第1話:落第生の契約式
登場人物
レイン・アークライト
主人公。代々強力なドラゴンと「力による支配」の契約を結んできた名門・アークライト家の次代。古い因習に強い疑問を抱いており、モンスターを道具ではなく「対等な仲間」として尊重する優しい心を持つ少年。
ファル
レインが契約したミニドラゴン。手のひらサイズで、まだまともに飛べない赤ん坊。周囲の怒号におびえてガタガタ震えるほどの臆病な性格。
ベルンハルト・アークライト
レインの父親であり、アークライト家の現当主。厳格かつ冷徹な人物で、一族の伝統である「恐怖と圧倒的な武力によるモンスターの使役・支配」を絶対の正義と信じ込んでいる。
前書き
こんにちは。
今回から新シリーズ『使役を捨てた召喚師の成り上がり ~最弱のミニドラゴンと、虐げられた仲間たちと歩む世界改革~』の連載をスタートします!
「王道の育成・成長要素」と「力ではなく対等な絆で結ばれるバディの温かさ」、そして過酷な世界に立ち向かう少年の群像劇をじっくりと描いていきたいと思っています。
少しずつ成長していくファルと、優しい主人公レインの旅路を、ぜひ最後まで見守っていただけると嬉しいです。それでは第1話、お楽しみください!
「――我がアークライトの血脈に誓え。竜を従え、力をもって世界を屈服させよ」
厳粛な大聖堂の空間に、当主である厳格な父親の声が重く響き渡る。
高くそびえるステンドグラスを通した陽光が、冷たい大理石の床を深紅と黄金色の模様に染め上げていた。外の喧騒を完全に遮断したこの聖域は、張りつめた緊張感と、独特の冷たい空気で満たされている。
ここは、代々最強のドラゴンと「支配と使役」の契約を結ぶことで、その圧倒的な武力と政治的権威を保ち続けてきた名門召喚師――アークライト家の一族の儀場。
その中央に、凛とした佇まいで立っているのが、本日の主役である一族の次代、10代の少年レイン・アークライトだった。
周囲を取り囲むようにして、一族の長老たちや親族の者たちがずらりと居並んでいる。彼らの視線には、期待と、それ以上に「次代がどれほどの器かを見極めてやろう」という値踏みの色が深く混じっていた。
「兄上は、確か初回の儀式で一撃で古龍を引きずり出したというが……」
「あのレインめ、今年は一体どんな狂暴で威厳のある竜を従えてみせるのやら」
「ふっ、アークライトの名に泥を塗るような醜態だけは晒してもらいたくないものだな」
ひそひそと交わされる囁き声には、畏敬の念と、どこか冷ややかな選民思想の色が滲んでいた。彼らにとって、召喚師とは「絶対的な強者」であり、モンスターは「従えるべき下等な道具」でしかなかったからだ。
(……力で従わせる、か)
レインは心の中で、静かに、そして深く息を吐き出した。
この名門に生まれた者にとって、モンスターとは「手駒」であり「戦力」だった。反抗する者は徹底的な暴力と精神的威圧でねじ伏せ、恐怖によって絶対服従を誓わせる。それが、アークライト家の絶対的な、そして疑うことなき常識。
だが、レインには物心ついた頃から、その常識に対する拭い難い疑問があった。
――そんな、恐怖と暴力の枷で結ばれた絆が、本当に「信頼」と言えるのだろうか?
もしも自分たちが持っている圧倒的な力が失われたとき、その歪な主従関係は一瞬で崩れ去り、憎悪に変わるだけなのではないか?
