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混沌の神の再生  作者: 桐ヶ谷本真志
クラスチェンジ。
17/22

私は尋ねていませんでした

アベルは闇の中で目を覚ます。


部屋の闇ではない。夜の闇でもない。


そこにあるのは“無”だった。


床も、壁も、空も存在しない。ただ果てのない空虚だけが、四方から静かに押し寄せている。


音はない。


呼吸の反響すらない。


時間の感覚さえ曖昧だった。


アベルは――ただそこに存在している。


彼は歩き出す。


足元には何もない。それでも彼は進む。


ゆっくりと。


意図的に。


一歩踏み出すたびに、その身体が果てのない虚無へ沈み込んでいくように感じられる。


その時――


一つの存在が現れる。


純白のマントを纏った人物だった。


その白は周囲の闇を喰らうかのように輝いている。顔は見えない。しかし、二つの金色の瞳だけが遠い太陽のように輝いていた。


白いブーツ。


白いズボン。


白いシャツ。


その全てが静かな神聖さを纏い、周囲の空間そのものを歪ませている。


アベルは胸元へ手を伸ばす。


「……お前は誰だ」


彼の声は虚無に飲み込まれる。


その存在は答えない。


ただ静かに指を持ち上げ、アベルの額へ軽く触れる。


その瞬間――


アベルの身体が後方へ吹き飛ぶ。


彼は落ちる。


ただひたすらに。


落ち続ける。


下には終わりのない虚無が広がっていた。


かつて見たどの空よりも深く、暗い。


白い存在の光も、次第に遠ざかっていく。


薄れ――


やがて完全に消える。


アベルの落下速度はさらに増していく。


速く。


さらに速く。


そして――


突然、彼は着地する。


アベルの目が開く。


彼はアストラの膝の上にいる。


「……どのくらい気を失っていた?」


アベルが尋ねる。


「二十分ほどです」


アストラが静かに答える。


「そうか……」


アベルは天井を見上げる。


――あれは、一体何だったんだ。


その瞬間。


[通知]


大きな鐘の音が頭の中へ響く。


[クラス:神聖仲裁者]


[説明:魂と反神性の力を操る支配者。束縛した魂を己の意志で戦わせる。]


[スキル:魂の変容が進化しました]


[魂の変容 → 魂の支配]


[説明:以下の能力を獲得しました]


[魂を強制的に支配し、自身の兵として扱う]


[複数の魂を融合し、一つの存在へ変換する]


「……悪くない」


アベルが小さく呟く。


彼はアストラの膝から頭を上げ、ゆっくりと身体を起こす。


「申し訳ありません、アベル様」


アストラが静かに言う。


アベルは彼女へ視線を向ける。


「耳が……少し変化しています。エルフのようです」


「……エルフは好きか?」


アベルは自分の耳へ触れる。


確かに先端がわずかに尖っていた。しかし、本物のエルフほど長くはない。


――オーバーライドの副作用か。


「オープンスキル:オーバーライド」


[スキル:オーバーライドモード Lv.1]


[説明:全ての制限を超越する禁断状態。発動中、全ての身体能力および魔力性能が300%上昇する。圧倒的な破壊力によって戦場を支配可能。]


[発動中、使用者の精神性に変化が発生し、より冷酷かつ破壊的になる。]


[ペナルティ:急速かつ継続的なMP消費。初回使用後、一時的な身体変異が発生する可能性があります。]


アベルは青い画面を見つめる。


そして頭を掻く。


「……まあ、一時的らしいな」


彼は小さくため息を吐く。


周囲を見回す。


かつて美しかった部屋は、今や瓦礫の山へと変わっていた。


中央にはドラゴンの死体が横たわっている。


鱗は砕け、牙は折れ、翼は切断されていた。全身に無数の傷跡が刻まれている。


アベルもアストラも、その獣へ一切の慈悲を与えなかった。


アベルは膝を支えに立ち上がる。


アストラも続いて立ち上がる。


「アストラ」


アベルが口を開く。


「前のモンスターから回収できる素材を、可能な限り集めろ」


「承知しました」


アストラは頭を下げ、そのまま視界から消える。


アベルはドラゴンの死体へ歩み寄る。


[ソウル・ドミニオン 発動]


