第2話:旅立ちと、小さな温もり
登場人物
レイン・アークライト
主人公。アークライト家を飛び出し、ミニドラゴンのファルと共に「対等な絆」を証明するための旅に出た少年。優しさと強い意志を併せ持つ。
ファル
レインが契約したミニドラゴン。手のひらサイズで臆病だが、レインの温かい優しさに触れ、少しずつ恐怖を和らげていく。将来は巨大なドラゴンへ成長するポテンシャルを秘める。
ベルンハルト・アークライト
レインの父親であり、アークライト家の現当主。一族の伝統や「力による支配」に絶対の誇りを持っており、役立たずのミニドラゴンと契約したレインを容赦なく切り捨てる。
前書き
『使役を捨てた召喚師の成り上がり ~最弱のミニドラゴンと、虐げられた仲間たちと歩む世界改革~』第2話をお届けします!
前回、古い因習に囚われた名門の契約式で、臆病なミニドラゴン・ファルと運命の出会いを果たしたレイン。第2話では、アークライト家との決別、そしてファルとの本当の旅立ち、二人が少しずつ距離を縮めていく温かな野営のシーンを描いています。
ファルの愛らしさと、レインの優しさが織りなすバディの歩みを、どうぞじっくりとお楽しみください!
「――ふざけた真似をしてくれたな、レイン」
大聖堂の喧騒が遠ざかり、冷たく静まり返ったアークライト家の当主執務室。
重厚なマホガニーの机の向こう側から、現当主であり父親であるベルンハルトの低く押し殺したような声が降ってきた。室内の空気が凍り付くような、絶対的な威圧感がピリピリと肌を刺す。
目の前に立つレインは、その冷徹な視線を真正面から受け止めながらも、微動だにせず真っ直ぐに父親を見返していた。
彼の肩の上には、先ほど契約を交わしたばかりのミニドラゴン――ファルが、不安そうにレインの衣服の襟を小さな前足でぎゅっと掴み、身を縮こまらせて隠れている。
「あの場で何を考えていた。よりによって、血統すらないあのような役立たずの雑種を相棒に選ぶなど……我がアークライト家の歴史に対する最大の侮辱だぞ」
「父上。僕は侮辱したつもりはありません。あの時、あの魔法陣の前にいたのは、他でもない僕の相棒です」
「相棒だと?」
ベルンハルトは鼻で笑い、冷ややかな瞳をさらに細めた。その表情には、息子に対する情愛の欠片もなく、ただ「失敗作の道具」を見るような冷酷さだけが宿っていた。
「モンスターとは恐怖で縛り、力で屈服させて初めて価値が生まれる。あのような臆病でか弱いトカゲを庇うなど、貴様は召喚師としての誇りを完全に忘れたらしい。……いいだろう」
ベルンハルトは机の上に置かれた書類を乱暴に押しやり、冷たく言い放った。
「これより、貴様をアークライト家の次代から廃嫡する。そして、一族の戸籍からも除外する。明日早朝までに、その無様なトカゲを連れてこの屋敷から出ていけ。二度とその面を見せるな」
それは、実の父親から言い渡された完全なる勘当、そして追放宣告だった。
周囲に控えていた執事や使用人たちが、息を呑んでレインの反応をうかがう。彼らの目にも、レインは「家を追い出された哀れな落第生」として映っているようだった。
しかし、レインの胸に去来したのは、絶望や悲しみではなかった。
むしろ、この息の詰まるような冷酷な支配の空間から、ようやく抜け出せるという解放感すらあった。
「……わかりました。ご期待に添えず申し訳ありませんでした、父上」
レインは皮肉の色を一切含ませず、淡々と、そしてハッキリとした口調で告げた。
その礼儀正しくも冷めた態度に、ベルンハルトは眉をピクッと動かしたが、それ以上言葉を交わす気もないといったように、冷たく手を振って部屋から出ていくよう促した。
こうして、レインはアークライト家を自らの足で飛び出すことになったのだった。
◇ ◇ ◇
アークライト家の領地を囲む高い石壁を抜け、王都の外へと通じる街道を歩き始めてから、数時間が経過していた。
空はすでに夕暮れの茜色に染まり始め、冷たい夜風が木々の葉を揺らしている。周囲にはモンスターの生息する危険な森林地帯が広がり始めており、一般の人間であれば夜間の移動など到底考えられない場所だった。
「……ふう」
レインは小さな道の傍らにある大きな木の根元に腰を下ろし、深く息を吐き出した。
歩き疲れたというよりも、これからの生活や旅路へのプレッシャーが、わずかに全身の筋肉をこわばらせていた。
すると、レインの肩にちょこんと乗っていた小さな影が、もぞもぞと動き出した。
『きゅ……?』
小さな鳴き声とともに、ファルが恐る恐る顔を出す。
夕暮れの光の中で、その大きな瞳が不安そうにパチパチと瞬いていた。大聖堂の厳戒な空気と怒号におびえていた時よりは少し落ち着いているものの、見知らぬ外の世界と寒さに、小さな体がわずかに震えている。
レインは優しく微笑むと、肩に手を添え、ファルをそっと両手ですくい上げて自分の膝の上に乗せた。
