【十字教団】と【禍罪】
最新話更新です。
どうぞお楽しみくださいませ!
―選手控室・ヴェルトの部屋―
俺は試合の興奮を冷ます為に呼吸を整えていた。
一度高まり過ぎた感情を平常心に戻すというのは、至難の業だ。
あれだけ渦巻いていた苛立ちの感情が一切感じられる事はなく、その代わりに、試合中のこの上なく噛みあった魔力制御と、勝利の味に酔っているのがはっきりと分かる。
「……ハー……スゥー…………ふぅ」
暫く深呼吸をして、目を瞑り、精神集中を繰り返す。
抑揚の波が徐々に緩やかになるイメージ。だいぶ平常心に戻っていたのだが……。
(この感覚、右目だけが……熱を持っているような……)
ふと、鏡に目をやるが、特に異常は感じられない。
以前、【零の氷刃】との『会話』で感じたあの右目の疼き、熱さに近いものがあったが、触ってみても特に熱を感じなかった。
リラックス状態にまで精神を持っていくと、身体の疲れと、急激に緊張が解けた事で、睡魔が襲ってくる。
『聞こえるか?我が主よ』
突然アルマスが脳裏に話しかけてくる。
「すまない、アルマス。今は眠気が強くてな。後にしてはくれないか」
『なに、そのまま微睡んでいてくれて問題ない』
その言葉を聞いて、俺はソファに腰を落とし、目を閉じると、そのまま意識が暗く閉ざされていく。
『主よ。先程の戦いで、主の中の【魔王の血】が、より一層濃くなっておるぞ。完全なる覚醒も、近いのかもしれぬな……』
―料亭<鎬>―
目を覚ますと、既にトーナメント一回戦が全て終了しており、俺の控室にはティアーナが待ってくれていた。
「おはよう、ヴェルト」
俺が寝ている間、心洗綻体を緩くかけてくれていたようで、目覚めが良い。
「すまないティア。すっかり寝てしまっていたようだ」
「ううん、大丈夫よ。戦い馴れない魔力を使った実戦だもの。それより、これ。明日の日程と、今日の試合から測定した魔闘値も載ってるって」
ティアーナから封書を受け取り、封を開ける。
トーナメント二回戦のお知らせと記されており、選手の名前の横には、数値が記載されていた。
フィンラル・ゼルファルド(11346) 対 <与奪>シャルール・レオニス(16051)
<瞬断>フェイト・グリム(12367) 対 <戦華>シイラ・ベスティア(不戦勝の為、測定不能)
クレスタ・グローリィ(17888) 対 ヴェルト・ダンツァー(10690)
ケイ・アマガサ(8001) 対 <剣聖>ザクス・クレイル(162)
魔力の暴走をさせないために抑えているとはいえ、下から三番目である魔闘値に、俺は少し気を落とした。こういった強さを数値化する、というものに昔からロマンを感じていたからだ。
(漫画なんかでは、敵のボスは文字通り桁が違う数値だったりも……あれ?)
あの<剣聖>と呼ばれる世界最強の剣士の魔闘値が、明らかに低すぎるのだ。
「……なぁ、ティア。試合は最後まで見ていたのか?」
「え?えぇ。見てたけれど、どうかしたの?」
俺はティアーナに中身を見せて、どんな戦闘内容だったのかを聞くも、「速すぎて解らなかった」とのことだ。後程、フィンラルか団長に確認しよう。
そうして俺たちは、闘技場を後にした。
―ホテル・アインス<最上階レストラン>―
俺とティアーナ、グリム団長、フィンラル、そしてミーナ・ファレンは、ホテルの十五階にある夜景の見えるレストランに足を運んでいた。
本来、一般の客は通していないのだが、宿泊客の連れであることと、ドレスコードを満たしていれば利用可能との説明を受ける。
宿泊客は、ルームキーを見せればドレスコードは不問となるものの、やはり多少気にはするものだ。俺とティアーナは衣服店を訪れると、お互いに簡単な感想を言いながら購入した。
食事はコース料理となっており、その上品かつ繊細な味わいに俺たちは舌鼓を打つ。
コースの締めとなるデザートが運ばれると、ティアーナとミーナが目を輝かせた。
「なるほど。あの試合中にそんなことを考えていたのか」
俺は試合中に考えていたことをありのまま話すと、その場にいた全員が深く考えるような表情で聞いていた。
