第3話!自己紹介
「みんなとってもいい子だから、きっとすぐ仲良くなれると思うわ」
両腕でみゅーを抱えながら、リズはそう言って俺に笑いかけてきた。
みゅーはよっぽど腕の中が気に入ったのか、ウトウトと眠たそうにしている。
頭の双葉がそれに合わせるようにして、ぴょこぴょこと動いた。
「うーん、そうだといいんだけど……」
一方で、俺の足取りは重い。別に、人見知りをしているとか、そういうわけではない。
ただ、先ほど会った黒髪の子。あの子は、明らかに俺を敵対視していた。
無理もないことだ。勝手に家へと入られて、気持ちのいいやつだなんていない。
ほかに三人、同じような女の子たちがいたが、彼女たちはどう思っているのだろう。
きっと、歓迎はされないだろうな。
同じ異世界に飛ばされた者同士だというのに、顔合わせの前から溝を作ってしまうとは。
一体、どう弁明すればいいんだろうか。
本日、何度目になるか分からないため息を、つく。
そして、もう一つ現在進行形で俺を悩ませていることが……。
それは、今着ているこの服、ワンピースのことだ。
何なんだ、このヒラヒラは?
歩く度に、太ももの辺りを風が通り過ぎていく。着ているのに、着ていないような感覚。
全くもって落ち着かないが、じきに慣れるものなんだろうか。
「さ、着いたわよ」
俺がヒラヒラを気にしているうちに、いつの間にかリビングに到着していたようだ。
見ると、リズはだいぶ前で、閉まっているドアに手をかけている。
子どもの歩幅、それにスカートのこともあって、小股で歩いていたせいだ。
小走りで駆け寄ると、みゅーが不貞腐れたような顔をして突っ立っていた。
床に降ろされたのが、よほど不満だったとみえる。
「大丈夫よ。そんなに緊張しないで?」
リズは、くしゃくしゃと俺の頭を乱暴に撫でると、その閉ざされたドアを一気に開け放った。
そんなに、不安そうな顔をしていただろうか?
いやはや何歳になっても、初対面というものは慣れないものだ。
リビングは、驚くほどに静かだった。
幼い子どもが四人。普通なら、部屋中駆け回って遊んでいるものだが、やはり中身が大人だと、そうはならないらしい。
俺は、ザッと辺りを見回した。
暖炉の前に三人、おしくらまんじゅうのように重なって、暖をとっている。
ここは、俺から声をかけるべきだろうか。
中途半端に上げられた右手を、どうしたらいいか分からず空に泳がせる。
何か言おうにも、声が出ない。まるで、発声の仕方を忘れてしまったかのようだ。
不意に、三人のうちの一人が振り返る。
バッチリと、目が合ってしまった。蛇に睨まれた蛙のように、身体が固まって動かない。
そうしている間にも、そいつはどんどんと近づいてきた。
その、今にも殴りかかってきそうな気迫に、俺はギュッと目を強く瞑る。
「……お前が、新しく入ってきたやつかー⁉︎」
「ふぇ……?」
想像していたよりも、ずっとずっと明るい声がかけられた。恐る恐る目を開けると、スポーツ漫画にでも出てきそうなほどの、眩しい笑顔を浮かべている幼女が、そこにはいた。
「お、みゅーじゃん! 久しぶりだなー!」
早々に俺からは興味を失ってしまったようで、今度は横に座っていたみゅーを、撫で回し始める。
毛玉と戯れている光景はまるで、サッカー少年とボールのようだ。
「一ヶ月くらい前から、いなくなってたんだよ。懐かしいなぁ。俺も、みゅーに連れてこられたんだっけ?」
そう言って彼女は、改めて俺と向き直った。
夕焼けを映す海のように、深い橙色をした髪は、男の子のように短く切られている。
それも、乱暴に切ったのか、ただ単に技術がないだけなのか、妙にボサボサとしていた。
