さあ、戦いを始めよう。
アベルが目を開けると、冷たい石の床に横たわっていることに気づく。周囲には松明が並び、そのすべてが黒い炎で燃えている。ここはどこだ?ポータルを通った瞬間、意識を失っていた。あの純粋な魔力の奔流に耐えきれなかったのだろう。振り返ると、ポータルは消えている。どうやって帰るつもりだ?
だが構わない。それは後で考えればいい。彼がここに来た理由はただ一つ――ダークゴーレムのコアだ。
ポータルの中に入った今、ダークゴーレムの気配はさらに強くなっている。魔力の放出さえ感じ取れるほどだ。その圧は、再び意識を失いそうになるほど強い。
ダークゴーレムは強力な存在のはずだが、この魔力は……多すぎる。
ダークゴーレムは影の神ノワールが創り出した次元――影界を歩くことができる。それは現実世界を完全に映し出した鏡のような世界だ。戦闘中にそこへ入れば、どこへでも移動し、現実へ戻ると同じ位置に現れることができる。非常に危険な能力だ。だがアベルには、それを無効化する手段がある。
アベルはこの場所――何と呼ぶべきかも分からない空間を歩き始める。強大な魔力の源へと進む中で、彼はいくつかの幻影狼に気づく。これもまた影の神の創造物だ。……何をする存在だったか?思い出せない。幻影狼は、影の神がアベルに秘密にしていた存在の一つだった。
構えを取ると同時に、幻影狼たちが一斉に襲いかかる。
防御の準備を整えた瞬間、一匹が飛びかかり、アベルを地面に押し倒す。その牙が顔へ迫るが、剣でかろうじて受け止める。
だが異変が起きる。
剣が紫に染まり始めている。
アベルの魔力ではない。狼の仕業だ。何かをしているが、それが何なのか分からない。
他の狼たちは待たない。一斉に突撃してくる。
瞬時の判断で、アベルは剣に噛みつく狼を蹴り飛ばす。だが狼は剣を離さない。
すぐに立ち上がり、後退して距離を取る。日々の過酷な鍛錬は無駄ではない。反応速度も、力も、確実に上がっている。
先ほど蹴り飛ばした狼は、まだ剣に食らいついている。
剣は完全に紫へと変色する。
やがて柄に亀裂が走り、それは徐々に刃先へと広がっていく。
そして――砕け散る。
地面に落ちた破片は消え始める。気で作られた剣なのだから当然だ。
だが問題はそこではない。
なぜ幻影狼はそれを破壊できたのか?気で構成された剣は、普通の武器より遥かに強固なはずだ。
そして何より――なぜその気が狼へと収束している?
中央の狼の体が膨れ上がる。爪は長く鋭く変化し、毛並みも紫から金属的な灰色へと変わる。
魔力が急激に増大する。
完全に別の存在へと変貌している。
ようやく理解する。
吸収した物質の性質を取り込む――それがこの狼の本質だ。
つまり、最初から固定された形など存在しない。
先ほどの姿ですら、本来の姿ではなかった可能性がある。
それは今や、鉄の狼へと変わっている。
距離を保ち、一撃で仕留めれば勝てる――そう考える。
だが、触れただけで吸収される以上、それは通用しない。
影の神はどうやってこんな存在を作り出したのか?
少なくとも、アベルには思いつかなかった発想だ。
新しい手段を試すしかない。
たとえ新たな剣を作っても、吸収されるだけだ。ならば、一撃で仕留めるしかない。
鉄の狼が天井へ跳び上がり、反動でアベルへと襲いかかる。
だがアベルは動かない。
狼ですら理解する。この攻撃は避けられるはずだ。
なのに――なぜ動かない?
違う。
なぜ笑っている?
――
何の音だ?侵入者か?
城を支配するダークゴーレムはそう考える。
愚か者め、と。
侵入者がいたとしても、幻影狼が止めるはずだ。
あの狼たちは弱くはない。
影の神が誇る存在だ。
それはゴーレムにとっても誇りだった。
彼は生まれた時から主に仕えてきた。
最強のゴーレムとして。
なぜか?
理由は単純だ。
彼だけが、土ではなく竜の鱗から作られているからだ。
竜の鱗は極めて希少だ。そもそも竜を見つけること自体が不可能に近い。
惑星を破壊するほどの力を持つ存在。
その炎は永遠に燃え続け、対象を灰にするまで消えない。
だが主は、その黒竜を指一つで殺した。
比喩ではない。
本当に「弾いた」だけで。
惑星以上の大きさを持つ竜が、空気の衝撃だけで切り裂かれ、命を落とす。
それが第三位の神の力だ。
主は彼に人の形を与え、名を与えた。
マリク。
それが彼の名だ。
主は常に希少な素材で創造する。
幻影狼は、数百万年前に絶滅した種の魔力から作られている。
だからこそ変化できる。
マリクは満たされていた。
主の側にいる、それだけでよかった。
だが一つだけ疑問があった。
自分は何のために作られたのか。
何度尋ねても、答えは同じだった。
「時が来れば分かる」
その言葉に納得できたことは一度もない。
だが信じるしかなかった。
――あの日までは。
混沌の神が死んだ日。
主は彼をこの惑星へ送り出した。
数百の創造物と共に。
この森で、主は言った。
「ここで待て。時間がない。必ずまた会おう。それまで生き延びろ」
そして闇となり、消えた。
マリクは打ちのめされる。
見捨てられたのか?
違う。
そうではないはずだ。
主には理由がある。
そう思い込むしかなかった。
彼らは散った。
数百のうち、五十だけがマリクと共に残る。
影界に拠点を築き、現実と繋ぐ門を作る。
それがこの城だ。
千年の時が流れる。
そして今――
その城に、一人の少年が立っている。
黒いスーツに、外套。
その手には、幻影狼の首。
狼は苦しみ、もがく。
だが――
握り潰される。
紫の光が少年の周囲に集まる。
無数の球体が浮かび、形を変える。
槍。
剣。
歪で禍々しい武器。
それらすべてがマリクへと向けられる。
少年が笑う。
「名前、知りたいか?」
その声が響く。
「ナイト・オブ・ブレイズ」
指が鳴る。
そして――すべてが放たれる。