「試合前に私に質問したわよね。『人の命は平等だよな』って。そういう事だったのね……」
「……そして、自分の考えの矛盾が葛藤を呼び苛立ちを与えた、か」
そう。命に重さは無いと思って生きてきたが、俺の心の底ではそうではなかった。
そもそも、復讐に生きると決めた時点で、そんな考えは捨てるべきだったのかもしれない。
「でも、一つ間違えてるよ、ヴェルト」
フィンラルが俺を見つめて咎めるように言い放つ。
「確かに、人によって命の優先順位はあるだろう。家族、恋人、友人。有り方は人それぞれだからな。だが、重さは同じだ、ヴェルト」
頷き、団長も続く。
「それは、ミーナ・ファレンの行動が自殺行為に見えた事も同じだ。少なからずお前は彼女の事情を知ってしまった。全てでは無いにしろ、彼女の過去、寿命は残り二年程という現状。そんな中、身勝手にも思える<戦華>の訪問。 既にお前の中でどちらが大切か、決まっていたから納得いかなかったんだ」
「ま、それに関しては僕もヴェルトと同じ気持ちだったよ。今でもあの戦いに意味があったとは思えないからね。でも、ミーナの中には、納得する感情があったんだろう」
それまで黙っていたミーナが紅茶の入ったティーカップを置く。
「彼女――シイラ・ベスティアの中にあったのは、騎士道精神だけ。次に当たるフェイト・グリムと正々堂々の試合をする為に、自分の情報を与える為にルークを作りだしていた私を探していた。私はただ、それに応えたいと思ったし、もしもここで異名持ちに勝てば、私の人生に箔がつくし、ね」
ミーナはフィンラルと俺を交互に見据えて笑って言った。
ティアーナは困ったような笑みを浮かべて
「教会に身を置く立場の私としては、全ての命は平等で、価値も重さも同じ、と言わなければいけないのでしょうけれど、それを言うには修練が足りないかしら。 一つだけ言えることは、命を顧みないというのは、ヴェルト、あなたも同じよ」
そう、優しく嗜める。
「俺が?俺は自分の命を軽んじた事なんか――」
「ないって言えるかしら?あの『蘭』って女が現れた時、あの場にいる誰もが勝てないと悟った時、あなたは自分を犠牲にしてでも他の全員を逃がす事を考えてた」
痛い所を付かれ、俺は言葉を失くす。
「ともあれ、ヴェルト。お前が辿り着いた答えは、正解でもあり、不正解でもあるって事だ。今回お前が感じた葛藤は、お前の過去にも触れた。だから苛立ちを押さえられなかった。本質はそこにある」
納得するしかなかった。
「よし、この話は終わりだ。明日の二回戦の事についてだが――」
団長が話を進めようとした時だった。
「ちょっと待って!!」
ミーナが眼を見開きながら、ティアーナの方を向き、確認する。
「今、貴女……『蘭』って言ったかしら?」
ミーナの魔力の強く波長が乱れ始める。
蘭の名前を聞いたミーナは、険しい顔をしてティアーナに視線を送る。
「ミーナさん、アイツが、蘭が何者なのか知っているのか?」
俺が問うと、ミーナは視線を俺に移し、答える。
「知ってるわ。知っているからこそ生まれる疑問を口にするわよ?」
ミーナが俺とティアーナを交互に見る。そして……。
「どうして、貴方達は生きているのかしら?」
―同刻・聖アルメリア教会―
ワインレッドのフードを被った人物が建物の主に問いかける。
「ウフフ。それで、彼の様子はどうだったのかしらぁ?」
問われた男は、口元の髭を弄りながら答える。
「特段変わった様子はなかったように見受けましたが……。あぁ、一つだけ、気になる事が」
「どんなことでもいいわぁ。教えてちょうだい」
フードの中で、真っ赤な唇の口角が吊り上る。
「魔剣の制御中、殆ど熱量が上がっていない様子でした。あれだけの魔剣が、その程度で済むはずがないのですが」
フードを被った人物は、それを聞くと背中を向けて少し歩き出す。
「そう。わかったわぁ。あ、そうそうオジサマ」
男の視界から、フードの女性が消え去ったかと思うと、すぐ後ろから耳元で囁かれる。
