記憶の底
お待たせしました!
―カロッサ区・料亭【鎬】―
謎の美女に案内された先は、なんと東方の国の郷土料理を扱う『料亭』だった。
と言うよりは、散々さ迷い歩いた結果、現地の人に道を尋ねてようやく辿り着いたのだが。
「外観もそうですけど、中もかなり変わった造りですね」
先ほどまで頬を膨らませていたティアーナも、その造形美に目を奪われている。
「だよな。木造の家でここまでの趣なんて、中々出せるものではないと思う」
「うふふ、喜んで頂けてなによりです」
謎の美女は、相変わらず魅了の魔力を周囲に撒き散らしながらも、にっこり微笑む。
広々とした店内には、長方形のテーブルに背もたれの無い椅子がセットされ、壁には俺たちの国では聞き馴染みのないメニューが書かれた紙が一面に貼られており、メニューの下にはそれぞれの料金が記載されている。彼女によると、これらの物は『和』の伝統であるのだとか。
その中の一つのテーブルに俺たちは腰を下ろし、改めて自己紹介をする事にした。
「僭越ながら、わたくしから。アーシャと申します。普段はあまり人里に下りてくることはないのですが、年に数回、とあるお仕事で、この王都に出向いています。」
(……。年に数度は仕事で来ているんだよな?とんでもない方向音痴だな)
思い返してみれば、彼女と初めて会って道を尋ねられた時、目線を上げれば闘技場は目に入っていたはず。つまり、迷う要素が見当たらないのだ。これは恐らく筋金入りなのだろう。
どうやら全員が同じことを同時に考えていたみたいで、若干、笑顔が引き気味である。が、当の本人は気づく事もなく、明るい笑顔で俺と団長の心を揺さぶりにくる。
こちらも一通り自己紹介をしたところで、ティアーナの思念通知で呼び出していたフィンラルが到着した。
「すまない、待たせてしまったようだな。おや、これは素敵なお嬢さん、ご機嫌麗しゅう」
フィンラルはルックスもよく、立ち振る舞いも自然なので、傍から見ると違和感も無くスマートなのだが、なんだろう。この場所にその正装は間違っているのではないだろうか。
ただまあ、気持ちは分かる。それくらいふざけていれば、何とか羞恥という名の自制で彼女の魅了を振り切れるだろう。
そんな事をしている内に、料理が次々と運ばれてくる。
俺たちはその料理を見て、一斉に口を閉じ、唾を飲み込んだ。
「すごおおおおおおい」
最初に口を開いたのはティアーナだ。
お刺身と呼ばれたその料理の姿は、まるで宝石のように透き通っていて、焼き魚しか知らない俺たちの常識を遥かに上回る、まさしく『美』であった。
「ヴェルト君の零の氷刃と似たような幻想的な美しさね」
「まてまて、零の氷刃は俺のじゃなくて、アルゴさんのだからな?」
俺の言葉に、団長が「ふむ」と反応する。
ティアーナはそんなことなど気にも留めずに、次々と運ばれてくる料理の美しさとその繊細で優しい味の虜になっていた。
フィンラルもまた、アーシャさんにお酌をしてもらい、上機嫌に酔っぱらっている。今のところは酔っていても自制は保たれているらしいが、さすがに注意して見ておくか。
「団長、明日は俺だけ別行動するよ。アルゴさんに剣を届けてくる」
「ああ。俺も同じことを考えていたよ。その件だが、俺も同行しよう」
「……?転移晶石も登録してあるし、俺一人で十分だぞ?」
俺の言葉に団長は静かに返す。
「例の蘭とやらの組織がいるかもしれんだろう。あの街近郊でのお前の単独行動は避けた方がいいだろうし、ティアーナと二人だけでも対処できまい」
悔しいが、その通りだった。
蘭の存在を失念していた。確かに可能性はゼロではないのだ。そうである以上、考えうる最善手は打っておいた方がいい。俺は団長の同行をこちらからもお願いした。
「アルゴさんの店が開く前に行こうと思っていたので、八時にホテルのロビーに集合でいいですか?」
「ああ。それで構わない」
その時、俺の頭上に柔らかい感触がのしかかった。
