聞いて皆が神妙な顔になる。

財団を設立するほどの財を成した手腕を学べる機会と見るか、

厄介な監視役と見るか――


アルブレヒトはAIマルグリットを増殖させるために来たのだろう。

偏在化って言うんだっけ。でも、何人が有効にアレを使えるのやら。


「そのAIは当財団の前当主の分身と言っても差し支えありません。

 敬意を持って接するように」


カールの言葉をどれだけの人間が正しく理解できているのか。

AIマルグリットが敬意に値する言動を取れるのか。


それはまだ誰にも分からない。

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