伝えられなくなる、その前に
深夜。
窓から差し込む僅かな月明かりのみを頼りに、レオンは誰もいない廊下を一人でヒタヒタと歩いていた。
一つのドアの前で歩みを止めると、迷いなくノックする。
「入れ」
中から聞こえてきたのはシンピの声。
静かな夜に相応しいその声に応え、レオンはドアノブに手をかけた。
「失礼します」
部屋に入ると、シンピは窓辺に座り佇んでいた。
その姿はどこか儚く、美しき絵画のようで、すっかり見慣れたはずの横顔にレオンは一瞬見入ってしまっていた。
「どうした。そんな所に立っていないでこっちに来い」
表情こそ変わらないものの、紡がれる言葉は慈愛に満ちており、レオンはどこか異質な柔らかい雰囲気を感じていた。
「そう、ですね」
レオンは促されるまま椅子に座り、大きく息を吐いて気持ちを引き戻す。
この部屋に来たのはシンピに呼び出されたからだった。
「それで、なんですか。話って」
単刀直入に切り出すと、シンピは窓の外の夜空に視線をやった。
「静かな……いい夜だな」
「へ? ま、まあ……そうですね?」
突拍子もない言葉に、レオンは困惑しつつも答える。
そんなレオンを見てシンピは小さく笑うと、優しい声で言葉を続けた。
「今回こそ私は死ぬかもしれない」
シンピらしくない弱気な発言に、レオンは驚き立ち上がる。
その反応は半ば反射的なものであった。
「なっ……! そんなこと!」
「いいから聞け」
声を荒げることもなく、柔らかな声のままでシンピは静かにレオンを制する。
「今回お前に来てもらったのは、伝えておかなくてはいけないことがあるからだ」
「伝えておかなくちゃいけないこと、ですか」
「ああ。伝えることができなくなる前にな」
ひと時の間、シンピが軽く目を閉じる。
それは長く悲しい彼女の思い出をなぞるように。
ゆっくりと夢から醒めるように開かれた瞼の先には、決意と悲哀に満ちた魔女の瞳があった。
「今回お前に話すのは、私の仲間の一人であり……今まで話していなかったお前の母親、ミラについてだ」
「俺の……母親……」
月に薄雲がかかり、部屋が闇を湛える。
静かな夜は、更に深くへ沈んでいこうとしていた。




