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「――時間が、巻き戻っている」


普通に考えたらありえない。

まだ夢のまま覚めていないだけかもしれない。

いずれにせよ、私が繰り返し処刑されることに変わりはなかった。


とはいえ、本当にまったく同じ流れというわけではない。

特にフェルだ。彼の行動だけが違っていて、しかも……私が剣を避けるのを、結果的に邪魔するようなことをしてきた。


(夢と同じなら、いまも部屋の外に立っているはず)


そう考えた途端……背筋がぞわりとした。

彼はなんのために、私の部屋のそばにいるのだろう。

最初は組紐、次は髪飾り。そうやって形を変えながら、私に介入してくる。

やっぱり……狙いは私自身なのだろうか。


(でも……妙に回りくどいのよね。仮に私がセオドリクの最初の一撃を避けたところで、そのあと逃げ切れるかどうかもわからないのに)


フェルが怪しいのは間違いないのだけれど、なぜそんなことをするのかは、どんなに考えてもさっぱりわからなかった。

ただ……助けもせずに見ていただけだったのだから、少なくとも味方ではなさそう。


(というか……フェルもラグレイン家を裏切って、セオドリク側についていると考えたほうが自然かしら。理由はわからないけれど……なにか思惑があるのでしょうね)


このまま部屋を出たら、またフェルと鉢合わせするかもしれない。

ただ、採光用の小さな窓しかないこの部屋では、扉以外に出入りする方法はない。


「封印の務めや、定例の儀を休むわけにはいかないし……いえ、どうせ殺されるなら休んでもいい気はするけれど」


休んだら休んだで、どんな流れになるのかは気になる。

そもそも、なんと言えば休めるのかもわからない。


「本当のこと――王家や神殿が、ラグレイン家を切り捨てようとしているなんて話……もちろん信じてもらえないでしょうしね」


はあ、と盛大にため息をつく。

正直、時間が巻き戻っているとわかったところで、できることなんてほとんどない。

それでも、また同じ日を繰り返すのなら――少しずつでも、試していくしかないのかもしれない。


(そもそも……巻き戻りの条件って、私が処刑されることなのかしら? たとえば、私が死ぬだけでも巻き戻ったり……)


うっかり想像してしまい、めまいがした。

さすがに、自分から死んで確かめる度胸なんてなかった。


(そんなことより、残された時間で試すだけ試してみましょう、うん)


自分が死ぬ想像を無理やり振り払い、そう言い聞かせた。


「朝のお祈りの時間には、間に合いそうにないけれど……封印の務めと定例の儀は、ちゃんとやる。まずこれね」


あまり夢とかけ離れたことをして、知らない流れになってしまっても困る。

ここは、慎重に動いたほうがよさそうだ。


「うう……でも、せめて死にかたくらいはもう少しマシにならないものかしら。また剣で斬られるなんて、痛すぎるわ……」


さっき確かめたはずなのに、やっぱりまだ痛みだけは身体に残っている気がしてならなかった。


「あと、私にできそうなのは――」


定例の儀の流れを思い返す。

私が「偽りの聖女」と呼ばれたのは、ラグレイン家の封印が「嘘の封印」だと決めつけられたからだ。

けれど私はもちろん、たぶんラグレイン家の誰も、それが嘘ではないと客観的に示せるだけの証拠を持っていない。


「ラグレイン家の封印については、聖女としてひととおり教わってきた。でも、それで全部だとも思えない……」


たとえば、屋敷や大神殿の書庫には、まだ目を通していない記録や資料が残っているはず。

まずはそこを調べて、「嘘の封印」じゃない証拠を探してみるしかない。


「他にいい案も思い当たらないし、善は急げね」


急いで朝の支度をする。

最後に、家の紋章入りの髪飾りをつけようとして……夢でフェルにすり替えられた時の光景が頭をよぎる。

なんだか、つけるのが怖い。


(……髪飾りは、定例の儀の直前につけましょう)


髪飾りを懐にしまい、扉の前に立つ。

廊下にはきっと、フェルが立っている。

彼の行動に気をつけながら……何を考えているのか、少しでも探れればいいのだけれど。


「……よしっ」


意を決して、扉を開ける。

廊下には――フェルの姿はなかった。


「……あら?」


拍子抜けして、張っていた肩の力が抜ける。

近くはもちろん、廊下の先にも、白いローブの影すら見えなかった。


「どういうこと……?」


小さく首を傾げる。

……まあ、いないのなら仕方がない。


「一応、家の者に聞いてみようかしら。あとは……行ってみるとしたら()()()ね」


私は屋敷の礼拝室には行かず、まずは近くにいる家の者たちへ、フェルの行方を尋ねて回った。



 ◇ ◇ ◇



結局、今日フェルの姿を見た者は誰ひとりいなかった。

もっとも、朝のお祈りを抜け出したことを知られたら面倒そうな父や侍女長には、さすがに聞きに行けなかったけれど。


そういうわけで、私は屋敷の裏庭までやってきた。

フェルはいつも、この古い大木の上で昼寝をしている。

よっぽどお気に入りなのか、雨の日でもなければ、彼がここにいないほうが珍しいくらいだ。

それなのに……木の上にもいなかった。


「……フェル? いないの?」


念のため、声をかけてみる。

返事はなかった。


(気になるけれど……これ以上探したところで、時間の無駄よね)


