第6話!思いつき
朝。太陽は、ここが異世界かどうかだなんて関係なく、やわらかな光を届けてくれる。
まだ、みんな寝ているんだろう。
薄暗い廊下には、ギシギシと俺の靴音だけが響いている。
「……うわ、びっくりした!」
いや、一人、例外がいたか。
リビングを覗くと、テーブルに座り、しきりに何かしているやひろの姿があった。
「な、何をしてるんだ?」
俯いているせいで、表情を見ることは出来ない。
ふっと顔を上げたやひろは、壺を手に持っていて、口の周りにべったりと何かを付けていた。
「……あ、これってシナモン?」
確か、やひろはこれが好物だと言っていたな。正確には、シナモンではないらしいが。
だからといって、直に粉を舐めるのはどうかと思うが。
「……我慢、出来なかった……」
そう言っている間も、やひろはシナモンもどきを舐め続けている。
ここまでくると、呆れを通り越して怖くなってくる。
「リズに叱られても、知らないからな?」
見た感じ、既に大量のシナモンを摂取しているようだ。もはや、俺に止めることは不可能だ。
「みゅーは、今日も帰ってないのか……」
ひとり言のように、ポツリと呟く。
おじいさんの魂を、神さまの元へと連れていっているんだよな。送りだったか。
今思えば、俺が異世界に飛ばされてから、ずっと一緒にいたのはみゅーだった。
鬱陶しいやつだと思っていたが、あいつがいたことで、元気を貰っていた節もあったんだろうな。
「……心配、してるの」
「……ああ、そうだな。心配だよ」
自分でも、驚きだった。俺の口から、心配という言葉が出てくるだなんて。
「……心配といえば、リズも」
「リズ? あんまり変わったようには見えなかったけど」
指ですくい取った、シナモンをペロリと舐め、やひろは言った。
「……身内が亡くなるって、想像以上に辛いもの……。いつも通りに振る舞っているけど、本当は……」
そこで俺は、初めてリズが無理しているのだと気がついた。
リズの、家族関係がどうなっているのか。それは、分からない。
だが、少なくともこの家で血の繋がりがあったのは、他でもないおじいさんだったのではないか。
だというのに、リズはいきなり家に転がり込んできた俺を、優しく迎えてくれた。
その胸の内では、どんなに悲しかっただろう。
「……何か、俺に出来ることってないかな」
気がつくと、俺は自然とそんなことを言っていた。
うわべではない、本心からきた言葉だ。
「さあ……」
返ってきたのは、随分と投げやりな答え。
いや、ここまで会話が続いただけでも、いいと考えるべきか。
部屋に戻ろう。踵を返した、その時だ。
「……それより、他にやるべきことあるんじゃない」
「え?」
やるべきこと? 俺が、この世界でやることって……。
「……元の世界に戻る……いや、戻れなくても忘れてしまった記憶、どうしてこんな姿になったのか、それを探りたい……」
「まあ、ここにいる全員死んでしまっているから、戻ることは出来ないと思うけど……」
そう言うと、やひろはヒョイとテーブルから降り、歩いていった。
「でも、考えてみるといい。私は別に、元の世界がどうとか興味はないから……」
それだけを言い残し、やひろはリビングを出た。
見ると、壺の中には粉一粒も残ってはいない。綺麗さっぱりと舐め取られている。
「考えるって言ってもな……」
必要なのは、情報収集。それに、リズのことも気になる。
情報を集めるには、人が必要だ。悲しみを紛らわすのにも、会話は必要不可欠だろう。
この家に、たくさんの人を呼ぶには……。
「そうだ……。カフェを、開こう!」
誰も聞いていないリビングで、俺は声高々にそう叫んだ。




