正体
「さてと。お食事も済みましたし、行くことにしますか」
「そうしましょ。シャルルには感謝しなくてはいけません。ね、凛さん」
「それはそうなんだけど……行くって、どこに?」
私の質問に二人は顔を見合わせた。
「どこって……そりゃあ、シャルルのお家に決まってるじゃないですか。まだ寝ぼけてるんですか?」
……この二人は私が寝ている間にどんだけ親交を深めたというのだろうか。一、二時間でお宅訪問はかなりのものよ? この二人、なんとなく雰囲気が似てるし気が合ったのかもしれないな。
「意気投合したのもありますが、シャルル曰くここら辺はちょっと危ないらしいですよ」
「暦的にも危険の可能性が高いですね。なんせ今夜は満月ですから。人の気配が近い場所に大蛇が現れたのも、きっとそれが関係していると思われます」
昨晩随分と月が大きいと感じたが……なるほど、今晩は満月なのか。身の危険との因果は分からないが、この世界の住人が言うならその通りなのだろう。
見ず知らずの人にご飯をご馳走して、避難までさせてくれるなんて、シャルルはとても良い子だな。行く宛も無いし、ここは甘えても良いのかもしれない。なにかお礼ができればいいのだけど……。
「じゃあお邪魔させてもらおっか。ありがとうシャルル」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」シャルルはポーチから黒い布を取り出すと、調理器具に布を被せた。
「よっと!」
そして掛け声と共にその布を直ぐに持ち上げると、調理器具は綺麗さっぱり姿を消していた。それは目を疑う光景だった。
「うええ!? なにそれ!」
「あら。これは珍しい魔導具ですね」
アイラの反応は薄いが、私からすればまるで狸に化かされた気分である。
「えへへ。これ、お師匠様からの頂き物なんです」
……どうせなら私もああいうことしたかったな。
大ジャンプして動けなくなるなんて、こんな力は今後使い道なさそうだし——そんな叶わぬ願いを胸に秘め、私達はシャルルの後を追った。
「それはそうと凛さん。体調はどうですか?」獣道を進んでいると、不意にアイラが話しかけてきた。
「どうですかって……調子いいよ」
「アレを食べたのに?」
「失礼なやつだな……」
「だってペロリと平らげちゃうからちょっと意外で……」
シャルルの作ったスープは、確かに見た目は褒められたものではなかったかもしれない。
しかし、毒々しい見た目とは裏腹に、繊細できめ細やかスープが口内に広がると、あっという間に私の食欲をかき立てた。絵の具でベタベタに塗りつけたようなカラフルな具材も、味に関しては文句の付け所が無く、気付いたらおかわりをしてしまうほどだった。
食事を終えると、いまいち優れなかった体調も回復しており、今となっては元気一杯。流石は異世界の食事だ。きっと即効性のある由緒正しき料理だったのだろう。
「良かったぁ。少し心配してました。なんせ見た目は最低最悪ですから」とシャルルは照れくさそうに笑った。
あ、自覚あったんだ。
「もちろんですよぉ。我ながらこの世のものとは思えません彩りですからね。でも味には自信があったんです」
「いや、いや、そこまでは思ってないよ」
ちょっと思ったのは言わないでおくのが大人の嗜み。
きっとアイラも同意見だっただろう。
さっきから苦笑いが止まらないようだ。
「だけどお師匠様はそれが良いんだって、よく褒めて下さいました。だからボクの感覚がおかしいのかなって。なんせ人間に会うのはお師匠様以外ではリン様が初めてなもので……」
「ん? 初めて?」
シャルルはぴたりと立ち止まると口に手を当てた。
「あ……いけない。言っちゃダメだったんだ。えっと、リン様は人間……ですよね? つい口を滑らせてしまいました」
人間じゃなければ何に見えるのだろうか。
オーク? それともゴブリン?
「シャルル!? な、何言ってるんですか! 凛さんは口が悪いガサツな人間で性別はギリギリ女性ですよ!」
「お前、あとで覚えてろよ」
「そうでしたか。じゃあボクの勘違いですね。さあ、着きましたよ」
シャルルが案内してくれたのは、大樹うろに建てられたツリーハウスだった。玄関には彩り様々なランタンが飾られ、傍らには小さな畑があり、大きなカボチャをくり抜いて作ったお面が鳥よけとして設置してある。
まるで絵本に出てきそうな可愛らしい家。
自分も素敵な家に住みたいなって気持ちが湧いてくる。
「へえ、ここがシャルルの……素敵だね」
「今日は遠慮なくここで過ごしてください。家の中の物は自由に使って結構ですよ。ただ一つだけ。奥の部屋はお師匠様の研究部屋なので、そこに立ち入るのだけはやめて下さいね」
案内された席に着くと早速シャルルがお茶を出してくれた。お茶うけはクッキーで、これもお師匠様の好物の一つらしい。
「シャルルはお師匠様が大好きなんだね」
「はい! お師匠様は気難しいところがありますが、とっても優しい人なんですよ」
「ところで……さっき人と会ったことがないって言ってたけど、あれって本当なの?」
「えーっと……」
シャルルは少し口籠ると、ゆっくりと話し始めた。
「実は……ボクは人間ではないのです」
「……ん?」
「絶対に内緒ですよ。怒られてしまいますから」
「へえ、シャルルは人間じゃないんですか。パッと見分からないものですね」
「んん?」
な、なんでアイラはすんなり受け入れてるんだ?
人間じゃないって……どういうこと?
「身体を構成している物質は人間と同じです。正確にいうと、お師匠様の遺伝子で構成されています」
「ちょっと待って。理解が追いつかない。だって……」
上から覗き込んでも下から見上げても、右から見ても左から見ても、後ろから見ても目を見開いて凝視しても、どう見たってシャルルは普通の人間にしか見えない。
「そ、そんなジロジロと見られると恥ずかしいです」
「ごめん。でもどういうこと?」
「人造人間ってことですよ。古の技法……いわゆる禁術を用いられてシャルルは生を受けたってことですね」
ホムンクルス……?
禁術……?
つまりシャルルは人工的に造られた存在……ってこと?
「アイラさんの言う通り、ボクはホムンクルスです。姿形は人と変わらないとはいえ、どこまで行っても人外であり外法の存在。まあ、ボク自身それを知ったのは最近なんですけどね」
アイラは素知らぬ顔でクッキーを頬張っており、シャルルも同様にお茶をすすった。
……あ、あれ?
驚いてるの私だけ?