少なくとも、店で切ってもらっていれば、絶対にこうはなっていない。そんな、髪型だ。
そのまま、メラメラと燃え出してしまいそうな真っ赤な瞳が、イタズラっぽく揺れる。
「あ、ああ……俺も同じだ。気がついたら、森で倒れてて……。こいつが、連れてきたんだ。何が起こっているのか、頭が追いつかないよ……」
「そうなんだよなー。俺たち、絶対元いた世界があるはずなのに、どうしてこんなところに来ちまったんだろうな?」
うーん、と右手で顎をさすり、思案していた様子だったが、それもわずか数秒だ。
「ま、考えたって分かりっこないよな! それより、互いに知っていることを話し合おうぜ? 俺の名前は、とうご。お前は?」
「俺? えっと、俺は……」
おかしな話だが、俺は一瞬考え込んでしまった。
ほかでもない、自分自身の名だというのに。この世に生を受けた時から、付きまとっているものなのに。
きっと、こんな世界に迷い込んで、混乱しているだけだ。
そう思い直して、俺は何千回、何万回と言ってきた名を口にした。
「……俺は、さき……さきとだ」
「さきとか! いい名前だな! 後は……」
チラッと、とうごは暖炉の方を見る。
そこには、先ほどと何ら変わっていない姿勢で、二人が座っていた。
俺ととうごが話していても、何とも思わないのか。それとも、遠回しに嫌悪していることを、伝えているのか。
どちらにせよ、好ましく思われていないのは明らかだった。
「ほら、お前らもこっち来いよ!」
照れているんだなと、どこか的外れなことを言いながら、とうごは二人の元へと走り寄っていく。
とうごの服装も、ほとんどは俺と変わらないものだったが、大きく違っているところがある。
そう、スカートがあまりにも短すぎるのだ。
太ももが、ギリギリ隠れるかどうかといった具合だろうか。
それはもはや、衣服としての意味を成していないんじゃないかと思うほどだった。
そして、それを補うかのように黒いズボンをはいている。
自由に走り回っている様を、俺は羨ましそうに眺めた。
俺も、ズボンをはこうか……。いや、このワンピースには似合わないか?
新品の服を新調してもらった手前、まさか変えたいだなんて言えるはずもなく。
俺は恨めしそうに、スカートの裾を握りしめた。
「なー、もっと近くに行けって!」
そんなことを考えているうちに、とうごが二人を連れてきたようだ。
後ろに回って、グイグイと背中を押している。
本人からしたら、手助けをしているつもりなんだろうが、肝心の二人は迷惑そうだ。
重心を後ろに傾けて、精一杯行きたくないとアピールしているのが、その証拠だった。
「二人とも揃ったところで、はい! 自己紹介!」
にかーっと、百パーセントの笑顔を見せながら、とうごが言う。
きっとそこには、何の悪意もないのだろう。だからこそ、余計たちが悪いと言えるのだが。
「…………」
「な、何……?」
二人のうちの一人が、急に顔を近づけてきた。
その、パーソナルスペースを完全に無視した距離感に、思わず仰け反ってしまう。
「……やひろ」
「は?」
それが彼女の名前だと、理解するのに数十秒かかった。
「あ、ああ! やひろね! 俺は、さきと。よ、よろしく……」
次第に声が弱々しくなっていったのは、やひろがジッと俺を睨んでいたからだ。
まったく、視線を逸らそうともしない。
目を合わせるという行為は、獣たちの間で喧嘩の合図になるのだが、今の状況はまさしくそれだ。
俺のことを嫌っているから、早く出て行けと。そう、伝えたいのだろう。
満月をそのまま閉じ込めたかのような、淡い黄色の瞳が、俺を捉えて離さない。
