動き出す運命
お待たせしました!
どうぞお楽しみくださいませ。
―選手通路―
コツ、コツ、コツ……。自分の歩く足音が響く。歩くたびに衣服の擦れる音や、自分の呼吸音が脳に届く。それさえも煩わしく感じる程に、俺は今、目の前の魔剣『零の氷刃』を見つめる事だけに集中していた。
ケイ・アマガサとザクス・クレイルの試合を思い出す。誰の目から見ても、ケイ・アマガサの剣の腕は俺やフィンラルよりもずっと上だろう。そのケイ・アマガサさえも一切寄せ付ける事無く叩き伏せて見せた<剣聖>を、俺はこれから相手にするのだ。
面と向かって試合開始をする以上、奇襲は出来ないし、奇策も恐らくは裏をかく前に対処されてしまうだろう。それでも何か策は無いかと、思考を巡らせる。
『俺に身体を貸せば、渡り合う事くらいは出来ると思うが?』
と、グレドラードが言う。
永い眠りから醒めたばかりで、その力は全盛期の三分の一にも満たないらしい。それでもあの<剣聖>と渡り合えるというのだから、さすがは魔王ということなのだろう。
だが、この戦いにおいて俺は、コイツに身体を貸すことは無いだろう。それは身を持って【世界最強】を体験してみたいと思っているからだ。
『クハハ、貴様のやりたいようにやってみよ!!』
「ああ。瞬殺されないように気を付けるよ」
そう言って俺は、ゲートを見つめる。反対側のゲートからこれでもかと言うほど重厚なプレッシャーを放っている。
(ああ、喉が渇くな……。喉は乾くのに、手汗はびっしょりだ)
『なに、アイツのプレッシャーを前にして、それでもなお立ち向かえるのだ。それだけでも大したもんだ』
「そりゃどーも。……なぁ、一つ頼みがあるんだが」
『??なんだ?言ってみろ』
「俺の心の声に反応するのはやめてくれないか?聞こえてしまうのは仕方ない。だが、そのまま反応されてしまうと、俺のプライバシーなんて何もないじゃないか」
『そんなものか?俺にはよく分からんがな』
「とにかく!俺の問いかけ以外には反応しないでくれると助かる!!」
『まぁ、それで貴様が納得するのであれば、良かろう』
グレドラードからの了承を得て、俺は安堵する。
(よし、そろそろ向かうか!!)
『こんな時くらいは反応しても良かろう?心してかかるのだな!!』
その言葉を聞いて俺は、手に滲む汗をズボンで拭き、立ち上がる。
「応っ!」
そうして、ゲートへと向かい、歩き出した。
―闘技場・客席―
未だ、興奮の収まりきらない観客たちを他所に、実力者たちは次の試合に注目を移していた。
クレスタ・グローリィやケイ・アマガサなどの出場選手や、ランドルフ・グローリィ、【禍罪】幹部の蘭や【聖アメリア十字教団】のアメリア・ニムレット。そして……。
「何とか間に合ったね……えぇと、ヴェルト・ダンツァー、だったっけ?本当に彼が?」
客席最上段の出入り口から姿を現した糸目で白髪の男が、一人で言葉を発す。その発言を不審に思った、予選でヴェルトと戦った男――イリーガル・ストレーが男に近づく。
「なぁ、あんた。一体誰と話してんだ?それに、ヴェルトが、なんだって?」
白髪の男は、キョトンとした顔をして口を開いた。
「……あぁ、そうか。忘れていたよ。遮断してなかったね。えーと、キミは、ヴェルト君の知り合いかな?」
「知り合い、っつーか、アイツと戦ったんだよ。それより、俺の質問に答えろ。ヴェルトに何か用があるのか?」
白髪の男は、ストレーを無視して、再びブツブツと独り言を始める。
「お前……ッ!バカにしてるのかよっ!」
白髪の男は、方目を僅かに開ける。
「ああ、そうだよね。――うん、決めた。悪いんだけど、キミの記憶をもらうね?……【現】!」
掌を上にして【現】と唱えると、五色の玉が現れる。そして男は緑色の玉を頭上へ放り投げる。
「【発】!」
投げられた緑色の玉が割れると、二人を覆うように光が包み込む。
「遮断フィールド。これで周りからはボク達の姿は視認できないんだよ。そして……」
今度は赤色の玉を放り投げ、【発】と唱える。
「ぐ、今度は、な……に…………っ」
