第17話 寝る前に
人生の恩人というのであれば間違いなくマグタット師匠だ
事故で親を亡くした俺を引き取り、息子のように育ててくれた
師匠と時計屋を営むことはとても楽しかった
学校での人間関係が上手くいかなくても家に帰り、師匠の元で時計の修理の勉強をすることが生きがいで楽しかった
あの日、マグタット師匠がドラゴンになるまでは
師匠がドラゴンになった日、俺も魔物へと変わってしまった
村の人々に怯えられて山に逃げることしか出来なかった
ドラゴンになった師匠は昔の面影はなく、この世の全てを破壊する強さで恐ろしい化け物になってしまった
師匠を助けることも出来ず
村に帰ることも出来ず
天涯孤独の魔物になった
1人になるというのは案外楽だった
人間社会は俺には向いてなかったのだろう
かつての故郷であるナーチス村は滅亡寸前になっていった
そんな時、勇者パーティがやってきた
今までも勇者パーティは何組もきてくれたが、ドラゴンに辿りつくこともなく、逃げるか死んでいくだけだった
滅亡寸前だったナーチス村はクーデルとランの勇者パーティに縋るしかなかった
お子様のパーティには絶対に無理だと思っていた
どうせすぐに逃げ出すと
しかし、俺の予想は大きく裏切られて
2人は強かった
誰もがドラゴンのマグマをどうすることも出来ずに帰って行ったのに
ランの氷魔法は広範囲にマグマを氷で固めていった
凄いと思ったのと同時にその美しさに目を奪われた
大事な師匠が暴走してドラゴンになったことを止めて救ったくれた
師匠との大事な形見の懐中時計をわざわざ探して見つけてくれた
ナーチス村に大雨を降らせて俺の故郷を救ってくれた
恩人をもう1人選べというのなら
俺は間違いなくランを選ぶ
ランは俺を救ってくれた大恩人だ
だから俺はランの為ならどんなことでもやる
このラブロマンス作戦でランの命を救えるなら
俺はやり遂げてみせる
ラブロマンス作戦は2週間が過ぎた
ナーチス村の魔物への好感度はかなりよくなったと思う
魔物ナーチス村で俺やランが出歩いていてもみんな普通に接してくれる
魔物だからと怯えていた人々も徐々に安全だと信じてくれて今では誰も俺達に怯えたりしなくなった
ランとの同居生活は夢のようだった
ランはお婆さんと2人暮らしをしていたから
家事が得意だった
ランの作る料理はどれも美味しいし
お部屋もいつも綺麗に掃除してくれるし
洗濯だって毎日してくれる
まさに理想のお嫁さんだ
俺は理想の幸せな生活を過ごしているが
ランは全くそうではなかった
以前のようによく笑ったりよく怒ったりよく泣いたりする姿はなく
心ここにあらずという感じだった
夜になるとランは必ず泣く
すすり泣く声が毎晩聞こえてくる
俺は耐えきれずに声を掛けた
「大丈夫…?」
「勝手に涙が出るだけだから…ほっといて。」
「そんな毎晩泣かれたらほっとけないよ。」
「カイトは毎晩無視してくれるわよ。」
「それは薄情すぎないか?」
「別に…そんなこと思わないわよ。寧ろ干渉してこないから楽よ。」
「でもやっぱりほっとけないよ。俺はランに救われたんだ。俺に出来ることなら恩返ししたいんだ。」
「ラブロマンス作戦に参加してくれてるだけで十分よ。」
「そんなの当たり前だよ。俺はもっとランの役に立ちたいんだ。ランの涙を止められるような頼れる男になりたいんだ。」
「優しいね。ミラン。」
「ランにだけだよ。」
「恩人だから?」
「それだけじゃない。ランが好きだから。」
思わず告白をしてしまった
ヘタレの俺には一生無理だと思っていたけれど
ランがもう死ぬかもしれないと聞いて言うしかないと思った
この気持ちをランに死ぬ前に伝えたかった
困らせるだけかもしれないけれど
どうしても知って欲しかった
「女の趣味悪いね。ミラン。」
