天記神の隠し事5
丘のような山を登った先に神社があり、そこに天記神とキツネがいた。キツネは天記神を見上げ、頭を下げた。
「さっそくですが……ここには稲荷様が別にいらっしゃいます」
キツネは頭を下げたまま聞いている。
「下の社にも分社がありますが、ここにも一緒に祭られています」
キツネは後ろに建つ社を眺めた。
「あなたの前任はハナヒメ。消えてしまいました」
キツネは天記神を再び見上げた。
「前任のハナヒメが消えた直後、あなたが誕生した。だから、あなたはまだハナヒメだと思われています。ハナヒメは村のために尽くしました。それではなんともならなかった。あなたは……キツネとしてなぜか人の目に映る神。実際に神は人間に映った方が認識されやすく、神力も集まります」
天記神はキツネの頭に手を置いた。
「そこで……」
天記神は高天原産の食べ物をキツネの前に置いた。
「これを、村へ届けなさい。食べ物を運べば村は活性化するでしょうから」
キツネはこの時代にはないトマトを鼻先で転がす。
「悪い話ではないでしょう?」
キツネはトマトをひとつくわえると村に向かって走り出した。
「……そう、それでいい……」
天記神は勝ち誇ったかのように不適に笑っていた。
「な、なに……あれ。禁忌じゃないの」
ウカが天記神の行いを怯えながら見つめていた。
「禁忌だね。たしか、ハナヒメもそれで消えたんじゃない?」
「そうだ。それで消えてた」
ミタマの言葉にウカは頷いた。
「……天記神がここのキツネ信仰をなんらかの理由でなくしているのだろうか」
リガノが眉を寄せる。
「この地域は独自にキツネを祭っていて、有名なアマテラス様などの神と混ざっているようだ」
「ミノさんは……どこに?」
ウカは辺りを見回したがミノさんはいない。
「先に進んでるかも。ページを進めよう」
ミタマの言葉に稲荷達は頷いた。
あのキツネを追いかけてウカ達は歩き出す。ここは天記神が製作した本、歩いているだけで主人公のキツネを無意識に追う。
気がつくと村に来ていた。
村からはなぜか矢が飛んできていた。
「え! 争ってる?」
ミタマが驚いていると、キツネが多数の矢に刺されており、血を流しながら逃げていた。
「な、なんで……?」
「この、化けキツネ! オラ達の村に怪しいもん持ってきやがって!」
「そうか、お前か! こんな見たこともない果実を持ってきていたのは! この食うもんがない時に毒を持ってきよって!」
「食うなよ! あいつは化けキツネだ! あいつを殺して皮を剥いでやれ!」
村人の怒号が聞こえる。前回のハナヒメは人に見えなかった。今回のあのキツネは人間に見えるらしい。
飢饉により村は幻覚が見える人もでてきた。狂った人間が出たのは見慣れない野菜を食べたからだと人々は信じてしまった。
「あのキツネを殺せ! ついに元凶を見つけた。アイツが村を壊したんだ!」
キツネは泣きながら逃げた。
村を救いたかった。ただ、それだけだった。
キツネは必死に逃げ、山の中腹で倒れた。肺に矢が刺さり、いままで走れていたことが奇跡な状態だった。
キツネは人に見えたため、完全な霊体ではなく、動物のキツネが混ざっていたようだ。
ハナヒメは人に見えなかったため、村人はこの犯人を探していた。
キツネは力なく倒れ、目を細めた。涙が地面に吸い込まれる。
ウカ達は何にも言えず、ただ震えていた。
「ひどい……」
「あれは……ウカちゃんでもあるのかな。あのキツネにはこの辺周辺にもある稲荷様の力もあるって、言ってた」
ミタマはウカを抱き寄せた。
「ひどいよ……あの子、かわいそうだよ。生まれたばかりで村が疲弊していて、ハナヒメのあとを継いで村を助けようとしていただけなのに」
「そうだな、ウカの元は悪くない。高天原のものを持ち出すのはいけない、だが、ウカの元はそれを知らない」
リガノもウカの頭を優しく撫でた。
「悪いのは、天記神だ」
時間が過ぎる。キツネはもう動けないことを知った。荒い息のまま、目の前に現れた天記神を睨む。
天記神はまだ息があるキツネを突然、神力で突き刺し殺した。
「また、あなたの神力をもらうわね」
天記神はそんなことを言った。
突き刺してすぐに天記神は目を輝かせた。