フェルのことはいったん後回しにして、まずは聖女の務めを果たすため、封印の間へ向かうことにした。



 ◇ ◇ ◇



いつもどおり、務めを終える。

ふと、私の祈りに応えて淡く光っていた石扉の紋様を、じっと見つめた。


(逆に、どうしてこれで「嘘の封印」だなんて言えるのかしら。人を騙すためだけに、こんな大掛かりなものを作るなんて……信じられないわ)


聖女と定められた者の祈りにだけ反応して、紋様が光る。

私は、魔法や神聖な力そのものに詳しいわけじゃないけれど……そんな仕掛け、本当に作れるものなのだろうか。


そんなことを考えながら封印の間を出ると、年配の神官が心配そうに声をかけてきた。


「エステア様……封印に、なにか問題でも?」


「……えっ?」


そう言われ、自分が眉間に皺を寄せていたことに初めて気づいた。


「あら、ごめんなさい……いえ、封印にはなんの問題もなかったのだけれど……個人的なことで、ちょっとね」


神官はほっとしたように息をついた。


「それならよいのですが……エステア様が悩まれるなんて、珍しいですな。先代の聖女様が早くに亡くなり、年若くして当代の聖女となられてから……ずっと毅然としておられましたから」


面と向かってそう言われると、なんだか気恥ずかしい。

母は病で亡くなる間際、こんなにも早く聖女の務めを私に継がせることになるなんてと、陰で悔やんでいた。

それを知ってしまったからこそ、せめて立派に務めを果たそうと頑張ってきただけだ。


それでも、こうしてちゃんと見てくれていた人が神殿にもいたんだと知って、少しだけ気が緩んだ。


「その……こんなことを言うなんて、聖女失格かもしれないけれど……この務めに、この封印に、本当に意味なんてあるのかって……少し悩んでいて……」


書庫を調べると決めたとはいえ、封印が本当だと証明できる証拠が見つかる保証なんて、どこにもない。

どうせこのあと、また嘘の封印だの偽の聖女だの決めつけられて、処刑されてしまうのなら――少しくらい弱音を吐いてもいいような気がしてしまった。


神官はわずかに目を見開くと、今度はふっと息を吐いた。


「無理もございません……この封印は、私のような年寄りが生まれるよりもさらに遠い昔に施されたもの。私が若い頃すら、封印を心から信じている者など少なかった。昔から引き継がれてきたから、続けている。……そういうものですよ」


そんなことを言われ、次は私のほうが目を見開いた。


「てっきり……叱られるかと思っていたわ」


「まさか。エステア様は毎日欠かさず、聖女の務めを果たしておられる。あなた様を叱れる者など、おりませんよ。むしろ……ああ、ふふっ。懐かしいことを思い出してしまいました」


神官がふいに笑い出したものだから、不思議に思って尋ねてみる。


「なにを思い出したの?」


「いえね……三代前の聖女様――つまりあなたのひいお祖母様なんて、叱られるどころか、むしろよく人を叱るかたでしてね。基本は快活でお優しかったのですが、子どもだった私もよく叱られたものです。とくに当時のラグレイン家の魔術師のかたは、いちばん叱られていた気がしますな」


「ラグレイン家の魔術師……」


ひいお祖母様は私が生まれる前に亡くなっていたし、家の魔術師として私が知っているのはフェルだけだ。

その人も、たぶんフェルの前か、さらにその前に仕えていた魔術師なのだろう。


「しかし……」


神官は顎に手をやり、ふと考え込んだ。


「あの魔術師のかた……はっきりとは思い出せないのですが、いま思えば――フェル様に似ていた気がしますな」


「……フェルに似ていた?」


白い髪に、白いローブ。

そんな目立つ人が、そう何人もいるとは思えない。


(もしかして……フェルは親子代々、ラグレイン家に仕える魔術師だったとか?)


けれど、そんな話は聞いたこともなかった。

しばらく考え込んでいた神官は、ふいに眉をひそめた。

まるで、なにかを思い出しかけて――そのまま見失ったみたいに。


「……いえ」


神官はこめかみを押さえ、それから無理に首を振った。


「気のせいですね。私の勘違いです。それより……エステア様も、お疲れでしたら少し休まれてはいかがでしょう。定例の儀まで、まだ時間がありますし」


「……ええ。そうさせてもらおうかしら。それでは、失礼しますわ」


話の切り上げかたがどこか不自然で、少し気にはなったけれど……いまは立ち止まっている場合じゃない。

フェルに似ていた――その言葉を頭の隅に残したまま、私はその足で大神殿の書庫へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



大神殿の書庫は、封印の間から少し離れた神官区画の奥にあった。

昔、封印や聖女について学んでいた頃には何度か通ったけれど、こうして自分の意思で足を運ぶのはずいぶん久しぶりだ。

書庫を預かる神官にまで「珍しいですね」と驚かれたほどだった。


(今日はやけに神官たちに驚かれるわね……無理もないけど)


