想定外
寒くなってきました!
皆様、風邪ひかないように気を付けてくださいね
試合が開始されて二十と数秒。
両者一歩も動かぬまま、時を刻んでいた。
騒がしかった観客たちも、徐々に静かになり始める。
「どうしたフィンラル・ゼルファルド。いつでもいい。先手はくれてやるぞ?それとも、踏み込むのが怖いか?」
「貴方を相手に無警戒で飛び込む程、間抜けではないさ。だが、そこまで言うんだ。先手はいただ――っっ!?」
フィンラルが踏み込む為に軸足に力を込めた瞬間、地面に流砂が生じ、そのまま下半身が飲み込まれていく。
「ちぃっ!石の槍!!」
フィンラルの下半身を覆っていた砂や石をそのまま槍状に変え、シャルールに向け発動したが、それらを危なげなく避けていく。最後の槍を掌で受け止める。
「ぬるいな」
そのままただの砂と化し、サラサラと地面へと落ちていく。
「チイッ、ならばっ!!」
フィンラルは再び構えて、魔力感知での警戒を解いた。
(警戒しても感知できないのなら、警戒しても意味がない)
フィンラルの周りに無数の火炎球が現れると、シャルール目掛けて一斉に飛び出すが、移動しながら剣で切り払われる。
(ここだ!)
「大地強震っ!!」
この上ないタイミングで発動された魔法による地震で、シャルールのバランスを奪った。
そしてそのまま真っ直ぐに加速し、目にも留まらぬ速さの二段突きを放つ。
「【紫電】っ!!」
その突きはシャルールの右の肺と腹部を的確に貫いた。
眼を見開き、視線を落とすシャルールが、そのまま――ドロッと溶けた。
「こっちだ」
フィンラルは振り返らずに声とは逆の方向に飛び退く。しかし、シャルールの剣先がフィンラルの喉元に、ピタリと止まる。
『こ、これは、勝負有りかぁ?!』
まさに薄皮一枚、と言ったところだ。
実況が決着を促すも、判定が下る気配はない。
観客たちも「シャルの勝ち、だろう?」「どう見ても決まってる、よな?」などと囁かれていた。
「ははは、フィンラル。それは流石に俺も驚いた。想定外だよ」
グリムは、二人の試合を見て、素直な感想を口にした。
(正直、シャルールの圧勝だと思っていたよ。実際、二人の間にはまだまだ実力差は大きい。だがどうだ?こんな局面、誰が予想しただろうか)
「もしかして、君はギルドではなく、聖騎士団の方が適任なんじゃないかと思えてきたよ」
実力ある者達の目には、しっかりと見えていた。シャルールの両手両足にしっかりと巻きつけられた『聖鎖拘束』が。
「……見事だなフィンラル・ゼルファルド。正直、驚いたぞ。心・技・体、全てにおいて私には及ばないと見くびっていた。まさか、聖騎士と教会以外で、聖鎖拘束を扱う者がいるとは想定外だった」
フィンラルが首を横に振る。
「それは紛れもない事実です。しかし、心というのはいつだって不確かで揺れ動くもの。想い一つで力は変わる。それを私は学んだんだ」
二人の後輩が脳裏に浮かぶ。
「なるほど。本当に見事だフィンラル・ゼルファルド。これは褒美だ、受け取れ!」
シャルールの右腕を拘束していた光の鎖がパキンと割れて、そのまま剣を振り下ろした。
咄嗟に避けたが、左の太ももに剣を受けてしまった。
「っ!なぜだ!?聖鎖拘束は術者以外に解く方法は無いはず……」
「いいや、有るね」
そう答えて、全ての鎖を割ってみせるシャルール。
「光魔法は、より強い光属性の魔力で破れる。シイッッ!!」
「ぐっ!つぅっ……」
右腕、右足を刺され、顔を険しくする。
それでも尚、フィンラルが勝利を諦める事はなかった。
「だあぁっ!!」
立ち上がり、足に力を込めてシャルールに向かい剣を振るうも、その全てを尽く躱される。
「そして、俺が何と呼ばれているか、よもや忘れた訳でもあるまい」
<与奪>
それがシャルール・レオニスに与えられた通り名。その意味は――
「奪うも」
立ち上がろうと踏ん張っていた左足が力なく崩れる。
「与えるも」
地面を支えていた両腕に、急に力が入り、そのまま身体を押し出すように後ろへと飛ばされる。
「俺の意のするまま。それが俺の魔剣【与奪刀】の能力だ」
視線の先のフィンラルは、左腕だけで剣を構える。
「ほぅ。まだ目は死んでいない、か。だが、既にお前には何も出来ることはない。こんな見え見えの魔法すらも、避ける術は持たないのだから、なっ!!」
シャルールは指先で魔法人を描くと、そこから赤黒い光が発射された。
(まだ、まだだ!!)
