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「主様、主様、大事ありませぬか」


 叫びながら起き上がった鶏冠に、盆を持って入ってきた御蘭が、心配そうに声をかけた。


「ここは・・・」

「わちきが湯へ参りますと、主様が倒れておりまして、お声をかけたんどすけど、起きはれしまへんので、男衆に頼んで、お部屋へお運びいたしました、たぶん湯当たりでもしはったんと思いまする、たいそうお疲れのご様子、まだ横になられた方がよろしゅうおすえ」


 いつの間にか布団の上にいることに戸惑っている鶏冠に、冷や水を渡しながら、包み込むような優しき声で御蘭は言葉をかけた。


(夢であったのか・・・それにしては生々しく・・・この手に今なお残る感覚は・・・)


 両手を見つめながら、先ほどまで湯殿で起こったことに、鶏冠は思いを廻らしていた。

 その様子を、声をかけるでもなく、御蘭はただそばに寄り添い見つめている。


 少し時間が経った。

 何処かの寺の鐘が、亥の刻を告げる音が、遠くで響いていた。


「何から話せばよいものか・・・」


 悲嘆にくれる思いを御蘭に聞いてもらいたいと口を開いたものの、自身がまだ割り切れぬ思いがある鶏冠は、口から言葉が出ずにいた。


「お話されたくば、起き聞いたしまするが、無理にお話なさらずとも・・・わちきはこうしてずっとお側におりまする」


 御蘭はそういいながら、鶏冠の手を取り、肩にしなだれかかった。

 その言葉に気を楽にした鶏冠は、ぽつりぽつりと語り始めた。

 小袖のこと、師匠の考え、自分の身に起こっていること、魔物のこと、自分に問いただし確認するように、鶏冠は一つ一つ噛み締めながら言葉を吐き出して言った。

 哀しげな顔を涙が伝い落ち、鶏冠は自分のことを責め続ける言葉を選んでいる。

 

 話が区切りをつき、外の雨音だけが聞こえている

 御蘭は胸元より取り出した花柄の手拭で、鶏冠の涙を拭き取りながら、


「姉上のように慕っておいでの小袖様が、そのような事に・・・されど、それほどまでご自分をお攻めになりませぬとも・・・そのような事、わちきが申したところで・・・」


 と、言葉をかけるものの、鶏冠の思いを察すると、これ以上言葉が出ずにいた。

 重苦しい空気が漂い、しばらく二人とも言葉が出ずにいた。

 鶏冠が、天井を見上げ、大きく一つ息を吐き出した。


「・・・御蘭がおってくれて、よかった・・・このように話を聞いてもらえて・・・気持ちが楽になったようだ・・・楽になってはならぬのにな・・・」


 子供の泣き笑いのような顔で、鶏冠が呟いた。


「楽になられて良いのです・・・一人で抱え込まれては、身も心もすぐに壊れてしまいます・・・わちきは鶏冠様お一人の物・・・何も抑えず、さあ」


 御蘭にそう言われながら、柔らかな胸元に包み込まれた鶏冠は、何かが弾けたように、大きな声を出して泣いた。

 子供が母親に抱かれ泣くように、人目もはばからず大泣きしている。

 それを優しげに・・・しかし、哀しげに御蘭は見つめていた。

 これから鶏冠に起こること全てを知っているかのような、とても深い哀しみの目である。

 雨は相も変わらず降り続け、鶏冠のなく声を隠すように音を立てていた。

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