従えしは絶対零度②
今回もよろしくお願い致します٩(๑òωó๑)۶
意識の微睡から目を開けると、そこには団長が腕を組み、こちらを向いていた。
その後ろでティアーナが少し心配しているのか、不安気な表情を浮かべている。
「会話は終わったか?」
俺の呼吸が整うのを待って、団長が言う。
「ああ。正直、動揺してるが、今は、いい。まだ、大丈夫だ。それより……」
一呼吸置いて、続ける。
「変な事を聞くけどさ、俺は、まだ人間か?ちゃんと……しっかりと、人間か?」
混乱と動揺で、会話が全く成り立たなくなっていたが、それでも団長は冷静に答えてくれた。
「ああ。大丈夫だ。今俺の前に立っているのは、紛れもなく人間のヴェルト・ダンツァーだ」
その言葉に、心底ホッとした。
体中の強張りが一気に解け、俺はその場に両膝を突く。
「ヴェルトっ!」
ティアーナが声をあげて走ってくるが、俺はそれを掌で制し、再び立ち上がる。
「大丈夫、大丈夫だよティア。ちょっと緊張が解けただけさ。でも、流石に今すぐ動くのはキツいか……団長、ごめん。ちょっとだけ休憩してもいいかな?」
「ああ、もちろんだ。魔力も随分と乱れている。しっかりと整えてからじゃないと、すぐに暴走してしまうからな」
俺は日陰まで歩き、大の字で仰向けになる。
眼を閉じ、深呼吸をする。頭は段々とクリアになってきたが、それでもまだ、理解が追い付いていなかった。
(俺は、いったい何者なんだろうか。人間なのか、魔族なのか。前世が魔王でも、今の俺には関係ないと、どこかで思っていた。でも、それは違うのか?前世が魔王ではなく、魔王が転生した姿が俺なのか?)
頭の中で様々な疑問が飛び交う。
だが、今の俺にはその全てに答えを持ち合わせていない。
「ヴェルト」
団長の呼びかけに俺は眼を開く。
「あまり考えすぎるな。今、分からないことは考えたって答えは出ないんだからな。魔剣とどんな会話をしたのかは知らんが、お前はどこまで行ってもお前でしかない。それを忘れるな」
俺は無言で頷いた。
事実、今考えても分かることは何もない。ならば、目の前の事を一つずつこなしていくだけ。
「ヴェルト、あまり気負いすぎないでね。無理をして、倒れてしまっては折角の頑張りが活かされないこともあるわ」
ティアーナは回復魔法の一つ、心洗綻体をかけながら言う。
「ああ、分かっているさ。ただ、今現在、俺がどこに立っているのかを知りたい。その為にはどうしてもこの闘技大会に出たいんだ。だから……」
腰を浮かせ、身体のバネでぴょん、と跳ね起きる。
「鍛錬再開といこう!!無理をするんじゃあない。頑張り所なだけさ」
そう言って、二人に笑って見せる。
団長はフッ、と笑い俺に続いて立ち上がり、ティアーナは呆れ半分、といった溜息を吐いた後、軽く笑って二人を見送った。
「では、魔剣を解放してみせろ、ヴェルト!!」
頷き、零の氷刃に魔力を集中させる。
「……力を貸してくれ、アルマスっっ!!」
刀身が青白い光を纏い始め、握る手から肩、やがては足先に至るまで、俺の身体を青白い魔力のオーラが覆い始める。
そのオーラは微弱だが冷気を帯びており、夏の熱気に晒されていた身体にはとても気持ちが良かった。
「よし。ヴェルト、先ずはそのオーラを纏ったまま消してみせろ。そのままだと、『今から魔力を使って攻撃します』と言っているようなものだからな」
「わかった。……ってちょっと待ってくれ!!どうやってやるんだよそれ。魔法を使ったことがないから、分からないんだが……せめてコツみたいなものは無いのか?」
その発言に団長がうーん、と考え込む。まあ、なんとなく分かってはいたが。
するとティアーナが助け舟を出してくれる。
「ヴェルト、魔法学校での授業を思い出して。魔法の強弱は、魔力の集中量、なら魔力の具現化は?」
(魔法の具現化……そうか!!想像力だ!!)
魔力の具現化は、魔力に込める想像力が重要になる。
この場合は、色をイメージすると分かりやすい。俺はスッと透明をイメージした。
すると、俺の身体に纏っていたオーラが消えた。
「上手くできたな。よし、それじゃあ、次は……どうしようか?」
「なんだよ、それは」
俺はカクッと肩を落として団長に問う。
「うーん、正直な所、後はお前が零の氷刃の特性を理解して、戦い方を昇華していくだけだからなぁ」
「そういうものなのか?まあ、俺なら後は俺一人でも……」
「いいや、それはダメだ。魔力の解放に慣れていないのだから、暴走、暴発が怖い。少なくとも、俺が居る時だけにしろ」
過去の経験が脳裏によぎる。
「うっ。わかったよ……。とりあえず、暴走ギリギリまでのラインを見定めておきたいから、迷惑かけると思うけど、よろしく頼む、二人とも」
そうしてこの日は、暴走しかけては団長に止められ、ティアーナに回復してもらい、再び境界線を計る、を繰り返すだけで終わるのだった。
―闘技大会前日―
「シッ!!」
地面を蹴り、団長の背後に回り込み、右手のアルマスを、大きく振り払う。
が、難なく避けられる。しかし、避けられることは百も承知で、俺の左手の先には小さな魔方陣が描かれる。
魔法陣から無数の氷柱が飛び出し、団長の動きに合わせて追撃していく。
これがまた、楽しい!!
