歴史
「一つお聞きしたいんですが、お二人はなぜあんな場所で野営を?」
……まあ、当然聞かれるよね。
だってあんな場所に居眠りをする女と、首だけで動き回りペチャクチャと話をするヌイグルミなんて不審に思わない方がどうかしてるもん。
「えーっと……」
正直に答えていいのかな?
宿屋の一件はとりあえず置いといて、身の上話をしてまうと、そこから自分の出自——つまり別世界からやってきたと説明する流れになりそうなんだよな。
この世界で私と似たような境遇の人間はどれほど存在するのだろう——ごく普通の存在なのか、それとも珍しい存在なのか。それによっては黙っていた方が良いような気もする。
シャルルにはこちらを勘ぐっていたり、何かを怪しんでるような様子はない。おそらく単純な興味として聞いているだけだろうけど……。
「それに関してはわたしが」言葉に詰まっているとアイラが割り込んできた。
「実は二人で商売を始めようと考えていたのです。人間に食品を卸す業者ですね。食品として利用できる駆除対象の生息調査をしていたんですよ」
「あ、じゃあボクと似ている仕事ですね」
「シャルルも卸業者をやっているのですか?」
「ボクは人間に関われませんから駆除専門ですけど」
こんなにも華奢な子が一人で害獣駆除を? それはちょっと意外だな。
いかにもな魔女っぽい見た目に畑に生い茂る植物、部屋の奥にあるいう研究室……てっきり薬草を作ったりしているものだとばかり思ってた。
「これもお師匠様との約束。それがボクと人を繋げる架け橋になり得ると」
「そのお師匠様は今はどこに?」
「突然姿を消しました。それ以来戻ってませんね」
「じゃあその言い付けを守って駆除を続けていたのですね」
「えー、一人で大変じゃんか」
シャルルはコップをテーブルに置くと「慣れたものですよ。かれこれ半世紀以上になりますから」と俯いた。
「半世紀?」
「正確には、半世紀経つ頃に数えるのをやめ、それから半世紀経ちました」
「それって……」
そんなにも長い間、一人で過ごしていたシャルルにも驚きだが、そのお師匠様が戻らないということ。
それはつまり……そういうことなのだろう。
「口が滑ってしまったのも、それが原因かもしれません」
「今まで人に出会ったことは?」
「ありません。気配を感じたら避けてましたから」
「それなのになんで急に私達に?」
「それは……」シャルルは口がごもると、アイラに目配せをした。
「……駆除対象の獣は魔力を内包しているケースが殆で、その魔力が影響し凶暴化します。実は、今回お二人の場所に向かったのはそれが理由です」
「ははーん、わたしの魔力を探知したってわけですね」
「とても驚きました。あの禍々しい魔力、それに伴い鳴動する大気。それがアイラさんのものだったなんて」
「じゃあ拍子抜けだっただろうね。その正体がヌイグルミなんだから」
「正直な話、ホッとしましたよ。天変地異でも起こったのかと思いましたから」
シャルルはそのあとも、私達に色々な情報を教えてくれた。それは森の生態系や危険な区域、駆除対象の種類や食用になるキノコや植物まで多岐に渡った。
「はえー、シャルルは本当に物知りですね」
「まだまだ沢山ありますよ!」
まるで堰を切ったようかのように身振り手振りを交え、シャルルは話を続けた。
お師匠様との約束があったとはいえ、長い年月を一人で過ごしていれば寂しさも募るに決まっている。楽しそうにしているシャルルは、どこからどう見ても普通の女の子だった。
「ところでシャルル。貴女は外の世界に出てみたいとは思わないなのですか?」
「それは……考えたこともありませんでした。それに約束もありますし」
「ふむふむ。これはあくまでわたしの仮定なのですが……シャルルは禁術により造られた存在ですよね?」
「はい。だからこそ、人と関わるなと」
「だけどその実、お師匠様はシャルルが人と共存出来ることを願っていたと思いますよ」
アイラの言葉が思いもよらないものだったのか、シャルルがほんの少し動揺したように見えた。
「シャルルも師匠の言葉に矛盾があることを分かっているのでは?」
「……」
「人と関わるなと言ったと思えば、害獣駆除を人との架け橋になると言う。何よりも約束を重んじる貴女が、この矛盾に気づかないわけがない」
ど、どうしたアイラ。
まるで別人じゃないか。
「シャルルが色々と教えてくれたお礼に、ホムンクルスについて少しお話ししましょうか?」
「アイラさんは……何を知ってるのですか?」
「歴史です。ホムンクルスを造り出すことがなぜ禁術となったのか、その真実を知っています」
「…………えてほしい」
俯いたシャルルの拳は、膝の上で硬く握られていた。
そして意を決したように声を絞り出した。
「……教えて欲しいです」
「ええ、もちろん。その前に一ついいですか? わたしはシャルルを友達だと思っています」
「友達?」
「はい、友達です。もちろん凛さんも同じ思いをお持ちですよね?」
「え、急になに」
「違うんですか?」
「えっと、まあ……そうね。シャルルが嫌じゃなければ」
友達というより、今の所は恩人って感じもするけど。
「友達に黙ってるのも申し訳ないから言っちゃいますね。実はわたし達、女神と別世界から来た異人なのです。ホムンクルスの歴史を知るのは、女神にとって人間の歴史は把握しておかなければいけない重要事項だからですよ」
「あ、それ言っていいんだ」
「フェアじゃないですからね」
なんだか隠し事してるみたいで気持ち悪かったし、ちょっと安心かも。今後もこれが続くとなるとうっかり口を滑らせちゃいそうだし。
「め、女神……様」
「そうですよ? 驚きましたか?」
アイラがすげえ自慢気だ。
頭だけなんだから、あんまりのけぞりとテーブルから転がり落ちるぞ。
しかしこんなに喜ぶとは。
普段から女神扱いされることに慣れていないのだろうな。だって無理あるもん。現に私自身、未だにその事実は眉唾物だと思っている……のは黙っておいてやるか。
「とても綺麗の方だと思ってましたが、まさか凛さん……いえ、凛様が女神様だったなんて」
「うん、そうだよ。黙っててごめんね。でもそんなにかしこまらなくていいから」
「シャルル。逆です」
「……逆?」
仕方ないよ。
シャルルは素直で嘘がつけない性格なんだから。
私達、きっといい友達になれるね!




