完全固有結界【アスタライド】
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最新話、お楽しみください(๑•̀ㅁ•́๑)✧
圧倒的な力を前に、俺は後ずさる。
観客達はみな、派手に攻撃している俺に「もしかしたら」を期待し、歓声を上げた。しかし、そうではないと気付くものもいる。
俺は出し惜しみなどせずに全力で向かって行った。しかし、一切通用しなかった。ザクスの言った「なかなか面白い」という発言も、想定を上回っていただけに過ぎない。例えて言うなら、ライターの火が思っていたより大きく点いただけの事だ。息を吹きかければ、あっけなく消える。
いよいよザクスが剣を握る。たったそれだけの動作で、俺は蛇に睨まれた蛙のように動く事ができない。
(なんて……なんて重圧だ!)
数秒前まで全力で動いていたのに、俺の身体はまるで冷え切っているようだ。背中に嫌な汗が流れているのを感じる。
「……忠告はした。それで?お前の答えはどうする?」
ザクスが目を細めて俺を睨みつける。視線に耐えられずに、顔を下げた。
「俺は……ッ」
(臆するな!俺の覚悟はこんなものじゃないだろう!俺が今、ここにいるのは何の為だ?忘れるな!)
「……っ!!俺は、戦う!!」
顔を上げて、真っ直ぐにザクスの眼を見て、意志を伝える。
「ならば、来い!お前の全てをさらけ出してみせろ!」
笑みを浮かべて、ザクスが答えた。
改めて、状況を把握する。二人の距離は恐らく、ザクスの間合いなのだろう。感じる重圧があまりにも大きい。これは『経験による感覚』だと、以前団長が言っていた。だが、相手は世界最強の剣士だ。この感覚よりももっと距離を取るべきだろう、と俺の本能が告げる。
(本来ならば、な)
「さて、第二ラウンドといこうか。今度は俺から行かせてもらう」
身体中の細胞をかつてない程に集中させる。呼吸一つ見逃すまいと。
吸って、吐いて、吸って……呼吸が止まる――と同時に、ザクスの左足が動き出す。
(来た!!)
俺は後ろへバックステップをした。着地と同時に前傾姿勢になるように。
ザクスの移動速度が圧倒的に早く、俺の着地を待たずに串刺しにされる一瞬先の未来が見えた気がした。
(ここだ!)
「咲け!」
ザクスの右足が凍てつき、地面に膝を着く。そして俺はそのままザクスの頭部を目掛けてアルマスを突き刺す。が、半身をずらして致命傷は避けられてしまった。
(しかし、これで右腕はまともに使えないはずだ!!)
「ク……これは、クレスタ戦で見せた、【雪月花】……だったか?」
「ああ。今回は罠として最初に斬りかかった際、地面に手を着いた時に設置しておいたのさ」
俺はアルマスの剣先をザクスに向けると、ザクスの傷口が凍りつく。
そのまま追い打ちを掛けるように剣を払う。
「シッ!!」
ヒュン、と鋭い音が耳に残る。だが、俺の手には手応えがなかった。
「なるほどな」
突然真後ろで声がする。
「ッッ!?」
振り返ろうとした時、脹脛に激痛が走った。
不気味なほどに赤黒い剣が脹脛を貫通し、地面に突き刺さっている。
「貴様に魔剣の使い方を見せてやろう。本当の使い方をな」
そう言って、ザクスが何らかの詠唱を始める。
「第一の海は二つの太陽によって枯渇した」
グニャァ、と景色が捻じれた。
「三ツ首の龍と四ツ目の虎が大地を揺るがし刻」
客席は消え去り、赤黒い空が現れる。
「五つの月が天頂で重なり、六つの遺産が降り注ぐ」
足場が形成されていく。その大地には、無数の黒い何かが突き刺さっている。
「七つの国に、八つの災いが訪れると」
それらが全て実体となっていく。
「九十九ノ神が世界を喰らい尽くすだろう」
俺は訳も分からず辺りを見渡す。
「こ、これは……!?」
大地に突き刺さっている黒い物体は、割れた盾や折れた槍など、どれもこれも使い物にならない装備品だった。
そのうちの一つ、剣に触れたが、炭のようにボロボロと崩れ、風に乗ってサラサラと跡形もなく消えてしまった。
「完全固有結界」
ザクスが静かに口を開いた。
「……アスタ、ライド?」
「魔剣には、どんな物にも固有の世界がある。この剣、『無銘の小太刀』の場合は【名も無き墓場】という世界だ」
―医務室―
とんでもない濃度の魔力を感じ取り、グリムがベッドから上体を起こす。
「まさか!!ク……何を考えている、ザクス・クレイル!!」
この尋常ではない濃度の魔力は、他の人間には感知出来ない。この魔力を外から感知できるのは、完全固有結界を扱える者のみである。
「どういうつもりだ……。完全固有結界を使うまでもなく、勝てるだろう!ヴェルトを壊すつもりか?!」
まだ完治には程遠い身体を引き摺って、会場を見通せる窓へと歩き出す。
「ヴェルト、今のお前ではどうにもならん……!意地を張らずに、グレドラードを出すんだ!」
窓の外を見やると、観客たちの先にある赤黒い結界の中で、辺りを見渡し茫然とするヴェルトの姿がそこにあった。
―闘技場―
「ここから先は、お前の意志など関係なく、一方的に俺がお前を蹂躙する」
「……なんだと?」
この時点で俺の中で確信めいた想像がよぎっていた。この男の言っていることは事実だ、と。
「比喩や揶揄などではなく、これは摂理だ。試してみろ。俺はここから一切動かん」
言われて俺は、ありったけの魔力をアルマスに乗せて攻撃する。しかし、俺の攻撃は当たる事なく、すり抜けるように空を切る。
「!!」
「……理解できたか?何度やっても無駄だ。完全固有結界の中では、何人たりとも攻撃することは叶わん。完全固有結界に対抗できるのは、完全固有結界のみだ」
ザクスが淡々と説明する。
「今のお前に攻撃手段はない。理解できたのなら、ヤツに代われ」
「……悔しいが、ここまでのようだな」
悔しさで、唇を噛みしめる。ブチン、と歯が肉を切ると、地面にポタポタと血が垂れ落ちた。
(グレドラード、すまない。俺はどうやらここまでだ)
『今のお前にしては上出来だろう。安心しろ。お前はまだまだ強くなる。その為にも、よーく見ておくがいい!』
グレドラードの意識が、俺の意識と混ざり合う。
「ようやくお出ましか。魔王グレドラード」
『どうやら待たせてしまったようだな』
俺の右眼に【緋色の宝石眼】が発現する。グレドラードはそのまま右眼に魔力を集中させる。
すると、俺の頭の中に、聞き覚えのある声が響く。
(ようやく、ようやく切結ぶことができる!)