そのミルクセーキ色の髪は、入道雲のように爆発していて、まるでわたあめに寄生されている最中のようだった。
黒のリボンがついたカチューシャに、幾重にも重なった繊細なドレス。
あまり表情の変化がない様は、まさに西洋人形のようだ。
「え、えっと。何か、言いたいことでもある?」
無言で見つめ合っている状況に耐えかねて、話しかけてみるも、やはりというか……。彼女からの返事はなかった。
文句があるなら、はっきりと言ってくれたらいいのに。
変に黙っていられるより、そっちの方がずっとマシだ。
「……あ、あああの!」
俺のイライラを感じ取ったのか、もう一人の子が間に割って入ってきた。
アルプスの山頂から見える青空のように、清々しい水色の髪は、ろくに手入れをされていないのだろう。
腰ほどまで伸びている長い髪は、寝癖であちこち飛び跳ねていて、難解なパズルのように絡まっている。
服は、やひろと同じドレスだが、あのような軽々しさがない。ずっしりと重い感じだ。
深海を見ているかのような、紺青の瞳は、自信なさげに伏せられている。
「あの、えっと……あ……」
何も考えずに、声を上げたのだろうか。
女の子はパクパクと池から顔を出すコイのように口を開閉し、顔は真っ赤に染まっている。
尋常でないほどの汗をかき、胸の前で握りしめている拳は震えていて、俺はもしかすると具合でも悪いんじゃないのかと、怒りも忘れて心配になった。
「何だよ、むさし! 緊張しすぎだろー! 落ち着いて、自分の名前言いなー!」
「うぇえ……」
とうごは、腹を押さえて豪快に笑いつつ、むさしと呼んだ子の背中をバンバンと叩いた。
「あの、あの……えっと、むさし……です」
先ほどとうごから聞いた名前を、ほとんど消え入りそうな声でそう言うと、むさしは俯きながら指を弄りだした。
「それで、その……。ひろくん、多分さきとさんのこと歓迎しているんだと、思うんです……」
ひろくん? ……ああ、やひろのことか。
「って、歓迎? いやいや、それはないでしょ」
あれだけ無愛想に見つめられて、歓迎しているだとか言われてもなあ……。
俺はそれを見て、何と言えばいい? ありがとうよろしくと、喜びでもすればいいのか。
「ああ、あの、ひろくんって、感情を表に出すのが苦手で……。口数も少ないし、だから目で訴えていたんだと……」
最後の方は、ほぼ聞き取ることが出来なかった。案外、こいつも自信ないんじゃないのか?
「そう……なのか?」
念のため、やひろの方に確認してみる。
すると、まったくの無表情で、コクリと頷いてみせた。マジかよ……。
「嫌いな人の顔なら、あんなに見ない……」
それだけ言うと、やひろは再び押し黙ってしまった。
最初から、敵意はなかったというわけか。
そして、今こうして棒立ちしているのを見ていると、もう今日はこれ以上喋ることはないんだろうなと、ある種の核心のようなものを感じたのだった。
「はあー。これで後は、せんじだけだな!」
「せんじって……」
後、残っているのといえば、あの黒髪の子だが、そうか。あの子は、せんじといったのか。
「何だ、二人とももう知り合いだったのか!」
「いや、知り合いっていうか……」
まずい、こいつ……とうじは、今までの発言からして、空気の読めないやつのようだ。
ただでさえ、せんじとは初対面最悪だったというのに、こいつのせいで余計に悪化しそうだ。
「あの、自己紹介も終わったし、次は……」
「次は、そう! 年齢だよな!」
むさしの声に被せるようにして、とうごが言い出す。
はしゃぎ過ぎているせいで、周りが見えていないらしい。
というか、年齢って。どこの合コンだ。