「あーっ!オトコドーシでナイショのはなししてるー!あやしーんだー!」
ティアーナがべろんべろんに酔っぱらって、俺の背中から覆い被さる。
「こーーーんなに可愛くて美人で、スタイルの良い、かわいー女の子が二人もいるのに、ウフフフフフ」
「そーだぞー!特にヴェルト!お前は……ダメだ!」
フィンラルのよく分からないダメ出しに、「何がだよ」という突込みが出そうになったが、酔っ払いは酔っ払いを知るというもの。肯定しようが否定しようが、こうなっては潰れるまで止まることは無いのだ。
「ふふふ、今日は賑やかでとても楽しいです♪」
アーシャさんは常にニコニコと笑顔を絶やすことなく、お酒を口に運ぶ。
ふと視線を落とすと、その豊満な二つのたわわを隠す勢いで、酒瓶が並べられ、あるいは転がっていたのだった。
俺と団長は、彼女のザルっぷりに驚愕し、その後しばらくして、電池の切れたフィンラルとティアーナを介抱し、ホテルへと戻るのだった。
「ううっ……頭が痛いぃ」
翌朝、出発前にティアーナに声をかける。
一応、一緒に行くかと声をかけようとも思ったが、とてもそんなコンディションじゃないのはすぐに見て取れたので、俺と団長は一緒に行動する旨を伝えて、部屋を後にした。
ロビーに下りると、すでに団長が準備を終えて俺を待っていた。
「おはようございます。早いですね」
「おはよう。年寄りの朝は早いもんさ」
三十二歳のボケにどう返していいか分からず、愛想笑いで誤魔化した。
「それにしても、こんな短期間でガルガンディに二度も帰る事になるなんて、思ってもみなかったよ」
「まぁ、人生なんてそんなもんだ。避けては通れない事なんか、この先わんさかあるぞ」
団長が立ち上がり、剣を腰に帯びる。
「あれ?団長。その剣は……」
「ああ。この間の修行でお前が従えた魔剣だよ。名をレーヴァテインと言う」
やはり蘭やその組織を警戒しているのだろう。団長が戦闘任務以外に魔剣を持ち出す事など、少なくとも俺は見たことが無い。
「こいつは俺が愛用している剣の中でも、一番最初の魔剣でな。魔剣としての強さは、お前も分かるだろう?」
「……」
俺は無言でうなずいた。
「何もないとは思うが、お守り替わりだ」
できる事なら、レーヴァテインをふるうような事態にはなって欲しくはない。
「さあ、そろそろ出発しようか。案内は任せたぞ」
俺達は荷物をまとめて転移晶石のある第一ギルド<聖印騎士団>へと向かった。
―ガルガンディ―
ガルガンディに着いた俺と団長は、アルゴの店を目指す。
道中、やはり人々の視線は俺に向けられる。
無意識のうちに少し早足になっていたが、団長も察してくれたのか、黙って俺の横で歩いてくれた。
「あれっ?ヴェルトさん!おーい」
目的地のアルゴさんの店の前で、フィーがぶんぶんと手を振ってきた。
無邪気な笑顔がとても可愛らしく、ようやく心が緩んだ。
「よう、フィー。元気にしてたか?」
「うん!えっと、そちらの方は……?」
チラッ、と視線を団長の方へ移し、すぐに俺へと視線を戻す。
「俺の師匠みたいなものさ。アルゴさんは中に?」
「ええと、今は物置の整理をしてるんじゃないかな?呼んでくるね」
言い終わると同時に、フィーは全速力でその場から駆け出す。
「元気の良い子だね。会ったばかりの頃の誰かさんとは大違いだ」
団長はからかうように俺の顔を覗き込む。
あの頃の俺は、ただ一人で生きていく強さが欲しかった。他人など当てにしなくて良いほどの強さが。噂に名高いギルド、<蛍火>の団長に勝てるほどの力があれば、それも可能だと思って突っかかった。
あしらわれては挑む。
負かされては挑む。
半殺しにされてもなお挑む。
そうして、ある程度の強さを身に付けた俺は、いつしか人は一人では生きられないのだと気付いた。
それがたった一つ、強さを身に付けるにしたってそうだった。
今手に入れた強さは、はたして俺一人ではどのくらいの時間が掛かるだろうか。