「この件にあまり探りを入れると、殺されちゃうゾ」
「……肝に銘じておきましょう」
「んふ♪物わかりの良い人は好きよ。これからもいい関係でいましょうね、司教サマ♪」
振り返ると、既にフードの女は去っていた。
「クッ、好き放題言いおって、女狐め……!!」
「そこまでになさいな、コルドー司教。どこで聞き耳をたてられているか、わからないですよ」
建物の陰から、シスター服を纏った女性――アメリア・ニムレットが姿を現す。
「おぉ、お戻りでしたか」
「ほぉ。一介のシスターが、司教よりも上の立場の話し方たぁ、なかなか面白れぇじゃねぇか」
教会の屋根の上から、大きなシルエットが浮かび上がる。
「ふふ、道中でもお話しさせていただきましたが、ここ、聖アルメリア教会は表の顔でして、真の姿は、【聖アメリア十字教団】でございます――」
―ホテル・アインス<最上階レストラン>―
「『蘭』……。彼女が標的とした人物が生き残った話は、少なくとも私は知らないわ」
ミーナが言いきる。その言葉は、実際に蘭と相見えた俺は、疑念の余地もない事実なのだと分かる。
「彼女の事を話すには、私の昔話からさせてもらうわね」
食後に配られたコーヒーを流し込み、ミーナは語り始めた。
「ある日目が覚めると、私は『組織』が管理するとある施設にいたの。それ以前の記憶は一切なく、周りには私と同じくらいの歳の子供たちがたくさん居たわ。 その施設では、禁呪の解析や研究、そして『実験』が行われていたの」
その一つが禁呪【創造スルハ想像】なのだろう。
「解析し終えた禁呪は、子供達の中から魔力の波長が一番近い人に与えられたわ。ただし、代償があるから禁じられた魔法であって、決して便利なものなんかじゃなかったわ。 当時、私が組織から逃げ出すまでの記憶で、禁呪の数は十六個。そのうち、使いこなしていたのは、私を含めて五人ね」
ミーナが少し遠くを見つめるような眼をする。どこか懐かしさを帯びたような表情で。
「烙印番号〇〇三七……私と、烙印番号〇〇六一、通称ロイ。烙印番号〇〇六九、ルーク。烙印番号〇〇七〇、ナオ」
〇〇七〇は、ルークの弟として、ミーナが無意識のうちに禁呪で創り出したと言っていたが、禁呪も恐らく同じなのだろう。魔法体でそこまで再現できるのだから、流石は禁呪、と言ったところだろうか。
団長が口を開く。
「最後の一人が、『蘭』、で合ってるのかな?」
ミーナが頷く。
「そう。そして彼女はその施設の管理者であり、『組織』の幹部の一人よ。組織の名前は『禍罪』。彼女が管理している施設の名前が『輪禍』。そして、『禍罪』の施設は世界各地に点在しているわ」
「禍罪の目的はなんだい?」
団長が問うも、ミーナは首を横に振る。
「最初は私も調べたわ。あの子達の為に。だけれどあの日、私は恐れた。組織を嗅ぎ回っている事がバレて、『蘭』が直接、私のもとに来たわ」
『これは忠告!ミーナ、君の残りの余命は、どうせもう短いんだ。だから、余計な事さえしなければ、こちらはもう、君に手出しはしないよ。でもね、これ以上、深入りするようなら、君以外のすべてをできるだけ苦しめて殺すから。覚えておいてね』
「と。 背中を向けた蘭に、私は刃を向けようとした時、彼女は言ったわ」
『わかるんだよ。全部ね。君が背負わされた罪の重さも悲しみも、君が背負った他人の命の重さも悲しみも。いいよ、刺してごらん。その瞬間が君の大事なモノ全てが終焉わる時さ』
「その時私は察したわ。 あぁ、全てを見透かされている って。それでも私は、握りしめた刃を止める事はできなかった。そして、私に関わった全ての人が殺されたわ」
ミーナの瞳に大粒の涙が滲む。
「その後、私は逃げるだけの人生だった。だからこそ、残りの寿命はあの女に、一泡吹かせてやろうと思って、協力者を探していたの。この大会に参加したのも、それが目的」
ミーナは大きく息を吐いて、目に溜まった涙を拭う。そして
「お願い。あなた達の力を、私に貸してくれないかしら」
暗躍する組織って響きがもう格好いいですよね!