「まずは、俺から! 十七歳だー!」
わーっと、両手を上にあげて小ジャンプをする。
気を使ってのことか、むさしが意味の分からない謎の拍手を送っていた。
「十七……。ってことは、高校生か」
「おう、そうだ。ここじゃあ、最年少だな!」
言っちゃ悪いが、やはりというか何というか。
ノリや雰囲気からして、高校生のようだと思っていた。
「あ、じゃあ僕……。えっと、二十三歳……でした」
むさしが、おずおずと年齢を言う。
へー、意外だな。とうごより歳上だっただなんて。
オドオドとしているから、てっきり中学生くらいかと思っていたのだが。
それにしても、だったという言い方に、少し哀愁というものを感じてしまう。
「二十三なら、大学……いや、もう卒業しているか?」
俺としては、なんてことないただの質問のつもりだったのだが、どうもむさしの様子がおかしい。
「あの、えぇ……大学は、行ってなくて……」
「あ、あ! そうだよな! 大学なんて、全員が全員行くわけでもないし……。働いていたって、おかしくないよな」
心の中でしまったと思いつつ、何でもないふりを装う。
きっと、むさしは大学に行きたかったのだが、何らかの事情があって、それは叶わなかったのだろう。
これ以上、この話をするのは危険だ。
俺は、むさしが何の仕事をしていたのかに、話題を移すことにした。しかし──。
「いや、その、働いても、いなく……て」
ずっしりと、一気にこの場の空気が重くなった。
この場合、何と声をかけるのが正解なんだろう。
少なくとも、このまま黙っていることが間違っているのだけは、分かった。
「……そ、そうだ! やひろは、何歳なんだ?」
結局、俺がとった行動は無理やり話を終わらせるという、おおよそ考え得る限りの中で最も最悪な方法であった。
「…………」
しかし、やひろは答えない。俺の声は、確実に聞こえているはずなのに。
こいつ……まさか本当に、一言も喋らないつもりなのか?
マイペースというか、我が道を行くといった感じか。
おそらく、この重すぎる空気にも、気づいてはいないんだろう。
「……あ、ひろくんは、三十七歳だったよね?」
むさしの問いに、やひろは無言で頷いた。一応はい、いいえの意思表示はするようだ。
こうして見ていると、むさしはやひろの通訳者的ポジションのようだった。
というか、三十七歳って……。俺より、歳上じゃないか。
「そんなに寡黙でいて、仕事はどうしていたんだ?」
むさしに続いて、無職二人目なんてことを、つい考えてしまう。
だが、返ってきた答えは、意外なものだった。
「えっと、ひろくんは、凄腕の刑事だったらしいよ」
「は、刑事? 嘘!」
俺は失礼なのも忘れて、そんなことを口走ってしまった。
刑事だなんて、情報の伝達やら聞き込みやら、人との関わり合いが大事な職業じゃないか。
こう言ってはなんだが、やひろの人物像とは、随分とかけ離れているような……。
「何だっけなー。確か、物凄く勘がよかったらしいぞ。それで、いくつもの事件を解決に導いたとか何とか」
「本当かよ?」
むさしの話も、とうごが今言ったことも、にわかには信じ難かった。
「まあ、今ここで、その勘のよさってのを見たら、信じるかもしれないけどさ」
そう、挑発するように言って、チラリとやひろの反応をうかがう。
やひろは、相変わらず目を閉じ、黙ったままだ。もう、だめだ。
こいつとは、会話にならん。諦めようとした、その時だ。
突然、目を見開いたかと思うと、何やら思い詰めたような表情で、リビングの奥にある小さな一室、キッチンの方を見た。
「な、何だよ急に?」
まさか、本当に勘だけで何か見つけたっていうのか?