その声は、ザクス・クレイルの声だった。
(緋色の宝石眼……まさか、相手の思考を読み取る魔眼、なのか?)
『察しが良いな。そうだ。【思考の把握】と【思考の剥奪】が可能だ。もっとも、この男相手にはほとんど望めない効果ではあるがな』
グレドラードがやけに嬉しそうに語尾を上げる。その話を聞いた俺は一つの疑念が浮かんでいた。
(……【思考把握】は、蘭と名乗った女の【思念探知】とは別なのか?)
『ああ、別物だ。……ふ。詳しく説明してやりたいが、その暇もないようだ』
そうだ。目の前にいるのは世界最強の剣士、<剣聖>ザクス・クレイル。今は戦いを見るんだ。
自分の身体の戦いなのだ。俺ができる動きで戦うはずだ。考えろ。感じろ。より強く、より高みへ……!
ザクスが初めてまともに構えを取った。瞳孔が開き、口角が上がっているその表情は、戦闘狂とも取れる。放つプレッシャーも、集中力も俺の時とは比べ物にならない。はっきり言って、今の俺には底すら見えない。
「さぁ、始めよう!!完全固有結界を展開するといい」
待ちきれない、と言った様子でザクスが促すと、グレドラードもまた呼応するかのようにアルマスに魔力を集中させる。いや、アルマスの魔力を自分の魔力と融合させているのだ。
『『零の氷刃』よ、随分と待たせたな。再び我が手に戻ってくれて嬉しく思うぞ』
(我が主、お久しゅう。六百年間、お待ちしておりましたわ)
『フ、すまないな。……早速で悪いが、久々の運動だ。身体が鈍っているのでな。力を貸せ』
(喜んで)
闘技場全体を覆っているザクスの完全固有結界【名も無き墓場】の魔力がピリピリと肌に刺さる。
しかし、グレドラードはそれさえも意に介さず、アルマスを地面に突き刺した。
瞬間、グレドラードの周囲全てが凍りつく。一歩。また一歩。ゆっくりとザクスに近づいていく。歩き去った後の地面は凍結されていった。
『【絶対零度の領域】』
グレドラードがアルマスをザクスに向けると、大気中の水分が凍りつき、キラキラと光が反射する。
『待たせたな、ザクス・クレイル。往くぞ!!』
全身から魔力を解放するグレドラード。青白いオーラが身を包み込み、触れる物を凍りつかせていく。
再びアルマスを地面へと突き刺すと、そのままザクス目掛けて地面から氷の刃が迸る。
ザクスが横に飛び氷の刃を回避すると同時に、地面に刺さっていた無数の武器が宙へ浮かび、グレドラード目掛けて飛んでいく。それらを先ほど創り出した氷の刃で相殺していく。
「ふふ、お互い様子見というわけだ」
『すぐに終わってしまってもつまらないであろう?』
グレドラードは、ザクスの動きを見透かしていた。
【緋色の宝石眼】によって、ザクスの考えが筒抜けなのだ。最初から解っていれば、対処はしやすい。
だが、それは実力差が開いていない場合のみである。仮に俺がザクスの次の攻撃が解っていたとしても、とても対処はできないだろう。
(本当にそうか?)
俺の脳裏に一つの疑問。
(グレドラードは、俺の身体を使ってザクスと渡り合っている。魔力に関してもそうだ。俺はグレドラードの魔力を使うことができるし、アルマスの力も借りられるんだ。同じことが、できるんじゃないのか?)
「『朧』」
ザクスが自身の八体の残像を作りだした。
「『閃』――――『瞬刃』」
間合いを一瞬で詰め、凄まじい速度で居合斬りを放つ。
その刃はグレドラードの脇腹を抉り、大量の血が――
パキ、パキ、パキン!!
それさえも読んでいたグレドラードは、氷の分身を作りだし、自らはザクスの真上へと飛び上がっていた。
『【弧空冷結】』
ザクスの足元から、天までが氷柱となって凍結した。
勝負の行方は果たして!