何より、団長や上位のギルドメンバーと切り結ぶことが楽しかった。復讐の為に強くなりたいという目的さえも忘れそうになる程に。
毎日、傷だらけで帰ってきた俺を癒してくれたティアーナ。
俺をここまで強く育ててくれたグリム団長や<蛍火>の皆。
(俺は少しでも、彼らに報いることが出来るのだろうか)
「はははっ!そうだな。色々回り道はしたけど、それでも俺はここまで成長できた。感謝してます、団長」
その回答に、団長は呆気にとられたような顔をした後、すぐに優しく微笑みを浮かべた。
「ヴェルトさん!父さんを連れてきたよー」
「こら、フィー。あまりはしゃぐんじゃない。まったく……。どうもヴェルトさん、それからお師さんでしたかな?」
フィーに続いてアルゴさんが店から出てきて挨拶を交わす。
「ご無沙汰してます。と言っても、一週間ほどしか経ってませんが……。そうそう、こちらは王都のお土産です。受け取ってください」
俺は昨日の『料亭・鎬』で、新鮮な『お刺身』を手渡した。
「中に保冷材が入っていますが、冷蔵庫で保存してください。そして『足が早い』そうなので、今夜にでも召しあがってください」
「ほほう、これは『和』の料理ですな!わざわざ忝い。早速今晩のツマミにさせていただきましょう」
さすが商人だけあって、東方の国にも精通があるようだ。
「立ち話もなんです。さあ、中に入ってください。開店までまだ時間もありますので」
そう言って、俺たちを招き入れてくれた。
アルゴさんの家で、俺たちは依頼をこなした事を伝えた。
「なんと!ではやはり、Bランク程度の魔力でしたか……。うーむ」
経緯を聞いたアルゴさんは、少しガッカリしたような、腑に落ちないような、そんな表情を浮かべる。
すると、それまで黙っていた団長が口を開いた。
「失礼。その事なんですが、私にもどうもその魔剣――零の氷刃がBランク程度とは思えないのです」
「ほう?何か心当たりでもあるのですかな?」
アルゴさんが質問する。俺も団長の言葉に耳を傾けた。
「ええ。確信ではないのですが。その魔剣は、どうやらヴェルトの魔力にはほぼ干渉せずに力を取り戻しました」
確かに、レーヴァテインとの会話の時は、俺の身体を勝手に乗っ取り、魔力を暴発させるほどの干渉だったのに対して、零の氷刃は、本当に会話だけですんなりと終ってしまったのだ。
「時々あるのです。剣に認められはしたが、本来の力を発揮しきれない魔剣が。それにヴェルトの場合は他にも要素があるかもしれない」
「どういう事です?」
「お前には膨大な魔力がある。それこそ昔に存在したと言われる魔王クラスのな。だがお前は魔法を使えない。ある種のリミッターのようなものだと思えてな」
その言葉を聞いて、俺は零の氷刃の言葉を思い出す。
『久しいな、グレドラード。貴様が眠りについて約四百年、すっかり世界は堕落したぞ』
『なるほど、ナルホド。我の記憶すら無い所を見ると、まだ覚醒していないと見えるな』
『まあ、よい。そのうち分かる。それよりも、久方振りのこちら側じゃ。楽しませてもらうとするかの』
覚醒……?魔王……グレドラード……?
(ぐっ……頭が痛てぇ!なんだ?俺は、なにかを、知っているのか?)
考えれば考えるほどに、ズキン、ズキンと強い頭痛にみまわれる。
「ヴェルトさん、どうされましたか?体調が悪いのなら、部屋を……」
「……いえ、すみません。転移晶石の魔素酔いがまだ抜け切れてなかったようで」
無理はしないでください、とアルゴさんが心配してくれる。
「それより団長。つまり、俺のこのリミッターが魔剣の力を引き出せていない原因かもしれない、って事ですか?」
「正確には分からん。飽くまで可能性の話だからな。そして、話の本題はこれだ」
団長は真っ直ぐにアルゴさんの目を見て言い放った。
「この零の氷刃、ヴェルトに託しては貰えませんか?」
要約すると、真実知りたいから魔剣くれ!




