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 雨は激しさを増していた。


(泣きながら寝てしまったようだ)


 まだ夜明け前ではあるが、泣いて少しすっきりとした顔で、鶏冠は目を覚ました。

 そして、赤子が母親を探すように、鶏冠も御蘭の姿を探したが、部屋の何処にもその姿はなかった。

 隣に敷いてある布団も、冷たいままである。


(・・・御蘭は何処へいってしまったのだ・・・)


 御蘭がいないことに、迷子になった子供のような不安を抱え、鶏冠は起き上がった。

 その刹那、そのような弱気な気持ちを、無理やりにでも剥ぎ取らねばならぬような気が、この部屋を取り囲んだ。


(囲まれたか・・・この感じ、ただの妖魔ではない・・・昨夜の魔物と同等・・・)

一、二、三(ひいふうみい)・・・全部で五人・・・)

(御蘭がおらずによかった・・・これ以上誰かを巻き込みたくない)


 庭より放たれる邪気に向かい、鶏冠は目を光らせ、その時を迎えようと身支度を整える。

 障子戸を開け廊下に出ると、見事に整えられた植栽の中に五つの影が浮かんでいた。


「お休みのところ、申し訳ないと思いましたが、私ども気が短くおりまて・・・されど、寝込みを襲うも本望ではなく・・・仕方なく邪気を放ち起きていただきました」


 聞き覚えのある声が、雨音にまぎれて聞こえてきた。

 その時、一筋の稲光が闇を切り裂いた。


「菖蒲・・・お前なのか」


 植栽の中のひときわ大きな影は、芽路恵寺であった菖蒲に間違いなかったが、その菖蒲は一糸纏わぬ姿で雨の中に立っているのだった。


「そのような姿で・・・お前、何者だ・・・」

「もっと色々お話したきことがあると申し上げましたよね・・・されど、私も忙しい身、お命頂戴しながらお話しましょう、やれ!」


 そう告げると、菖蒲の両脇にいた四つの影が鶏冠目掛けて飛び上がった。


(妖魔は一人・・・あとは闇鴉か)


 鶏冠は懐より、刀の柄のような物を取り出すと、両手で握り締め呪文を呟いた。


「ضوء، وتمتد 」


 すると、柄の先から青き炎のような刃が伸び出た。

 一匹の闇鴉が正面より、三日月の刀を振り回し飛び込んでくる。

 光る刀で軽くいなした鶏冠は、闇鴉の上下左右からの連携にも慌てることなく反応していた。

 それはまるで舞を踊っているかのように、優雅で切れのある動きである。

 飛び上がった右の闇鴉が、天井柱を蹴る勢いで一線を放つ

 と、同時にもう一匹が、左より襖を突き破り、鶏冠目掛け飛び込む。


「迂闊なやつ!」


 同時攻撃にうろたえるどころか、にやりと笑った鶏冠は、もう一度呪文をいいながら念を込めると、柄の反対よりもう一本の刃が伸び、飛び込んだ二匹の闇鴉を一気に串刺しに貫いた。


