『時をかける交差点 〜未来へ架かるオレンジの道〜』第2話:お味噌汁と、四人家族の食卓
『時をかける交差点 〜未来へ架かるオレンジの道〜』
第2話:お味噌汁と、四人家族の食卓
「地上の世界は、本当に温かくて素敵な場所だね。ねぇ、ユウヒちゃん、アサヒお姉さん。今日は僕と一緒に、この新しい世界で、いっぱいいっぱい『楽しい今』の思い出を作ろうよ!」
5歳の男の子の姿を借りて現実世界の公園に舞い降りた朝日くんは、キラキラとした黄金色の髪を揺らしながら、眩しい満面の笑顔でそう言った。
ユウヒは嬉しくてたまらないといった様子で、「うん!」と元気いっぱいに朝日くんの小さな手をぎゅっと握りしめた。
その瞬間に二人の手の隙間から弾けたオレンジ色の光の粒子は、まるで現実世界の秋の木漏れ日に溶けるようにして、静かに消えていった。
私はベンチに腰掛けたまま、信じられない思いで目の前の光景を凝視していた。
時の理を司る神様である朝日くんが、今、私のデザインしたグラデーションベンチの前で、我が子のユウヒと楽しそうに手を繋いでいる。
「朝日くん、本当に君なのね……。まさか、あっちの交差点じゃなくて、私たちの生きている地上の世界にこうして来てくれるなんて……」
私が驚きと感動で震える声を漏らすと、朝日くんはユウヒの手を引いたままトコトコとベンチに歩み寄り、私の顔を見上げて悪戯っぽくクスッと笑った。
「だって、アサヒお姉さんとユウヒちゃんが、僕たちの壊れかけた世界を2回も命がけで救ってくれたんだよ? 今度は僕たちが、二人の生きている大好きな世界へ遊びに来る番さ! ……ねぇ、夕日ちゃんも、もう隠れてないでこっちにおいでよ!」
朝日くんが公園の大きなイチョウの木の陰に向かって、楽しそうな声を張り上げた。
すると、ひらひらと舞い落ちる黄色い落ち葉の向こうから、モジモジと恥ずかしそうに、小さな女の子が姿を現した。
「あ! 夕日ちゃんだ!」
ユウヒがパッと顔を輝かせて叫ぶ。
そこにいたのは、お気に入りの茜色のスカートをふわりと揺らした、これまた5歳くらいに見える愛らしい女の子――本物の夕日ちゃんだった。
夕日ちゃんは、あのパッチワークの革のカバンを小さくしたような可愛いポシェットを斜めがけにして、はにかむような笑顔を浮かべながら、朝日くんのすぐ隣へと駆け寄ってきた。
「アサヒお姉さん、ユウヒちゃん……、こんにちは。……地上のお洋服、ちょっと恥ずかしいけれど、お揃いでとっても嬉しいな」
夕日ちゃんは、ユウヒのオレンジ色のスカートと自分の茜色の服を見比べながら、嬉しそうに目を細めた。
いつもは世界中の寂しさや後悔を背負って泣いていた夕日ちゃんが、人間の子供の姿になって、現実世界の優しい風の中で笑っている。
その姿があまりにも愛おしくて、私の胸の奥がじんわりと温かいお湯で満たされていくのを感じた。
「朝日くん、夕日ちゃん……。本当にようこそ、私たちの街へ」
私はベンチから立ち上がると、二人の前にそっとしゃがみ込み、その小さな温かい手を優しく包み込んだ。
「ねぇ、お母さん!」
ユウヒが私のエプロンの裾をきゅっと引っ張りながら、目を輝かせて言った。
「朝日くんと夕日ちゃん、今日はおウチに連れて帰ってもいい? わたし、二人にお部屋のおもちゃ、いっぱい見せてあげたいの!」
「ふふ、もちろんいいよ。お部屋でたくさん遊ぼうね」
私は二人の顔を優しく見つめ直して、微笑みかけた。
「ちょうどこれから、おウチでお夕飯にするの。二人とも、私たちの家で、一緒にお母さんの手料理を食べていかない?」
「えっ! アサヒお姉さんのご飯!? 食べる食べる、僕、すっごく食べてみたい!」
朝日くんが飛び跳ねるようにして大喜びし、夕日ちゃんも「お留守番のご飯、楽しみだな」と、茜色の瞳を輝かせてコクンと嬉しそうにうなずいた。
秋の夕暮れ、空が綺麗な紫色から深い夜の青へと移り変わる中、私とユウヒ、そして朝日くんと夕日ちゃんは、まるでお揃いのきょうだいのように4人で仲良く手を繋ぎながら、私たちが暮らす小さなアパートへと向かって歩き出した。
ガチャリとアパートのドアを開け、リビングに入ると、部屋の中はそれだけでパッと太陽が昇ったかのように明るくなった。
ユウヒが朝日くんと夕日ちゃんの手を引いて、「こっちだよ!」と自分の子供部屋へ案内し、すぐにおもちゃを広げて賑やかな笑い声がアパート全体に響き渡り始める。
私は優しく微笑みながら台所に立ち、お気に入りのエプロンの紐をきゅっと結んだ。
トントン、トントン……。
静かな台所に、規則正しい包丁の音が響き渡る。
お鍋に火をかけると、出汁のしっかりと効いた、優しくて温かいお味噌汁の匂いがふわりと漂って、リビングを満たしていった。
それは、かつて私の亡き母――ユウコが、毎晩私に作ってくれたのと全く同じ、世界で一番大好きな家庭の匂いだった。
「わあ……! なんか、すっごくいい匂いがする!」
子供部屋からトトトッと走ってきた朝日くんが、台所のシンクの淵に掴まって、お鍋を興味深そうにのぞき込んできた。
夕日ちゃんもその隣で、お鼻をクンクンと動かしている。
「これはね、お味噌汁っていうんだよ。温かくて、とっても美味しいの。私の、お母さんから教えてもらった、大切な味なんだ」
私は包丁の手を止め、しゃがみ込んで二人の目線に合わせると、お母さんがかつて私にしてくれたように、二人の小さな手をそっと包み込んだ。
「地上の人間たちが、夕日を見て涙を流したり、寂しくなったりするのはね。みんな、この温かいお家に帰って、大好きな人と一緒に温かいご飯を食べて、ホッと安心したいからなんだよ。夕日ちゃんがいつも交差点でお留守番してくれていたカバンの中身は、みんながこの温もりを思い出すための、大切な心の準備だったの。だから、地上の毎日は、こんなにも温かいんだよ」
私の言葉を聞いた瞬間、夕日ちゃんの茜色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
けれど、それは寂しい涙ではなかった。
「……うん。みんなの気持ちの理由が、やっと分かった気がするな」
夕日ちゃんは涙を拭うと、最高の笑顔を私に見せてくれた。
「さあ、みんなでご飯にしましょう! ユウヒ、お皿を運ぶのをお手伝いしてくれる?」
「はーい!」
四人で囲んだ小さな食卓には、ご飯とお味噌汁、そしてありふれた地上の夕飯が並んでいた。
「いただきます!」
と声を揃えて一口食べた瞬間、朝日くんと夕日ちゃんは
「美味しい……!」
「体がぽかぽかするよ!」
と、見たこともないほどに顔を輝かせた。
お母さんから、私へ。
私から、我が子へ。
そして、時間を司る小さな神様たちへ。
かつて孤独の中で時計を逆回転させていた私の部屋の食卓は、今、4人の温かい笑顔に包まれて、未来へ向かって幸せな時間をカチコチと正確に刻み始めていた。
(第2話・おわり)