かつて、幼い頃に傷ついた野良のモンスターが無惨に捨てられ、力尽きていく姿を見たときから、レインの胸にはずっと割り切れない思いが燻り続けていたのだ。
「――さあ、契約の時だ、レイン。汝の血を捧げ、誇り高き竜を呼び覚ませ!」
前方で、父親であるベルンハルトが冷徹な光を湛えた瞳を向けながら、鋭い号令を飛ばした。
その圧力に押されるように、レインは足元に描かれた複雑怪奇な魔法陣へと歩み寄り、そっと手をかざした。
次の瞬間、足元から眩い光が周囲を包み込み、空間がぐにゃりと歪む。魔力が渦巻き、大聖堂の空気が震えた。一族の誰もが息をのんで、その圧倒的な竜の顕現を待ち構えた。
――ずしん、と大地が大きく揺れる。
誰もが、天井を突き破るような巨龍の咆哮が来ることを確信した。
しかし。
『きゅ……?』
光が収まり、静けさが戻った大聖堂に響いたのは、あまりにも拍子抜けするほど小さく、か細い、気の抜けた鳴き声だった。
「……は?」
一族の誰かが、思わずといった様子で間の抜けた声を漏らした。
魔法陣の中心に立ち込めていた圧倒的な気配は霧散し、そこにいたのは――大空を揺るがすような古龍の姿など、影すらなかった。
そこにいたのは、体長わずか三十センチほど。
手のひらにすっぽりと収まってしまいそうなほど小さく、まだ自分の足で立つこともおぼつかないような、よちよちとした足取りの、赤ん坊のミニドラゴンだった。
その背中には、威厳のある竜の翼とは似ても似つかない、申し訳なさそうにパタパタと動く小さな翼が生えているだけだった。
「なっ……なんだそれは!」
「ミニドラゴンだと……? いや、それですらない。血統書付きの強大な種族ですらない、ただの最弱の雑種ではないか!」
「アークライト家の次代が、あんなトカゲを……! 一体どういうことだ!?」
聖堂は一瞬にして、信じられないものを見たというような激しいざわめきに包まれた。嘲笑、困惑、そして失望と侮蔑の視線が、一斉にレインの背中に突き刺さる。
一段高い祭壇の上で、父親であるベルンハルトが顔を真っ青から真っ赤に染め上げ、堪えきれないといった様子で怒鳴りつけた。
「レイン! 貴様、ふざけているのか! そのような役立たずの雑種、我が家系の面汚しめ! 今すぐその場で踏み潰して、契約など破棄しろ!」
「そうだ、破棄しろ!」「一族の恥だ!」「やり直せ」
周囲の親族たちからも、怒号と罵倒の合唱が浴びせられるように飛んできた。
だが、レインはその激しい風圧のような罵声を浴びても、その場から一歩も動かなかった。
彼はゆっくりとひざまずき、魔法陣の端で、周囲の怒号におびえて身を縮こまらせている小さなミニドラゴンを見つめた。
ミニドラゴン――のちにファルと名付けることになるその相棒は、人間たちの発する殺気や怒声に耐えかねたのか、頭を両手で抱えるようにして、レインの足の影へと必死にもぐり込もうとしていた。
(……こんなに震えている)
見下ろす冷酷な視線、暴力的な魔力、そして容赦のない罵声。
この子は生まれてからまだそれほど時が経っていないというのに、人間たちの持つ「支配の狂気」と「悪意」に真っ向から晒されてしまったのだ。だからこそ、怯え、存在を消すように身を小さくしている。
一族の者たちは言う。あいつは弱い。使えない。ハズレだと。
家系のために切り捨てるべきだと、誰もが口を揃える。
だが、レインの胸に湧き上がったのは、恥辱でも、絶望でもなかった。
――この臆病で小さな相棒を、あんな冷酷な連中に渡してたまるか。
レインは周囲の雑音を一切無視し、そっと、両手を地面に這わせた。
支配するためではなく、怯える相手を安心させるように、手のひらを上に向けて差し出す。
「……怖がらなくていい」
『ぴえっ……!?』
ファルと呼ばれたミニドラゴンは、レインの動く気配にビクッと全身を跳ねさせ、さらにレインの足首にしがみついてガタガタと小刻みに震えた。そこには誇り高い龍の威厳などカケラもなく、ただ怯えるだけの、か弱く小さな命があった。
だが、レインはその小さな温もりを感じ取りながら、ふっと優しい笑みを浮かべた。
そして、冷たい冷笑を浮かべる一族の面々から背を向けるようにして、はっきりと、力強く告げた。
「捨てたりしないさ。――君が怖いなら、僕が守る。そして、いつか一緒に強くなろう」
それは、力による支配と恐怖を絶対の正義とするアークライト家に対する、あまりにも静かで、しかし絶対的な反逆の宣誓だった。
その瞬間、レインとファルの足元にあった契約の魔法陣が、アークライト家を象徴するような冷徹な深紅の光ではなく、温かく、そしてどこまでも透き通るような柔らかな青い光に包まれて眩しく輝き出した。
それは、力による「使役」ではなく、魂の底から「対等な絆」を結んだ者にだけに現れるという、奇跡の光だった。
小さくて臆病な相棒と、古い因習を自らの手で断ち切った少年の旅が、今、静かに、そして盛大に幕を開ける――。
第1話「落第生の契約式」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「力による支配」が絶対のルールである名門・アークライト家の次代として生まれた主人公レインが、父親であるベルンハルトをはじめとする一族の嘲笑を浴びながらも、臆病なミニドラゴン・ファルと「対等な絆」を結ぶはじまりのエピソードを描かせていただきました。
ここからファルがどのように成長していくのか、そしてどのような「辛い境遇の仲間たち」と出会い、世界をどう変えていくのか……! 続報や次回の展開もぜひお楽しみにしていただければと思います。
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それでは、第2話でお会いしましょう!