「寒かったかい、ファル」
『……ぴ、きゅっ』
ファルはレインの大きな手のひらの温もりに安心したのか、小さく鳴きながら、丸まった体にさらにしっぽを巻きつけた。牙も爪もまだ頼りなく、とても「ドラゴン」という畏怖の対象には見えないが、その愛らしさは格別だった。
「安心しなよ。もうあの家の人間に、君をどうこう言わせはしないからさ」
レインがそう言って頭を優しく撫でてやると、ファルはくすぐったそうに身をよじらせ、トコトコとレインの膝の上を歩いて、最終的にレインの厚手のコートのポケットの中へとすっぽりともぐり込んだ。顔だけをひょっこりと出し、大きな目でレインの顔を見上げてくる。その仕草は、まるで「守ってね」と訴えているようだった。
「よし、今夜はここで野営をしよう。少し冷えるから、火を起こすね」
レインは立ち上がると、手際よく周囲から枯れ枝を集め、簡易的な焚き火の準備を始めた。
かつての名門の次代として、護衛や召喚の訓練ばかりを叩き込まれてきたレインだったが、サバイバルに関する知識は、実は独学で書物を読み漁って頭に叩き込んであった。いざ実地でやってみると、頭で理解していた通りに小枝を組み、火打ち石を使って上手に小さな炎を作り出すことができた。
パチパチと心地よい音を立てて、焚き火の赤い炎が周囲を温かく照らし出す。
冷たい夜の闇の中に、オレンジ色の穏やかな空間がぽっかりと浮かび上がった。
「ほら、温かいかい?」
『きゅぁ……』
ファルはポケットから這い出てくると、焚き火の温かさに魅せられたように、ちょこんとお座りをして小さな両手を炎にかざすようなポーズをとった。その人間くさい、あまりにも可愛らしい行動に、レインは思わず声を上げて笑ってしまった。
「ははっ、本当に君は面白い相棒だね。ドラゴンっていうより、まるで小さな妖精みたいだ」
『むー……』
どこか不服そうに、ファルが小さく鼻を鳴らす。言葉こそ通じないものの、表情や仕草だけでその感情が手に取るように伝わってくる。
力で縛り付けるアークライト家の契約では、モンスターはただの「命令を聞く人形」でしかなかった。そこには心を通わせる余裕などなく、あるのは絶対服従の緊張感だけだった。
しかし今、目の前にいるこのミニドラゴンとは、言葉がなくとも心が通じ合っている感覚があった。
――対等な関係とは、こういうことなのだろうか。
レインは持参していた水筒の水と、旅立ちの際にこっそり持ち出した携帯用の干し肉を取り出した。干し肉を細かくちぎって、ファルの前にそっと差し出す。
「お腹、空いただろう。よかったら食べてくれ」
ファルは差し出された干し肉をじっと見つめ、次にレインの顔を見上げた。そこに疑いや警戒の色はもうほとんどなく、あるのは純粋な好奇心と信頼の色だけだった。
ファルは小さく「きゅっ」と鳴くと、ちょこんと小さなお辞儀をするように頭を下げ、美味しそうに干し肉をパクッと口に含んだ。
「美味しいかい?」
『うんっ!……って、言えないけど、美味しいっ!』
心なしか、ファルの尻尾が嬉しそうにパタパタと揺れている。
その平和で温かいやり取りを見ていると、先ほどまで胸の奥にあったアークライト家への蟠りや、これからの不安がすうっと霧散していくような気がした。
(僕たちは、ここから始めるんだ。力に頼らず、この子と、そしてこれから出会う仲間たちと共に――)
その時、遠くの闇の向こうから、ガサリと草木を揺らす不穏な音が聞こえてきた。
パチパチと燃える焚き火の音が、一瞬にして緊張感を帯びる。
『……ぴっ!?』
ファルは反射的に恐怖を思い出したのか、ピクッと耳を逆立て、レインの足にしがみついてブルブルと震え始めた。
だが、レインは慌てず騒がず、ファルの背中にそっと手を当てて優しくなでた。
「大丈夫だ、ファル。僕がついてる」
レインは立ち上がり、腰に帯びた剣の柄にそっと手をかけた。
闇の奥から現れる気配は、はたしてどのような存在なのか。
古い因習を捨てた少年の、世界を変える旅の本当の試練が、今まさに静かに幕を開けようとしていた。
後書き
第2話「家との決別、そして初めての野営」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
父親であるベルンハルトとの冷徹な対話を経て、アークライト家を出奔したレイン。そして、少しずつレインに心を開き始めるミニドラゴン・ファルとの温かな野営シーンを描かせていただきました。
力に頼らない旅を始めた二人を待ち受けるのは、一体どんな出会いと試練なのか……! 次回からはいよいよ、様々な「辛い境遇の仲間たち」との出会いに繋がる展開が動き出します。
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それでは、第3話でお会いしましょう!