そんなことを思いながら、神官に事情を話す。


「実は、封印についてもっと詳しく知りたいの。その……私も婚約したことだし、後継ぎが生まれた後のことも、そろそろ考えないといけないじゃない? 次の聖女に、ちゃんと自分の口で教えられるように勉強し直したくて」


我ながら、それらしいことを言えた気がする。

神官は一度目を瞬かせると、


「あれほど勉強嫌いだったエステア様が、そんなことを仰るとは……私も年をとったものですな」


と返してきた。

さっきみたいな気恥ずかしさじゃなくて、普通に恥ずかしかった。


「こ……子どもの頃の話でしょう、それは。……ただ、この書庫の資料にはひととおり目を通しているから、もう少し詳しい記録は残っていないのかなって。なにか知らないかしら?」


そう尋ねてみると、神官は「ああ」と、なにか知っているふうな声をあげた。


「それでしたら、奥書庫はいかがでしょう。普段は鍵をかけているのですが、エステア様なら問題ございません」


「……奥書庫?」


示されたのは、書庫の入り口からいちばん遠い扉だった。

基本は倉庫や神官用の部屋なのだろうと思っていたから、奥書庫なんて部屋があることは初めて知った。


「秘匿性の高い記録や資料は、そちらに保管しているのですよ」


神官は奥書庫の鍵を開け、壁に掛けられていた覆い付きの灯りを手に取る。


「こちらが、封印や聖女に関する記録をまとめた棚です」


「ありがとう」


礼を言うと、神官は書庫へ戻っていく。

奥書庫に、私ひとりが残された。


棚から一冊ずつ記録を抜き取り、内容を確かめていく。

奥書庫の記録は、たしかに普通の書庫より詳しかった。

初代聖女が生まれながらに特別な力を持っていたことも、その力で封印を施したことも、よりはっきり書かれている。


なかには、初代聖女が災いを封じた瞬間を描いたらしい挿絵もあった。

光を背に、毅然と立つ初代聖女。

白い首元には、大きな傷痕が刻まれている。


添えられた記録によれば、それは大いなる災いを封じた時に負った傷らしい。

その傷痕だけで、どれほど激しい戦いだったのかが伝わってくるようだった。


ただ――肝心の「その力がなんだったのか」は、どの記録も曖昧なままだった。


(せめて、どんな力だったのかだけでもわかれば……封印が嘘じゃないって、示せるかもしれないのに)


いっそ、私にも初代聖女のような特別な力があれば、もっと話は早かったのだろう。

けれど、私にできるのは――


――『聖女の祈りで石扉が光る。それだけで、本当に封印が保たれていると?』


定例の儀で、メルディアに言われた言葉が蘇る。

記憶から追いやるように、頭を軽く振る。


(あんな女の言葉に惑わされちゃダメ……封印が本物なら、必ずなにかあるはずなんだから)


自分を落ち着かせようと、深呼吸をする。

その時、ふと……部屋の奥に隠れるようにして、扉があるのに気づいた。


(……まだ、書庫が続いているのかしら?)


手にしていた記録を棚に戻し、なんとなく扉に近づいてみる。

試しに取っ手に手をかけてみたけれど、鍵がかかっていた。

気になった私は、書庫に戻って神官に尋ねてみることにした。


「その扉は、封印庫に続いておりますよ。書物ではなく、祭祀や儀礼で使う品々などを保管しております」


「祭祀や儀礼で……」


そういえば、今日の定例の儀では使わないけれど、儀式では神殿で用意された道具を使うことがある。

まさか、こんなところに保管されていたなんて。


「その封印庫って……私も入れるの?」


「申し訳ございませんが……封印庫は上位神官が管理しておりますゆえ、たとえ聖女様でも立ち入りはご遠慮いただいております。それこそ、初代聖女様の時代から残る、古く貴重な品もございましてな」


「そう……わかったわ」


できれば入ってみたかったけれど、断られてしまっては仕方がない。


(ここで得られるものは、もうなさそうね……)


定例の儀まで、もうあまり時間はない。

私は足早に、ラグレイン家の屋敷の書庫へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



屋敷の書庫をひっくり返すように探してみても、大神殿の奥書庫と同じで、やっぱり決定的なものは見つからなかった。

そのあいだに、いよいよ定例の儀の時間が迫ってきてしまった。

書庫の惨状を見て凄い顔をした年配の使用人に、「あとで片付けるから!」と言い残し、来た足でそのまま大神殿へ引き返す。


回廊を歩きながら、忘れないうちに紋章入りの髪飾りを頭につける。

正直なところ……足取りは重かった。

結局、ラグレイン家の封印が嘘ではないと客観的に示せる証拠は見つけられなかった。

かといって、このままなにもせず、三度目の処刑を待つわけにはいかなかった。


(ここまでは、なるべく夢とは違うことをしないようにしてきた。でも、定例の儀が始まったら……すぐにセオドリクが動いて、またあの断罪劇が始まってしまう)


その前に、なにかひとつでも崩さなければ。

いまの私にできることは――


(――そうだわ!)

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