今までどれだけ努力しても使えなかった魔法が、魔剣を解放している間のみとは言え、使えているのだ。
魔力の持ち腐れだった昨日までとは違う、俺の新たな力なのだ。
「さて、ヴェルト。そろそろ体を休めておこうか。やり残しはないか?」
「そうだな……やり残しはないけど、物足りなさはあるかな?」
それを心底呆れた声でティアーナが返す。
「まったく……。新しいおもちゃを与えられた子供みたいじゃない」
しかし、それでも二人は俺の心境を察してくれている。
こんな時間まで付き合ってくれているのだ。
今日も一度、団長との手合わせで魔力の暴走をしかけたが、今回は自力で戻ってこれた。
昨日の段階で限界を知れた事、身体が覚え始めていたのだ。
加えて、アルマスの『声』が時折届くようになったので、これ以上は危ないという危機管理が、自分だけでなくなったのが大きい。
「でも、そうだな。本番前にバテてしまっても格好がつかないし、今日は美味いもん食って、寝るとしようか」
そう言って、アルマスを腰に収める。
「そう言えば、大会ってどんな流れで進行するんだ?」
俺の質問に団長が答える。
「まずは十一時に開会式が始まるから、選手は十時にはそれぞれのブロックに集合。ちなみに俺はシード選手という事で予選は免除されているが、お前は今回が初参加で、過去の戦績はないからな。予選からのスタートとなる」
「なるほどな。ちなみに、前回の時は参加者は何人いたんだ?」
「確か、三百人ほどだったかな?シード枠は四つ。前回の優勝者、準優勝者、過去の大会での戦績優秀者、またはそれに準ずる功績を持つ者が選ばれる。決勝トーナメントは十六人で戦うことになるから、椅子はたったの十二人にしか用意されないぞ」
それを聞いたティアーナもまた、冷静に分析しはじめる。
「予選はバトルロイヤル方式なのかしら?それともブロック分けされているのかしら?」
「ああ、それは毎回変わらないよ。ブロックに分かれて戦い、勝者が決勝トーナメントに進める。それから、シード選手の推薦枠の選手は、同じブロックには配置されないんだ」
(つまり、あのクレスタ・グローリィとは、決勝トーナメントまでは当たらないという事か)
一瞬の安堵感。クレスタとの勝負を、予選なんかで終わらせるのは勿体無いと何処かで考えていたのだ。
しかし、闘技大会に参加する意思を持つ者は、恐らく誰一人として気を抜いてはいけない手練れであろう。フィンラルと当たる可能性だってあるのだ。彼だって、少なくとも数日前までの俺よりは数段強い男だ。
「恐らく、三十人前後、十二のブロックで予選は行われるだろう。ヴェルト、見事トーナメントの切符を手に入れてみせろ!」
「もちろんだ!!その為にここまで来たんだからな」
拳を胸に、気合十分に答えて見せた。
―料亭<鎬>―
王都シスマーニへと戻ってきた俺たちは、英気を養う為に、再びアーシャさんに連れられた料亭へと足を運んだ。
「おいおいおいおいおい!!!!なんだこれ……う、動いてるぞ」
俺達の前に運ばれてきた料理は、何ともショッキングな物であった。
「これはまた……捕食植物の触手のような……」
「や、やめてくださいよグリム団長ぉ」
ティアーナが泣きそうな声で訴える。
俺達は暫くそのウネウネと蠢く物体と睨めっこをする。時折、店員のおばさんにチラリと目を運ぶが、何も言わずにニコニコと笑顔を浮かべているのみだった。
(うっ、く……食う以外の選択肢は無いな)
意を決して俺は箸を手に取る。
しかし、この箸というのもまた厄介で、正しい持ち方を身に付けるまでは、ぽろぽろと落ちてしまうのだ。ましてや、今回はこの蠢いている物体だ。持ち上げるだけでも難しそうだ。
「……ここはひとつ、礼儀には欠けるが、素手でいかせてもらうっ!!」
「いくのか!?ヴェルト」
「…………」
俺の決意に、団長がまるで、「男を魅せろ!!」とでも言わんばかりの眼差しを向け、ティアーナは無言で圧力をかけてくる。
「ていっ!!」
俺は素手で触手のようなものを掴み、黒い液体を付ける。
ブヨブヨとした表面がまた、俺の決意を曇らせる。
だが、もう後には引けない。行くしかないのだ!!
再び俺は意を決して、それを口の中へと運ぶ。
グニグニとした強い弾力。海の生物特有の磯の香りと塩の味。それらを整えてくれるように包み込む少ししょっぱくもまろやかな液体が口の中いっぱいに広がる。
そして決め手になったのは、噛み切った時の何とも言えない食感だった。
コリッ、コリッ
俺は夢中になってそれを噛み続ける。強い弾力が嚥下のタイミングを阻害する。
暫く噛み続けていると、ようやく飲み込める大きさと柔らかさとなり、嚥下に成功する。そして開口一番に俺はこう言ったのだ。
「ビーラ!!ビーラをすぐに大ジョッキで!!」
そうして、俺達は初めての『イカの踊り食い』なるものを食したのだった。
料亭の閉店時間が近づき、帰って休もうとした時に、アーシャさんと店の前で顔を合わせた。
「あら、みなさん。今日もいらしてくれたんですね」
「ええ。明日はこの二人も闘技大会に出場しますから、英気を養いに。あと、先日一緒に居たフィンラルさんも出場するんですよ」
「そう言えば、初めてお会いした時に伺ってましたね。ふふっ、明日はお互い、頑張りましょうね。それでは、また」
そう言って会釈をしてアーシャさんは店の中へと消えて行った。
俺も団長も、酔いが回っていた為か、魅了の効果よりも睡魔が勝っていたので、大人しくホテルへと向かう事にしたのだった。
そしていよいよ大会当日……!!




