五
鶏冠が屋敷についたときには、すっかり暮れていた。
釣瓶落としというのは、まさにこの事である。
連翹と鶏冠が感じた気は、庭の真ん中におり、それは見慣れた黒衣の女衆の一人であった。
それを倫道をはじめに、八人の舞踊衆が結界の印の形で囲んでいた。
「おう、戻ったか」
何事かを感じながら、ゆっくりと庭へとはいってきた鶏冠に、気づいた倫道が目の前の者を見据えたまま声をかけた。
その声に気付いた真ん中の者が、ゆっくり鶏冠の方に振り向いた。
「小袖ではないか、無事に戻ったのか」
印に封じられた娘を見て、それでも安堵の気がこもった声をかけた。
「はい、特命を授かりし故、生きて帰るつもりはございませんでしたが、十蔵様も源琉もやられてしまいました・・・命も果たせず・・・恥ずかしい事と思いましたが、舞い戻ってまいりました」
「そうであったか・・・十蔵も源琉も死したか・・・とにかくよう戻った」
「・・・しかし、そういう訳にもいかんようだ・・・お前とて気づいておろう」
自分の部下が、とりあえずは生きて戻ったことを喜んでいる鶏冠に、倫道は厳しい口調を飛ばした。
(確かに小袖より強き邪気が出ている、特に淫猥なものが・・・しかし、小袖の意識の外のような・・・)
「私は・・・戻ってはならなかったのでしょうか・・・家元の申されることが、解りかねまする」
少し瞳を潤ませながら、小袖は鶏冠をに向けてか細い声を絞り出した。
その目を見た鶏冠は、厳しき顔で自分を見ている倫道に、声に出さずに願い出た。
『お師匠・・・小袖を結界の間にいれて、私に様子を見させては頂けないでしょうか?』
『・・・何か、思いを巡らす事でもあるのか・・・』
『はい、確たる事はございませんが少々・・・小袖は小袖自身に起こっていることに気づいておらぬように思え、もし助けることができるのであれば、助けてやりたいと・・・』
『・・・むう・・・お前に任すとしよう、されど・・・いざとなれば、判っておるな』
『承知しております』
周りの者には、二人はただただ見つめ合っているようにしか見えなかったが、二人は頭の中でのみ言葉を交わしていたのであった。
「小袖のことは、鶏冠に任すとす、よいな」
小袖の方に一瞬目をやった倫道は、低い声で皆に言い渡すと、自ら印を解き、屋敷の中へ戻って行った。
「心配ぜずとも良い、お前のことは悪いようにはせぬ」
優しい言葉をかけられた小袖は、堰が崩れたように大声を出しながら泣き崩れた。
しばらく泣きじゃくっていたが、目の前で優しき心で包んでくれている鶏冠に、ぽつりぽつりと語り始めた。
「・・・十蔵様と源琉が、私の寝ている間に殺されておりました・・・私だけ生き残ったと申しましょうか・・・生かされたと申しましょうか・・・他にも解りかねる事が道中でも起こりまして・・・辿り着いたと思いましたら、魔物扱い」・・・何が何やら・・・鶏冠様なら、この身に起きていること・・・何とかしていただけると思いまして・・・」
「案ずることはない、小袖は小袖よ・・・さ、さ、もう泣くな、私より歳は5つも年上であろう?それに、その可愛らしい顔が台無しであるぞ・・・とはいうものの、そなたにとっては気分の良いことではなかろうが、今宵は結界の間で過ごしてもらう、よいな」
小袖は、小さくうなづくとゆっくりと立ち上がった。
鶏冠が他の女衆に、小袖に付き添うように促した。
女衆に抱えられた小袖は、屋敷の離れにある、全て朱塗りで覆われた結界の間の中へ入って行った。
扉が閉められると、結界の間の四方に松明がたかれ、そのもとに各々の結界師が陣取り、印を組みながら読経を唱え始めた。
「何とかなるとよいが・・・」
庭に一人残った鶏冠は、西の空に輝く星を見つめながら願うように呟いた。




