ベル
騒乱の中にあるノシュキルの町。
その中心へと続く路地をレオン達三人は走っていた。
「広場の方がなんか騒がしいよ……!」
ララの言葉に、レオンとリンネは息を吞む。
敵が広場にいるということは、シンピとビーディーが後退したということだ。
そんなことが出来るのは恐らく一人しかいない。
「ウルフだ」
確信を持ってレオンが呟く。
そして師と友人の身に危険が迫っているであろうこともまた、レオンは分かっていた。
レオンの脳裏に、昨夜のシンピの横顔が浮かぶ。
少しでも早く師のもとに駆け付けようとレオンが足に力を込める。
その時、レオン達の横にあった家の壁が途端に崩れだした。
「ッ! 危ない!」
ララが危険を察知し、二人に飛び掛かって飛来した瓦礫を避ける。
「二人共大丈夫!? 怪我は……っ!」
「ララのおかげで大丈夫だ、ありがとう。それよりなにが……」
レオンが体勢を起こし崩れた壁を見やると、開いた大きな穴から数体のオーガが姿を現した。
「噓……待ち伏せてたってこと……!?」
「みたいだな。くそ! こんなとこで時間喰ってる暇なんてねぇのに……!」
レオンが短剣に手をかけた時だった。
「くらえぇぇえ!!!」
聞きなれた声と共に、一人の少女がオーガに殴りかかる。
勢いとは裏腹に整ったフォームで繰り出されるその一撃は少女の持つ力を真っ直ぐにオーガの腹部へと伝えて、その巨躯を揺るがす。
その少女は――
「――ベル!」
「レオンさん! ここは私が食い止めます!」
「だ、だけどベル、オーガは!」
そう。
オーガは数いる人型魔獣の中でも随一と言われる程強力な魔獣だ。
そんな化け物が五、六体。
いくらビーディーの下で修行を積んだとは言え、駆け出し冒険者のベルが相手するにはあまりに危険すぎた。
しかし。
「わかってます!」
レオンが何か言うよりも先に、ベルが決意の籠った声で制する。
この献身が無謀であることなど、彼女はとうにわかっていたのだ。
「それでも、なんです」
どこか悲壮感を感じさせる声でベルは言葉を続ける。
「レオンさんは、戦えない私を一人の仲間としてブレンダムに連れていってくれました……それだけじゃありません。なにより、長年行方知れずだった姉を連れ帰って来てくれました」
「だけどあれは……」
ベルの姉であり、ララの母親でもあるリディア。
レオン達は彼女を生きて連れ帰ることが出来なかった。
されどベルは首を横に振り、レオンの「だけど」を否定する。
「いいんです。もう一度顔が見れた。その事に私達がどれだけ感謝しているか……だけど私は、あなたに何も返せてなんかない。だから……!」
ベルの瞳に闘志が宿る。
視線の先には、敵であるオーガどもの姿があった。
「行ってください。私はあなたに、少しでも尽くしたい!」
「ベル……」
「私も残るわ」
そう言って、リンネがベルの隣に並ぶ。
「一人でかっこつけるなんてさせないわよ。ベル」
「リンネさん……!」
リンネとベルが視線を交わす。
その様はライバルのようでも、親友のようでもあった。
「そういうことだから。レオン、ララ、さっさと行きなさい。あたしもこっちが終わったらすぐに向かうわ」
振り返ることもなくリンネは二人にそう言ってみせる。
それは、苦楽を共にしたパーティーメンバーへの信頼の表れであった。
「……わかった。ありがとう、二人とも!」
「いいってこと……死ぬんじゃないわよ。相棒」
「……! ああ! 行こう、ララ!」
駆けていく二人の足音が段々と小さくなっていく。
そうして足音が聞こえなくなる直前、去りゆく背後にベルは願いを託した。
――レオンさん、また会えたら、その時は
「どうか、笑っていてください」