驚きを隠せずにいる俺をよそに、やひろはそのままキッチンの方へ歩き出した。
「あ、ひろくん、何か、見つけたの?」
「……ん」
深刻そうに、こくんと頷く。
「なんだなんだー、教えろよー!」
その場の全員の視線が、やひろに注がれる。
「……が……」
「え? 何?」
「シナモン……が」
「みんなー! 晩ご飯、出来たよー!」
やひろが言い終わらないうちに、リズが飯の準備が出来たことを告げる。
それを聞き、やひろは我先にとリズの方へ駆けて行ってしまった。
後には、キョトンとした俺が、立ち尽くしているばかりだ。
「……えっと。シナモンって?」
助けを求め、横にいたむさしに聞いてみた。
何かの、隠語だろうか。
「ええと、シナモンっていうのは、ひろくんの大好物で……つまり、ご飯がもうすぐ出来るって言いたかったみたいです……」
「流石、やひろは凄いなー! 晩ご飯の時間を、勘で当てたんだもんな!」
「いや、それはただ単に、食い意地が張ってるだけだと思うんだが……?」
勘でもなければ、事件でもないじゃないか。
しかも、何なんだ好物がシナモンって。食い物ですらない。
ツッコミを入れるのもアホらしくなり、俺はため息をついた。
ここに来てから、ため息ばかりが出ている気がする。
「ほらほら、テーブルにご飯置いたから、いらっしゃいな。それと、誰かせんじくんを呼んできてくれない?」
「あ、えっと、じゃあ僕が……」
言うが早いか、小走りで部屋を出て行ったむさし。
「俺たちは、先に食ってようぜ」
「ああ……何か、意外だな。むさしって、こういうの率先してやるタイプには、見えないけど」
テーブルに向かいながら、素朴な疑問を口に出した。
「俺ってば、せんじに嫌われてるからなー。やひろはあんな感じだし、むさしが動くしかないってわけよ」
「……へー。そうなんだ」
適当に相づちを打ちながら、俺は初めてせんじに会った時のことを思い出す。
俺の話を聞こうともせずに、一方的に掴みかかってきた。
何となく、冗談とかは通じなさそうな感じがするな。そりゃあ、とうごとは馬が合わないだろう。
空いている席に座り、テーブルの上を見る。
漫画でしか見ないような、分厚い輪切りのステーキがドンと、豪快に置かれていた。
「……もふ、もふ……」
やひろは既に食べて……いや待て、一人だけ違うのを食べている。
顔を隠してしまうほどに巨大な、パンだった。
そういえば、さっきシナモンがーとか言っていたな。あれは、シナモンパンのことだったのか。
「シナモンパンなんて、そんなに美味いか?」
おそらく、前の世界で食べたことはあるんだろうが、その味までは記憶に残っていない。
だからこそ、異世界に来てまでシナモンを欲するやひろに、興味が湧いた。
「……正確に言うと、これはシナモンじゃない……」
てっきり、また無視されるのではと思っていただけに、それは予想外のことだった。
好物のことになると喋るとか、じゃあ俺はシナモン以下か?
心臓の下辺りが、チクリと痛んだ。
「ここは、異世界……だから、これはシナモンに似た、何か……」
それだけ言うと、やひろは再び目の前のパンに、食らいついた。
これ以上の会話は、無理そうだ。
だが、そうか。リズが人と変わらない姿をしていたから、あまり意識はしていなかったが……。
ここは異世界で、食べ物や動物、文化までも、何もかもが俺たちがいた世界とは、違うものになっている可能性があるのか。
会話が出来ている以上は、それほど変わりないように思えるのだが。
「なあ、リズ。この肉って、何の肉なんだ?」
「え? 何って、オゼネミピのよ」
オゼ……何? 何だって?
名前を聞いても、さっぱり姿が浮かんでこない。
「この肉、うめぇー!」
隣で、ガツガツと音を立てて肉を頬張っているとうごを見るに、食べても害はなさそうだ。
「あの、せんじくん、食べたくないって……」
言いながら入ってきたむさしの額には、うっすらと汗が滲んでいた。走ってきたのか?
