『時をかける交差点 〜未来へ架かるオレンジの道〜』新シーズン6。第4話:立ち上がる母娘(おやこ)と、アメジストの輝き
『時をかける交差点 〜未来へ架かるオレンジの道〜』新シーズン6。
第4話:立ち上がる母娘と、アメジストの輝き
風も、露店の焼きそばから立ち上る煙も、金魚すくいに興じる子供たちの笑顔も。
境内を満たしていたすべての命の音が、バチンと電気を消したかのように完全に静止してしまった秋祭りの世界。
「朝日くん! 夕日ちゃん! しっかりして!」
私は31歳の大人の体に鞭打つようにして、地面にへなへなと崩れ落ち、テレビの砂嵐のようなノイズを立てて体が透明に点滅し始めている二人の小さな神様のもとへと、必死に駆け寄った。
5歳のユウヒも、泣きそうな顔をグッと堪えながら、私のエプロンの裾を握りしめて一緒に寄り添っている。
「お姉さん……ごめんね……。僕たちの存在を保つためのレールのエネルギーが、どんどん吸い取られていくんだ……」
朝日くんが色あせた黄金色の髪を震わせながら、消え入るような声で呟く。
「このままだと、私たちの記憶も、この地球の時間も、あの魔法の国エルドラドも、ぜんぶ真っ黒な虚無に飲み込まれて消えちゃう……」
夕日ちゃんが、斜めがけにした小さなポシェットをぎゅっと抱きしめながら、点滅する茜色の瞳から涙をこぼした。
空の向こう、真っ黒に変色した不気味な夕焼け空の裂け目から、あの【ひかりの交差点】の門番の冷徹な声が、再び地鳴りのように神社全体へと響き渡る。
『因果のネジは外れた。二つの世界を繋ぐメビウスのレールは間もなく完全に破断する。諦めよ、時間の旅人よ。これ以上の抵抗は、世界の崩壊を早めるのみである』
「諦めるわけないじゃない……!」
私は立ち上がり、真っ黒に染まって激しく震えている手の中の懐中時計を、壊れそうなほど強く握りしめた。
「私はね、お母さんから『自分と未来はいくらでも変えられる』って、世界で一番大切な愛を貰ったの! そして今、私のすぐ隣には、お母さんの愛の生まれ変わりであるユウヒがいてくれる。止まってしまった過去を恨むのをやめて、前を向いて生きるってあの日決めた私の【今】は、こんな理不尽な終わり方に負けたりしない!」
アサヒの放った31歳の強い覚悟の叫び。
その瞬間、私の胸の奥、そして握りしめた懐中時計の奥底から、カチリ、と何かが力強く噛み合う音が響いた。
「お母さん、わたしも! わたしもお母さんから毎日、いっぱいの『たのしい今』を貰ってるもん! 朝日くんも夕日ちゃんも、絶対に消えさせたりしないよ!」
5歳のユウヒが、私の隣で小さな胸をドンと張った。
そして、自分の小さなポケットから、あの地下のトンネルを救ったときと同じ、朝焼けのオレンジ色に輝くもう一つの時計をパッと取り出したのだ。
「朝日くん、夕日ちゃん、手を繋ごう! お母さんのあったかいお味噌汁を飲んだときのパワー、みんなで半分こしよ!」
ユウヒは恐れることなく、ノイズを立てて透き通っている朝日くんの黄金色の手と、夕日ちゃんの茜色の手を、自分の小さな両手でぎゅっと強く、強く握りしめた。
その瞬間だった。
私がお母さんを愛する心、そして私がユウヒを愛し、ユウヒが私を大好きな、三世代の完璧な『今を生きる愛のエネルギー』が、二つの懐中時計を通して、一気に大爆発するように波打って溢れ出したのだ。
シュワシュワシュワ……!!!
あふれ出したのは、ただのオレンジ色の光ではなかった。
それは、あの夕日ちゃんのカバンから生まれたのと同じ、世界で一番純粋で、どこまでも透き通った最高に美しい「アメジスト色の光の嵐」だった。
アメジスト色の光の波が、時が止まった秋祭りの境内を、御神木を、そして止まった人間たちを優しく包み込むようにして、もの凄い勢いで駆け抜けていく。
すると、懐中時計の文字盤を覆い尽くそうとしていたあの真っ黒いノイズの闇が、温かい光に触れてシュワシュワと音を立てながら、綺麗に浄化されて消え去っていった。
「うわあ……! すごい、エネルギーが満ちてくる……!」
砂嵐のようだった朝日くんの体に、眩しい本物の黄金色の輝きが一気に戻る。
「レールのネジが、ものすごい力で回り始めたわ……!」
夕日ちゃんのスカートも、本来の美しい茜色の色彩をパッと取り戻した。
ガチリ!!!
世界のお腹の底に響くような凄まじい音を立てて、止まっていた地上の時間の歯車が、一斉に未来へと向かって力強く動き出した。
ぴたりと止まっていた夜の風がぶわりと吹き抜け、お祭りの露店の煙が再び空へと上り、彫刻のようだった何百人もの人間たちが
「わあ、金魚すくい楽しいね!」
と、何事もなかったかのように笑顔で動き出す。
「防げた……の……?」
私が懐中時計を見つめると、針は午後6時15分を指し、未来へ向かって優しくチクタクと正しい音を刻み始めていた。
「うん! お母さん、やったね!」
ユウヒが朝日くんたちと顔を見合わせて、キャハハと嬉しそうに笑う。
しかし、朝日くんと夕日ちゃんは、元気を取り戻したものの、その表情はまだ真剣なままだった。
二人は私の顔を見つめると、静かに言葉を紡いだ。
「アサヒお姉さん、ユウヒちゃん。地上の時間は僕たちの愛の力でなんとか繋ぎ止めたけれど……、もう一つの世界、異世界『エルドラド』にいる【もう一人のアサヒ(ルミナス令嬢)】が、今も闇の嵐の中で、一人で必死に戦っているんだ」
「彼女の魂と、アサヒお姉さんの魂は、メビウスの輪の表と裏で繋がっている。彼女を救わなきゃ、本当の意味で世界は救われないんだよ。……さあ、アサヒお姉さん、ユウヒちゃん。僕たちと一緒に、あの魔法と精霊の国エルドラドへ、ルミナス令嬢を助けに行こう!」
二人の神様が手を差し伸べた瞬間、神社の御神木の幹に、朝焼けのオレンジ色とアメジスト色の光で描かれた、巨大な「時空の扉(ひかりの窓)」が、まばゆい音を立てて大きく開かれた。
止まった日常を救ったアサヒお母さんと5歳のユウヒちゃん。
今度は、自分たちのルーツである前世の異世界を救うため、二人は手を取り合い、光り輝く時空の扉の向こう側――魔法の世界『エルドラド』へと、堂々と飛び出していくのだった。
(第4話・おわり)




