従えしは絶対零度①
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―王都シスマーニ・アルメリア区―
ホテルを出た俺とティアーナは、聖アルメリア教会への道を歩く。
ティアーナは上機嫌で鼻歌を歌い、足早に歩いては、振り返って俺を待つ。
俺が追い付くと、また早足で歩き出し、五メートル程の距離が開くと、腰の後ろで手を組み、少し前かがみになって俺の顔を覗き込んでくる。だがその顔は、十秒前のものとは違って物憂げな表情だった。
「あのね、ヴェルト」
ティアーナが話しかけてくる。
「……本当はヴェルトには、戦って欲しくないと思ってたの。ううん、今でもそう思ってる」
「…………」
「でも、それが無理なのも知ってるの。だって、私が同じ立場だったら、迷わず剣を取るわ」
「ははっ、あまり想像できないな」
笑って話を誤魔化そうとするが、ティアーナが続ける。
「あの日の夜、あなたはまるで感情を無くした眼をしていたわ。未来を絶望で覆われたような、そんな顔だったの」
俺は言葉を忘れ、ティアーナの言葉に耳を傾ける。
「あの頃の私は、そんなあなたを見て『可哀相』と思ったわ。まるで他人事のように」
なんとなく覚えがある。ミリアが死んでしまって、俺はただただ無力で、何もできないままその光景を刷り込まれた。いまだに悪夢にうなされる程に。そんな俺をティアーナは、そう、『哀れみ』の感情で俺に接触してきたのだ。
「ミリアちゃんがもういないんだと、あなたは認められなかった。でも私はすぐに受け入れられたの。あれだけ三人で一緒に遊んだ仲なのに、私は薄情なんだと思ったわ」
そう。そして俺はその時に思った。「こいつらはなぜミリアを死んだ事にしているんだ」と。それでも俺は、ティアーナの『同情』が、少し心地良かったのだ。他の誰でもない、三人で遊んでいた、もう一人の妹からの肯定だと、感じていたから。
「ひと月も経った頃、あなたはよく三人で遊んだ広場に行くようになった。まるで、そこにいるミリアちゃんの幻影を追うように」
「………………」
「私はそんな姿を見て、沢山の感情が溢れたわ。そしておこがましくも、それをあなたにぶつけた。疲れた、いい加減にして、そして『私を助けてよ!』って。それがあなたに……届いてしまった」
それからの俺は、時折ティアーナにミリアを重ねるようになっていた。
もちろん現実との区別はついていたが、それでも時には二人を重ねていた。
「あなたは、守れなかったあの子を守る為という矛盾を抱いて生きてきたわ。そしてそれは、私の犯した大きな罪。だから……」
覚えのある感情を抱く。
ガルガンディでの墓地で、俺はティアーナを守る決意をした。
「あなたが私を守ってくれるのなら、あなたは私が何としても守るわ。守ってみせる」
「……それは、ティアの罪滅ぼしの為か?」
ティアーナは首を横に振る。
「もしかしたら、この間まではそうだったかもね。でも、今は違う。犠牲の精神でも、奉仕の精神でもないわ」
女神のような優しい微笑みを浮かべて、ティアーナが近づき、俺の手を取る。
「愛、かしら?」
「そうか。それなら、俺も応えないといけないな」
ティアーナに向かって歩き出す。真っ直ぐに瞳を合わせて。
身体が触れ合う距離で、歩みを止める。目線は綺麗な青を見つめたまま。
「……ん」
綺麗な青が閉じられる。
優しく抱き寄せ、接吻をした。
短いながらも、拙いながらも、『覚悟』を込めた俺なりの、いや、『俺達』なりの証。
「……はははっ、愛の言葉は、必要か?」
照れ隠しに笑って誤魔化す。
「……今は、要らないわ」
真っ赤な顔で、ティアーナが呟く。
そんな彼女が愛おしく、俺はもう一度、彼女を腕の中に包み込んだ。
―聖アルメリア教会・近郊―
「いやいや、ホント、若いっていいなあ」
わざと声を張り上げる団長。
俺達が到着するまで暇だった団長は、辺りを散歩していた所、男女の接吻現場を目撃。
『愛の言葉は、必要か?(キリッ)』
『今は、要らないわ(キャ~)』
「~なんて、今しか言えないから、今夜しっかり、ベッドで聴かせてもらいなさい、ティアーナ君!」
大げさに物まねをして、盛大にからかってくる団長。
真っ赤になって両手で顔を隠すティアーナ。
「あんまりからかうんじゃねーよ団長!趣味悪いぞ!」
俺は恥ずかしさと怒りが入り混じった感情を振り払うように怒鳴りつけるも、団長はどこ吹く風で
「ははは、いやスマンスマン!ただ、俺の忘れていた青春の一ページまで戻ってきたような……そんなこそばゆい感覚がだなぁ」
と、留まる所を知らない。
「……。もういい、時間もあまりないから、勝手に始める!」
そう言って、俺は零の氷刃を握り、構える。
それでも尚、団長は今度はティアーナに向かいからかい始めた。
「いいかげんに、しろおおぉぉ!」
怒りに身を任せた全速力での突進からの突き、と見せかけて、実は冷静に団長の出方を見る。
いや、七割は怒りだったが。
しかし……。
団長はあっさりと突きを交わし、様子見をしようと横に跳ねようとする俺の脚を掴み、ぶっきらぼうに投げつけた。
「その剣で俺と遊びたいのか?ヴェルト。今度は俺と友情でも語らうつもりか?」
「っ!ふざけるな!!」
俺は剣を強く握りしめて叫ぶ。
それを聞いた団長の顔が急に真剣なものに変わる。
「もう一度言うぞ、ヴェルト。お前は俺と遊びたいのか?そのまま続けても、俺の口数は減らんぞ?」
そう言って、俺を睨みつける。
「お前の魔剣で、俺を黙らせてみろ!ヴェルト!!」
その言葉に、俺は気づかされる。
(そうだ。これは何の為の特訓だ?団長を倒す為じゃないだろう!)