ストレーがその場に倒れ込む。ストレーの額に赤い光が集まりだす。その光を、白髪の男は口から吸い込むように取り入れていく。
「うん、やっぱり『アルマス』で間違いなさそうだ」
男は遮断フィールドから外に出る。
「おい、テメェ、ナニモンだ?一緒に居た雑魚はその中か?」
「これはこれは!<風神>クレスタ・グローリィさん!探す手間が省けましたよ。……【転】!」
展開されていた遮断フィールドが、クレスタを包み込む。
「何を企んでやがる、テメェ!!」
「それはこれから、お話させて頂きます。ですが、今はまだボクがココにいる事を知られるわけにはいかないんだ。このまま次の試合を観戦していてもらうよ」
「……大人しくしてると思うか?」
クレスタが素早く男の後ろに回り込み、魔剣『獣爪風切』を振るう。
「単調で短気、そして単純。どういうことか分かるかな?」
『獣爪風切』がその黒い玉を割ると、黒い霧がクレスタの身体に纏わりつき、縛り上げた。
男が眼を見開く。蛇のような瞳孔を剥き出しにして、笑みを携えながら。
「答えは簡単。今のキミではボクには勝てない。……それと――」
「ボクはね、お願いをしたつもりじゃないんだ。命令したんだよ、キミに。もう一度言うよ。このまま次の試合を観戦していてもらう」
「…………っ!!チッ」
力技では解けない拘束に、クレスタは為す術もなく苛立ちだけを募らせていった。
―医務室―
「俺は大丈夫だから、ヴェルトの応援をしてくると良い」
グリムが笑顔でティアーナたちに語りかける。
「それに、俺も集中しておきたいからな。いよいよ次は決勝だ。今年は特に、落としたくないんだ」
それを聞いたフィンラルが頷き、ティアーナやミーナを入口へと促す。
「団長、何かあったら、【思念通知】で呼んでくださいね」
「あぁ。ありがとう、ティアーナ。その時は遠慮なくそうさせてもらうよ」
パタン、とドアが閉じる。
「………………君は行かないのか?アーシャ。いや、精霊界<世界樹>の長様、かな?」
揺れたカーテンから、スッと姿を現すアーシャ。
「お気づきでしたか。やはりあの時、聞いてらしたのですね」
あの時――そう。アーシャがグレドラードと対話するために、全員を眠らせた時だ。薄れゆく意識の中、俺は自分自身に痛みを与え、意識を保った。
「アーシャ。君がグレドラードを敵視するのは分かる。だが、早まるな。あいつは魔王である以前に、ヴェルト・ダンツァーという一人の人間だ」
その言葉に、アーシャが頷く。
「ええ。承知しております。それよりも今は……」
アーシャが観客席に目を配る。
「ああ。この試合を注目している者の中に、明らかに目的を脱しているものがいるな。魔力反応が三つ、突然消えた」
「ええ。それに、先日ミーナさんの話に出ていた組織の方もいらっしゃるようですわ」
ふーっ、とグリムが溜息をつく。
「やれやれ、問題児ばかりじゃないか」
肩を落とすグリムに、アーシャがクスクスと笑った。
「本当に、数奇な運命に囚われているみたいですね、ヴェルトさんも、貴方も」
グリムとアーシャは、選手通路から歩いてきたヴェルトに視線を送る。
「……決勝は、ザクスさんになるでしょう。フェイト・グリムさん、あなたはどうするお心算ですか?」
「質問の意味がよく分からんな。俺は全力を以って優勝を狙う。それだけだ」
その答えに、アーシャが首を横に振る。
「気付いているのでしょう?ザクス・クレイル、彼からは貴方と同じ、勇者フリクトの――」
グリムがアーシャを目で制す。
「……そうですね。私が口を出す問題ではなかったですね。ただ、これだけは伝えておきます」
「<瞬断>では、勝てませんよ。これだけは断言できます」
そう言って、静かに部屋から去っていった。
―闘技場―
穏やかな笑みを携えて、ザクスが俺を見下ろす。
「クク、今日は楽しもうじゃないか」
「さすが<剣聖>様だな。随分と余裕なことで。せいぜい油断していてくれ。度肝を抜いてやる!」
ザクスを指差して、俺は宣言する。