赤黒い光――【黒閃光】がフィンラルの右肩を貫く。
「ぐああぁ!!」
(ぐぅっ、この魔力、闇属性か!!)
闇属性の魔法は、直接精神に影響を与える。人は劣勢であれば、焦りや憤りで心が弱ってしまう。そこに付け込み、気力を奪ったり、最悪、正気を失う事もある。
「やはり、芯のある心を持っているようだな」
シャルールがゆっくりと歩きだす。
ザッ、ザッ、ザッ。
(あと、二メートル……二歩、あと一歩……)
そこでピタリと、シャルールの歩みが止まる。
「終わりだ。いい刺激になったぞ、フィンラル・ゼルファルドっ!!」
止めを刺さんと一気に足を踏み出した。
「……爆発」
ドゴォォオオォン!!!!と爆音が鳴り響くと同時に煙に包まれる。
「ぬぅ……」
爆風から飛び退き、後退するシャルールの左腕には、爆発によるダメージを負っていた。
「あの至近距離で、これ程のフレアーを撃つとは、相内覚悟の上か」
「いいや、この一撃の為だよ!!せあぁっっ!!!!」
そこに居るはずが無い男が、反撃出来る訳も無い男が、意識の外から攻撃を繰り出してきた事実。
シャルールは素直に、フィンラルという男をこの時、認めた。
「ガッ、かはっ、届いて……い」
ドシャ、と地面に倒れこむ。
「ああ。しっかりと、届いていた」
『勝者、シャルール・レオニス!!!!』
勝者の宣告と同時に、シャルールが膝を折る。脇腹から血が滲み出ており、まさに紙一重であった。
「……また一人、厄介なやつが出てきたものだ」
どこか嬉しそうに笑って、フィンラルに視線を向けていた。
―シスマーニ闘技場・医務室―
「フィンラル、惜しかったなぁ」
目が覚めたフィンラルに向けて俺は感想を漏らす。
「いや、実際に対峙してみて分かったが、今のままだったら、百回戦っても百回負けるだろうな。結果だけ見れば『惜しかった』で済むのかもしれないが……」
「そうだな。まだまだ剣の実力では及ばないだろう」
ドアの前に立っていた団長がフィンラルの元へと歩み寄る。
「だがしかし、それを補った戦い方をお前は見せた。正直、今回はまだシャルールの圧勝で終わると思っていたからな。一太刀でも浴びせられれば十分な戦果だろう、とな」
本心だろう。実際、彼らの剣の実力は相当なものである。付け入る隙があるとすれば、魔法戦にはなるが、相手はやはり百戦錬磨だ。勝率が一パーセントから三パーセントに上がる程度の物だろう。
それを今回、フィンラルは勝てるかも?と思える確率まで引き上げて見せたのだ。
「本当に見事だった、と言わざるを得ないな。完全な劣勢さえも、作戦に組み込んだお前の勝ちへの道筋は」
「どういう事だ?」
「シャルールの魔剣、与奪刀は、傷つけた箇所に魔力を流し込み、運動能力を意のままに操る事が出来る能力だ。魔力が体内に残っている内は、シャルールが『奪』と思えば一切動かせないし、『与』と思えば勝手に動き出す、といった具合にな」
団長が魔剣の説明をすると、フィンラルもまた、解説してくれた。
「そう。両足と右手の自由を奪われた時点で、既に勝負はついていた。本来なら」
そこまで言われて俺はようやく気が付いた。
「そうか!フレアーの爆煙で視界を遮り、退魔の剣で自分の傷口を切ったのか!だから自由に動けるようになって……なるほどなぁ!!」
「しかし、俺が驚いたのは、その前だ。まさか騎士団でも教会所属でもないお前が【聖鎖拘束】を覚えているとはな」
「ははは、詰めが甘かったようですが」
「まあ、相手が悪かった、としか言いようがないな。称号持ち以外なら、あそこで勝負は決まっていたさ」
一通り解説し終わったところで、第二試合のアナウンスが入る。
『これより十五分後に、二回戦第二試合、フェイト・グリム選手 対 シイラ・ベスティア選手の試合を行います』
「お呼びのようだ。では、行ってくる」
「……団長」
フィンラルが呼びとめる。
「分かっているさ。俺も、少なからず思うところはあったからな。見届けろ」
「はい。頑張ってください」
これはシイラ選手が事情お構いなしにミーナと試合をしたことに対する憤りの事を言っているのだろう。フィンラルが拳を握りしめていた。ふと、俺の右手も、固く握りしめられていた事に気が付いた。
ミーナ本人は気にするな、と言っていたが、やはり少々、身勝手が過ぎると思う。
(団長、しっかりお灸を据えてやってくださいよ……!!)
称号持ち同士の戦いが始まろうとしていた。
瞬断VS戦華
称号とか通り名って心躍るよなぁ!?