「うーん、そう……。仕方ないわね……」
リズは、心配そうな顔で廊下の方を見ると、テーブルの上から一人分の食器を除いた。
「だいぶ落ち込んでいたからなー、せんじのやつ」
「う、うん……おじいちゃん子、みたいだったし……」
口々に、言い合う二人。
せんじは、あのおじいさんをしたっていたのか。
あの時激昂したのも、おじいさんのことを想ってのことだったんだろうな。
なぜだろう。今日会ったばかりのやつなのに、なんだかやけに悲しくなってくる。
その気持ちを誤魔化すようにして、俺は口いっぱいに肉をかき入れた。
「……ふー、食った食った」
とうごは腹をさすりながら、ウトウトと眠たそうにしている。
「ほらほら、早くベッドに行きなさい」
リズに促され、一人、また一人と、部屋を後にしていく。
俺は、一人暖炉の前に座り、燃え盛る炎を見つめていた。
静かだ。思えば、この世界で目覚めてから、息をつく暇など一度たりともなかった。
特に、あのみゅーが……。
「……あれ? そうだ、みゅーは?」
キョロキョロと、見回してみるが、姿どころか影すら見つからない。
いなくなるのはいいが、急にされると気持ちが悪いな。
リズに、聞いてみるか。みゅーのことを、気に入っているみたいだったし、どこに行ったかぐらいは知っているだろう。
「え、みゅーちゃん? 知らないわよ?」
あっさりと言われ、俺はガックリと肩を落とした。
決して、手がかりがなくなったからではない。当てが外れたことに対して、だ。
「明日は、おじいちゃんの送りをやるからね。だからじゃないかしら?」
「送り?」
「そう。亡くなった人の魂をね、神様の元に送るの」
つまり、俺たちの世界でいう、葬式のようなものか。
あいつも、一応は神の使いみたいだし、色々とやることがあるのかもしれない。
「明日は早いわ。私はもう寝るけど、さきとくんも早めに寝て起きなさいね」
おやすみと、形式的なあいさつを交わし、リズは部屋を出て行った。
それからしばらくは、小さくなった炎をボーッと見ていた。
結局、今日はこの世界のこと、あまり聞くことは出来なかったな。
まあでも、同じ異世界に飛ばされたという、仲間が出来たんだ。この存在は、大きい。
明日になったら、また話を聞いてみよう。そうすればきっと、元の世界に帰る方法も……。
……なんか、眠くなってきたな。俺も、部屋に行くか。
そう思い、立ち上がろうとした時だ。
ミシッと、床が軋む音が、背後から聞こえてきた。
リズだろうか? それとも、先に寝に行ったあいつらか?
振り向くと、暗くてよく見えないが、小柄な背丈の子が立っていた。
とうごなら、俺の姿を見た瞬間に話しかけてくるだろうし、むさしもオドオドと身体を動かす癖があるから、これも違う。
とすると、消去法でやひろか。
「どうしたんだ? まさか、一人でトイレに行くのが、怖いってわけじゃないよな?」
ほんの少し、からかおうとして言ったのだが、近づいてきたその姿を消えかけの炎が映し出したのを見て、俺はピシッと固まった。
そこに立っていたのは、あの時俺に突っかかってきた、せんじだったからだ。
「あー、うーん……」
「……隣、いいか?」
俺が答える間もなく、せんじは横に腰を下ろした。
……何しに、来たんだろうか。
特に話すということもなく、時間だけが過ぎていく。
何と理由をつけて、部屋に行こうか考えていると。
「……その、昼間はすまなかった」
急に頭を下げられたものだから、俺も面食らってしまい、すぐには反応が出来なかった。
「い、いや! 別にいいよ、それぐらい。おじいさんのこと、大好きだったんだろう?」
「……! あ、ああ、そうだ。本当に、よくしてくれた。こんな、得体の知れない僕らに……」
それっきり黙ってしまったが、不意にせんじは立ち上がり、言った。
「君も……さきとも、僕らと同じなんだろう? それを早とちりしてしまって……。本当に、すまなかった。それだけ、言っておきたかったんだ」
一息にそう言って、また俺が何か言う前に行ってしまった。
顔が赤く見えていたのは、きっと炎のせいだろう。
「……そういうことに、しておくか」
俺は真っ暗な中、走ってせんじを追いかけた。
今なら、まだ追いつけるはずだ。