「これが、二回目の女性の神力……。美しいわ……。ハナヒメよりも人間の女感はないけれど……。女性になりたい……。はやく、なりたい……。もう一度、メスのキツネとして、戻ってきて……。アマテラス神力を持っていると嬉しいのだけれど。これなら高天原にバレない。我ながらいいことを思い付いたものだわ」
天記神は頬を赤く染め、とても喜んでいた。キツネは光に包まれて消えていった。
「……嘘……。天記神がそんな……」
ウカは後退りをし、尻餅をついた。
「ウカちゃん……天記神はひどい神だね」
ミタマはウカを立たせ、背中を撫でた。
「ウカ、先を見るか? 辛いならやめるか?」
リガノが心配そうにウカに尋ねる。
「……見る。最後まで、見るよ」
ウカは涙を流していた。ハナヒメの時より、自分に近い神だからか。
「そう、頑張らなくていいんだよ、ウカちゃん」
「ああ、これはひどい」
リガノも心配する中、ウカは歩き出した。悲しげな神力がウカから滲む。
「ウカは壊れたらいけない神だ。ミタマ……辛そうなら本を出よう」
「……うん、わかってる」
ページが進み、稲荷達は再び村に戻ってきた。村人が慌ててキツネの死体を埋めている。
「あのキツネはオラ達を助けようとしていた! ああ……殺してしまった……」
「祟られる、祟り神になる!」
村人は泣きながら頭を下げて謝罪を始めた。
「そんなことをしてももう、意味ねぇよ」
ウカ達の前にミノさんが現れた。
「ミノさん……」
ミノさんはこちらを振り向かずに村人を見ていた。
「あんまり覚えてねぇけど、あれが俺だ。ウカは元々総本山のウカノミタマの分離。この時代はそういった稲荷がでてくる時期。まだウカはウカノミタマの中だ。この上の社は稲荷も祭った、アマテラス様も祭った、というそれだけの社。俺と同じ社にいた神々だ。俺は日穀信智神、ここ独自の神だ。この丘のさらに向こう側にもうひとつ社があって、あれはアマテラス様一柱を祭っていた。ああ、今は蛙の神もいるか。無事かえるだのよみがえるだの金がかえるだのと……。あの神社は関係がない。この件は俺達の神社で起こったことだ」
ミノさんはなんとも言えない顔で結末を見続ける。
「ミノさん……」
「俺と、おたくの神社の話だ。まあ、おたくはまだウカノミタマとして別の社にいるが、名前だけはこの神社にもある」
「……私がまだ、分離してなかった時代か」
ウカがなんと声をかけるか迷っていると、キツネを埋めていた場所にホログラムのようにゆらゆらとミノさんが現れた。ミノさんは服を着ておらず、今よりも金色の髪が長かった。
そして、凄まじい怒りの神力をまとわせていた。
「ああ、そうだな。村を滅ぼせばいいんだろ? なにしても無理なら、なくせばいい」
ミノさんは生まれた瞬間からデータが破損していた。本来の目的も忘れ、飢饉をなくさなければいけない立場のことも忘れ、恐ろしい神力をまとわせて夕闇の中、高笑いをしていた。
「ミノさん、禍津神の神力を持ってしまったの?」
「俺は覚えてない」
ミノさんは眉を寄せてウカに答えた。
「なんてこと……」
また話が先へと進み、触れたミノさんの前に現れたのは先程会ったあの山神、オオヤツヒメ、ヒエンだった。
「どうしてこんな……山が枯れている…
…」
「なんだ、てめぇ。殺せばいいのか?」
「……な、なんということを……」
ヒエンがミノさんに戸惑っていると、ヒエンの横にヤマヒメが並んだ。
「オオヤツヒメ様、あの神の力を安定させるわよ」
「ヤマヒメ……」
「あの神は、元々作物の神、私達と同じ草木の神よ~。神力をわけて禍津神の神力を打ち消しちゃいましょ~」
「確かにそれが一番適切です」
ヒエンが言ったところでヤマヒメは目を伏せて口を開いた。
「あれはハナヒメの生まれ変わり、三代目。こんなに早く消滅するわけがない。私がわからないわけない。やつは隠れているみたいだけれどね」
「……そうですね。おそらく、もうオモイカネ様が動いていらっしゃるかと」
ヒエンはミノさんを見た。ミノさんは憎悪を増やし、村の破壊へ動こうとしていた。ヒエンとヤマヒメはミノさんを止めるため、神力を解放しミノさんの捕縛に動き始める。




