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初めての相談

「話がある。先日言ってた金の使い途に関する『相談』だ」


夕食後に俺がそう切り出すと、エリザは紅茶のカップを置いた。

カールが俺の斜向かいに移動し、AIマルグリットも起動。

俺の近くに寄ってきた。


「うかがいましょう」


「大学で俺の所属するサークルが部室の立ち退きを迫られているんだ。

 活動実績不足とか会計資料の不備とかの理由で。

 まあ言われてみれば全部その通りなんだけど」


「そこは難癖や誰かの陰謀と言うわけではないのですね。

 自業自得ならば、若いうちのそういった失敗は良い経験になりますよ」


「それはまあ、そうなんだが……」


俺は昼間の部室での話と、メンバーのざっくりした特徴などを説明した。


……説明していて、自分でもだんだん不安になってきた。

あいつらに金を預けて本当に大丈夫なのか?

いや、乗りかかった船だ。やるならやらねば。


「俺の金で投資を研究するラボを作りたい。

 メンバーにはそこで働いてもらう。

 投資判断と結果を記録して失敗も研究実績にする。

 うまくいけば部室を維持する理由にもなる。協力してくれないか」


「なるほど、私の出したベースラインをギリギリ超えてきましたね」


エリザは少し表情を緩め、カールと頷きあった。


「方向性は悪くありません」


「メンバーの突発的な行動が懸念材料ですな」


細かいところを突かれるかと思ったが意外に良い反応だ。


「ええと、反対しないのか?

 俺自身、これは我儘だって自覚してるんだが」


「やりたいことがあるのならやっていただいて結構ですよ。

 そのために我々が居るのですから。

 ただし活動の中心は『利益を出すための試行錯誤』でお願いします。

 失敗は研究できますが浪費やギャンブルは看過できません」


確かに、損はしょうがないが浪費はまずい。投資は良いがギャンブルは駄目だ。

これを許すと鈴木あたりが「極端なレバレッジをかけられる」って喜びそうだもんな。


「利益を目標にしたうえで未熟な判断や小さな失敗を許容する。

 その記録をレポートにして実績へ変える。それなら部室の件にも使えます」


「分かった。その線で頼む」


「では早急に実務担当者を集めましょう」


「担当者?」


「会社設立となれば司法書士や税理士や社労士の手配が必要です。

 財団で契約している事務所がありますからそこへ頼みましょう」


「確かに、そこは避けて通れないよな」


『ねえカール』


画面の中でAIマルグリットが嬉しそうに手を合わせた。


『私も何かお手伝いしたいわ』


「私の一存でアルブレヒトを既にこちらへ呼んであります」


『結構』


俺の相談は前向きに受け入れられた……と考えて良いんだよな?

鈴木は怒りそうだが。



……アルブレヒトって誰だ?


†††


――二日後の朝。


会議室のドアを開けると長いテーブルの左右に大人たちが並んでいた。

エリザとカールと財団東京支部の人たちは分かる。

他にも提携先の法律事務所や会計事務所の人たちが揃い踏みだ。

名刺をもらうたびに自然と頭が下がる。


俺はコメツキバッタか。


「皆さんラフな格好で来ていただいてますよ。

 検討会の後はゴルフ接待と晩餐会の予定です」


「それのどこがラフなんだよ」


学生の部室を守る相談がプロの会議とゴルフと晩餐会に化けた。

金持ちの世界は何をするにも規模がおかしい。

もちろん、この人たちをただ働きさせているわけではない。


正面のスクリーンには議題が表示されていた。


【投資研究機関設立および学生雇用スキーム検討会】


俺は椅子に座る前から疲れた。


「えらく大事(おおごと)になってきたな」


「学生が慣れない役所通いをするより専門家に任せた方が早いですからね」


俺もそう思う。

部室維持のためにこれだけのプロを動かすのが恐れ多いだけだ。

いや、ちゃんと報酬は支払うんだけど。


「まずは前提の確認です。

 設立期限は四週間弱。資金は総帥の個人資金から。

 仮名称を『小野コンテンポラリーインベストメントリサーチ合同会社』。

 略称をOCIRとします」


「小野って入れちゃうの?」


「総帥が関与しているのに隠す方が妙な勘繰りをされます」


岩崎が言っていた降って湧いた財産の取り扱い三原則。

「情報の隠蔽」が頭の片隅にあっただけなんだけどね。


「OCIRは資産運用会社として利益を追求します。

 学生には投資判断と結果を記録してもらい失敗も研究実績に変えます。

 ここまで相違ありませんね?」


俺が頷くと今度は労務担当が口を開いた。


「学生を雇うなら労働時間の管理が必要です。

 深夜割増や社会保険や扶養への影響も考えなくてはなりません」


こんな説明と発言が続く。ため息しか出ない。


「もっと簡単なものだと思ってた」


「人を雇うのに簡単に済ませて良いことなど一つもありません」


部室でコタツを囲んでいた連中が従業員になる。

小林も鈴木も岩崎も三井も。

――ん? 渋沢先輩も参加するのかこれ?


金を出すだけなら今までの関係でいられたかも知れない。

雇うとなれば俺が仕事を命じて評価する側になる。

もう以前と同じではいられないのだろう。

せめて、払う金額は不満が出ないようにしなければ。


「彼らに払う時給はいくらくらいが妥当かな」


「業務の専門性を考慮すると時給三千五百円くらいがよろしいでしょう」


「高いような気が。公務員の月給を超えないか?」


この間まで俺がやっていた居酒屋のバイトは時給千四百円だった。

俺の財布だからと大盤振る舞いされても困る。


「学生だからと安く買い叩くわけにはいきません。

 扱うのは資産です。守秘義務や情報管理も求められます。

 要求する責任に見合った額でしょう」


カールが静かに手を上げた。


「さらに、優秀な成績を上げた者には賞与を設けてはいかがでしょう」


「ただでさえ給料が高いのに?」


「馬車馬の鼻先に人参を吊るす意味はおわかりでしょう」


カールにとって投資研究会のメンバーは馬か。

男は右耳で女は左耳にリボンでも巻くつもりなのか。


「今はボーナスがあることも言わなくて良いかと」


「なぜ?」


『思いもかけずもらったボーナスの方がね、

 他人との金額の差を知った時の顔がすごく面白いのよ』


「ひでえ」

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