強者揃いの闘技大会。ただでさえ魔法が使えない俺には勝ち目が薄いのだ。
魔剣を扱う事が出来なければ、スタートラインにすら立てていない事と同義。
眼を閉じ、意識を零の氷刃へと集中させる。
悟った俺を見て、団長はフッと微笑むのだった。
握る剣への集中が高まると同時に、どんどんと意識が微睡んでいく。
その意識の中に、一本の美しい剣が現れ、語り出した。
『器は未だ、覚醒せず、か。だが、我には解るぞ?主の『覚悟』が』
威厳のある女性の美しい声。
「解っているのならば、俺に力を貸してくれ!俺はどうしても倒さなければならない魔族がいる。そして、二度と失うわけにはいかない大切な者を守るだけの力が要る!!」
素直に心をぶつける。
『良いぞ』
あっさりと承諾を受ける。
『但し、我は覚醒をしておらん我が主に、扱いきれる『力』では無い。今の自分が放出する魔力と、それをコントロールする魔力を見定めるのじゃ。それが出来なければ、たちまち力に喰われるぞ』
恐らくこれはそのままの意味だ。先週のレーヴァテインと対話をした時の膨大な力。自分の意思とは無関係に魔力を垂れ流し、身体の自由をも支配されたあの状態。
あのまま魔力を暴走させていたら、俺の命は無かったかもしれない。
「甘えてしまうようだが、協力はしてもらえるか?」
『そうじゃの。まあ、危険信号くらいは出してやるぞえ』
ここまで協力的なのも少し気味が悪い気もするが、俺はその言葉を有り難く受け取ることにした。
『まずは、そうじゃのぉ。我の名前じゃが』
「……?ああ、そうか!俺が勝手に名付けただけだったよな」
『ふむ。ワシはそっちも嫌いではない。ならば零の氷刃と書いて<アルマス>と読ませようぞ』
――ドクン
その名前を聞いた瞬間に、心臓が跳ねた。
「アル……マス……?」
知ってる。俺はその名前を知っている。
いつだったか、どこだったか思い出せないが、俺は確かに理解していた。
そして同時に、ここではない遥か過去の記憶の断片が、頭によぎる。
『くははは!なかなかどうして。やるものだな、人間!』
『楽しんでいるところ悪いが、もうこの地は限界だ。もたぬのだ、魔王よ!』
赤く、緋い刀身を振るい、男は『魔王』に、まるで懇願する様に語っている。
キィィィン、ギィィィン、と高い音を立てて、剣撃がぶつかり合う。
『魔王』と呼ばれた男の手に握られた剣は……。
「……っ!アルマス!」
『ほう。少し思い出したか?潜在的な魔力の波長が変化しておる』
深呼吸をして、息を整える。
が、相変わらず、心臓がドクンドクンと強く脈打っている。
……?
違和感があった。
決して痛みは無い。だが、熱い。
無意識に右手で押さえていた、右目が熱い。
(どうなっている?)
そう思った瞬間、意識が反映されたのか、目の前に鏡が現れる。
俺は右手を放し、右目を開けた。
そこには、黒い左目と、かつて黒かった赤い右目が写し出されていた。
「こ、れは一体……?どうなっているんだ?」
俺は完全に動揺し、問いかける。
『その眼は魔眼じゃ。その眼に映るものに影響を与える。もしくは、その眼を見た者に影響を与えるか。はたまた、その両方か。』
「はは、は……。どうなってんだよ、これは……」
俺の前世は魔王だった。それならば、まだ理解はできる。だが、これじゃあまるで……。
「人間じゃ、ない……みたいじゃないか…………」
強い喪失感が、胸を穿つ。
『当然じゃろ。前世の魔王の魔力だけを受け継いだと思うか?完全に覚醒すれば、お主の身体は魔王グレドラードとして復活するのじゃ』
淡々と説明する零の氷刃。
『我には、お主が何をそんなに落胆するのか解りかねるが、忠告はしてやる。力を求め続ける限り、魔王の覚醒は避けられんぞ?まぁどのみち、遅かれ早かれの話ではあるが。』
「人間じゃ、なくなって、それじゃ俺は、一体……」
意識の世界は崩れ落ち、絶望と共に俺は眼を開けた。
絶望の先に掴むものはなんなのか。