『会場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより準決勝第二試合、<剣聖>ザクス・クレイル 対 <氷獄>ヴェルト・ダンツァーの試合を開始いたします』
アナウンスが流れると、俺は腰を落とし、剣に手を添える。ザクスは依然として、見下ろすように立っている。
「ヴェルトっ!!」
後ろから声が聞こえて、俺は振り返った。そこには息を切らして客席の一番前まで走ってきたティアーナと、少し後ろにフィンラル、ミーナと続き、たまたま同じ場所に居たのであろう、クラレンス・オリヴァーの姿も見えた。
「負けるなっ、ヴェルトっ!」
シンプルだが、一生懸命な応援を感じ、俺は拳を彼女の方へと突き出す。
「応っ!」
『試合、開始ッッ!!』
ティアーナに応えると同時に、試合開始の合図が響き渡る。目の前には相変わらず、何の構えもしていない<剣聖>がそこに立っている。
「『薄氷金剛鎧』っ!!」
防御魔法を掛け、再び腰を落として構える。
「力を貸してくれ、『零の氷刃』」
「まさかとは思うが、お前が戦うのか?」
ザクスが続ける。
「悪い事は言わない。アイツを出せ。秒で終わってしまうぞ」
「それはどうだろう……なっ!!」
魔力を剣に込めて、剣を乱雑に振るうと、氷属性のアルマスの力で、鋭く尖った氷柱となってザクスに向かって無数に飛んでいく。
「『氷塊刃』っ!!」
ザクスは微動だにせず、氷塊刃をまともに受けた。
ドドドドッ!ドドドドドッ!と、次々と氷柱が打ち込まれていく。次の瞬間――
ブォン!と大きな風を切る音が抜けると、打ち込まれていった氷柱が一斉にパキーン!と音を立てて割れる。
「どうした?まだ何かするのだろう?」
ザクスはたったの一振りで、まるで埃でも掃うかのように涼しい顔でそう言った。
「足止めにもならないのか……クッ、化け物かよっ!!」
俺は再び『氷塊刃』で牽制しながら動き回る。
(魔力量だけは膨大にある!出し惜しみする必要なんてない!!)
ただひたすらに動き回り、打ち込む。
大雑把に動いているようで、実はある一点に集中していた。それは、ザクスが動いた時に生じる【音】であり、その音の種類を聴き分ける為に、全神経を研ぎ澄ませている。
ザリッ、ザザッ
(ここだっ!!)
重い物を引き摺ったような音を感じ取り、俺は直接攻撃に転じる。
ザクスの正面から斬りかかるが、初撃を防がれてしまう。そのまま地面に片腕を着いて回転し、背後を取ると、勢いそのまま斬りつける。
「『裂氷斬』!!」
『零の氷刃』の刀身が青白く光り、ザクスを斬りつける。半身を捻って回避するザクスだが、切っ先が右腕をかすめる。
「なるほど、なかなか面白いやつだな。将来性も申し分ない」
「いいのか?余裕を見せすぎて」
俺はザクスの右腕を指差して答える。
「『裂氷斬』は、斬りつけたもの全てを凍結させる。もう満足に右腕は使えないぞ!」
「そうかな?キサマの方こそ、俺を過小評価しすぎているのではないか?」
そう言うと、ザクスは竦みあがる程の殺気を俺に向ける。
「それとも、強気の言葉で自分を奮い立たせているのか?どちらにせよ、滑稽なものだ」
ザクスが右腕に力を込める。
「子供騙しに付き合っているほど暇ではない!!」
ザクスが闘志を剥き出しにすると、凍結していた右腕の氷が勢いよく割れた。
「この程度で俺を倒せると本気で考えていたか?いや、違うな。お前は最初から俺に勝つことを目的としていない」
瞬き程の刹那の時間、ザクスが真横に立っている。
「力試しのつもりだったのだろうが、そんなものに付き合ってやるほど俺はお人好しでもなんでもない」
「ク……!!ずあっ!」
『裂氷斬』を放つも、ザクスはノーガードでアルマスの攻撃を受ける。しかし、その攻撃は皮膚に届くことなく止められた。
「なっ!!?」
「何を驚く?その程度の魔闘値でどうして剣が届くと思っていたのだ」
俺は先程ザクスが立っていた付近にまで飛び退き、構える。
「もともと勝つつもりのない奴と剣を交えてもつまらん。さっさと――」
ザクスが剣を抜く。その瞬間にこれまでとは比べ物にならない殺気が支配した。
「――代われ!」
次回へ続きます!