一瞬――


何も起こらない。


しかし次の瞬間。


ひび割れた鱗の下で淡い光が瞬く。


一度。


二度。


そして広がる。


光はドラゴンの全身の亀裂から漏れ出し始める。


まるで内部に閉じ込められていた何かが、外へ出ようとしているかのようだった。


死体が震える。


巨大な身体から砂埃が滑り落ちる。


低い唸り声のような音が部屋を満たす。


マナだ。


純粋で未精製のマナが、死体から立ち昇っていく。


最初は細い糸のようだった。


だが次第に増えていく。


さらに。


さらに。


そして――収束する。


ドラゴンの胸部上空。


無数の糸が捻じれ、一点へ凝縮されていく。


球体が形成される。


最初は小さい。


しかし瞬く間に膨張し、巨大な光の球へ変化する。


まるで生きた心臓のように脈動していた。


その瞬間――


球体が激しく震える。


そして後方へ飛ぶ。


逃げようとしている。


空気が歪むほどの速度で、崩壊した部屋から離脱しようとする。


アベルの目が細まる。


彼は静かに手を上げる。


そして――


握り潰す。


球体周囲の空間が崩壊する。


四方から圧力が押し寄せ、その動きを完全に止める。


球体は激しく震えていた。


その光は恐怖に揺れている。


深紫色のオーラがアベルの周囲で燃え上がる。


紫色のマナが鎖のように空中へ伸び、球体へ巻き付いていく。


光は暴れる。


激しく。


だが逃げられない。


「……許可は求めていない」


アベルの声は冷たい。


絶対的だった。


彼の金色の瞳が輝く。


ドラゴンの魂は理解する。


アベルの“支配”を。


抵抗すればするほど――


拘束はさらに強く締め付けられていく。


[通知]


鐘の音が再び響く。


[名称を設定可能:_____]


縛られてなお。


圧倒されてなお。


その魂はまだ牙を剥いている。


アベルの口元がわずかに歪む。


「……ファング」


[名称を設定しました:Fang]


その瞬間。


球体の動きが止まる。


そして――


崩壊する。


光が内側へ折り畳まれていく。


まるで空間そのものが圧縮されているかのようだった。


周囲の紫色のマナが激しく流れ込み、中心核へ注がれていく。


部屋が震える。


球体は再び膨張を始める。


しかし今度は――


形を持っていた。


最初に形成されたのは四肢。


巨大な爪を持つ脚。


だが完全な実体ではない。


濃密なマナによって構成された流動体。


意志だけで形を保っている。


次に胴体。


翼。


頭部。


最後に尾。


全てが純粋なエネルギーから圧縮され、ドラゴンの姿を形成していく。


光は徐々に暗くなり――


深紫色へ変化する。


完成した巨大なドラゴンは、迷うことなくアベルの前へ跪く。


アベルはしばらくそれを見つめる。


そして一度だけ頷く。


「……悪くない」


彼は背を向け、そのまま歩き出す。


「……新しいな」


その時。


風のような速度でアストラが現れる。


彼女は深紅の狼の死体を抱えていた。


首は切断され、身体には無数の斬撃痕が刻まれている。


彼女はそれらをアベルの前へ放る。


「回収できたのはこれだけです」


アベルはわずかに首を傾げる。


「オークはどうした?」


アストラは頭を下げる。


「申し訳ありません。到着した時には、死体が消えていました。血痕すらなく……最初から存在していなかったかのように」


「……そうか」


アベルは短く答える。


「まあ、今はどうしようもないな」


彼は狼の死体へ近づき――


突然止まる。


振り返り、アストラを見る。


彼は軽く手で合図する。


アストラは迷うことなく膝をついた。


アベルは彼女の頭へ手を置き、軽く撫で始める。


数秒後、手を離す。


「よくやった。動きに一切の迷いがなかった。報酬として、新しい短剣を作ってやる」


「……ありがとうございます」


アストラが静かに答える。


アベルは再び狼の死体へ視線を戻す。


しゃがみ込み、一体へ触れる。


「……やるか」


淡い光が狼たちの身体から浮かび上がる。


十体全ての上空へ、小さな球体が形成される。


アベルは少量のマナを流し込み、それらを安定化させる。


球体が鮮やかな紫色へ染まる。


そして膨張する。


四肢。


尾。


頭部。


マナの身体へ毛並みが形成されていく。


やがて十匹全てが完全な形を得る。


マナが安定し、その姿が固定される。


[通知]


[主権の鍵を獲得しました]


[説明:SSランクモンスターが満ちたダンジョンへの扉を開く鍵。どの扉にも使用可能。]


アベルの手の中へ、黒曜石の鍵が現れる。


王冠のような形状をした柄には、紫色の血管のような光が走っていた。


彼はしばらくそれを見つめる。


そしてインベントリへ収納する。


その後、ずっと彼を見つめていたファングへ視線を向ける。


「よう、ファング」


ドラゴンはゆっくりと頭を上げる。


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