〈うがやわぎゃ~~~〉


 音もなく、叫び声だけを残し、蒸発するかのように二匹は消えていった。


「なかなかやるものですね、沙湖葉(しゃこば)がやられたというのも頷けるもの」


 未だ動きもしない菖蒲が、感心したように言った。


「早く殺すのではなかったのか?」


 銀針鼠の名前を聞いて、鶏冠の中に再び悲しみと怒りがふつふつと強く湧き上がってきた。

 菖蒲を見据えたままでいる鶏冠を、不意をついた闇鴉が斜め後ろより斬りつけたが、全てが見えているように、振り向きざまの一線一振りで無に変えた。

 気の強さが怒りにより増したことによって、刃に触れる前に闇鴉は声もなく、消滅されてしまっていた。

 さすがに余裕の笑みはなくなった菖蒲が、ゆっくりと鶏冠のほうに向かってくる。


「私の真の姿をお見せする時が来たようです」


 そう言う菖蒲の体が、歩を進めるごとに変化していった。

 頭から二本の鋭い角が伸び始め、肩や足の筋肉がどんどん盛り上がり、体中は黒々とした毛で覆われ始めた。

 手足の指は一つになっていき、大きな石のような蹄にかわり、その姿が牛のそれであった。


「主様、どうなさりました?」


 大きな物音に何事かと、何も知らぬ御蘭が襖を開けて入ってきた。


「御蘭、戻れ!」


 強く言い放ったが、御蘭はあまりの様子に動けないでいた。


《ドバガゥ~ン》


 天井を破り最後の闇鴉が飛び降りてきた。 

 その者は、御蘭目掛けて斬りつける。


「きゃぁぁぁぁぁ~」

「おら~ん~」


 間に合わぬと思った鶏冠は、叫びながら御蘭に飛びつき庇った。


《ズバッツ!》


 闇鴉の刃が、鶏冠の背を袈裟懸けに切り裂いた。


「主様、主様」


 背に真っ赤な染みを作り、そのまま自分の胸に倒れこんだ鶏冠に、御蘭は呼びかけた。

 その御蘭の前に、闇鴉が立ちはだかる。

 髑髏はにやりと笑うと刀を振り上げた。

 恐怖のあまり声も出ない御蘭は、目を大きく見開いて動けずにいる。


《ズブズブズブ~》


 闇鴉が刀を振り下ろすより一瞬早く、倒れこんでいた鶏冠が自分の脇より伸ばした青き刃が、背後の者を貫き無に帰した。

 気力を振り絞って立ち上がった鶏冠の背後で、大きな物が動く気配がした。


「これで・・・残りはお前一人」


 傷を負った鶏冠ではあったが、力強い口調で振り向きながら言い放った。

 その様子に圧されるわけでもなく、まだ菖蒲は強気に答える。


「そのような傷を負って、私を倒そうというのか・・・見縊られたものですな・・・それに残りが私ひとりとは、どうして言えましょう?」

「なに!」


 その声が終わらぬうちに、鶏冠の背を刃が貫いた。


 《ズブッ》


 背中に刺さった刀を背後の者がさらに押し込めると、刃は胸から突き出た。


「うぐぁ、ごばっ・・・御蘭・・・どうして・・・」


 口から血を吐き出しながら振り向いた鶏冠の目に、哀しげな御蘭の顔が映った。

 その刹那、前方から何かが鶏冠の体をまた貫いた。


「油断めさらぬ方が良いのでは!」


 そう言う菖蒲の双角が、鶏冠の腹に深々と刺さっていた。


「『味方と思いし者、必ずしも味方にあらず』と、連翹様が申されていたのをお忘れで」


 高笑い声をあげながら、鶏冠を突き刺したまま、菖蒲は勢いよく頭を振り上げる。

 その勢いで飛ばされた鶏冠は、天井を突き抜け、庭へと放り出された。

 雨でできた庭の水溜りが、みるみるうちに赤く染まっていった。


(ここで死んでしまうのか・・・小袖のとこへ行こう・・・御蘭の言うとおり、楽になってもよかろう)


 消えいく意識の中で、鶏冠は笑みを浮かべていた。


「もしもの事があればと、外で待ち受けていたが・・・さすが菖蒲よ、わしの出番はいつのことやら」

爪紅(つまくれない)か・・・とどめは任せても良いが、いかがする?」

「このような死にぞこない、腹の足しにもならんわなあ」


 爪紅と言われた顎鬚をたくわえた白髪の老人は、小柄の体の割りに、腕だけがやたら長く、その手の先には、まるで鋤のように長く鋭い指と爪が伸びていた。

 そして、猿のような身軽な動きで屋根から飛び降りてくると、ぴくりとも動かなくなった鶏冠の脇に立った。


(まだ、新手の物が・・・それも強き妖魔・・・二重、三重に事を構えておるとは・・・いずれにしても、私はここで死ぬ定めということか)


庭に突っ伏し、目には見えないものの、鶏冠は気配と匂いを感じ取っていた。


卯津伎(うつぎ)、後は私たちでやる、この事を江戸に戻って、紗牙様にお伝えしろ」

「されど・・・まだ全てが終わったわけではありますまい」

「よいと言っておる・・・この黒衣の者さえ始末してしまえば、後の者などたいしたことなかろう・・・されど、そなたの引き込みのおかげで、今回も仕事が楽になったというもの、目と耳しか使えぬ兎半獣のそなたにしては、よくやったというものよ」


 庭にいた爪紅が含み笑いを浮かべたまま、庭から部屋へと飛び跳ねながら入ってきた。

 御蘭こと卯津伎は、爪紅とは目を合わせず、庭に転がったままの鶏冠を見つめている。


「まさか・・・本気で惚れたということはあるまいな」

「・・・そのようなことは・・・」

「まあよい、闇鴉を少し廻していただきたいとも、お伝えしておいてくれ・・・さあ、行け!」


 その声に押されるように、卯津伎は今一度鶏冠のに目をやった後、兎のそれのように飛び跳ねながら飛び出していった。


「半人前が・・・」


 その姿を見送りながら、菖蒲は吐き棄てるように言い放った。


「女の弱さを武器にするというのも、ひとつの技で、我らには必要なものよ、お前のように、力ばかりでも困るものよ」

「色気なぞいらぬわ!」


 茶化すように言う爪紅を、睨みつけながら菖蒲は悪態をついた。

 戦いの嵐が終わるかのように、あれほど激しく降っていた雨はあがり、寒空に新しい一日を迎えようとしていた。


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