愛してる
レオンの背後に現れた相棒は、襲い来る魔獣が苦しむよりも早くにその命を断つ。
それが、優しすぎる彼女なりの戦い方だった。
「リンネ! よかった、無事だったのか!」
「当然。急いで終わらせて来てやったんだから、私とベルに感謝しなさいよね」
「そうだ、ベルは……!」
戦場の只中だというのに他人の心配をするレオンに、リンネは呆れて少し笑う。
これでいて誰よりも強いのだから、全くもって恐ろしい。
――ま、そこがあんたの良いとこなのかもね
「大丈夫よ。あの子なら今、協会の人達に保護されてるわ。ただ、張り切りすぎてもう動けないみたいだけど」
「そうか、よかった……」
「それよりレオン、今はやるべきことがあるでしょう?」
「それもそうだな……終わらせてくる」
そう言って、レオンは改めてウルフへと向き直る。
全ての復讐、そして清算を果たすべき時がやってきたのだ。
「く、来るなぁっ!」
縋るように叫び、ウルフはなおも醜く地を這いずる。
憎悪に満ちた鋭い視線でそれを見据え、レオンはゆっくりと歩き出した。
ウルフの額には冷や汗が滝のように流れていた。
「な、なぁレオン。お前もわかるだろう? この連邦は腐っている!」
絶体絶命の窮地に陥ったウルフは命乞いじみた文句を矢継ぎ早にまくし立てる。
「だから?」
「だから! 一度壊すべきなんだ。連邦も隣国も、今あるなにもかもを!」
「それは違う」
熱意を持って持論を展開するウルフを、レオンは否定する。
「たしかに腐敗はあるのかもしれない。だが……だからといって関係のない人が巻き込まれていいはずがない!」
気づけばレオンの赤い瞳には涙が浮かんでいた。
それは哀しみが為か、それとも怒りによるものなのかは、レオン自身にも分からなかった。
「なあウルフ。ララのお母さんはなんで人生をめちゃくちゃにされなきゃいけなかった……リンネはなんで尊厳を踏みにじられなきゃいけなかった!」
涙を流し、レオンは問う。
彼の脳裏には泣きじゃくるララや辛そうに昔を語るリンネの姿が、悲しむ人達の姿があった。
「答えろ! ウルフ!」
「必要な犠牲だ。変革に犠牲はどうしてもついて回る!」
「なら、やっぱりお前は間違ってる」
レオンが剣先をウルフへと向ける。
狩人の赤い瞳は、真っ直ぐに狩るべき獲物を捕らえていた。
「俺はお前と違う道を往く。例え、どれだけ時間がかかろうと」
「この……偽善者がっ……!」
緑の瞳が揺らぎ、ウルフが敵意に満ちた瞳でレオンを見やる。
「時間がかかっては意味がないんだ……私は……」
震える足に力を込め、ウルフは敵を討つべく走り出す。
己の正義を貫く為に。
「私は間違ってなどいない!」
しかしそれを止めたのはレオンの冷たく鋭い短剣ではなく、一度は道を共にした昔の仲間の温かい抱擁だった。
「もういい……もういいんだウルフ。もう、やめてくれ」
ウルフを抱きとめたシンピは、願うように囁く。
優しき拘束をウルフは振りほどこうとするが、満身創痍の身体ではいくらか休んだシンピにまるで敵わない。
「放せシンピ! 私は……!」
抵抗の言葉に逆らい、シンピはより力強くウルフを抱きしめる。
「もう終わったんだ。ウルフ、お前の負けだ」
「終わってたまるものか! 私は……もう、引き下がれないんだ!」
「そうか……」
シンピが哀しげにレオン達を見やる。
その眼はレオンがいつかの夜に見たものと同じ、慈愛に満ちたものだった。
「レオン、すまない。お前からのお礼……受け取れそうにない」
「そんな……噓、ですよね。師匠」
震える声で紡がれたレオンの言葉に答えることはなく、シンピは微笑んだ。
「ビーディー……こいつらのこと、頼んだぞ」
「おい、シンピ……? 待て! シンピ!」
「師匠!」
縋るように声を上げるリンネに、シンピはひと言だけ呟いた。
「 」
「え……」
そして、呪文は紡がれる。
「『転移』」
瞬間、シンピとウルフの身体は遥か上空へと消えた。
「おいシンピっ……! 放せ! 何をする気だ!」
なおも暴れるウルフに、シンピは母のように優しく語りかける。
「安心しろ。お前ひとりで行かせはしないさ……一緒に行こう。みんなのところに」
その言葉にウルフの頭からサッと血の気が引き、視界が眩む。
「やめろ! シンピ!」
ウルフは必死になって叫ぶが、その懇願がシンピに届くことはない。
銀の髪を空になびかせるシンピはウルフを強く抱きしめ、走馬燈に思いを馳せる。
悪くない人生だった、と。
そして、魔女は願う。
――どうか、あの子たちが幸せになりますように
「『火之迦具土神』」
シンピが最期の呪文を唱えた瞬間、二人の身体は太陽の如き爆炎に包まれた。
そうして戦いは終わりを告げる。
その日、ノシュキルの町には雨が降り注いだ。
優しくも哀しい、糸のような春雨が。