「そんなことない。ランは美人で優しくて家事も出来て俺にはもったいないぐらいいい女だよ。」
「フフッ。ありがとう。でもごめんね。恋人にはなれない。」
「どうして?」
「クーデルが好きだから。忘れられないの。寝る時はいつも添い寝をしてくれたクーデルを思い出して泣いちゃうの。」
「違う女を選んだクーデルなんか早く忘れた方がいい。」
「そんなのわかってる。でも思い出しちゃうんだからしょうがないじゃん。」
俺はランの手を握る
「ランが眠るまで手を握って話をしてあげる。クーデルのことを思い出すことがないように。」
「えぇ?話すことが苦手なクーデルにそんなことが出来るの?」
「出来るよ。クーデルを思い出す余裕がないぐらい楽しませてみせるから。」
「フフッ。じゃあお願いしようかな。」
ランは俺の手をギュッと握り返してベッドに入り寝付こうとしている
「じゃあ楽しいお話聞かせてもらおうかしら。」
とイタズラぽくランは笑う
「えっと…えっと…昔々あるところに〜」
「日常の面白い話かと思ったのにまさかの昔話とは。」
「魔族と人間は戦争をしていました。」
「しかもめちゃくちゃデリケートな話するじゃん。」
「かつて2つの種族は仲良く暮らしていたのです。」
「そうなの!?」
「しかし、魔族が魔法をどんどん編み出して魔族の力が巨大化してきました。」
「それで魔族が戦争を起こしたの?」
「いいえ。力の差がどんどん開く人間達が焦り、戦争をしかけたのです。」
「そうなの!?」
「何も悪いことをしていないのに仲間を殺された魔族は怒り狂いました。そしてたくさんの人間を魔法で殺したのです。」
「そうなんだ…」
「魔族の圧倒的な力で序盤は魔族が有利でした。しかし、魔族は数が少ない。人間達は数の力で徐々に魔族を追い詰めて遂に勇者は魔王を封印することに成功したのです。」
「そして世界は平和になった。」
「かつては人間と魔族は仲の良い種族だったんです。また…魔族と人間が共存出来る未来をきっと作れます。」
「ミランは人間と仲良く出来てるもんね。私はダメ。幸せそうな人間を見てると殺してしまおうかと思っちゃう。最低なの。」
「俺だって…師匠がドラゴンになったときはナーチス村の人々を殺して憂さ晴らししてやろうかなと考えたこともあったよ。でもしなかった。心が弱っていたら誰でも八つ当たりしたくなるんだ。ランは実際に幸せそうな人間を意味もなく傷つけるようなことはしないよ。」
「そんなのわからない。人間を嫌いになれば私だって…」
「ランが人間を嫌いなることはないよ。」
「どうしてそんなことが言い切れるの?」
「ランは命懸けで人間の大事なお婆さんを助けようとしていた。そんなランが人間を嫌いになるわけがない。」
「お婆ちゃんが亡くなったら人間なんてどうでもよくなるかもしれない。」
「そんなことない。ランは優しい女の子だ。人間を襲ったりしないよ。」
「随分と信頼されてるのね。私。」
「そうだよ。だから安心して寝てね。」
「フフッ。久しぶりにいい気分で眠れそう。ありがとう。ミラン。」
「明日はランが笑えるような面白い話を仕入れてくるよ。」
「アハハ!何それ!面白い話を買うの?」
「ランが笑顔になれる話なら喜んで購入してくるよ。」
「自分で考えてよ。面白い話。」
「俺にユーモアのセンスはない。」
「そう?やったことがないだけで意外とあるかもしれないよ?」
「…滑ったときがこわい。」
「アハハ!それはそれで面白いんじゃない?」
「かっこ悪いからやだ。」
「人から面白い話を買う方がカッコ悪くない?」
「…盲点だった。」
「やっぱり面白いね。ミラン。」
そう言って今日は穏やかにランは眠りについた
いつか俺がランが甘えてくれるぐらい頼りになる男になれるといいな




